遊戯王GX(十万SS)
秋晴れの空の下、デュエルアカデミアは年に一度の学園祭に沸き立っていた。
校舎の至る所に極彩色の装飾が施され、どこからか流れてくる軽快な音楽と、屋台から漂う香ばしい匂いが、浮足立った空気をさらに煽っている。
俺は人混みを避けるように、足早に廊下を歩いていた。
別に、あいつが何をしているか気になったわけじゃない。ただ、同じ島にいる仲間として、視察がてら顔を出してやってもいいだろう、と――そう自分に言い聞かせながら。
あいつのクラスが『コスプレ喫茶』をやっていると聞いた時は、鼻で笑ったものだ。だがあの十代のことだ、どうせあいつの好きそうなヒーローの恰好でもして、客とデュエルに興じているのだろうと踏んでいた。
だが、教室の扉を開けた瞬間、俺の思考は完全に停止した。
「……あ~、万丈目……来ちゃったのか……」
そこにいたのは、フリルとレースの奔流に身を包んだ『それ』だった。
『赤』を基調とした、どこまでも場違いなほど愛らしいメイド服。十代は、オレと目が合った瞬間に、持っていたトレイをガタつかせた。
「……何をやってるんだ、お前」
「見りゃわかるだろ。ジャンケンで負けたんだよ……あ~、万丈目だけには見られたくなかったんだけどな~!」
十代は自嘲気味に笑い、頬を朱に染めて視線を泳がせた。
普段、デュエルでどれほど窮地に立たされても不敵に笑う男が、今はただ、ひどく居心地が悪そうに肩を窄めている。
「……ふん、お前がそんな、借りてきた猫のようになっている姿は珍しいな」
動揺する十代を眺めているうちに、先ほどまでの困惑はどこかへ消え失せ、代わりに意地の悪い愉悦が胸の内に湧き上がってきた。
あの十代が、フリルのついたスカートの裾を所在なげに弄り、俺と目を合わせることもできずに赤くなっている。これは、デュエルで勝利するのとはまた別の、格好の『見もの』だ。
「おい、万丈目……あんまりジロジロ見るなって」
「客を見るのはメイドの方だろう?ほら、お前の役目はなんだ。水でも注いだらどうだ」
オレはわざとらしくテーブルを指先で叩く。
あいつは「う……わかってるよ」と低く唸り、不慣れな手つきでピッチャーを握った。
あいつがトレイを胸元で抱え込み、必死に『メイド』という役割をこなそうとすればするほど、背中の大きなリボンが揺れ、そのちぐはぐさが際立つ。
「なんだ、案外似合ってるじゃないか……ぷっ」
「今笑ったろ!おい!」
十代が顔を真っ赤にして詰め寄ってくるが、その恰好のせいで全く威圧感がない。
むしろ、怒りに震える肩から覗くレースの白さが目に焼き付いて、オレは慌てて視線を逸らした。
「……おい、万丈目。ちょっと耳貸せよ」
水を注ぎ終えた十代が、周囲の喧騒に紛れるようにして、すっと俺の耳元に顔を寄せた。不意に近づいたひらひらのレース、そして、あいつ特有の高めの体温が肌に伝わる。
「なんなんだ、一体……」
「いいから……今日の夜さ、オレの部屋に来てくれよ。な?」
囁かれた声は、いつもの快活な響きとは違い、どこか内緒話を楽しむ子供のような、密やかな熱を帯びていた。
オレは思わず喉を鳴らす。
「……何故、オレが行かねばならん」
「いいじゃんか……『相談』があるんだ。頼むよ、万丈目」
十代はオレの動揺を見透かしたのか、それとも無自覚なのか、潤んだ瞳でオレを覗き込んでくる。
その視線が、単なる友人へのものではなく、明確にオレを求めている熱を帯びていることに気づき、オレは視線のやり場に困ってグラスを握りしめた。
「……フン。どうしてもというなら、行ってやらんこともない。お前のあまりにも情けない姿に免じてな」
「あはは、ありがとな!万丈目!」
十代は満足げに身を引くと、最後に一度だけ、オレの指先に自分の指を絡めるようにして触れ、去っていった。
その刹那の感触に、あいつが何を『相談』したがっているのか、その一端を悟らされた気がした。
視線の先では、メイド服の裾を翻して忙しなく動くあいつの後ろ姿がある。
オレは落ち着かないまま、ぬるくなった水を飲み干した。
***
学園祭の喧騒が嘘のように静まり返った、夜の学生寮。
オレは約束通り十代の部屋の扉を叩き、招かれるままに中へと足を踏み入れた。
「……おい、十代。それは何の冗談だ」
期待と緊張が入り混じったオレの覚悟は、机の上に置かれた『それ』を見た瞬間に、乾いた音を立てて崩れ去った。
「いやー、実行委員のやつに頼み込んで『明日ちゃんと返すから、一晩だけ貸してくれ』って言ったら、案外すんなりオーケーしてくれてさ」
「そういう話を聞いてるんじゃない……何故それをオレに見せる」
十代はベッドの端に腰掛け、昼間の羞恥などどこへやら、悪戯っぽく笑いながらオレを見上げた。
「万丈目……これ、着てくれよ」
「……はあ!?」
オレの怒声に近い拒絶にも、あいつは怯まない。それどころか、すっ、と立ち上がると、オレの腕に縋り付くようにして距離を詰めてきた。
「昼間、お前に見られた時さ……すっげー恥ずかしかったんだ。でも、同時に思ったんだよ。これ、万丈目なら俺よりずっと、綺麗に着こなすだろうな、って」
「何を、馬鹿なことを……っ」
「オレのわがまま、聞いてくれよ……な?お願い」
あいつの瞳が、至近距離でオレを射抜く。
恋人としての甘い甘えと、どこか確信犯的な強引さ。昼間にあいつから感じた、あの視線の正体はこれだったのか。
「……一度、一度だけだぞ」
「!本当か!?ありがとな、万丈目!」
パッと顔を輝かせた十代に毒気を抜かれ、オレは忌々しげに顔を背けた。
あいつは「それじゃ、オレは外の廊下で待ってるな!」と、弾んだ声で言い残し、部屋の扉へと向かう。
「終わったら呼んでくれよ……楽しみにしてるからさ」
パタン、と扉が閉まる音がした。
主のいなくなった密室に、オレと、ひらひらとした悪趣味なレースだけが取り残される。
(……何をやっているんだ、オレは……)
ため息をつきながらも、オレはゆっくりと制服のボタンに手をかけた。
廊下からは、あいつが待ちきれない様子で床をコツコツと叩く音が、微かに聞こえてくる。
その音が、あいつの期待の大きさを物語っているようで、オレはさらに顔を赤くしながら、冷たい生地を手に取った。
***
「……おい十代、もういいぞ」
オレは震える声で、扉の向こうへと声を掛ける。
廊下で待っていた十代が、弾かれたように扉を開けた。
「万丈目――」
言葉が途切れた。
からかうような笑みを浮かべていたあいつの顔から、余裕が消える。
十代は一歩、また一歩と部屋に足を踏み入れ、食い入るようにオレを凝視した。
「……何とか言え。笑いたいなら笑えばいいだろう」
あまりの沈黙に耐えかねて毒づくが、十代の瞳は笑ってなどいなかった。
それどころか、獲物を前にしたような、あるいは極上のレアカードを目の当たりにしたような、形容しがたい熱を帯びてオレを射抜いている。
……
「………………」
「……なんとか言ったらどうだ」
「昼間、オレは恥ずかしくて死にそうだったのに……お前が着ると、なんていうか……」
十代が歩み寄り、オレの顎を指先でクイッと持ち上げた。
強制的に視線を合わせられ、逃げ場を失う。
「……すごく、綺麗だ……誰にも見せたくないくらい」
あいつの指が、顎から耳元、そして慣れないレースの襟元へと滑り落ちる。
その独占欲に満ちた視線に、オレの心臓は警鐘を鳴らすように速まった。
「……満足したなら、もう脱ぐぞ。こんな格好、落ち着かん」
「やだ。まだ『相談』が終わってないだろ?」
俺が背を向けようとした瞬間、十代の腕が俺の腰を背後から強く拘束した。
何層にも重なったスカートが、あいつの体温に押しつぶされてカサリと音を立てる。
「……相談とは、なんだ」
「メイドなら、主人の言うこと聞かなきゃ……だろ?」
十代の声が、耳元で低く響く。
それは明らかな誘いであり、ふざけた『設定』を盾にした、あいつなりの我儘だった。
普段のオレなら「ふざけるな」と一蹴するところだ。だが、このひらひらとした衣装のせいで、自分の中の矜持がどこか麻痺している。
「……フン。主人の命令、な……」
「ああ……命令。今夜は、最後までその恰好でいてくれ」
あいつの手が、背中の大きなリボンに触れる。
それを解くのではなく、むしろそのリボンを取っ手にでもするように、オレをベッドの方へと引き寄せた。
「……一度だけだと言ったはずだぞ」
「わかってるって……今晩だけ、な」
オレは屈辱に顔を焼きながらも、自分に言い聞かせた。
これは『役割』なのだと。
メイドという役割を完璧にこなすためなら、主人の無茶な欲望に付き合うのも、オレの流儀なのだと――。
そうやって自分に嘘をつくのを許してしまうほど、身体に感じる十代の鼓動は、狂おしいほどに熱かった。
「……万丈目、こっち向けよ」
十代の手が、オレの肩を掴んで強引に引き寄せる。
反抗しようとしたオレの言葉は、鏡に映った自分たちの姿を見た瞬間に喉の奥へ消えた。
そこには、見慣れたオベリスクブルーの制服を脱ぎ捨て『赤』に染め上げられたオレがいた。
「……すげー新鮮だよ。いつも青い制服着て、凛としてるお前がさ、オレと同じ赤を着てる」
十代の視線が、オレの胸元の赤い生地をなぞる。
それは、ただ衣装が似合ってると賞賛する目ではなかった。
「青い万丈目もカッコイイけど……赤い万丈目は、なんだかオレのモノって感じがする」
自分の色で相手を塗り潰し、己の支配下に置いたことを悦んでいる――そんな、傲慢で純粋な『征服欲』がそこにはあった。
「……お前、何を……っ」
動揺して言葉を詰まらせるオレの腰を、十代はさらに強く引き寄せた。
いつもなら、この傲慢な視線には不敵な笑みで返してやるところだ。だが、今のオレはひらひらとしたフリルに自由を奪われ、あいつの色の掌中に収まっている。
「……イヤか?オレの色にされるの」
耳元で囁くあいつの声は、どこか楽しげだ。
オレを屈服させているという事実が、十代の中にある、普段は眠っている独占欲を呼び覚ましているのが手に取るようにわかる。
「……お前ごときに、このオレが染まるとでも思うのか」
「ははっ……強気だな。それでこそ、万丈目だよな」
十代の指が、赤いスカートの裾をゆっくりと捲り上げる。
露出した太腿に、夜の冷たい空気と、あいつの熱い指先が同時に触れた。
青い矜持を剝ぎ取られ、赤という熱狂に引き摺り込まれていく。その感覚は、屈辱であるはずなのに、どこか抗いがたい快楽を伴ってオレの思考を麻痺させていった。
「……さあ、主人の望みを叶えてくれるんだろ?可愛いメイドさん」
あいつの瞳に宿る、底知れない赤。
オレは、自分を染め上げるその色に気圧されるように、ゆっくりと瞳を閉じた。
「……っ、ん……ッ」
不意に重なった十代の唇は、昼間の喧騒を忘れさせるほどに熱く、強引だった。
オレの抗議を飲み込むように、あいつの舌が執拗に絡みついてくる。意識が白濁し、背中を握りしめるオレの指先に力がこもる。
だが、その最中。
赤いスカートの裾を捲り上げていた十代の手が、ある『感触』を捉えて止まった。
「……万丈目」
あいつが唇を離す。呆然とした顔でオレの足元を……いや、スカートの中を覗き込もうとした。
「な、なんだ!急に……!」
「これ、お前……ドロワーズ、履いてるのか!?」
十代の声が、驚きと、それ以上に純粋な感動に震えていた。
オレは顔が爆発するほど赤くなるのを感じ、必死にスカートを抑え込んだ。
「……衣装としてセットで置かれてたんだから、履けということだと思うだろうが!」
「いや、でも流石に着けてくれないかなって思ってたから……!見えないところだし……!」
十代は感極まったように、ドロワーズの裾を飾る控えめなフリルを指先でなぞった。
「……万丈目、やってほしいことがあるんだけど」
「……なんだ。これ以上、何をさせるつもりだ」
オレの問いに、十代は不敵な、それこそデュエルで勝利を確信した時のような笑みを浮かべた。
「そのスカート……捲り上げてくれよ。オレの、命令」
心臓が、ドクンと大きな音を立てた。
あまりにも直球で、羞恥心を逆撫でする言葉。
自分の手で、この屈辱の象徴を露わにしろと言うのか。しかも、その奥に揃えてしまったものが隠れていることを、お互いに知っている状況で。
「……っ、ふざけるな。さすがに、それは……」
「いいじゃんか。オレしか見てないんだからさ……オレだけに、全部見せてくれるんだろ?」
十代の手が、オレの腰にそっと添えられる。逃げ道を塞ぐような、優しくも強引な重み。
あいつの瞳は、オレが拒絶できないことを確信していた。恋人としての甘えと、主人としての傲慢さが混ざり合った、抗いがたい熱量。
「……っ、後悔しても、知らんぞ……」
オレは震える指先で、赤い生地の裾を掴んだ。
カサリ、と乾いた音が、静まり返った部屋にやけに大きく響く。
ゆっくりと、自分自身で『赤』を押し上げていく。
膝が露出し、そのすぐ上で太腿を締め付けるドロワーズの白いフリルが、赤いカーテンが開くようにして姿を現した。
十代が、小さく吐息を漏らす。
自分の手でスカートを捲り上げ、その下にある清楚な『準備』を晒しているオレの姿に、あいつの征服欲が最高潮に達したのがわかった。
「……満足か、十代」
「……最高だ。万丈目、お前……顔、真っ赤だぜ?」
あいつの指が、オレが掴んでいたはずの裾の上から、重なるようにして添えられる。
それは、もうオレ自身が逃げ出すことを許さないという、無言の宣告だった。
十代の影が、オレの全身を覆うように重なる。
昼間、あいつが見せていた居心地の悪そうな羞恥は、今やこの部屋のどこにも残っていない。
代わりに、目の前の『獲物』を隅々まで味わい尽くそうとする、剝き出しの熱量だけがそこにあった。
羞恥に熱を帯びたオレの吐息が、十代の深い口づけの中に溶けて消えていく。
夜の静寂が二人を包み込み、ただ重なり合う体温と、絶え間なく揺れるフリルの音だけが、深く、濃密に、部屋の空気を塗り潰していった。
校舎の至る所に極彩色の装飾が施され、どこからか流れてくる軽快な音楽と、屋台から漂う香ばしい匂いが、浮足立った空気をさらに煽っている。
俺は人混みを避けるように、足早に廊下を歩いていた。
別に、あいつが何をしているか気になったわけじゃない。ただ、同じ島にいる仲間として、視察がてら顔を出してやってもいいだろう、と――そう自分に言い聞かせながら。
あいつのクラスが『コスプレ喫茶』をやっていると聞いた時は、鼻で笑ったものだ。だがあの十代のことだ、どうせあいつの好きそうなヒーローの恰好でもして、客とデュエルに興じているのだろうと踏んでいた。
だが、教室の扉を開けた瞬間、俺の思考は完全に停止した。
「……あ~、万丈目……来ちゃったのか……」
そこにいたのは、フリルとレースの奔流に身を包んだ『それ』だった。
『赤』を基調とした、どこまでも場違いなほど愛らしいメイド服。十代は、オレと目が合った瞬間に、持っていたトレイをガタつかせた。
「……何をやってるんだ、お前」
「見りゃわかるだろ。ジャンケンで負けたんだよ……あ~、万丈目だけには見られたくなかったんだけどな~!」
十代は自嘲気味に笑い、頬を朱に染めて視線を泳がせた。
普段、デュエルでどれほど窮地に立たされても不敵に笑う男が、今はただ、ひどく居心地が悪そうに肩を窄めている。
「……ふん、お前がそんな、借りてきた猫のようになっている姿は珍しいな」
動揺する十代を眺めているうちに、先ほどまでの困惑はどこかへ消え失せ、代わりに意地の悪い愉悦が胸の内に湧き上がってきた。
あの十代が、フリルのついたスカートの裾を所在なげに弄り、俺と目を合わせることもできずに赤くなっている。これは、デュエルで勝利するのとはまた別の、格好の『見もの』だ。
「おい、万丈目……あんまりジロジロ見るなって」
「客を見るのはメイドの方だろう?ほら、お前の役目はなんだ。水でも注いだらどうだ」
オレはわざとらしくテーブルを指先で叩く。
あいつは「う……わかってるよ」と低く唸り、不慣れな手つきでピッチャーを握った。
あいつがトレイを胸元で抱え込み、必死に『メイド』という役割をこなそうとすればするほど、背中の大きなリボンが揺れ、そのちぐはぐさが際立つ。
「なんだ、案外似合ってるじゃないか……ぷっ」
「今笑ったろ!おい!」
十代が顔を真っ赤にして詰め寄ってくるが、その恰好のせいで全く威圧感がない。
むしろ、怒りに震える肩から覗くレースの白さが目に焼き付いて、オレは慌てて視線を逸らした。
「……おい、万丈目。ちょっと耳貸せよ」
水を注ぎ終えた十代が、周囲の喧騒に紛れるようにして、すっと俺の耳元に顔を寄せた。不意に近づいたひらひらのレース、そして、あいつ特有の高めの体温が肌に伝わる。
「なんなんだ、一体……」
「いいから……今日の夜さ、オレの部屋に来てくれよ。な?」
囁かれた声は、いつもの快活な響きとは違い、どこか内緒話を楽しむ子供のような、密やかな熱を帯びていた。
オレは思わず喉を鳴らす。
「……何故、オレが行かねばならん」
「いいじゃんか……『相談』があるんだ。頼むよ、万丈目」
十代はオレの動揺を見透かしたのか、それとも無自覚なのか、潤んだ瞳でオレを覗き込んでくる。
その視線が、単なる友人へのものではなく、明確にオレを求めている熱を帯びていることに気づき、オレは視線のやり場に困ってグラスを握りしめた。
「……フン。どうしてもというなら、行ってやらんこともない。お前のあまりにも情けない姿に免じてな」
「あはは、ありがとな!万丈目!」
十代は満足げに身を引くと、最後に一度だけ、オレの指先に自分の指を絡めるようにして触れ、去っていった。
その刹那の感触に、あいつが何を『相談』したがっているのか、その一端を悟らされた気がした。
視線の先では、メイド服の裾を翻して忙しなく動くあいつの後ろ姿がある。
オレは落ち着かないまま、ぬるくなった水を飲み干した。
***
学園祭の喧騒が嘘のように静まり返った、夜の学生寮。
オレは約束通り十代の部屋の扉を叩き、招かれるままに中へと足を踏み入れた。
「……おい、十代。それは何の冗談だ」
期待と緊張が入り混じったオレの覚悟は、机の上に置かれた『それ』を見た瞬間に、乾いた音を立てて崩れ去った。
「いやー、実行委員のやつに頼み込んで『明日ちゃんと返すから、一晩だけ貸してくれ』って言ったら、案外すんなりオーケーしてくれてさ」
「そういう話を聞いてるんじゃない……何故それをオレに見せる」
十代はベッドの端に腰掛け、昼間の羞恥などどこへやら、悪戯っぽく笑いながらオレを見上げた。
「万丈目……これ、着てくれよ」
「……はあ!?」
オレの怒声に近い拒絶にも、あいつは怯まない。それどころか、すっ、と立ち上がると、オレの腕に縋り付くようにして距離を詰めてきた。
「昼間、お前に見られた時さ……すっげー恥ずかしかったんだ。でも、同時に思ったんだよ。これ、万丈目なら俺よりずっと、綺麗に着こなすだろうな、って」
「何を、馬鹿なことを……っ」
「オレのわがまま、聞いてくれよ……な?お願い」
あいつの瞳が、至近距離でオレを射抜く。
恋人としての甘い甘えと、どこか確信犯的な強引さ。昼間にあいつから感じた、あの視線の正体はこれだったのか。
「……一度、一度だけだぞ」
「!本当か!?ありがとな、万丈目!」
パッと顔を輝かせた十代に毒気を抜かれ、オレは忌々しげに顔を背けた。
あいつは「それじゃ、オレは外の廊下で待ってるな!」と、弾んだ声で言い残し、部屋の扉へと向かう。
「終わったら呼んでくれよ……楽しみにしてるからさ」
パタン、と扉が閉まる音がした。
主のいなくなった密室に、オレと、ひらひらとした悪趣味なレースだけが取り残される。
(……何をやっているんだ、オレは……)
ため息をつきながらも、オレはゆっくりと制服のボタンに手をかけた。
廊下からは、あいつが待ちきれない様子で床をコツコツと叩く音が、微かに聞こえてくる。
その音が、あいつの期待の大きさを物語っているようで、オレはさらに顔を赤くしながら、冷たい生地を手に取った。
***
「……おい十代、もういいぞ」
オレは震える声で、扉の向こうへと声を掛ける。
廊下で待っていた十代が、弾かれたように扉を開けた。
「万丈目――」
言葉が途切れた。
からかうような笑みを浮かべていたあいつの顔から、余裕が消える。
十代は一歩、また一歩と部屋に足を踏み入れ、食い入るようにオレを凝視した。
「……何とか言え。笑いたいなら笑えばいいだろう」
あまりの沈黙に耐えかねて毒づくが、十代の瞳は笑ってなどいなかった。
それどころか、獲物を前にしたような、あるいは極上のレアカードを目の当たりにしたような、形容しがたい熱を帯びてオレを射抜いている。
……
「………………」
「……なんとか言ったらどうだ」
「昼間、オレは恥ずかしくて死にそうだったのに……お前が着ると、なんていうか……」
十代が歩み寄り、オレの顎を指先でクイッと持ち上げた。
強制的に視線を合わせられ、逃げ場を失う。
「……すごく、綺麗だ……誰にも見せたくないくらい」
あいつの指が、顎から耳元、そして慣れないレースの襟元へと滑り落ちる。
その独占欲に満ちた視線に、オレの心臓は警鐘を鳴らすように速まった。
「……満足したなら、もう脱ぐぞ。こんな格好、落ち着かん」
「やだ。まだ『相談』が終わってないだろ?」
俺が背を向けようとした瞬間、十代の腕が俺の腰を背後から強く拘束した。
何層にも重なったスカートが、あいつの体温に押しつぶされてカサリと音を立てる。
「……相談とは、なんだ」
「メイドなら、主人の言うこと聞かなきゃ……だろ?」
十代の声が、耳元で低く響く。
それは明らかな誘いであり、ふざけた『設定』を盾にした、あいつなりの我儘だった。
普段のオレなら「ふざけるな」と一蹴するところだ。だが、このひらひらとした衣装のせいで、自分の中の矜持がどこか麻痺している。
「……フン。主人の命令、な……」
「ああ……命令。今夜は、最後までその恰好でいてくれ」
あいつの手が、背中の大きなリボンに触れる。
それを解くのではなく、むしろそのリボンを取っ手にでもするように、オレをベッドの方へと引き寄せた。
「……一度だけだと言ったはずだぞ」
「わかってるって……今晩だけ、な」
オレは屈辱に顔を焼きながらも、自分に言い聞かせた。
これは『役割』なのだと。
メイドという役割を完璧にこなすためなら、主人の無茶な欲望に付き合うのも、オレの流儀なのだと――。
そうやって自分に嘘をつくのを許してしまうほど、身体に感じる十代の鼓動は、狂おしいほどに熱かった。
「……万丈目、こっち向けよ」
十代の手が、オレの肩を掴んで強引に引き寄せる。
反抗しようとしたオレの言葉は、鏡に映った自分たちの姿を見た瞬間に喉の奥へ消えた。
そこには、見慣れたオベリスクブルーの制服を脱ぎ捨て『赤』に染め上げられたオレがいた。
「……すげー新鮮だよ。いつも青い制服着て、凛としてるお前がさ、オレと同じ赤を着てる」
十代の視線が、オレの胸元の赤い生地をなぞる。
それは、ただ衣装が似合ってると賞賛する目ではなかった。
「青い万丈目もカッコイイけど……赤い万丈目は、なんだかオレのモノって感じがする」
自分の色で相手を塗り潰し、己の支配下に置いたことを悦んでいる――そんな、傲慢で純粋な『征服欲』がそこにはあった。
「……お前、何を……っ」
動揺して言葉を詰まらせるオレの腰を、十代はさらに強く引き寄せた。
いつもなら、この傲慢な視線には不敵な笑みで返してやるところだ。だが、今のオレはひらひらとしたフリルに自由を奪われ、あいつの色の掌中に収まっている。
「……イヤか?オレの色にされるの」
耳元で囁くあいつの声は、どこか楽しげだ。
オレを屈服させているという事実が、十代の中にある、普段は眠っている独占欲を呼び覚ましているのが手に取るようにわかる。
「……お前ごときに、このオレが染まるとでも思うのか」
「ははっ……強気だな。それでこそ、万丈目だよな」
十代の指が、赤いスカートの裾をゆっくりと捲り上げる。
露出した太腿に、夜の冷たい空気と、あいつの熱い指先が同時に触れた。
青い矜持を剝ぎ取られ、赤という熱狂に引き摺り込まれていく。その感覚は、屈辱であるはずなのに、どこか抗いがたい快楽を伴ってオレの思考を麻痺させていった。
「……さあ、主人の望みを叶えてくれるんだろ?可愛いメイドさん」
あいつの瞳に宿る、底知れない赤。
オレは、自分を染め上げるその色に気圧されるように、ゆっくりと瞳を閉じた。
「……っ、ん……ッ」
不意に重なった十代の唇は、昼間の喧騒を忘れさせるほどに熱く、強引だった。
オレの抗議を飲み込むように、あいつの舌が執拗に絡みついてくる。意識が白濁し、背中を握りしめるオレの指先に力がこもる。
だが、その最中。
赤いスカートの裾を捲り上げていた十代の手が、ある『感触』を捉えて止まった。
「……万丈目」
あいつが唇を離す。呆然とした顔でオレの足元を……いや、スカートの中を覗き込もうとした。
「な、なんだ!急に……!」
「これ、お前……ドロワーズ、履いてるのか!?」
十代の声が、驚きと、それ以上に純粋な感動に震えていた。
オレは顔が爆発するほど赤くなるのを感じ、必死にスカートを抑え込んだ。
「……衣装としてセットで置かれてたんだから、履けということだと思うだろうが!」
「いや、でも流石に着けてくれないかなって思ってたから……!見えないところだし……!」
十代は感極まったように、ドロワーズの裾を飾る控えめなフリルを指先でなぞった。
「……万丈目、やってほしいことがあるんだけど」
「……なんだ。これ以上、何をさせるつもりだ」
オレの問いに、十代は不敵な、それこそデュエルで勝利を確信した時のような笑みを浮かべた。
「そのスカート……捲り上げてくれよ。オレの、命令」
心臓が、ドクンと大きな音を立てた。
あまりにも直球で、羞恥心を逆撫でする言葉。
自分の手で、この屈辱の象徴を露わにしろと言うのか。しかも、その奥に揃えてしまったものが隠れていることを、お互いに知っている状況で。
「……っ、ふざけるな。さすがに、それは……」
「いいじゃんか。オレしか見てないんだからさ……オレだけに、全部見せてくれるんだろ?」
十代の手が、オレの腰にそっと添えられる。逃げ道を塞ぐような、優しくも強引な重み。
あいつの瞳は、オレが拒絶できないことを確信していた。恋人としての甘えと、主人としての傲慢さが混ざり合った、抗いがたい熱量。
「……っ、後悔しても、知らんぞ……」
オレは震える指先で、赤い生地の裾を掴んだ。
カサリ、と乾いた音が、静まり返った部屋にやけに大きく響く。
ゆっくりと、自分自身で『赤』を押し上げていく。
膝が露出し、そのすぐ上で太腿を締め付けるドロワーズの白いフリルが、赤いカーテンが開くようにして姿を現した。
十代が、小さく吐息を漏らす。
自分の手でスカートを捲り上げ、その下にある清楚な『準備』を晒しているオレの姿に、あいつの征服欲が最高潮に達したのがわかった。
「……満足か、十代」
「……最高だ。万丈目、お前……顔、真っ赤だぜ?」
あいつの指が、オレが掴んでいたはずの裾の上から、重なるようにして添えられる。
それは、もうオレ自身が逃げ出すことを許さないという、無言の宣告だった。
十代の影が、オレの全身を覆うように重なる。
昼間、あいつが見せていた居心地の悪そうな羞恥は、今やこの部屋のどこにも残っていない。
代わりに、目の前の『獲物』を隅々まで味わい尽くそうとする、剝き出しの熱量だけがそこにあった。
羞恥に熱を帯びたオレの吐息が、十代の深い口づけの中に溶けて消えていく。
夜の静寂が二人を包み込み、ただ重なり合う体温と、絶え間なく揺れるフリルの音だけが、深く、濃密に、部屋の空気を塗り潰していった。
