異世界はこちら
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教室の窓から銀髪の髪がちらりと見え、そっと視線を下に下ろす。銀髪の生徒なんて何人もいるのだからあの人とは限らないのだが、もし彼だとして万が一目が合えば何となく気まずい。
アズール・アーシェングロット。オクタヴィネルの寮長でつい先日寮の権利を懸けて争った相手だ。リーチ先輩たちに邪魔をされながら海の中へ写真を取りに行くという結構な難題を私はサバナクローのレオナ先輩たちを巻き込むことによりやり遂げ、勝ちを取った。いや、正確には契約自体をひっくり返した。あの作戦を悔やんでいるわけではない。あれは友人たちの自由と唯一の棲み家を懸けた取引でこちらも一切譲ることはできなかった。もし過去に戻ったとしても私は同じ道を選ぶだろう。
ただ、良心の呵責を全く感じていないかと言われるとそうでもない。今までこつこつと貯めてきた契約書を(例え悪どい方法で集めたとしても)全部砂にしてしまうのは気の毒なことをしたかもしれない、とはちょっぴり思っている。
彼とはあのあと写真を返しに行くため一緒に水族館へ足を運んだし、そのとき特に何か恨み言を言われたりもしなかった。むしろ憑き物が落ちたかのように生き生きと店を切り盛りしていたことを覚えている。けれど、人の心の奥までは分からない。本当は腹立たしいかもしれないし、私の顔を見たくないと思っているかもしれない。そうだとしたら顔を合わすのは気まずい。
そんなわけであのモストロラウンジ来店以降はアズール先輩とは鉢合わさないようにしていた。
「そういえば今日の錬金術って二年の先輩らと合同授業だよな。上級生と組むとかなんか大変そー」
「ああ。誰と組むことになるか緊張するな」
「知っている人だと良いよね」
次の授業は二年と合同の錬金術の授業だった。本来ならば一年同士との合同だったのだが、時間割りの都合で変更になったらしい。
知っている人が良いとは言ったものの部活に入っていない私の知り合いは限られてくる。よく知っている2年の先輩といえばリドル先輩とラギー先輩だが、合同のクラスは2ーCと聞いたので二人はいない。他に知っている先輩といえば、ハーツラビュルのお茶会で話す先輩とか新聞部の先輩とか(学園長からの頼まれごとで知り合った)、あとは………。
「おや、あなた方が1―Aでしたか」
「げっ……」
「アーシェングロット先輩のクラスってCだったんですね……」
「アズールじゃねえか」
教室の入り口で声をかけられた三者三様の反応。全員あまり好意的な反応ではないというのに本人は気にした様子もなく営業スマイルを浮かべている。私も彼らと同様微妙な表情を浮かべていたらしい。あなた顔がひきつってますよなんて言われてしまい苦笑いを返す。
「お久しぶりです。アーシェングロット先輩」
「ええ、お久しぶりです。あれからモストロラウンジに来てくださらないので本当にお久しぶりです」
責めてるような物言いに聞こえるのだが気のせいだろうか。また伺いますととりあえず言っておく。アズール先輩は相変わらず営業スマイルのまま、それではまたあとでと先に中へ入っていった。エースたちと顔を見合わす。
「あの人今またあとでっつったけど」
「言ったな」
「つまり、誰か先輩と組むことになってるってこと?」
「俺様嫌なんだゾ………」
私だってご遠慮したい。正直一番気まずいのは私だと思う。ペアが貼られている黒板の前へ行くと、私の名前はすぐに見つかった。相手はアーシェングロットと書かれている。
「うわあ」
「なんつーかドンマイ」
「頑張れ」
「遠くから見てるんだゾ」
そこは見守ってるんだゾじゃないだろうか、グリム。教室を見渡すとすでに席に着いているアズール先輩の姿が見えた。仕方ない。腹をくくろう。レオナ先輩の部屋の前で夜通しどんちゃん騒ぎをしたことより大変なこともそうそうない。
「よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
差し出された手を握る。まだゴム手袋をつけていないから素手だ。少しひんやりとしている。人魚だからだろうか。
そしてクルーウェル先生が来て授業が始まった。実験の課題は2年との合同のためいつもより難易度が高めだが、思いの外スムーズに進んでいた。そういえば、アズール先輩はテストの虎の巻を製作できるほどに勉強家なんだっけ。本当ならもったいないくらい最高のパートナーだ。
……あの騒動さえなければ。ちらりと視線を上げるとちょうど目が合った。にこりと微笑まれる。私は目を逸らす。何だろう、この居心地の悪さ。まるで監視されているような気分。
「どうしました?僕の顔に何かついていますか」
「いえ……何もないです」
「……そうですか」
実験はつつがなく終わった。先生からはグッドボーイと褒められ(ほとんどアズール先輩のおかげなのは言うまでもない)私たちは一足早く合格をもらう。チャイムが鳴るまで待っているよう言われたので他の人たちが実験をしているのをぼんやり眺めていると、不意に先輩が口を開いた。
「あのときと違ってずいぶん控えめになりましたね」
「え?」
「いえ、僕に遠慮していると言ったほうが正しいでしょうか。あのときや水族館で僕に声をかけた同じあなただとはどうも思えない」
「きゅ、急にどうしたんですか」
「急じゃありませんよ。モストロラウンジに来なかったのも今まで会うことがなかったのも理由は分かっています。あなた僕を避けていたでしょう」
先輩からそんな話をされるとは思っていなかった。避けていることを気づかれる可能性はあると思っていたが、わざわざ話題にされるとは思わなかったのだ。
「違いますか?」
「……違わないです」
「では、理由をお聞きしても?」
目を逸らすことさえ許されそうにない強い視線に唇を噛む。偽りなく答えるしか道はなさそうだった。
「アーシェングロット先輩が怒ってるかなと思ったんです」
「は?」
私の言葉に彼は心底意味が分からないと言いたげに顔をしかめた。そんなに理解できないだろうか。
「取引に勝つために契約書、全部消しとんじゃったでしょう。だから、先輩は私に怒ってるかなと思って……顔を見るのも不愉快だったら悪いな、なんて」
「つまり、あなたは僕が負けたら拗ねるような小さな男だと思っていたということですか?」
「え」
彼の眉間にシワがよっている。怒らせてしまったらしい。これはいけない。どうにかして謝ろうと口を開こうとすると、先にアズール先輩が言葉を発した。
「少し話があります。ここでは何ですので場所を変えましょう」
「え、授業は」
「さっきチャイム鳴りましたよ」
時計を見ると確かに授業時間は終わっていた。クルーウェル先生が生徒の質問に答えている。本当に授業は終わっていたようだ。
先輩に急かされ慌てて教科書を手に取る。エースたちが心配そうな顔でこちらを見ていた。口パクで大丈夫だからと答えておく。本当に大丈夫かは微妙なところだが。実験室を出て廊下を歩く。どこに行くのか尋ねるが、黙ってついてきなさいと言われてしまった。そして彼が立ち止まった場所は人気のない階段下だった。さっそく彼が切り出す。
「さっきの話の続きですが、あなたは僕が怒っていると思っていたんですか?」
「ええ、まあ……可能性はあるかなと」
「あれから僕たちあなたに何かしたりしてないでしょう」
そう言われても本心までは読めないんですもんと呟くと、彼は呆れた顔になった。ため息をつくと再び私を見た。
「あまり僕をなめないでいただきたい」
「!」
それは今までにないほど真剣な声だった。営業のときのスラスラとしたお喋りではない。
「確かにあのときあなたに負け、おかげで全部パーになりました。あのときの悔しさは今でも口にしがたいほどだ……」
「すみません」
「謝らないでください。結局のところ敗因はこちらの読みが甘かったことにあります。監督生さんがサバナクロー寮長を引っ張り出すことなどあり得ないとはなから決めつけていた。聞きましたよ。あなた、グリムさんと夜通しレオナさんの部屋の前で騒ぎまくって彼を脅したそうじゃないですか。正直信じられませんでしたよ」
「あのときは必死だったもので」
「……そこを見誤ったのも敗因の一つでしょうね」
アズール先輩は眼鏡を軽く押し上げた。
「とにかく。僕たちはあの取引で負けたからと言って未練がましく恨むことはしません。そんなことをしてる暇があれば、次のチャンスを掴みます」
……そういえばそうだった。彼は転んだからといってただで起き上がるような人ではなかった。何を勘違いしていたのだろう。私のことを恨んでいるかもだなんてとても失礼な勘違いをしていた。
「ところで僕に悪いと思っているなら、また同じ状況になった場合どうするんです?」
「……あのときと同じことします」
「フッ、そうでなくては」
おかしそうに笑う先輩に私も笑い返す。邪推して杞憂してしまっていたらしい。
「ありがとうございます。やっぱり先輩はすごい人ですね」
「!……そ、それでは僕はこれで。モストロラウンジへのご来店お待ちしています」
アズール先輩が足早に去っていく。代わりに階段の上からエースたちがバタバタと降りてきた。
「大丈夫だったか?」
「あ、うん。大丈夫。お話ししてただけ」
「話~?まさかまた契約したんじゃねーよな」
「さすがにしないよ」
水中追いかけっこはもう十分だ。すでに姿の見えないアズール先輩が去った方向へ目を向ける。
「ねえ、今日モストロラウンジに行かない?」
「やれやれ、全く呆れたものですよねぇ。僕があんなことで怒ってると思っていただなんて。監督生さんは僕を見くびりすぎだと思いませんか」
「アズールなんか嬉しそうだね」
「ここ数日監督生さんに避けられていることを悩んでいましたから。半ば強引に合同授業を仕組んだ甲斐がありましたね」
合同授業ができるよう色々と根回しをし(細工をし)、監督生と二人きりで話す時間をつくる。そんなことしなくても顔見知りなんだから普通に聞けばいいじゃんとフロイドは思うが、アズールの性格上難しかったらしい。
「でもさあ、小エビちゃんの推測も間違いではなくね?」
「はい?」
「ええ、そうですね。だってアズール、レオナさんたちに対してはあのあとも恨みがましく言っていましたし監督生さんが気に病むのも仕方ありません」
「!あ、あれは人が集めてきたものを一瞬にして無に返す非情さと一回上げて落とすという意地の悪い無駄な行程に文句があっただけだ!」
「でもトド先輩ら連れてきたの小エビちゃんたちじゃん」
言葉に詰まったアズールが不満げな顔になる。彼の頭のなかではハイスピードで新たな言い訳がつくられているだろう。
「まぁ、こっちから巻き込んでおいて負けたからって恨むとか超かっこわるいけど」
自分の問いかけにどう答えようか考えているアズールを横目にフロイドは自己完結した。監督生を契約の場に引っ張りこんだのはあくまでも自分たちだ。一歩出し抜かれたからといって恨むのはさすがにカッコ悪い。
だってここは弱肉強食がモットーのNRCなのだから。
「(にしても、負けた相手に惚れるとかアズールってわけわかんねー……)」
アズール・アーシェングロット。オクタヴィネルの寮長でつい先日寮の権利を懸けて争った相手だ。リーチ先輩たちに邪魔をされながら海の中へ写真を取りに行くという結構な難題を私はサバナクローのレオナ先輩たちを巻き込むことによりやり遂げ、勝ちを取った。いや、正確には契約自体をひっくり返した。あの作戦を悔やんでいるわけではない。あれは友人たちの自由と唯一の棲み家を懸けた取引でこちらも一切譲ることはできなかった。もし過去に戻ったとしても私は同じ道を選ぶだろう。
ただ、良心の呵責を全く感じていないかと言われるとそうでもない。今までこつこつと貯めてきた契約書を(例え悪どい方法で集めたとしても)全部砂にしてしまうのは気の毒なことをしたかもしれない、とはちょっぴり思っている。
彼とはあのあと写真を返しに行くため一緒に水族館へ足を運んだし、そのとき特に何か恨み言を言われたりもしなかった。むしろ憑き物が落ちたかのように生き生きと店を切り盛りしていたことを覚えている。けれど、人の心の奥までは分からない。本当は腹立たしいかもしれないし、私の顔を見たくないと思っているかもしれない。そうだとしたら顔を合わすのは気まずい。
そんなわけであのモストロラウンジ来店以降はアズール先輩とは鉢合わさないようにしていた。
「そういえば今日の錬金術って二年の先輩らと合同授業だよな。上級生と組むとかなんか大変そー」
「ああ。誰と組むことになるか緊張するな」
「知っている人だと良いよね」
次の授業は二年と合同の錬金術の授業だった。本来ならば一年同士との合同だったのだが、時間割りの都合で変更になったらしい。
知っている人が良いとは言ったものの部活に入っていない私の知り合いは限られてくる。よく知っている2年の先輩といえばリドル先輩とラギー先輩だが、合同のクラスは2ーCと聞いたので二人はいない。他に知っている先輩といえば、ハーツラビュルのお茶会で話す先輩とか新聞部の先輩とか(学園長からの頼まれごとで知り合った)、あとは………。
「おや、あなた方が1―Aでしたか」
「げっ……」
「アーシェングロット先輩のクラスってCだったんですね……」
「アズールじゃねえか」
教室の入り口で声をかけられた三者三様の反応。全員あまり好意的な反応ではないというのに本人は気にした様子もなく営業スマイルを浮かべている。私も彼らと同様微妙な表情を浮かべていたらしい。あなた顔がひきつってますよなんて言われてしまい苦笑いを返す。
「お久しぶりです。アーシェングロット先輩」
「ええ、お久しぶりです。あれからモストロラウンジに来てくださらないので本当にお久しぶりです」
責めてるような物言いに聞こえるのだが気のせいだろうか。また伺いますととりあえず言っておく。アズール先輩は相変わらず営業スマイルのまま、それではまたあとでと先に中へ入っていった。エースたちと顔を見合わす。
「あの人今またあとでっつったけど」
「言ったな」
「つまり、誰か先輩と組むことになってるってこと?」
「俺様嫌なんだゾ………」
私だってご遠慮したい。正直一番気まずいのは私だと思う。ペアが貼られている黒板の前へ行くと、私の名前はすぐに見つかった。相手はアーシェングロットと書かれている。
「うわあ」
「なんつーかドンマイ」
「頑張れ」
「遠くから見てるんだゾ」
そこは見守ってるんだゾじゃないだろうか、グリム。教室を見渡すとすでに席に着いているアズール先輩の姿が見えた。仕方ない。腹をくくろう。レオナ先輩の部屋の前で夜通しどんちゃん騒ぎをしたことより大変なこともそうそうない。
「よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
差し出された手を握る。まだゴム手袋をつけていないから素手だ。少しひんやりとしている。人魚だからだろうか。
そしてクルーウェル先生が来て授業が始まった。実験の課題は2年との合同のためいつもより難易度が高めだが、思いの外スムーズに進んでいた。そういえば、アズール先輩はテストの虎の巻を製作できるほどに勉強家なんだっけ。本当ならもったいないくらい最高のパートナーだ。
……あの騒動さえなければ。ちらりと視線を上げるとちょうど目が合った。にこりと微笑まれる。私は目を逸らす。何だろう、この居心地の悪さ。まるで監視されているような気分。
「どうしました?僕の顔に何かついていますか」
「いえ……何もないです」
「……そうですか」
実験はつつがなく終わった。先生からはグッドボーイと褒められ(ほとんどアズール先輩のおかげなのは言うまでもない)私たちは一足早く合格をもらう。チャイムが鳴るまで待っているよう言われたので他の人たちが実験をしているのをぼんやり眺めていると、不意に先輩が口を開いた。
「あのときと違ってずいぶん控えめになりましたね」
「え?」
「いえ、僕に遠慮していると言ったほうが正しいでしょうか。あのときや水族館で僕に声をかけた同じあなただとはどうも思えない」
「きゅ、急にどうしたんですか」
「急じゃありませんよ。モストロラウンジに来なかったのも今まで会うことがなかったのも理由は分かっています。あなた僕を避けていたでしょう」
先輩からそんな話をされるとは思っていなかった。避けていることを気づかれる可能性はあると思っていたが、わざわざ話題にされるとは思わなかったのだ。
「違いますか?」
「……違わないです」
「では、理由をお聞きしても?」
目を逸らすことさえ許されそうにない強い視線に唇を噛む。偽りなく答えるしか道はなさそうだった。
「アーシェングロット先輩が怒ってるかなと思ったんです」
「は?」
私の言葉に彼は心底意味が分からないと言いたげに顔をしかめた。そんなに理解できないだろうか。
「取引に勝つために契約書、全部消しとんじゃったでしょう。だから、先輩は私に怒ってるかなと思って……顔を見るのも不愉快だったら悪いな、なんて」
「つまり、あなたは僕が負けたら拗ねるような小さな男だと思っていたということですか?」
「え」
彼の眉間にシワがよっている。怒らせてしまったらしい。これはいけない。どうにかして謝ろうと口を開こうとすると、先にアズール先輩が言葉を発した。
「少し話があります。ここでは何ですので場所を変えましょう」
「え、授業は」
「さっきチャイム鳴りましたよ」
時計を見ると確かに授業時間は終わっていた。クルーウェル先生が生徒の質問に答えている。本当に授業は終わっていたようだ。
先輩に急かされ慌てて教科書を手に取る。エースたちが心配そうな顔でこちらを見ていた。口パクで大丈夫だからと答えておく。本当に大丈夫かは微妙なところだが。実験室を出て廊下を歩く。どこに行くのか尋ねるが、黙ってついてきなさいと言われてしまった。そして彼が立ち止まった場所は人気のない階段下だった。さっそく彼が切り出す。
「さっきの話の続きですが、あなたは僕が怒っていると思っていたんですか?」
「ええ、まあ……可能性はあるかなと」
「あれから僕たちあなたに何かしたりしてないでしょう」
そう言われても本心までは読めないんですもんと呟くと、彼は呆れた顔になった。ため息をつくと再び私を見た。
「あまり僕をなめないでいただきたい」
「!」
それは今までにないほど真剣な声だった。営業のときのスラスラとしたお喋りではない。
「確かにあのときあなたに負け、おかげで全部パーになりました。あのときの悔しさは今でも口にしがたいほどだ……」
「すみません」
「謝らないでください。結局のところ敗因はこちらの読みが甘かったことにあります。監督生さんがサバナクロー寮長を引っ張り出すことなどあり得ないとはなから決めつけていた。聞きましたよ。あなた、グリムさんと夜通しレオナさんの部屋の前で騒ぎまくって彼を脅したそうじゃないですか。正直信じられませんでしたよ」
「あのときは必死だったもので」
「……そこを見誤ったのも敗因の一つでしょうね」
アズール先輩は眼鏡を軽く押し上げた。
「とにかく。僕たちはあの取引で負けたからと言って未練がましく恨むことはしません。そんなことをしてる暇があれば、次のチャンスを掴みます」
……そういえばそうだった。彼は転んだからといってただで起き上がるような人ではなかった。何を勘違いしていたのだろう。私のことを恨んでいるかもだなんてとても失礼な勘違いをしていた。
「ところで僕に悪いと思っているなら、また同じ状況になった場合どうするんです?」
「……あのときと同じことします」
「フッ、そうでなくては」
おかしそうに笑う先輩に私も笑い返す。邪推して杞憂してしまっていたらしい。
「ありがとうございます。やっぱり先輩はすごい人ですね」
「!……そ、それでは僕はこれで。モストロラウンジへのご来店お待ちしています」
アズール先輩が足早に去っていく。代わりに階段の上からエースたちがバタバタと降りてきた。
「大丈夫だったか?」
「あ、うん。大丈夫。お話ししてただけ」
「話~?まさかまた契約したんじゃねーよな」
「さすがにしないよ」
水中追いかけっこはもう十分だ。すでに姿の見えないアズール先輩が去った方向へ目を向ける。
「ねえ、今日モストロラウンジに行かない?」
「やれやれ、全く呆れたものですよねぇ。僕があんなことで怒ってると思っていただなんて。監督生さんは僕を見くびりすぎだと思いませんか」
「アズールなんか嬉しそうだね」
「ここ数日監督生さんに避けられていることを悩んでいましたから。半ば強引に合同授業を仕組んだ甲斐がありましたね」
合同授業ができるよう色々と根回しをし(細工をし)、監督生と二人きりで話す時間をつくる。そんなことしなくても顔見知りなんだから普通に聞けばいいじゃんとフロイドは思うが、アズールの性格上難しかったらしい。
「でもさあ、小エビちゃんの推測も間違いではなくね?」
「はい?」
「ええ、そうですね。だってアズール、レオナさんたちに対してはあのあとも恨みがましく言っていましたし監督生さんが気に病むのも仕方ありません」
「!あ、あれは人が集めてきたものを一瞬にして無に返す非情さと一回上げて落とすという意地の悪い無駄な行程に文句があっただけだ!」
「でもトド先輩ら連れてきたの小エビちゃんたちじゃん」
言葉に詰まったアズールが不満げな顔になる。彼の頭のなかではハイスピードで新たな言い訳がつくられているだろう。
「まぁ、こっちから巻き込んでおいて負けたからって恨むとか超かっこわるいけど」
自分の問いかけにどう答えようか考えているアズールを横目にフロイドは自己完結した。監督生を契約の場に引っ張りこんだのはあくまでも自分たちだ。一歩出し抜かれたからといって恨むのはさすがにカッコ悪い。
だってここは弱肉強食がモットーのNRCなのだから。
「(にしても、負けた相手に惚れるとかアズールってわけわかんねー……)」
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