遊戯王GX(十万SS)

「クソッ、十代のすっとこどっこいめ!」

胸の奥がズキズキと疼く。
苛立ちと、自分でもよくわからない何かが混ざり合って、頭がぐちゃぐちゃになる。

島に広大に広がる森の中。
木々が頭上でざわざわと揺れ、小鳥のさえずりが微かに響いている。
適当な倒木に腰掛けていた俺は、その辺の石ころを蹴飛ばす。苔むした石が勢いよく跳ねて、小さな茂みに音を立てて消えていった。
ああ、ムカムカする!

「やあ、恋に悩める子羊よ!」

「し、師匠!?」

鬱蒼とした森の茂みから突如として声が響き、バサッっと音を立てて、吹雪さんが現れた。
……神出鬼没な人だ。

「いや、別に恋に悩んでいたわけじゃ……」

しかし、驚きと同時に少しほっとしていた。
この人らしいな、と。

「まあまあ、一先ずこのブリザードプリンスに聞かせてごらんよ」

吹雪さんのたっぷりな余裕に、ムカついていた気持ちが少しずつ和らいでいく。
まるで森の中を吹き抜ける風のように軽やかな雰囲気を持つ人だ。吹雪なのに。

「……十代のやつのことなんですが」

少し照れくささを感じながら口を開くと、吹雪さんは「うんうん」と頷きながら続きを促してくれる。

「ちょっと前に呼ばれたんで部屋に行ったんですが、お菓子の袋だのカードパックの空袋だのが散らかり放題で」

散乱するゴミを、窓からのどかな光が照らしていたのが似つかわしくなくて、妙に印象に残っている。

「おやおや、少しだらしないかもねぇ」

気の抜けた返事に、こちらも釣られて気が抜けてくる。

「だから後で片付けてやりましたよ」

誰に頼まれたわけではなかったが、いつもの癖みたいなものだった。

「面倒見いいねぇ」

そう言われて、なんだか少し照れてしまいそうになったので次の話題に移る。

「それに、俺が話してる最中だってのにデッキ弄り始めて」

まるで自分のこと自体を軽んじられたようで、思い返すとまたムカムカしてきた。

「アハハ、彼もまたデュエルのとりこだからねぇ」

吹雪さんが笑う。吹雪さんも、十代のことをよく知っているから、笑えるのだろう。
その余裕が、今は少し悔しい。

「まあ、知ってますよ?アイツのデュエル馬鹿加減は。でもマナーがなってないと思いませんか」

「そうだねぇ、十代くんにちゃんと話聞いてほしいんだ?」

吹雪さんの問い掛けに、少し心がざわつく。

「一般論ですよ、一般論」

本当は違うのかもしれないけど、強がっておく。
一呼吸置いて、言葉を続ける。

「それにアイツ『相談があるんだ』って真面目な顔で言うから、何かと思ったら『テンペスターとサンダー・ジャイアント、どっちの方がカッコいいと思う?』とか!くだらないことばっかり聞いてきやがって!」

「へぇ、それでどっちにしたんだい?」

「俺も結構真剣に考えましたけど……いやそこじゃなくて、なんでわざわざ俺にって」

「そりゃあ信頼してるからじゃない?キミのこと」

胸がちくりと痛む。

「そんなことないですよ……アイツ、色んなやつにヘラヘラ愛想振りまいてますから。ムカつくんです」

どうしてムカつくのか。
……どうしてそんなことで、俺は傷付かなくちゃいけないのか。
それがアイツだからなのか、俺だからなのか。考えたくもなかった。

「意識しているんだねぇ」

「……うぅ」

今のは自分でもおかしいと思う。
アイツが誰に何していようと、関係ないはずなのに。
認めたくない、けど……

「それに、それに……」

十代への悪態を紡ごうとする、が。

「……最近、話すタイミングが合わないんですよ」

どうにも、変に意識してしまっているのは確かで。

「寄せては返す波のよう。難しいものだよねぇ、恋ってものは」

俺が声を荒らげると、吹雪さんは肩をすくめてみせる。

「やっぱり面白がっていませんか!?」

「とんでもない。ボクはただ、恋心に戸惑う可愛い弟子の力になりたいだけさ☆」

「師匠……!い、いや、恋だなんて……」

流されてジーンとしてしまいそうになるが、そういう訳にはいかない。

「あの十代に恋なんて何かの間違いで、それに……」

そこまで言いかけて、口をつぐんでしまう。

「それに?」

促す吹雪さんに、視線を逸らしながら言葉を絞り出す。

「つい最近まで、天上院くんに愛を問うていたのに、俺にそんな資格なんて……」

「恋に資格なんていらないさ」

言葉に詰まる俺を見て、吹雪さんが言葉を続ける。

「明日香に本気で向かって行ったキミなら、自分の素直な気持ちが分かるはずだ。それがどれぐらい大事か、もね」

吹雪さんの言葉が染み入る。

「……でも俺には、どうしたらいいか」

視線を地に落とし、俯く。
自分の気持ちは痛いほど分かるのに、持て余してしまう。
"あの"十代に、アプローチ?難題すぎる。

「恋の迷宮(ラブ・ラビリンス)に囚われてしまっているんだね……そんなキミにこれを授けよう」

吹雪さんに、ひょいっと小さく切り揃えられた白い花を手渡される。
突然のことに、一瞬戸惑う。
確かバイカオウレン、とかいう花だったか。

「これは?」 

俺の困惑を気にも留めない様子で、吹雪さんはにっこりと微笑んだ。

「そういうの、十代くんに渡してみたらどうかなって」

「アイツに、花……?」

そんなの渡して、どうなる?
渡すかどうかはともかく、吹雪さんの厚意だ。素直に受け取っておく。

「案外、何か気付くかもよ?」

「あの唐変木のこんちきちーにそんな機微ありますかねぇ……」

花を見つめながら溜息を吐く。
渡したところで、アイツが好意に気付くだろうか。
気付いたとして……返ってくる反応は……
悪い考えが巡る。

「どうだろうね。でも、一歩踏み出さないと何も始まらないでしょ?」

「……簡単に言ってくれますね」

花を見つめ続ける。
白い花びらが、俺に目を逸らさないようにと語り掛けてくるようだった。

「まあ、師匠だからね!それに、一歩自体は大事だけど細やかなものさ」

「……努めてみます」

……どうせ渡したところで、大したことは起きないだろう。
ならば、軽口に乗ってみるのも良いんじゃないだろうか。

***

「お邪魔するドンー」

剣山が勢いよく部屋に入ってくる。その後ろから翔も続いてきて、部屋が一気に賑やかになった。

「アニキーやっほー。あれ、花なんて飾ってあるー」

翔の言葉に、俺は机の端に飾った花を見る。なんの花かはよく知らない。

「素朴なお花さんだドン」

「確かバイカオウレンだよね?山とかに咲いてる」

「ああ、通りで親しみを感じるお花さんだと思ったドン」

剣山も興味深そうに、透明なケースに入った白い花をじっと眺めている。まあそういうの無沈着そうに思われてるんだろう。実際そうだし。

「よっすー。貰ったしせっかくだからな」

万丈目が何か思い詰めた感じで渡してきたから。
よくわかんないけど、なんか大事にした方がいいかなって。

「花を貰ったぁ!?どどど何処の女子っすかぁ!?」

翔が大袈裟なほど驚き、目を見開いて詰め寄ってくる。

「えっ!?女の子からお花さんを貰ったんだドン!?」

剣山まで目を輝かせている。おいおい、勝手に盛り上がんなって。

「いや、女の子じゃなくて──」

慌てて否定しようとするけど、その言葉を途中で遮られた。

「嘘だぁ!バイカオウレンの花言葉は『情熱』!『忍ぶ恋』!『2度目の恋』!これはもう『燃えるような想いを忍ばせてあなたを慕っています♡』ってことでしょ!?」

翔はまるで確信したかのように力説してくる。時々、思い込みの強いやつだよな〜。どこで花言葉なんて仕入れてきたんだ?

「丸藤先輩、詳しいドン……!」

剣山が驚いたように感心しているのが聞こえる。

「お、おう」

俺は曖昧に頷いた。どうリアクションすればいいのか、よくわからなかった。

「あぁ〜いいなぁ〜羨ましいなぁ〜……」

翔は大きなため息をつくと、しみじみと呟いた。

「くぅ〜、流石十代のアニキザウルス!」

剣山のやつは拳を振り上げて無邪気に喜んでるし。
訂正するのも面倒になったので、苦笑いでごまかした。

だけど、翔の言葉がなんだか頭に残った。
机の端をもう一度見る。
小さな白い花が、妙に目に焼き付くように感じられた。

「……『2度目の恋』……なぁ……」

口をついて出た言葉は、驚くほど小さくて、翔たちには聞こえなかったみたいだった。
部屋の騒がしさが、少しずつ遠ざかるように感じる。翔や剣山の笑い声が響いているはずなのに、それがやけにぼやけて聞こえた。

机の端に置いた花が、見つめ返してくるような気がする。
白くて小さくて、今にも消えてしまいそうな儚げな姿。
その静かな佇まいに、胸の奥がわずかにざわついた。

──なんで、こんなに気になるんだろう。

「アニキー、どうしたんすか?」

翔の声で、現実に引き戻される。
振り返れば、いつもと変わらない笑顔の友人たちの姿があった。

「……いや、なんでもねぇよ」

曖昧な笑みを浮かべてごまかす。
ふたりは顔を見合わせて、ハテナを作っていた。

──もし、渡してきたのが万丈目じゃなかったら?
いや、なんでそんなこと考えてるんだろう。

小さな白い花びらが、心のどこかに引っかかる。
それがなんなのか、よくわからないまま。
俺はデッキをいじるために、机の上のカードに手を伸ばした。
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