オメガバース 鉄公、藤将
今日は陣内の予定日だ。
アルファだが陣内の友人と名乗る藤昌平からは"陣内を頼む"と言われていた。
こいつもアルファだと知り不安要素はなるべく消しておきたかった。
なので直接本人から聞き出した話だが藤昌平は武装戦線の誰かと付き合っているそうだ。
それだけじゃ信用は出来ないと掘り下げればどうやら武装戦線には一人だけオメガがいるらしい。
そいつと本気で交際している為、友人である陣内には手を出していないらしかった。
オメガは稀少価値が高い。
優秀な勝ち組遺伝子と言われるアルファと交わる事が多いが、負け組遺伝子と呼ばれてるベータからも当然狙われる。
フリーのオメガは"女が裸で歩くようなもの"だと揶揄される。
アルファとオメガで番になればオメガはフェロモンを発しなくなるが、番になったとしても妊娠させる目的で誘拐される事件は後を経たない。
自分との子供しか作らせたくないなら、死ぬまで守り切るしかないのだ。
貴重なオメガを一人で複数人孕ませるアルファのクソヤローの事件だけは腹立たしかった。
近年は数少ないオメガ一人に複数の相手と交わる事を許すべきだと一夫多妻制度をニュースでよく口論している。
ベータに生まれた時点で子孫を残せないだの、生まれながらにして不平等だと掲げられてもオレには関係ねぇ。
アルファに生まれたオレは勝ち組なんて良いもんじゃねぇ。
17年生きていて、身を潜めるオメガに会った事すらねーんだ。
***
P.A.Dとの抗争を終え、病院での治療を終えその日は実家に帰った次の日に呼び出されて陣内と再会した。
一緒に街を出ねぇかって誘われて毎日会うようになり二人で住む話までしてる中、僅かに違う匂いを感じる事があった。
人それぞれある天然の心地よい香りや香料ではないのではないかとたまに考える。
同居する部屋で気に入りの黒いソファに座る陣内の横で煙草を吸った。
「おまえ、明日から部屋を出るなよ」
「‥‥」
陣内は一度手が止まったが、吸い始めた。
「おまえは家を出てろよ」
「‥出ねーよ」
陣内がようやくこちらを見たが怪訝そうに眉を顰めていた。
「薬は飲むんだろうが完璧じゃねー。相手がいた方が治まりが早ぇーんだろ」
「‥鉄次」
どうしても確かめたい事がある。
陣内がオメガだと確信に変わっていけばいく程に。
「‥安心しろ。オメーとなら何処までだって付いて行ってやる」
陣内からフェロモンが漏れ出して一気に広がっていった。
部屋にはオレの嗅ぎ慣れた匂いと甘い香りが混ざり合っている。
予定日は明日の筈だが、大事をとって早めに身を隠すと聞いたのは正しい情報だったようだ。
オレは明日発情期を迎えると知って二人で家で過ごす事を許された。
***
自惚れていた。
オレがどの体質だろうと、オメガが同居人に選んでくれたんだったら好意があるも同然だと誰でも取るだろう。
陣内は抑制剤を朝から飲み、二人きりでベッドの上に座って話していた。
オレは早くにでも確かめたいから陣内を見つめてストレートに好きだと言葉を伝えた。
陣内からの返事はOKサインで、距離を詰める。
「ん‥」
色の綺麗な唇に口付けて体を抱き寄せた。
我慢出来ず首筋を食んで匂いを嗅ぐ。
昨日嗅いだ匂いはしない。
「どうした‥?」
陣内は鼻先を寄せて至近距離で見つめてきた。
体温が上昇して汗が噴き出る。
こちらが先に発情期を迎えかねない状況だと察知し、陣内の肩を掴んでゆっくり引き離した。
発情期を迎えてしまったら制御不可能になる。おそらく行為は初めてだと思う陣内に酷くしたくない。
「おまえ好きな人はいたか?」
「‥は?なんだよ急に」
「昔話を前に少し話してくれただろ。ちゃんと聞かせてくれねーか」
オレは煙草に手を伸ばし、陣内にも手渡して一緒に火を付けた。
過去の知らない陣内のストーリーは主に県南の五人組の話だった。
「みんな大事なダチだ。‥もちろんおまえもな」
二人でフッと笑い合った。
話を聞けば聞くほど、唯一無二のツレで陣内を腹から笑わせられるのは話に出てきた四人組で間違いない。
その中でもあいつはバカだなんだと言ってはいるが、
陣内の運命の番は木津京介なんじゃねぇかと思う。
「陣内」
そいつの事好きなのか?
きっかけを与えてしまうなら言うべきじゃねー‥。
教えてやる義理もねぇ。
気付かないままでいてくれればこいつはオレのものになる。
稀少なオメガに会ったのは初めてだが、これ以上のオメガはオレにとってこの先、もう居ないだろうな。
「なんだ?」
「‥なんでもねー。良いヤツらだな」
フェロモンは抑制剤で鎮まるが、運命の番だと効果はない。
運命の番は比較的早く出会うそうだ。オレたちは17だから、もしかしたらと少し期待していた。
陣内は無自覚とはいえ今まで隠し通せてきたのだろうか。
本当に相手がバカなら気付かずただ皆と同じ様にフェロモンにあてられゴムを付けて性欲処理するだけになるだろう。
もう処女でなくてもいい。どうしても手に入れたい。
煙草を取り上げて二本とも灰皿に擦り付けて捨てる。
抱き締めてキスをしてもう一度好きだと伝えた。
陣内の首筋からフェロモンが漏れ出たので共鳴するかのようにオレは悦んだ。
***
後日。
藤「陣内からSOSが来た。電話で助けてくれってよ」
村田「急がねーとな」
藤は村田のバイクに乗せてもらい、二人の住まいまで飛んで行く。
なんとかしてドアを開け中に入れば、藤は悶絶した。
藤「スゲー強烈な匂い‥ッ!!」
手で押さえて奥に向かおうと試みたがたまらず藤は外へ飛び出した。
村田は問題なく廊下を進んで二人の姿を見つける。
「食わねーのか?」
「‥‥」
真弓は箸が止まっていた。
陣内が麺を啜って食してると、色付いた唇に無意識に目が行ってしまう。
それにハムスターみてーに頬が膨らむから可愛く見えて目が離せなかった。
リビングで陣内と真弓が食事をしているのを確認し村田は外を出た。
藤は吐き気が抑え切れず外廊下で少し嘔吐した。
村田「そんなにか?!大丈夫か」
しゃがみ込む藤の背を村田は撫でた。
藤「恐らく‥締め切った部屋に何日もこもって色んなもんが充満してる匂いだ‥」
村田「まぁ‥分かるけどよ、拒絶反応じゃねーのかそれ。オレの時は全然ヘーキだったじゃねーか」
藤「合う合わないがあるんじゃねーのか。オレはもう突入できねー‥」
村田「あいつら仲良く食事してたぜ?もう大丈夫なんじゃねーのか」
藤のスマホが鳴り出し画面をタップした。
藤「もしもし」
「悪ぃな、藤。収まった」
藤「一週間も連絡つかねーで、体は大丈夫なのか!?」
「あぁ。なんとかな」
藤「ならいーけどよ‥。ゴムはちゃんと付けただろうな?」
「‥‥鉄次、付けたか?」
どうやら向こうはスピーカーになってるようで周囲の音がよく聞こえる。こちらもそうした。
「あ」
「‥忘れてたな」
藤と村田は二人して脱力し項垂れた。
真弓も陣内も我を忘れて情事を繰り返していたようだ。
藤「おい真弓!オメー責任取れるんだろうな?!」
「当たり前だ」
「鉄次‥」
村田は藤の肩に手を置き落ち着かせた。
村田「もう良いんじゃねーか、向こうも責任取るって言ってるんだしよ。後は当人の問題だぜ」
藤「‥‥」
陣内と真弓の音がなにやら不穏になる。
食事の音では無いようだ。
村田「‥いつまで聞いてんだっ」
藤「いてっ‥‥!」
頭にチョップが落ち村田に取り上げられ電話を切られる。
藤「ちぇ‥‥」
後日、藤と村田は継続して付き合っており、慎重な村田はオメガだとバレる事なく暮らしている。
***
「番になってくれ、陣内」
「‥‥」
何round目かを終え、向き合って話し合った。
陣内は迂闊だったのか注意してる暇さえない程夢中になってくれたのかは後で聞いてみようと思う。
最中に"最高だ"と言っていたから情事の感想は聞くまでもない。
オレがあえて付けなかったのは逃がさない為だ。
オレは後から陣内と知り合ったが、行為をしてるのは今はオレとだけだ。
処女かどうかだなんて知る由もないが、もう誰にも横取りされたくない。
どうか、答えを考えてる陣内の頭に、あの男が浮かばないように。
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