いやはや、個性社会となってああいった個性の人もいるとは認識していたのだが、ちょっと不意打ちで人形が歩いて来たのは心臓に悪かった。
あとで入中さんに平身低頭して謝罪をしたが、滅茶苦茶怒られた。
朝五時、控えめな目覚まし時計で目を覚まして着替えをしようと思い箪笥を見るのだが、どうしよう……。
治崎さんが買ってくれた服はお洒落すぎて動きづらいんだよなぁ……。
いや、ありがたいのだけれど。
数少ないスラックスを一本だして、手早くそれにあわす服を選ぶ。
日課のラジオ体操をおこない、誰もいない静まり返った台所で朝食作りを開始する。
この家は、部屋住みの方が治崎さんのスパルタに耐えきれなかったのか、とても少なく五人ほど。
それに、治崎さんと玄野さんも住んでいるそうなのでオヤジさんと私も含めて九人なのだが、何度聞いても治崎さんと玄野さんは「食事はいらない」と言うばかり。
警戒して食べてくれないのかな、と思っていたがオヤジさん曰く、朝ご飯はパン一つで済ましてしまうタイプの現代ボーイらしく、昼は外で働いている訳だから外食なのは仕方ないが、夜も帰りが遅いので外で食べてきてしまうらしい。
心配だ……。
外食が悪いわけではない。
安い、美味い、楽といい事ばかりだ。
けれども、外食っ子にありがちなのが食べたい物ばかりを食べて栄養価が片寄るのは、やはり心配だ！
それに、朝ご飯がパン一つってそれでは朝から元気がでない！
何とか食べさせられないだろうかと、悶々としながら出汁巻き卵を焼き上げると、戸口にオヤジさんが立っていたので「おはようございます、オヤジさん！今日も早いですね！」と元気に挨拶をすると、苦笑いしながら「年寄りは早起きでな」と言われた。

「わかりますー。目、覚めちゃうんですよねー」
「見た目が若い奴に言われると違和感があるな」

若いのは見た目だけですからね。
クスクス笑いながら出汁巻き卵にラップをかけ、メインの鮎の塩焼きを焼いているとオヤジさんが隣に立ち「今日も美味そうだな」と言ったので目を見開き「本当に私の料理、美味しいですか？！」と聞けば、面食らった表情で「あぁ……美味いぞ……」と言ってくれる。
いや、でも、そうだよね。
オヤジさんはおかわりしてくれるし……。

「というか！オヤジさんしか！おかわりしてくれないし！」

男の子だし、みんないっぱい食べると思ってたくさん作ってもオヤジさん以外、おかわりしに来ない！
余ってしまった分は、お昼や多部さんにあげられるからいいのだけれど凄くしょんぼりする！

「口にあわないんでしょうか……。やはり、もう少し濃い味の方が若い子たちは好きなんですかね……」
「今の味付けでいいぞ。他の連中も、お袋の味だって喜んで食ってるしな」
「なら、どうしておかわりをしないんですか！いっぱい食べてください！いっぱい食べられる時代なんですから！」

別に、作ってやったんだから残さず全部食べろなどという高慢ちきな事を言うつもりは一切ないのだ。
ただ、私は……。

「私は……餓死するという事が当たり前な時代を生きてきました……。餓死は辛いです……。お腹が減って動けなくなっても中々死ねず、空腹のあまり人の尊厳すらかなぐり捨ててしまいます……」

だから、今こうして食事をできるのならいっぱい食べて、空腹というものを知らずに生きてほしいんです……。

「……すみません。年寄りの恩着せがましい発想でしたね……」
「いや、別に間違った事は言っちゃいねェよ。部屋住みの連中は、治崎からあンまおめェと関わるなって釘刺されて来られねェだけだ」
「おのれ、治崎さん……」
「ただ、確かに食える時代に食わねェってのは贅沢だな。治崎と玄野の分の食材はあるか？」
「はい。一応、用意してます」
「なら作ってくれ。俺と治崎と玄野の分は、客間の方に用意してくれるか。俺だけならまだしも、治崎もいると他の奴らが畏縮しちまうからな。あいつらには、俺の方から今日は食ってけって言っとく」

よろしくな、と私の頭を二度、三度撫でてからオヤジさんは台所からでていった。
……頭撫でられるの、弱いんだよなぁ。
照れと気恥ずかしさと、嬉しさが入り交じった幸せな感情を抱きながら朝食作りを再開した。