遊戯王GX(万十SS)

冬休み前日の教室って、なんか空気がふわふわしてる。
みんな浮かれてるみたいで、話題も半分くらいが「明日どこいく?」とかそんなのばっかだ。

俺は特に予定もないし、万丈目と飯でも食って終わりかな〜、くらいの感覚だったんだけど。

「ねー十代、イブどうすんの?」

突然クラスメイトに声をかけられた。

「どうするって……別に。チキンとケーキ食って終わりじゃね?」

「えっ、それだけー?」

「ん、それ以上なんかある?」

心から不思議で聞き返したのに、女子たちは「うっそでしょ〜!」って大げさに肩を叩いてくる。

「十代ってさ、彼氏いる自覚ある?」

「……あるけど?」

「ならイブは『特別』なことするんだよ!」

「特別なこと……特別って?」

ほんとにわからない。
だから聞いてるのに、女子たちは顔を見合わせてにやにやしている。

「……ちょっと踏み込んでみる、とかさ〜」

「……何に?」

「何にって……えぇ……?」

なんでみんなそんな気まずそうな顔するんだ?

俺が首を傾げてると、女子のひとりが観念したように小声で言った。

「……下着とか、ちょっと可愛いの着る、とかさ」

「あー、下着?」

そのくらいでそんなに盛り上がるのか。
下着。まあ、服の一部じゃん?
特別扱いするもんなんだろうか。

「彼氏ならすっごい喜ぶって!」

「そうそう!『そういう時期』なんだって!」

「へ〜……そういうもんなのか……」

まったく実感は湧かないけど、みんながそこまで言うなら、たぶん『そういうもの』なんだろう。

なんかこういうの、雑誌の恋愛コラムっぽいなぁ。
『彼氏が喜ぶクリスマスの過ごし方』とか書いてありそう。

「十代はいつもちょっと子どもっぽいからさぁ、たまには可愛いの着てあげてもいいんじゃない?」

「え、俺がぁ?可愛いのを?似合わねーって!」

「似合う似合わないじゃないの!気持ちよ、気持ち!」

「ふーん……」

よくわからないが、みんなが口を揃えて言うなら、たぶん『世間的には』そういうもんなんだろう。

俺自身は、正直まだピンときていない。
けど、女子たちがわちゃわちゃ盛り上がるのを見てると、なんかすごく普通のことに思えてくる。不思議だ。

放課後になって、クラスの浮かれた空気から解放されたら、なんとなく頭の中がすん……と静かになった。

イブ。
特別なこと。
可愛い下着。

……なんだよそれ。
考えるほどわかんなくなる。

でも、さっきの会話のせいか、目に入るもの全部が『クリスマス仕様』に見えてきて、そのたびに胸の奥がちょっとくすぐったい。

駅前の飾りとか、パン屋の看板に描かれたサンタとか。
全部が「クリスマス!クリスマス!」って言ってるみたいだ。

「下着……ねえ……」

思わず口に出してしまい、自分で自分に「何言ってんだ俺」と小声で突っ込む。

普段なら絶対気にもしないことなのに。

(……ほんとにそういうもんなのかな)

女子たちが言ってた『気持ちが大事』とか、『彼氏が喜ぶ』とか、何もかも、俺にはまだよくわからない。

でも――。

(万丈目、喜ぶ……のか?)

そこで、思考がぴたりと止まった。

そこだけ、やけにはっきり想像できてしまったんだ。
あいつが驚いた顔とか、照れて目をそらすとことか。

……それを想像した瞬間。
胸の中がほんの少しだけ温かくなった。

「……へー……」

なんかさ。
よくわかんないけど、ちょっとだけ顔が熱い。

気づけば足が、商店街の方に向いていた。
駅から少し外れたら女子がよく行く店がいくつかあるあたり。

完全に無意識だった。
別に買うつもりとかない。
ただ、なんとなく。

(見てみるだけなら……別にいっか)

そういう気分だ。
宿題もないし、用事もないし。
クリスマスの街の雰囲気に飲まれても、まあいいか。

そう思いながら歩いていたら、気がついたら目の前に下着屋のガラス扉があった。

店の中は、白とか赤とか黒とか、なんかすごいキラキラしてる。
飾りつけも相まってら妙に特別な空気が漂っていた。

「……ほんとに来ちゃったな、俺」

呟いて苦笑する。
でも、ほんの少しだけ胸がドキドキしていた。

まだよくわからないけど、でもなんか――『見てみたい』気持ちが勝った。

俺は、扉に手をかけた。

ガラガラ、と鈴の音が響いた。

そして、下着屋の空気がふわりと広がった。

***

どうせ十代のことだ。
深い意味なんて、これっぽっちも考えていないに決まっている。

「イブに部屋に行っていいか?」

そう聞いたら、

「いーぞ!チキン食おうぜ!ケーキもな!」

と即答してきた。

コンビニの袋を提げながら、自分で自分に苦笑する。

(俺の方が、少し意識しすぎてるだけか)

街はやけに明るい。
イルミネーションだの、サンタだの。
どこもかしこも『特別』を主張してくる。

それでも十代は、この空気に流されて変なことを考えるタイプじゃない。

そう思っていた。

寮の廊下は静かで、他の部屋から聞こえる声も、今日はどこか浮ついている。

十代の部屋の前で立ち止まり、ノックを三回。

「おー、開いてるぞ!」

その声も、いつも通りだ。

ドアを開けると、暖房の効いた空気と、少し散らかった室内。
テーブルの上には紙皿とフォーク、安いケーキが既に用意されていた。

(こういう準備だけは早いな)

「ほら、チキンだ」

そう言って袋を差し出すと、十代は目を輝かせて受け取る。

「お、サンキュー!やっぱクリスマスはこれだよなー」

……やっぱりな。

特別な夜だとか、恋人同士のイブだとか、そういう意識は微塵もなさそうだ。

(まあ、それもいいだろ)

そう思いながら、座布団に腰を下ろす。

十代も向かいに座る――が、その動きが、ほんの一瞬だけ引っかかった。
深く座らない。
座った直後に、少しだけ腰の位置を直す。

(……?)

だが、すぐにチキンに手を伸ばしている。
気のせいか。

「イチゴは渡さんぞ」

「わかってるって」

いつも通りの会話。
いつも通りの距離。

……なのに。

十代は、どこか落ち着きがない。

無意味に脚の位置を変える。
フォークを持ったまま、動きを止める。
ツリーの装飾を眺めているかと思えば、視線が定まらない。

(……なんだ?)

体調が悪い?
寒い?
……俺がいるから緊張してる?

(いや、考えすぎだ)

そう結論づけようとして、ふと気づく。

――十代は、俺の方をほとんど見ていない。

目が合いそうになると、わざとらしいくらい自然に視線を逸らす。

胸の奥に、小さな違和感が引っかかった。

彼氏を部屋に呼んだところで、特別な意味なんてない。
イブだろうが冬休みだろうが、十代にとっては『いつもの延長』。

――そう、思っていた。

十代が立ち上がった瞬間、ほんの一瞬だけ、顔をしかめたのを見逃すまでは。
息を詰めるような、小さな仕草。

(……今のは)

席に戻った十代は、何事もなかったようにチキンをかじる。

「……十代」

名前を呼ぶと、一瞬だけ、びくっと肩が跳ねた。

「な、なに?」

……やっぱり、変だ。

そう思っていると、十代はまた身じろぎをした。
今度はさすがに誤魔化しきれなかったのか、短く息を吐く。

俺はフォークを置いた。

「……十代」

少しだけ声の調子を落とす。
からかうつもりも、笑うつもりもない。

「さっきから、ずっとおかしい。無理してるなら、言え」

一瞬、十代の肩が強張った。
視線が彷徨って、テーブルの端に落ちる。

「……別に……」

そう言いかけて、止まる。
そして、もう一度小さく身じろぎした。

――その拍子に、十代の顔が歪んだ。

(……痛むのか?)

思ったよりも深刻そうで、胸の奥がざわつく。

「……本当に、どこか悪いなら――」

「ち、違う!」

被せるように声が上がった、
十代は慌てた様子で首を振る。

「体調とかじゃねーから!そういうのじゃ……なくて……」

そこまで言って、口を噤む。
太ももの上で、指先がぎゅっと握られた。

沈黙。

さっきまで当たり前だった空気が、一段、重くなる。

(……言いづらい話、か)

俺は視線を逸らさず、待った。
急かさない。
でも、逃がさない。

すると、十代は観念したみたいに、肩から力を抜いた。

***

正直に言うつもりなんてなかった。
だって、説明しづらいし。
怒られる気もするし。

……万丈目が、あんな真面目な顔をしてなければ。

「……あのさ」

声が、少しだけ小さくなる。

「今日……その……下着……ちょっと、変なの着てて……」

言った瞬間、自分で自分が何言ってんだって思った。

万丈目が固まるのが、視界の端でわかる。

「いや!なんか……よくわかんないまま……選んだやつで……」

言い訳が止まらない。
止めようとしても、口が勝手に動く。

「クリスマスイブは、そういうの着るって……そしたらキツくてさ……」

そこで、無意識にまた身じろぎしてしまって、小さく息が詰まる。

「……ずっと……ちょっと痛いし……かゆいし……」

言い切った瞬間、部屋の空気が、変な方向に固まった。

……あ、これ。
言わなくてよかったやつだったかも。

「……」

万丈目は、しばらく何も言わなかった。
たぶん、どう反応していいかわからない顔だ。

(ん-……やっぱ怒られんのかな……)

そうぼんやり考えていると、万丈目が咳払いをひとつした。

「そもそも……」

万丈目が、少しだけ視線を逸らして言った。

「普段の下着だって、俺に見せたことないだろ」

一瞬、何の話かわからなかった。

「……あー」

そうか。

「……見たいのか?」

ほとんど考えずに聞いた。

次の瞬間、万丈目が思いっきりむせた。

「なっ……!何言ってんだ!そういう話じゃない!」

顔、赤い。
すっごく。

(今の……変なこと言ったな、俺)

「いや、だってさ。見たことないって言うから……」

言い訳しながら、だんだん恥ずかしくなってきた。

万丈目は深く息を吸って、一度、落ち着こうとするみたいに天井を見る。

「……とにかくだ。そのまま我慢するな」

万丈目の口調は真面目なのに、耳の先までほんのり赤いままで――。

なんか、それが可愛くて。
思わず、ちょっとだけ笑ってしまった。

「……じゃあさ、ちょっとだけ……見る?」

「なっ……!」

今度はほんとに目を見開いて、固まった。

「お、おまえな……!」

そう言ってみたものの、自分でもよくわからない。
ちょっと気恥ずかしくて、でも――万丈目が喜ぶなら、って。

「……冗談。今の、冗談」

慌てて取り繕ってみせると、万丈目は盛大にため息をついた。

「……そういう冗談は、やめろ……」

そう言いつつも、顔の赤みは引かないままで。

冗談にしたはずなのに、心臓だけは、なかなか元に戻らなかった。
……それが、少しだけ、嬉しかった。
1/3ページ
スキ