遊戯王DM(城表SS)
神社へと続く石畳の道を、城之内くんとふたり、ゆっくり歩いていく。
鳥居の奥に、淡くにじむ桜色が揺れていて。まだ満開には少し早いけれど、それがかえって春の始まりらしかった。
「思ってたより良いな、のんびりしてて」
隣で城之内くんが手を頭の後ろに組みながら、周囲を見渡して言う。
「県内でも、ちょっと外れると空気が違うね」
「なー、こんなとこ住んでるやつは退屈しねぇのかなって思ったけど、案外悪くねぇのかも……」
ふわりと風が吹き抜けて、桜の花びらが舞い落ちる。
目の前に桜色が広がり、まるでアニメのワンシーンみたいだなと思った。
風に舞うそれらをぼんやり見つめていると、城之内くんがボクの頭から、そっと花びらをすくい上げた。
「付いてたぜ」
「ん……ありがとう」
「……ホラ、さっさと行くぞ、遊戯」
そう言いながら、城之内くんは前へと歩いて行ってしまう。そんな姿が、なんだかやけに愛しくて。
「待ってよ、城之内くーん」
少しでも傍に居たくて、ボクは小走りで彼の背中を追いかけた。
***
まだ明るい春の午後。
小さな屋台がぽつぽつと並ぶ神社の境内には、子どもの笑い声と、穏やかな空気が満ちていた。
春の日差しは柔らかくて、少し風が吹くたびに、桜の花びらが舞ってくる。
「おっ、焼きそばの匂い!なあ遊戯、食ってかね?」
城之内くんが鼻をひくつかせて、屋台の方へ足を向ける。
その横顔がすごく楽しそうで、つられてボクも笑ってしまった。
「いいね。買って、ベンチで食べようか」
「おっしゃ!花見しながらだなー」
焼きそばに、いちご飴に、何かの当てくじ。
ひとつひとつの屋台が、懐かしいような、ちょっとくすぐったいような気持ちにさせる。
少し遠くに見えるベンチに腰かけて、ふたりでプラスチックの容器を手に、黙々と焼きそばを食べた。
「……なんかさ、こういうの、ガキの頃は縁がなかったな」
城之内くんがぽつりとつぶやく。
どこか他人事のように軽く言っているようで、その言葉には少しだけ影があった。
「……そっか」
「花見とか祭りとか、ちゃんと楽しんだ記憶って、ほとんどねぇんだよな」
そう言いながらも、城之内くんは焼きそばをもうひとくち頬張って「でも、今は悪くねぇな」と笑った。
それは、寂しさを知っている人の、優しい笑顔だった。
「……ボクはね、小学生の頃に、じいちゃんと来たことあるよ。ちょうど桜が満開のときでさ」
「へぇ、いいじゃねえか」
言葉が交わる。
春の風が吹き、花びらが肩に落ちた。
穏やかな昼下がり。
ボクたちの間に流れる時間が、ふたりの心をそっと温めてくれるような、そんな気がした。
***
焼きそばを食べ終えて、少しだけ腹ごなしに歩いていると、境内の一角に射的の屋台を見つけた。
「うぉっ、射的か!ちょっとやってこうぜ!」
城之内くんは興味津々な様子で、屋台のおじさんに声をかける。
木の台に並べられた景品の中には、古めかしいおもちゃや、よくわからないぬいぐるみ、お菓子まであって、なんだか懐かしい気持ちになる。
「子どもの頃に見た記憶はあるけど、やったことはなかったかも」
「だったらなおさらだな!ここはオレ様がビシッと決めてやるよ!見てろよ〜遊戯!」
城之内くんは得意げにコルクの装填された鉄砲を構える。結構さまになるなあ。
一発目は外れ、二発目は惜しくもかすり、そして最後の三発目。
「よーし……あのぬいぐるみ、いただくからな!」
「がんばれー城之内くん!」
狙いを定めて、城之内くんが引き金を引く。
乾いた音とともに、弾は飛んでいき──ぬいぐるみに見事命中!
だが、ぬいぐるみは台の上でぐらりと揺れたのに、落ちる寸前で止まってしまった。
「……うっそだろ、今の絶対当たったって!揺れてたって!」
「うん、当たってたよ。惜しかったね」
「くっそー……あれ絶対重くしてんだろ……」
スネたようにつぶやく城之内くんの横顔を見ていたら、なんだかおかしくて、ボクはふふっと笑ってしまった。
「……なに笑ってんだよ〜」
「ううん、なんでもない。楽しいなって思って」
城之内くんはムスッとしたままだけど、その頬はどこか照れているみたいだった。
「……じゃあ次はお前の番な。遊戯さんはさぞ上手いんだろうなぁ?」
「ふふ、どうかなあ」
ボクが手にした銃は少し重たくて、でも温かかった。
「……よしっ」
慎重に狙って、思い切って引き金を引く。
ぱんっ、という乾いた音とともに、袋入りのスナック菓子が台の端っこから転がり落ちた。
「やった……!」
「えっ、マジで!?お、おいズルいぞ!一発で当てるなんてさ〜!」
言葉とは裏腹に、城之内くんはとても嬉しそうだった。
「はい、これ。いっしょに食べよ」
「……しょーがねーな、ったく」
城之内くんは受け取って「腹ごなしに歩いてたんじゃなかったか?」と笑った。
春風がボクたちの間をふわりと通り抜けて、ほんのり甘い空気が漂った。
***
射的の後は、また境内の外れをぶらぶら歩いた。参道から少し離れた場所にある、小さな石段を登った先に、ひっそりと佇む祠があった。
祭りの賑わいから遠いその場所は、人もまばらで、夕暮れの光に包まれて、どこか懐かしさを感じさせた。
「……静かだな」
城之内くんがそう言って、近くの石の縁に腰を下ろす。ボクもその隣に並んで腰を下ろした。西の空は淡い茜色に染まり、風が木々をさらさらと揺らしていく。
「こんなとこあったんだな……なんか、落ち着くな」
「うん。ボク、こういう場所好きかも」
しばらく言葉はなくて、でもそれが気まずさじゃなく、安心に近いものに思えた。
少し肌寒い春の風が、夕暮れの匂いをまとって吹き抜けていった。
「……ねえ、城之内くん」
ぽつりと、胸の奥にたまっていたことが、自然とこぼれた。
「最近、ちょっとだけ、寂しいって思うことがあるんだ」
「……寂しい?」
「うん。春って、出会いと別れの季節って言うでしょ。楽しいこともいっぱいあるけど……そのぶん、ちょっとだけ、胸がきゅっとするっていうか……」
言いながら空を見上げると、夕焼けが少しずつ群青に変わりはじめていた。
「……いつか、当たり前に隣にいた人が、もういないってこと、あるから」
言葉にしなくても、思い出す。
あの日のさよなら。かえって行った彼のこと。
ほんの一瞬、隣の城之内くんが息を飲んだ気がした。だけど、すぐにいつも通りの声で、静かに言葉が返ってくる。
「……あいつのこと、だろ」
ボクはドキッとして城之内くんの顔を見る。彼は、真正面からボクを見返して、笑っていた。
「オレも、たまに思い出すよ。ふとしたときにな。すげーやつだったし、オレらにとって……大事な仲間だったからさ」
その目には、ほんの少しだけ、遠くを見つめるような色があった。
「でもよ、お前がこうして、ちゃんとここにいて、今こうやって隣で喋ってんだろ?……だったら、あいつがいなくなったってのも、ただの『終わり』じゃねーって思う」
「……え?」
「オレらのことを信じて、託してくれたんだよ、あいつは。お前の未来に……だったら、その未来をちゃんと大事にしてくのが、あいつへの返事ってもんじゃねーの?」
胸の奥に、なにかがすうっと届いてくる。
まっすぐで、温かい言葉。
「……そうだね」
「なーにしょぼくれてんだよ、お前が暗い顔してたら、あいつだって心配するぜ?ほら、もっと胸張ってこうぜ、な?」
……ああ、きみは、いつもボクを救ってくれる。
「ふふっ……うん。ありがとう、城之内くん」
ボクは微笑んで、もう一度空を見上げる。
茜色は深まって、夜がそっと近づいてきていた。
***
境内に戻ると、もう屋台の灯りもぽつぽつと灯りはじめていた。
昼間の賑わいが少し落ち着いて、代わりに、春の夜にだけ咲くような静けさが漂いはじめる。
「お、甘酒あるぞ。あったまりそうじゃね?」
「うん、飲みたいかも」
城之内くんが屋台の前で立ち止まり、二杯頼んでくれる。渡された紙コップはほんのり湯気を立てていて、両手で包むとじんわりと指先が温まった。
ひとくちすすると、優しい甘さと温かさが胸の奥まで沁みていく。
「ふぅ……落ち着く味だね」
「だよな〜、寒い夜には最高だぜ」
どこか照れくさそうに笑って、城之内くんは夜空を見上げる。提灯の灯りが彼の横顔を優しく照らして、まるで昼間とは違う表情に見えた。
紙コップを片手に、ふたり並んで歩いた。
人混みを避けて、屋台と屋台の隙間を抜けると、小さな広場に出た。そこは提灯が何本も吊られていて、空中にほのかに赤い光がにじんでいた。
「おお、ここいい感じじゃねえか?」
「うん……キレイだね」
提灯の光が、夜風にゆれる桜を柔らかく照らしていた。薄紅の花びらが静かに舞って、足元に落ちていく。
「花見もできる祭りなんて、なんか得した気分だぜ」
「ふふっ、ほんとだね」
近くの桜が、風に吹かれてはらりと花びらを落とす。
夜の空気に舞いながら、淡い薄紅が提灯の光にふわりと浮かび上がる。
「あっ、城之内くん」
「ん?どした?」
「髪に、花びら付いてる」
そう言って、城之内くんの正面に回り込む。
夜風がさらりと吹いて、桜の香りがほのかに混じった。
彼は少しきょとんとして、それから照れくさそうに頭をかいた。
「マジか。見えねーな……どこだ?」
「ここっ」
城之内くんの髪に引っかかった薄紅色の花びら。
彼がしてくれたように、指先でそっと取ろうと手を伸ばす──けれど、届かない。
(……やっぱり、ちょっと高い)
わかってたことだけど、こうして間近に並ぶと、なおさら思い知らされる。
見上げたその顔は、いつもより近くて、でもちょっと遠い。
「動いちゃだめだよ。揺れると、取れないから」
「お、おう」
背伸びして、そっと髪に手を伸ばす。
指が彼の髪に触れた瞬間、ぴくんと肩が動いた。
「っ、なんか、くすぐってーな」
「も、もうちょっとだから……」
距離が縮まる。
そして──
「……取れたっ!」
指先につまんだ薄い花びらを、そっと目の前に差し出す。
その瞬間、ようやく自分の立ち位置に気付いた。
(──近い)
目の前、ほんのわずかに見上げる位置にある城之内くんの顔。
肩のすぐ横に、ボクの顔がある。
夜の匂いに混じる、彼の匂い。
どくんと、心臓が跳ねた。
「っ……あっ、あのっ……」
声がうわずる。言葉が口の中でぐらぐらと回って、まとまらない。
(どうしよう、こんな近くでっ……!)
急に顔が熱くなって、思わず一歩、後ずさった。
足元がふらついて、危うくバランスを崩しそうになる。
「うわっ……!」
「おわっ、だ、大丈夫か!?遊戯!」
すぐに城之内くんが手を伸ばして、ボクの身体を支えてくれた。
その手がまた、温かくて、逃げ場がなかった。
「ご、ごめんっ……!ちょっと、つい、近くなっちゃって……!」
「ついって、お前なあ……」
城之内くんはあきれたように笑いながら、でもその頬は少し赤い。
口元が、どこか楽しそうに緩んでるのが、なんとなく悔しい。
「ほら、深呼吸でもして落ち着けって」
「うぅ、うん」
(落ち着けボク、深呼吸、深呼吸……)
けど、視線を戻すと、彼の手はまだ、ボクの腕をしっかりとつかんでいた。
そのぬくもりを意識するだけで、深呼吸なんて、とてもできそうになかった。
***
祭りの喧騒が遠ざかって、参道には虫の音と、夜風の音だけが残っていた。
気がつけば、ふたりきりで歩くのも、なんだか静かすぎて落ち着かない。
「……にしてもさ、お前さっき──」
城之内くんが、ぽつりと言った。
「自分で勝手に顔真っ赤になって後ずさって、足もつれそうになってさ……マジ、何してんだかって思ったぜ」
「っ……わ、笑わないでよ!」
「いやいや、笑うだろ普通。あれはズルいって」
そう言って、くくっと笑うその顔が、ほんの少しだけ優しかった。
「なんかさ、可愛かったし」
「え?」
その一言に、足が止まりそうになる。
「あっ……」
言った本人が、ハッとしたように口をつぐむ。
「べ、別に深い意味はねえっつーか……あー、今のナシ!忘れろ!」
「忘れないけど」
「うわぁ……やっべ……!」
耳まで赤くして頭をかく城之内くんが、さっきのボクみたいで、笑ってしまった。
たぶん、ずっと忘れられない日になるんだろうな。
……もう少し、このまま歩いていたい。
鳥居の奥に、淡くにじむ桜色が揺れていて。まだ満開には少し早いけれど、それがかえって春の始まりらしかった。
「思ってたより良いな、のんびりしてて」
隣で城之内くんが手を頭の後ろに組みながら、周囲を見渡して言う。
「県内でも、ちょっと外れると空気が違うね」
「なー、こんなとこ住んでるやつは退屈しねぇのかなって思ったけど、案外悪くねぇのかも……」
ふわりと風が吹き抜けて、桜の花びらが舞い落ちる。
目の前に桜色が広がり、まるでアニメのワンシーンみたいだなと思った。
風に舞うそれらをぼんやり見つめていると、城之内くんがボクの頭から、そっと花びらをすくい上げた。
「付いてたぜ」
「ん……ありがとう」
「……ホラ、さっさと行くぞ、遊戯」
そう言いながら、城之内くんは前へと歩いて行ってしまう。そんな姿が、なんだかやけに愛しくて。
「待ってよ、城之内くーん」
少しでも傍に居たくて、ボクは小走りで彼の背中を追いかけた。
***
まだ明るい春の午後。
小さな屋台がぽつぽつと並ぶ神社の境内には、子どもの笑い声と、穏やかな空気が満ちていた。
春の日差しは柔らかくて、少し風が吹くたびに、桜の花びらが舞ってくる。
「おっ、焼きそばの匂い!なあ遊戯、食ってかね?」
城之内くんが鼻をひくつかせて、屋台の方へ足を向ける。
その横顔がすごく楽しそうで、つられてボクも笑ってしまった。
「いいね。買って、ベンチで食べようか」
「おっしゃ!花見しながらだなー」
焼きそばに、いちご飴に、何かの当てくじ。
ひとつひとつの屋台が、懐かしいような、ちょっとくすぐったいような気持ちにさせる。
少し遠くに見えるベンチに腰かけて、ふたりでプラスチックの容器を手に、黙々と焼きそばを食べた。
「……なんかさ、こういうの、ガキの頃は縁がなかったな」
城之内くんがぽつりとつぶやく。
どこか他人事のように軽く言っているようで、その言葉には少しだけ影があった。
「……そっか」
「花見とか祭りとか、ちゃんと楽しんだ記憶って、ほとんどねぇんだよな」
そう言いながらも、城之内くんは焼きそばをもうひとくち頬張って「でも、今は悪くねぇな」と笑った。
それは、寂しさを知っている人の、優しい笑顔だった。
「……ボクはね、小学生の頃に、じいちゃんと来たことあるよ。ちょうど桜が満開のときでさ」
「へぇ、いいじゃねえか」
言葉が交わる。
春の風が吹き、花びらが肩に落ちた。
穏やかな昼下がり。
ボクたちの間に流れる時間が、ふたりの心をそっと温めてくれるような、そんな気がした。
***
焼きそばを食べ終えて、少しだけ腹ごなしに歩いていると、境内の一角に射的の屋台を見つけた。
「うぉっ、射的か!ちょっとやってこうぜ!」
城之内くんは興味津々な様子で、屋台のおじさんに声をかける。
木の台に並べられた景品の中には、古めかしいおもちゃや、よくわからないぬいぐるみ、お菓子まであって、なんだか懐かしい気持ちになる。
「子どもの頃に見た記憶はあるけど、やったことはなかったかも」
「だったらなおさらだな!ここはオレ様がビシッと決めてやるよ!見てろよ〜遊戯!」
城之内くんは得意げにコルクの装填された鉄砲を構える。結構さまになるなあ。
一発目は外れ、二発目は惜しくもかすり、そして最後の三発目。
「よーし……あのぬいぐるみ、いただくからな!」
「がんばれー城之内くん!」
狙いを定めて、城之内くんが引き金を引く。
乾いた音とともに、弾は飛んでいき──ぬいぐるみに見事命中!
だが、ぬいぐるみは台の上でぐらりと揺れたのに、落ちる寸前で止まってしまった。
「……うっそだろ、今の絶対当たったって!揺れてたって!」
「うん、当たってたよ。惜しかったね」
「くっそー……あれ絶対重くしてんだろ……」
スネたようにつぶやく城之内くんの横顔を見ていたら、なんだかおかしくて、ボクはふふっと笑ってしまった。
「……なに笑ってんだよ〜」
「ううん、なんでもない。楽しいなって思って」
城之内くんはムスッとしたままだけど、その頬はどこか照れているみたいだった。
「……じゃあ次はお前の番な。遊戯さんはさぞ上手いんだろうなぁ?」
「ふふ、どうかなあ」
ボクが手にした銃は少し重たくて、でも温かかった。
「……よしっ」
慎重に狙って、思い切って引き金を引く。
ぱんっ、という乾いた音とともに、袋入りのスナック菓子が台の端っこから転がり落ちた。
「やった……!」
「えっ、マジで!?お、おいズルいぞ!一発で当てるなんてさ〜!」
言葉とは裏腹に、城之内くんはとても嬉しそうだった。
「はい、これ。いっしょに食べよ」
「……しょーがねーな、ったく」
城之内くんは受け取って「腹ごなしに歩いてたんじゃなかったか?」と笑った。
春風がボクたちの間をふわりと通り抜けて、ほんのり甘い空気が漂った。
***
射的の後は、また境内の外れをぶらぶら歩いた。参道から少し離れた場所にある、小さな石段を登った先に、ひっそりと佇む祠があった。
祭りの賑わいから遠いその場所は、人もまばらで、夕暮れの光に包まれて、どこか懐かしさを感じさせた。
「……静かだな」
城之内くんがそう言って、近くの石の縁に腰を下ろす。ボクもその隣に並んで腰を下ろした。西の空は淡い茜色に染まり、風が木々をさらさらと揺らしていく。
「こんなとこあったんだな……なんか、落ち着くな」
「うん。ボク、こういう場所好きかも」
しばらく言葉はなくて、でもそれが気まずさじゃなく、安心に近いものに思えた。
少し肌寒い春の風が、夕暮れの匂いをまとって吹き抜けていった。
「……ねえ、城之内くん」
ぽつりと、胸の奥にたまっていたことが、自然とこぼれた。
「最近、ちょっとだけ、寂しいって思うことがあるんだ」
「……寂しい?」
「うん。春って、出会いと別れの季節って言うでしょ。楽しいこともいっぱいあるけど……そのぶん、ちょっとだけ、胸がきゅっとするっていうか……」
言いながら空を見上げると、夕焼けが少しずつ群青に変わりはじめていた。
「……いつか、当たり前に隣にいた人が、もういないってこと、あるから」
言葉にしなくても、思い出す。
あの日のさよなら。かえって行った彼のこと。
ほんの一瞬、隣の城之内くんが息を飲んだ気がした。だけど、すぐにいつも通りの声で、静かに言葉が返ってくる。
「……あいつのこと、だろ」
ボクはドキッとして城之内くんの顔を見る。彼は、真正面からボクを見返して、笑っていた。
「オレも、たまに思い出すよ。ふとしたときにな。すげーやつだったし、オレらにとって……大事な仲間だったからさ」
その目には、ほんの少しだけ、遠くを見つめるような色があった。
「でもよ、お前がこうして、ちゃんとここにいて、今こうやって隣で喋ってんだろ?……だったら、あいつがいなくなったってのも、ただの『終わり』じゃねーって思う」
「……え?」
「オレらのことを信じて、託してくれたんだよ、あいつは。お前の未来に……だったら、その未来をちゃんと大事にしてくのが、あいつへの返事ってもんじゃねーの?」
胸の奥に、なにかがすうっと届いてくる。
まっすぐで、温かい言葉。
「……そうだね」
「なーにしょぼくれてんだよ、お前が暗い顔してたら、あいつだって心配するぜ?ほら、もっと胸張ってこうぜ、な?」
……ああ、きみは、いつもボクを救ってくれる。
「ふふっ……うん。ありがとう、城之内くん」
ボクは微笑んで、もう一度空を見上げる。
茜色は深まって、夜がそっと近づいてきていた。
***
境内に戻ると、もう屋台の灯りもぽつぽつと灯りはじめていた。
昼間の賑わいが少し落ち着いて、代わりに、春の夜にだけ咲くような静けさが漂いはじめる。
「お、甘酒あるぞ。あったまりそうじゃね?」
「うん、飲みたいかも」
城之内くんが屋台の前で立ち止まり、二杯頼んでくれる。渡された紙コップはほんのり湯気を立てていて、両手で包むとじんわりと指先が温まった。
ひとくちすすると、優しい甘さと温かさが胸の奥まで沁みていく。
「ふぅ……落ち着く味だね」
「だよな〜、寒い夜には最高だぜ」
どこか照れくさそうに笑って、城之内くんは夜空を見上げる。提灯の灯りが彼の横顔を優しく照らして、まるで昼間とは違う表情に見えた。
紙コップを片手に、ふたり並んで歩いた。
人混みを避けて、屋台と屋台の隙間を抜けると、小さな広場に出た。そこは提灯が何本も吊られていて、空中にほのかに赤い光がにじんでいた。
「おお、ここいい感じじゃねえか?」
「うん……キレイだね」
提灯の光が、夜風にゆれる桜を柔らかく照らしていた。薄紅の花びらが静かに舞って、足元に落ちていく。
「花見もできる祭りなんて、なんか得した気分だぜ」
「ふふっ、ほんとだね」
近くの桜が、風に吹かれてはらりと花びらを落とす。
夜の空気に舞いながら、淡い薄紅が提灯の光にふわりと浮かび上がる。
「あっ、城之内くん」
「ん?どした?」
「髪に、花びら付いてる」
そう言って、城之内くんの正面に回り込む。
夜風がさらりと吹いて、桜の香りがほのかに混じった。
彼は少しきょとんとして、それから照れくさそうに頭をかいた。
「マジか。見えねーな……どこだ?」
「ここっ」
城之内くんの髪に引っかかった薄紅色の花びら。
彼がしてくれたように、指先でそっと取ろうと手を伸ばす──けれど、届かない。
(……やっぱり、ちょっと高い)
わかってたことだけど、こうして間近に並ぶと、なおさら思い知らされる。
見上げたその顔は、いつもより近くて、でもちょっと遠い。
「動いちゃだめだよ。揺れると、取れないから」
「お、おう」
背伸びして、そっと髪に手を伸ばす。
指が彼の髪に触れた瞬間、ぴくんと肩が動いた。
「っ、なんか、くすぐってーな」
「も、もうちょっとだから……」
距離が縮まる。
そして──
「……取れたっ!」
指先につまんだ薄い花びらを、そっと目の前に差し出す。
その瞬間、ようやく自分の立ち位置に気付いた。
(──近い)
目の前、ほんのわずかに見上げる位置にある城之内くんの顔。
肩のすぐ横に、ボクの顔がある。
夜の匂いに混じる、彼の匂い。
どくんと、心臓が跳ねた。
「っ……あっ、あのっ……」
声がうわずる。言葉が口の中でぐらぐらと回って、まとまらない。
(どうしよう、こんな近くでっ……!)
急に顔が熱くなって、思わず一歩、後ずさった。
足元がふらついて、危うくバランスを崩しそうになる。
「うわっ……!」
「おわっ、だ、大丈夫か!?遊戯!」
すぐに城之内くんが手を伸ばして、ボクの身体を支えてくれた。
その手がまた、温かくて、逃げ場がなかった。
「ご、ごめんっ……!ちょっと、つい、近くなっちゃって……!」
「ついって、お前なあ……」
城之内くんはあきれたように笑いながら、でもその頬は少し赤い。
口元が、どこか楽しそうに緩んでるのが、なんとなく悔しい。
「ほら、深呼吸でもして落ち着けって」
「うぅ、うん」
(落ち着けボク、深呼吸、深呼吸……)
けど、視線を戻すと、彼の手はまだ、ボクの腕をしっかりとつかんでいた。
そのぬくもりを意識するだけで、深呼吸なんて、とてもできそうになかった。
***
祭りの喧騒が遠ざかって、参道には虫の音と、夜風の音だけが残っていた。
気がつけば、ふたりきりで歩くのも、なんだか静かすぎて落ち着かない。
「……にしてもさ、お前さっき──」
城之内くんが、ぽつりと言った。
「自分で勝手に顔真っ赤になって後ずさって、足もつれそうになってさ……マジ、何してんだかって思ったぜ」
「っ……わ、笑わないでよ!」
「いやいや、笑うだろ普通。あれはズルいって」
そう言って、くくっと笑うその顔が、ほんの少しだけ優しかった。
「なんかさ、可愛かったし」
「え?」
その一言に、足が止まりそうになる。
「あっ……」
言った本人が、ハッとしたように口をつぐむ。
「べ、別に深い意味はねえっつーか……あー、今のナシ!忘れろ!」
「忘れないけど」
「うわぁ……やっべ……!」
耳まで赤くして頭をかく城之内くんが、さっきのボクみたいで、笑ってしまった。
たぶん、ずっと忘れられない日になるんだろうな。
……もう少し、このまま歩いていたい。
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