「俺の弟と従弟妹の三人を一回三時間、週二回土日に見るだけ。一時間、一人ずつ六千円」
「ちょっと破格すぎない？どこからでるの、そのお金」
「俺の家賃収入からだそう」

あの高級マンションか。
そういえば、あの高級マンションは買ったものだと言っていたな。
待てよ、その計算からいくと十万位もらえないか？

「美味しい」
「なら、決まりだな。明日、家まで迎えに行く」
「えっ！うち来るの？！」

驚愕する私に、練くんは「俺もついでに帰省するからな。気にするな」と言うけれど、気にしているのはそこじゃない。
練くんにあのアパートを見られるのは気が引けるというか、確実に何かしら小言を言われそうな気がする。

「雷、住所」
「雷さんは住所ではありません」

などと抵抗を試みたが、数秒の無言の後に鞄をひったくられた。
取り返そうと乗り出すも、練くんの長い腕で顔を押さえつけられリーチの差で全く届かない。
その間に、鞄の中にあった財布から免許証を抜き出し「わかった」と言いカーナビに住所を入力しだした。

「あの、練さんやめませんか？」
「そうだな。そこまで拒まれると、逆に気になってくるから発進するぞ。シートベルトをしろ」
「しませーん。したら、発進しちゃうじゃないですかー」
「……」

何としても家には来てほしくないので抵抗をしたが速攻後悔した。
片手で首を掴まれ座席に押さえつけられ、無理矢理シートベルトをさせられた。
キミのその、時々見せる暴力性って何なんだい？
シートベルトをしっかりした後、カーナビ通りに高級車を走らせていく。
アパート、逃げてくれ。
頼む、頼むから、と願ってもアパートに足が生えて何処かに行ってくれるわけでもないので、築三十年の二階建てアパートに着いた。
カーナビとアパートを交互に見て確認してから「まさか、ここか？」と私に尋ねてきた。
恥ずかしくて顔に熱を集めながら「はい、ここです」と答える。

「管理人は？」
「いません」
「オートロックは？」
「ありません」
「防犯カメラは？」
「ありません」

信じられない、と言った顔で練くんがこちらを見ているのが何となく想像ができる。
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。
いや、でも学生の一人暮らし何てこれが平均。

「そう、練くんの部屋が規格外であって私の住まいはふつ……」
「引っ越せ」
「はい？」

またもや唐突に宣告してくる練くんに「なんて？」と聞き返すと「引っ越せ」とまたも言われた。

「うちのマンションの一室が空いてる。そこに越してこい」
「冗談！そんな家賃払えないから！」
「家賃はいらない」
「ダメだって！知ってるでしょ？私がお金のやり取りにはきっちりしてるって！」
「キミのその几帳面さは美徳ではあるが、ここでは何かあったらどうするんだ！」
「何もないって！入学してから何もなかったんだから！」
「これから先、何もないとは限らないだろ！何故、そこまで頑なに拒むんだ！家賃代が浮いて、安全な場所に住めるんだぞ！」
「金の切れ目が縁の切れ目だからだよ！そうなりたくないんだよ！」

そう怒鳴り返すと、練くんは深呼吸をして物凄く悩みながらハンドルに頭を預けて肺活量に感心したくなる程、長い溜息を吐きながら「何かあったらうちに引っ越してくる。そう約束してくれ」と言った。

「だから……！」
「わかってる。キミがそうなりたくないと思ってくれている事は。だが、心配なんだ。……本当に」

今度は私が黙る番だった。
練くんが私の気持ちを汲んで最大の譲歩をしてくれた事もわかるし、心から心配してくれているのもわかる。
ぎゅっと眉間に眉間に皺を寄せ、辛そうな表情をしている練くんを見た私は「わかった」と言うしかなかった。

「はあ……。怒鳴ってしまい、すまない」
「私も、ごめんなさい」

お互いに謝り、部屋の前まで送ってもらい「じゃあ、また明日」で終わると思ったら、おもむろに手をとられ「キミが思っている以上に、俺がキミを大切に思っている事を忘れないでほしい」と言われた。

「うん、忘れない」
「約束だからな。また明日、雷」
「うん。また明日、練くん」