遊戯王GX(十万SS)

放課後の寮の部屋。
斜めに射す夕日が机の上を焼いて、十代の髪の端を橙色に透かしていた。
手にしているのは、購買で買ったポッキーの箱。

「なあ、知ってるか?今日、11月11日だってさ」

「……だったらなんだ?」

「ポッキーの日。せっかくだし、やってみようぜ」

いきなり何を言い出すんだ。
俺は眉をひそめてため息をついた。

「お前な……そういうのは浮かれきったカップルがやるもんだろ」

「いいじゃんか~俺たちラブラブなんだから」

「っ、誰がそんな――」

言いかけたところで、十代が一本抜き取って口にくわえた。
その自然さが、いちいち癪に障る。

「ルールは簡単、喋ったら負け」

「……やらんと言って――」

「スタート」

強引に始められ、仕方なく反対側をくわえる。
チョコの甘い匂いが鼻先に届く。
息が触れそうな距離。
十代の目が、まっすぐ俺を見ていた。

沈黙。

十代が最初に一口かじった。
ぱき、と小さな音。
距離が詰まる。

……そういうつもりなら、こっちだって。

俺も一口、噛み返した。
小さな音が重なる。
互いに譲らず、また沈黙。
十代がわずかに笑って、目を細める。

挑発するような視線。
勝負事みたいに笑わないその顔に、喉の奥がひりつく。

再び、十代が噛んだ。
ほんの少し。
また一歩、距離が近づく。
息が触れた。
動くたび、ポッキーがわずかに軋む。

俺も続けて噛む。
甘さが舌に広がって、胸のあたりが妙に熱くなる。

……なのに、そこで十代が止まった。
口にくわえたまま、微動だにしない。
目だけで俺を見て、促すように静止している。

噛め――そう言われている気がした。

俺は動けなかった。
喋れないせいで、言葉よりも沈黙が重くのしかかる。
視線を外したら、負けだ。
けれど、この距離で見つめられ続けると、息が持たない。

それでも、目を逸らせなかった。

十代の唇に、わずかな笑みが浮かぶ。
見透かされたような、やわらかい笑み。

そのまま、十代が三口目をかじる。
ぱき、と音。
距離が一気に縮まる。
呼吸が絡む。もう逃げ場がない。

十代の指が、机の上をとん、と叩いた。
リズムみたいに響いて、空気が震える。
呼吸が合った。
沈黙が重い。

――次を待っている。
十代はもう一度、目でそう言っていた。

十代の瞳の奥に、笑いよりも深いものが見えた。
俺を見て、ただそこにいて、呼吸を合わせている。
それだけのことが、妙に心地よかった。

この沈黙が終われば、十代の目が俺を見なくなる。
この距離も、甘い匂いも、ぜんぶ終わる。
それが――嫌だった。
どんなに馬鹿げていても、いまだけはこのままでいたかった。

十代の視線が、息をするたび胸の奥まで入り込んでくる。

だから噛めなかった。
終わらせたくなかった。

もう、呼吸が混ざっている。
再び十代の指が、机をとん、と叩く。
鼓動と同じリズム。

沈黙が長い。
このまま時間が止まればいいと思った。

けれど、十代が小さく息を吸い込んだ。
胸が上下する。
視線が、俺の唇に落ちた。

……来る。

そう思った瞬間――。

ぱきん。

折れる音が響いて、唇が触れた。

熱が走って、息が詰まる。
けれど十代は、そのまま離れなかった。
ゆっくりと角度を変え、深く――。

「っ、ば……ばか、離せっ!」

反射的に、声が漏れた。
唇の隙間から、十代の息が混ざって、心臓が跳ねる。

十代は少しだけ笑って、低く言う。

「……喋ったから、負けな」

「……っ、誰のせいだと思ってる」

「俺?」

十代が片目を細める。
唇の端には、まだいたずらっぽい笑みが残っている。

「……もう一回、やる?」

「……二度とやらん」

そう言いながらも、頬の熱が、もう隠せなかった。
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