人に贈った遊戯王SS

夜はまだ明けていなかった。
風が乾いた土を巻き上げ、どこまでも冷たく吹き抜けていく。

遊星は、動けずにいた。
膝の上に、土の粒がこびりついている。
何をしていたのか、自分でももうわからなかった。
ただ、手の中に残る感触だけが、現実を突きつけていた。

指が震える。
何度拭っても、取れない。
吐く息が白く、夜の闇に溶けていった。

足元の影を見下ろす。
言葉を探そうとしても、喉の奥で全部潰れる。
あの瞬間の音と光景が、まぶたの裏で何度も再生された。

「……遊星」

声がした。
振り返ると、鬼柳がいた。
月明かりに照らされたその顔は、驚くほど静かだった。

「……お前、やったのか」

息が詰まった。
首を振ろうとして、途中で止まる。
唇が動く。けれど音にならない。
かすれた呼吸だけが続く。

「……守りたかった……」

ようやく出た声は、掠れすぎて自分でも聞き取れないほどだった。

鬼柳は目を伏せ、風が吹いた。
髪が揺れ、沈黙の奥で何かを決めたように息を吸う。

「……仕方なかったんだろ」

一拍置いて、低く続けた。

「お前に……させちまって、すまねえ」

その一言に、遊星の膝が折れた。
地面に崩れ落ち、両手で頬を覆う。
嗚咽とも、呼吸ともつかない音が漏れる。

鬼柳はしばらく黙って見下ろしていた。
やがて、ひざをつき、手で土を掴む。
指の間からこぼれ落ちる砂を見つめながら、低く呟いた。

「……埋めよう」

遊星は顔を上げる。
涙が汗か、わからないものが頬を伝う。

「……な、にを……」

「お前が抱えてるもん、全部だ」

鬼柳は立ち上がり、周囲を見渡す。
壊れた納屋の陰に、錆びたスコップが立てかけられていた。
それを拾い上げ、刃を地面に突き立てる。

金属が土を裂く音が、夜気に響いた。
それが、すべての始まりだった。

やがて、遊星も立ち上がる。
何も言わず、鬼柳の横に並んだ。
掘る音がふたつに増え、やがて同じリズムになる。

「……お前まで汚れることはない」

途切れ途切れの声が、土の音に溶けた。

「違うな。もうとっくに汚れてる」

鬼柳は淡々と返す。
スコップの柄を握る指が、ふと触れた。
その瞬間、遊星の息が止まる。

「一人じゃ、背負えねぇだろ」

「……ああ……でも……」

「だったら、俺が半分持つ」

風が止んだ。
夜の底が、わずかに青く染まりはじめる。
掘り上げた土の山の上に、鬼柳が膝をつく。
遊星は、その隣に立った。

最後の一掬いを落としたとき、乾いた音がした。
どちらも何も言わなかった。

鬼柳はスコップを立てかけ、そのまま遊星の手を取る。
冷たい泥が、互いの指の間にぬるりと残る。

「罪も、傷も、全部ここに置いていけ」

しばらく、何の音もしなかった。
遊星は俯いたまま、息を震わせる。

「……置いても、消えはしない」

鬼柳は、微かに笑った。
その笑いには、悲しみと優しさが混ざっていた。

「消えなくていい。けど、お前が背負うには重すぎる」

遊星が顔を上げる。
泣き腫らした目に、月明かりが滲む。
その瞳は、痛みと悲しみと、どうしようもない安堵で濡れていた。

「……俺は、もう……」

「『もう』なんて言うな」

鬼柳が低く遮る。

「壊れてんなら、それごと抱える。俺たち、もうとっくにそういう場所にいるんだろ」

言葉が止まる。
それ以上、何も言えなかった。
ただ、ふたりの手が強く結ばれる。

風が吹いた。
掘り返した土の匂いが、夜の残りをさらっていく。

やがて、空が白みはじめる。
長く伸びた影が、ゆっくりと重なった。

地面の下に眠るものを、誰も知らない。
けれど――その上に残った温もりだけが、確かに息づいていた。
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