遊戯王GX(十万SS)
スウィートコネクション・リライト
「お〜い、万丈目〜!やっと見つけた〜」
廊下の向こうから、見慣れた赤い制服のやつが手を振って走ってくる。
相変わらず騒がしい男だ。足音まで無駄に元気だし、声のボリュームも調節する気がないらしい。
やれやれと視線を向けると、遊城十代はどこまでも無邪気な笑みを浮かべて、俺の目の前まで駆け寄ってきた。
全く、能天気なやつだ。
「万丈目さんだ!で、何だ?」
思わず眉をひそめながら言うと、十代は勢いそのままに手に持った袋を差し出してきた。
「これ、渡したくってさ」
差し出された袋には、購買部でよく見かける何の変哲もないドローパンが入っていた。
見慣れた包装。だが、理由が見当たらない。
「昼飯は食べたぞ」
もうとっくに昼を過ぎている。わざわざパンを渡してくる理由がわからない。
少し問い返してみるが、十代は相変わらず調子のいい笑顔で返してきた。
「そっか!でもショコラパンだしイケるんじゃねえかな?」
ショコラパン。なるほど、甘いものは別腹と言いたいわけか。
確かに嫌いではないが、あれはわりと腹にたまる。総菜パンと並べられているだけあって、結構なボリュームがあるのだ。
それに。
(何故、わざわざ俺にこれを……?)
先ほどから抱いている違和感に袋をよく見ると、更に疑問が増えた。
「未開封に見えるぞ」
ドローパンは中身がわからないのがウリだ。未開封のそれがどうしてショコラパンだと言い切れるのか?
「おう、けど俺が選んで赤帽子が確認したから間違いないぜ」
赤帽子――そういえば、あいつの妙な特技の一つにそういうのがあったな。
なるほど、それなら中身は間違いないだろう。
だとして、何故そうまでしてショコラパンを?
「どうせなら黄金のタマゴパンを寄越せばいいものを」
気を利かせたつもりなら、アレが一番いいだろうに。
「それは俺が食っちった」
十代は悪びれもせず笑った。屈託のない顔で、まるで当然かのように。
「貴様ぁ……煽りたいのか労いたいのかどっちなんだ?」
思わず眉間にシワを寄せて問い詰める。
ふざけているのか、本気なのか……はたまた、その両方なのか。
「いや、労うとかじゃなくってさぁ……今日ってそういう日だろ?」
「そういう日?」
訝しむように聞き返した瞬間、頭の中で何かが繋がった。
視線を向ければ、十代はどこか得意げに、そして満足そうに微笑んでいる。
……思い当たる行事は、一つしかない。
「……まさかお前がこういうイベントを意識しているとは思わなかった」
口をついて出たのは、驚き混じりの声だった。
いや、感心と言ってもいい。まさか、十代がバレンタインを覚えていたとは。
……期待すらしていなかった、完全に頭から抜けていた。
「へへっ、惚れ直した?」
「やかましい」
……言いながら、内心では少しだけ動揺していた自分に、苦笑いしたくなった。
この男は、こういうときに人の心にずかずかと入り込んでくる。無邪気さの裏に、ときどき不意打ちみたいな鋭さがあるのだ。
「にしても、お前のほうがこーゆーの好きそうだけど、忘れてたんだなー」
「別に忘れちゃあいない」
語気を強めながら、内ポケットに手を突っ込む。
中から取り出したのは、長方形の箱。鮮やかな赤いリボンを結んである。
それを無造作に投げ渡すと、十代は危なげなくキャッチした。
「これって……」
十代が目を丸くする。
「取り寄せてきた品だ。有り難く受け取れ」
シックな黒色の箱に、金の箔押し。中にはベリー風味のチョコレート。
『どうせ赤が好きだろう』という安直な理由で選んだものだが、あまりにも意識していないようなら渡す気はなかった。
――十代が何も気づかないままなら、自分の部屋で食べるつもりだったのだ。
「わ〜!すっげーオシャレ〜!サンキューな!」
十代は目を輝かせて、さっそく包装を剥がし始める。
わあきゃあとうるさいが、悪い気はしない。むしろ……なんだ、この妙な満足感は。
(まったく、騒がしいくせに、こういうところ素直なんだよな……)
思わず頬が緩みそうになり、慌てて口元を引き締める。
「なな、一緒に食わねえ?」
「何……?」
唐突な提案に、思わず聞き返してしまう。
十代は気にも留めず、チョコの箱を俺の方へ押し出してきた。
「すげー高そーだけど、俺細かい味の違いとかわかんないし、お前こういうの好きじゃん?」
食い物を分けるだなんて……本当に十代か?と疑いたくなるほどの気遣いだ。
イベントの空気にあてられて、ちょっとした浮かれモードになっているのかもしれない。
「……なら、このパンも半分わけてやる。そんなに食えんしな」
自然とそんな言葉が口をついた。
パンを差し出すと、十代は嬉しそうに笑って――
「やったー!じゃあもうちょい静かなとこ行こうぜ!」
言いながら、十代がぱっと手を伸ばしてくる。
一瞬、反射的に引こうとしたが、俺の手はあっさりとその手に絡め取られていた。
――そのとき、ようやく気づく。
そういえば、ここは廊下。ふと周囲を見渡せば、いつの間にか人だかりができていた。
「あれって、万丈目さんと遊城くんよね?」
「わー、ほんとだー。仲良いんだあそこ」
「えっ、あの二人って良い雰囲気なの?」
「せっかくだから写真撮っとこっか?」
聞こえてくるきゃあきゃあとした黄色い声。
額に青筋が浮かんでくる。何より、なぜ今まで気づかなかったのかが悔しい。
「貴様らぁ!見世物じゃないぞ!」
怒鳴り返した声が廊下に響く。
だが、背中側からくすくすと笑いが起こった気がして、もう顔から火が出そうだった。
「いーから早く行こーぜー?」
十代が楽しそうに笑って手を引く。
その顔に焦りは微塵もなく、俺だけが空回りしている気がした。
ギャラリーの湧く気配を背中に感じながら、早く離れたい一心で、足早にその場を後にする。
手を引かれたまま、逃げるように。
――だが。
繋がれた手の温もりが、じわじわと胸に染みてくる。
……ああもう、何なんだ今日は。
悪い気がしない、なんて思ってしまった自分が、腹立たしかった。
――どうやら、俺も十分に毒されているらしい。
スウィートコネクション・アフター
十代に手を引かれるまま、足早に廊下を抜けて階段を上がる。たどり着いたのは、学園の屋上だった。
昼下がりの陽射しは柔らかく、冬の空気はまだ冷たいはずなのに、不思議と心地いい。
柵の向こうに広がる水平線がきらきらと光っているのを横目に、ようやく周囲の喧騒から解放されたことに胸を撫で下ろす。
「よーし、このへんで食おうぜ!」
やたら広い屋上の、端の方を十代が陣取る。誰にも見られないように――いや、そんなことは意識していないだろうな。
「……まったく。お前というやつは、余計な騒ぎばかり起こす」
ため息ひとつ吐き、隣に腰を下ろす。
「まーまー、ここなら邪魔入んねーだろ?」
十代が満足げに笑いながら、チョコを脇に置く。
その何気ない動作ひとつにも、妙に距離の近さを感じてしまう。
俺は膝の上に置いていたショコラパンの包みを開ける。
「ほら」
パンを二つにちぎって十代へ差し出す。甘い香りが風に溶けていく。
「わーい。んじゃさっそく、いただきまーす!」
十代は遠慮なく受け取り、大きくかぶりついた。
「んまい!やっぱこういうのは二人で食うと倍うまいな」
「何だその理屈は」
呆れたように返しながらも、自分も一口。思った以上に甘く、そして温かい。
「……まあ、悪くはないな」
感想を漏らすと、十代の顔がぱあっと明るくなる。
まるで自分のことのように嬉しそうに目を細めて、俺の表情を見つめている。
「そんなにじろじろ見るな」
「へへー」
パンを食べ終える頃、十代はきらきらした眼で箱を開けていた。
中のチョコは深い黒と鮮やかな赤で彩られ、冬の陽射しを受けて上品に輝いている。
「うお〜。これ、すげ〜な〜」
言いながら十代は口を大きく開けて、赤いチョコレートを一粒放り込んだ。
「味わって食えよ」
「んー!んん!」
十代はもぐもぐとチョコを噛み締めながら、片手でサムズアップの形をとっている。
……まあ、味の心配はしていなかったが。何食ってもうまそうにしているこいつだし。
それでも、チョコをひょいひょいと口に運ぶ姿を見てると、安心を覚えなくもない……ん?
「おい、分けるって話はどうした」
「あ!」
あぶねーあぶねー、と言う十代の手元を見ると、かなりの量を食べきっていた。
別に、やったものだから構わなくはあるが……
「わりー、万丈目からもらえたからテンション上がっちゃってさ」
にへらと笑う十代の口元には、まだチョコの欠片が残っている。
あどけなさすら感じるその笑みが、なぜかやけにまぶしく見えて、余計に腹立たしい。
「調子のいいやつめ」
軽く睨んでも、十代は全く堪えていない。
むしろその瞳がきらりと光って、何か企んでいるようにも見える。
「ほんとだって。俺さ、こうやって万丈目と食うの、けっこう好きなんだよ」
まるで天気の話でもするみたいな調子で言ってのける。
近くで見る笑顔は、驚くほど無防備で、冬の空気よりもずっと暖かい。
「……な、何を言い出す」
声がわずかに上ずったのが、自分でもわかってしまい、内心で舌打ちする。
十代は気づいたのか気づかないのか、さらに続けた。
「だってさ、なんか落ち着くし……うまいもんは、好きなやつと食ったほうがうまいだろ?」
さらっと言いやがる。その何気なさが、かえって心臓に悪い。
冗談めかしているわけでも、からかっているわけでもない――そういう顔をしているのが、なおさら厄介だ。
冷たい風が頬を撫でるのに、やけに耳の奥が熱い。
「……ふん。くだらんな」
口では突き放しながらも、視線を逸らすタイミングを逃した。
気づけば距離が近い。袖口がかすかに触れ合い、冬服越しに温もりが伝わる。
心臓が、余計な音を立てた気がした。
十代はにかっと笑い、箱をこちらに押しやる。
「ほら、万丈目も食えって」
「まったく……」
受け取ったチョコは、ベリーの香りが濃くて、やけに甘い。
舌に広がる風味と、隣から伝わる体温が混ざって、妙に落ち着かない。
風は冷たいのに、胸の奥だけがじんわりと温かい――くそ、やっぱり今日は調子が狂う。
横で笑う声が、海のきらめきと一緒に、耳の奥にいつまでも残っていた。
「お〜い、万丈目〜!やっと見つけた〜」
廊下の向こうから、見慣れた赤い制服のやつが手を振って走ってくる。
相変わらず騒がしい男だ。足音まで無駄に元気だし、声のボリュームも調節する気がないらしい。
やれやれと視線を向けると、遊城十代はどこまでも無邪気な笑みを浮かべて、俺の目の前まで駆け寄ってきた。
全く、能天気なやつだ。
「万丈目さんだ!で、何だ?」
思わず眉をひそめながら言うと、十代は勢いそのままに手に持った袋を差し出してきた。
「これ、渡したくってさ」
差し出された袋には、購買部でよく見かける何の変哲もないドローパンが入っていた。
見慣れた包装。だが、理由が見当たらない。
「昼飯は食べたぞ」
もうとっくに昼を過ぎている。わざわざパンを渡してくる理由がわからない。
少し問い返してみるが、十代は相変わらず調子のいい笑顔で返してきた。
「そっか!でもショコラパンだしイケるんじゃねえかな?」
ショコラパン。なるほど、甘いものは別腹と言いたいわけか。
確かに嫌いではないが、あれはわりと腹にたまる。総菜パンと並べられているだけあって、結構なボリュームがあるのだ。
それに。
(何故、わざわざ俺にこれを……?)
先ほどから抱いている違和感に袋をよく見ると、更に疑問が増えた。
「未開封に見えるぞ」
ドローパンは中身がわからないのがウリだ。未開封のそれがどうしてショコラパンだと言い切れるのか?
「おう、けど俺が選んで赤帽子が確認したから間違いないぜ」
赤帽子――そういえば、あいつの妙な特技の一つにそういうのがあったな。
なるほど、それなら中身は間違いないだろう。
だとして、何故そうまでしてショコラパンを?
「どうせなら黄金のタマゴパンを寄越せばいいものを」
気を利かせたつもりなら、アレが一番いいだろうに。
「それは俺が食っちった」
十代は悪びれもせず笑った。屈託のない顔で、まるで当然かのように。
「貴様ぁ……煽りたいのか労いたいのかどっちなんだ?」
思わず眉間にシワを寄せて問い詰める。
ふざけているのか、本気なのか……はたまた、その両方なのか。
「いや、労うとかじゃなくってさぁ……今日ってそういう日だろ?」
「そういう日?」
訝しむように聞き返した瞬間、頭の中で何かが繋がった。
視線を向ければ、十代はどこか得意げに、そして満足そうに微笑んでいる。
……思い当たる行事は、一つしかない。
「……まさかお前がこういうイベントを意識しているとは思わなかった」
口をついて出たのは、驚き混じりの声だった。
いや、感心と言ってもいい。まさか、十代がバレンタインを覚えていたとは。
……期待すらしていなかった、完全に頭から抜けていた。
「へへっ、惚れ直した?」
「やかましい」
……言いながら、内心では少しだけ動揺していた自分に、苦笑いしたくなった。
この男は、こういうときに人の心にずかずかと入り込んでくる。無邪気さの裏に、ときどき不意打ちみたいな鋭さがあるのだ。
「にしても、お前のほうがこーゆーの好きそうだけど、忘れてたんだなー」
「別に忘れちゃあいない」
語気を強めながら、内ポケットに手を突っ込む。
中から取り出したのは、長方形の箱。鮮やかな赤いリボンを結んである。
それを無造作に投げ渡すと、十代は危なげなくキャッチした。
「これって……」
十代が目を丸くする。
「取り寄せてきた品だ。有り難く受け取れ」
シックな黒色の箱に、金の箔押し。中にはベリー風味のチョコレート。
『どうせ赤が好きだろう』という安直な理由で選んだものだが、あまりにも意識していないようなら渡す気はなかった。
――十代が何も気づかないままなら、自分の部屋で食べるつもりだったのだ。
「わ〜!すっげーオシャレ〜!サンキューな!」
十代は目を輝かせて、さっそく包装を剥がし始める。
わあきゃあとうるさいが、悪い気はしない。むしろ……なんだ、この妙な満足感は。
(まったく、騒がしいくせに、こういうところ素直なんだよな……)
思わず頬が緩みそうになり、慌てて口元を引き締める。
「なな、一緒に食わねえ?」
「何……?」
唐突な提案に、思わず聞き返してしまう。
十代は気にも留めず、チョコの箱を俺の方へ押し出してきた。
「すげー高そーだけど、俺細かい味の違いとかわかんないし、お前こういうの好きじゃん?」
食い物を分けるだなんて……本当に十代か?と疑いたくなるほどの気遣いだ。
イベントの空気にあてられて、ちょっとした浮かれモードになっているのかもしれない。
「……なら、このパンも半分わけてやる。そんなに食えんしな」
自然とそんな言葉が口をついた。
パンを差し出すと、十代は嬉しそうに笑って――
「やったー!じゃあもうちょい静かなとこ行こうぜ!」
言いながら、十代がぱっと手を伸ばしてくる。
一瞬、反射的に引こうとしたが、俺の手はあっさりとその手に絡め取られていた。
――そのとき、ようやく気づく。
そういえば、ここは廊下。ふと周囲を見渡せば、いつの間にか人だかりができていた。
「あれって、万丈目さんと遊城くんよね?」
「わー、ほんとだー。仲良いんだあそこ」
「えっ、あの二人って良い雰囲気なの?」
「せっかくだから写真撮っとこっか?」
聞こえてくるきゃあきゃあとした黄色い声。
額に青筋が浮かんでくる。何より、なぜ今まで気づかなかったのかが悔しい。
「貴様らぁ!見世物じゃないぞ!」
怒鳴り返した声が廊下に響く。
だが、背中側からくすくすと笑いが起こった気がして、もう顔から火が出そうだった。
「いーから早く行こーぜー?」
十代が楽しそうに笑って手を引く。
その顔に焦りは微塵もなく、俺だけが空回りしている気がした。
ギャラリーの湧く気配を背中に感じながら、早く離れたい一心で、足早にその場を後にする。
手を引かれたまま、逃げるように。
――だが。
繋がれた手の温もりが、じわじわと胸に染みてくる。
……ああもう、何なんだ今日は。
悪い気がしない、なんて思ってしまった自分が、腹立たしかった。
――どうやら、俺も十分に毒されているらしい。
スウィートコネクション・アフター
十代に手を引かれるまま、足早に廊下を抜けて階段を上がる。たどり着いたのは、学園の屋上だった。
昼下がりの陽射しは柔らかく、冬の空気はまだ冷たいはずなのに、不思議と心地いい。
柵の向こうに広がる水平線がきらきらと光っているのを横目に、ようやく周囲の喧騒から解放されたことに胸を撫で下ろす。
「よーし、このへんで食おうぜ!」
やたら広い屋上の、端の方を十代が陣取る。誰にも見られないように――いや、そんなことは意識していないだろうな。
「……まったく。お前というやつは、余計な騒ぎばかり起こす」
ため息ひとつ吐き、隣に腰を下ろす。
「まーまー、ここなら邪魔入んねーだろ?」
十代が満足げに笑いながら、チョコを脇に置く。
その何気ない動作ひとつにも、妙に距離の近さを感じてしまう。
俺は膝の上に置いていたショコラパンの包みを開ける。
「ほら」
パンを二つにちぎって十代へ差し出す。甘い香りが風に溶けていく。
「わーい。んじゃさっそく、いただきまーす!」
十代は遠慮なく受け取り、大きくかぶりついた。
「んまい!やっぱこういうのは二人で食うと倍うまいな」
「何だその理屈は」
呆れたように返しながらも、自分も一口。思った以上に甘く、そして温かい。
「……まあ、悪くはないな」
感想を漏らすと、十代の顔がぱあっと明るくなる。
まるで自分のことのように嬉しそうに目を細めて、俺の表情を見つめている。
「そんなにじろじろ見るな」
「へへー」
パンを食べ終える頃、十代はきらきらした眼で箱を開けていた。
中のチョコは深い黒と鮮やかな赤で彩られ、冬の陽射しを受けて上品に輝いている。
「うお〜。これ、すげ〜な〜」
言いながら十代は口を大きく開けて、赤いチョコレートを一粒放り込んだ。
「味わって食えよ」
「んー!んん!」
十代はもぐもぐとチョコを噛み締めながら、片手でサムズアップの形をとっている。
……まあ、味の心配はしていなかったが。何食ってもうまそうにしているこいつだし。
それでも、チョコをひょいひょいと口に運ぶ姿を見てると、安心を覚えなくもない……ん?
「おい、分けるって話はどうした」
「あ!」
あぶねーあぶねー、と言う十代の手元を見ると、かなりの量を食べきっていた。
別に、やったものだから構わなくはあるが……
「わりー、万丈目からもらえたからテンション上がっちゃってさ」
にへらと笑う十代の口元には、まだチョコの欠片が残っている。
あどけなさすら感じるその笑みが、なぜかやけにまぶしく見えて、余計に腹立たしい。
「調子のいいやつめ」
軽く睨んでも、十代は全く堪えていない。
むしろその瞳がきらりと光って、何か企んでいるようにも見える。
「ほんとだって。俺さ、こうやって万丈目と食うの、けっこう好きなんだよ」
まるで天気の話でもするみたいな調子で言ってのける。
近くで見る笑顔は、驚くほど無防備で、冬の空気よりもずっと暖かい。
「……な、何を言い出す」
声がわずかに上ずったのが、自分でもわかってしまい、内心で舌打ちする。
十代は気づいたのか気づかないのか、さらに続けた。
「だってさ、なんか落ち着くし……うまいもんは、好きなやつと食ったほうがうまいだろ?」
さらっと言いやがる。その何気なさが、かえって心臓に悪い。
冗談めかしているわけでも、からかっているわけでもない――そういう顔をしているのが、なおさら厄介だ。
冷たい風が頬を撫でるのに、やけに耳の奥が熱い。
「……ふん。くだらんな」
口では突き放しながらも、視線を逸らすタイミングを逃した。
気づけば距離が近い。袖口がかすかに触れ合い、冬服越しに温もりが伝わる。
心臓が、余計な音を立てた気がした。
十代はにかっと笑い、箱をこちらに押しやる。
「ほら、万丈目も食えって」
「まったく……」
受け取ったチョコは、ベリーの香りが濃くて、やけに甘い。
舌に広がる風味と、隣から伝わる体温が混ざって、妙に落ち着かない。
風は冷たいのに、胸の奥だけがじんわりと温かい――くそ、やっぱり今日は調子が狂う。
横で笑う声が、海のきらめきと一緒に、耳の奥にいつまでも残っていた。
