蘭の嫁
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ジャイアンと竜胆くんが危ないことをするのは、昔からだった。
私の中で、返り血が似合う兄弟殿堂入りを果たしているくらい、彼らは喧嘩と言うには度を過ぎたことをしていた。
しかし、それも若いうちまでだろうし、大人になれば落ち着く。
大人になるとは、そう言うことだ。
だから、昔みたいに喧嘩してちょっと骨折りました〜、とかもうないと思っていた。
その日は、いやに目が冴えていた。
寝付けない、なにか嫌な感じがする。
漠然とした不安感があり、私は麻雀グループに「眠れない」とチャットを投げた。
すると、竜胆くんから着信が。
「もしもし、竜胆くん?」
『おう。なんかあったか?』
「なにもないんだけど……。なんか、嫌な感じがする……」
『嫌な感じ?』
「うん……。なんでかは、わからないけど……」
『側にいた方がいい感じ?』
「いい感じかも……」
『わかった、いまから行く』
「うん、ごめん。ありがとう……」
ぼんやりとした意識の中、なんとなくこの感じを私は知っているような気がした。
ジャイアンと竜胆くんが少年院に入ったとき、死者が出たという不良の抗争に彼らが参加したとき。
彼らになにかあったときに感じる、嫌な不安感。
それを一層強くした感覚。
竜胆くんは元気そうだった……。
「……」
無意識に蘭ちゃんへ電話をかけていた。
いつもならすぐ出るはずなのに、今日は何コールしても出ない。
嫌だ、落ち着かない。
ウロウロとリビングを歩き回っていたら、インターホンが鳴る。
『美夜子、開けて』
「竜胆くん……」
鍵を開けて竜胆くんを中に入れると、すぐに「酷え顔してんぞ」と言われた。
ソファーに座り「胸騒ぎがする」と言うと、竜胆くんが「気のせいだろ」と否定する。
「そう、かな……」
「そうだって」
「そうだね……」
「寝つけるまでいてやるからさ」
「うん、ありがとう……」
その日は竜胆くんに泊まってもらって眠れたが、胸騒ぎはずっと消えない。
それに拍車をかけるのが、連絡のとれない蘭ちゃん。
いつもなら、必ず折り返してくれるのにそれがない。
竜胆くんに聞いても、「仕事が忙しいんだよ」と言うが絶対になにかある。
蘭ちゃんと共通の知り合いで、口を滑らしそうな人……。
「あ、もしもし、三途さん?」
『おう、なんだ嫁』
「実は蘭ちゃんに用があるんですけど、連絡がとれなくて……」
『そりゃそうだろ、死にかけてんだから』
「死にかけてる……?」
三途さんから入院している病院を聞き出した。
自分でも驚くほど落ち着いた状態で、病院まで来られたと思う。
受付で病室を聞き、ゆっくり、自分を落ち着けるように歩く。
個室に入ると、竜胆くんが振り向いた。
「美夜子……?!」
「……」
竜胆くんを無視し、ベッドに近づく。
そこには、顔はアザだらけで頭や腕に包帯を巻き、呼吸器をつけられた蘭が横たわっていた。
「……竜胆くん。どういうこと?」
「誰に聞いた」
「いま、それはどうでもいいんだよね。どういうこと?」
「オマエは知らなくていい」
「っ……!どういうことって聞いてるの!」
「だからオマエはなにも知らなくていいんだ!首突っ込むな!」
竜胆くんに、首を突っ込むなと言われたことに驚いた。
不干渉を望む蘭と違い、竜胆くんはどちらかと言うと共有したがるタイプだった。
その竜胆くんが首を突っ込むなと言った。
そうだった。私と彼らの間には、お互いに深く干渉しあわないという暗黙の了解があった。
どんな関係になろうと、それは変わらない。
「……わかった、聞かない」
「ああ、そうしろ。安心しろって。兄ちゃんが目覚ますまで、俺が生活の面倒見るから」
「うん……」
「だから、ここにはもう来るな。見てても心配になるだけだからさ。容態よくなったら、知らせてやるから」
「……わかった」
竜胆くんに付き添われタクシーに乗り、気がつけばリビングのソファーに寝転がっていた。
思い出すのは、呼吸器をつけた痛々しい蘭の姿。
心電図があったということは、三途さんの言う通り生死の境を彷徨っているんじゃないだろうか。
「死ぬ……」
そう言葉にした瞬間、不安と悲しみが弾け、涙がこぼれ落ちてきた。
「やだ……!蘭、死んじゃやだ……!」
大声をあげ、泣きじゃくり蘭が死ぬかも知れないという恐怖に押し潰されそうだった。
嫌だ、死なないで、蘭。死んじゃ、やだよ。
親に置いていかれた子供のように泣きじゃくり、気がつけば朝になっていた。
現実味がない。蘭が死ぬなんて……。
「蘭……」
食欲もわかず、動く気力もない。
なにもしたくない……。
ぼーっとしていると、玄関から「鍵あいてんじゃねえかよ!おい、こら!嫁!生きてるか!」と、誰かが入ってきた。
どうでもいい、と投げやりになっていると、横になっている私を三途さんが覗き込んだ。
「ひっでえ顔してんな!ブスがさらにブスになってんぞ!」
「……」
「ちっ!重症だな……。テメエがそんな状態で、どうすんだよ!蘭のとこに行かなくていいのかよ!」
「竜胆くんに……来るなって……」
「あぁ?!じゃあ、テメエは自分の旦那が死にかけてるのに側にいてやらねえつもりか?!それで死んで、後悔しねえのか?!」
「……する」
「だったら、さっさと顔洗え!病院行って、好きなだけ側にいろ!」
三途さんに発破をかけられ、顔を洗って着替えてまた病院へ戻ってくると、私と三途を見つけた竜胆くんが「三途、テメエ……!」と低い声で唸る。
「なんのつもりで、美夜子を連れてきた……!美夜子も、ここには来んなっつったよな……!」
ごめんなさい、と私が口にする前に、三途さんが静かに「馬鹿か、テメエはよお」と言い睨みつけた。
「こんな状態の女を、家で一人にする方が危ねえだろうが。それに、もし蘭が死んだらコイツは後悔するに決まってんぞ」
「兄貴は死なねえ!」
「そうだな、あの性悪がそう簡単に死ぬとは俺も思ってねえ。なら、なおさら、目が覚めたときに大好きな嫁が側にいてくれたら、嬉しいんじゃねえか?」
「……」
三途さんの言葉に竜胆くんは黙り込み、私を見て「辛くないか、美夜子?」と聞いてきた。
「家に一人でいる方が苦しい……」
「わかった、こっち来い」
三途さんの側を離れて竜胆くんの方へ行くと、三途さんは「んじゃあ、俺は用済んだから帰る」と言って背を向けた。
この為だけに来てくれたのか……。
「三途さん、ありがとうございます」
三途さんは返事の代わりに手を振った。
部屋に入り、ベッドの側に椅子を置き、竜胆くんと並んで座る。
「兄ちゃんさ、こうなること予想してたんだよな。だから、もし自分になにかあったときは、絶対に美夜子には知らせるなって言われてたんだよ」
「どうしてですか?」
「心配させたくないのと、かっこ悪いとこ見せたくないから」
「バカ……」
知らないうちに死なれた場合の、私の気持ちなんて考えてくれてない。そういうところ、本当にダメだと思う。
「でも、美夜子が来てくれてよかった」
「なんでですか?」
「一人でここにいるの、死にたくなるくらい辛かった……」
震える竜胆くんの声に誘発され、止まっていた涙が溢れてきた。
「竜胆くん、怖い」
「俺も、怖い」
病院から許可を得て、その日は病室に泊まらせてもらった。
ベッドなんてものはなく、ソファーで竜胆くんと折り重なって寝た所為で体が痛い。
今日も蘭ちゃんは目を覚ましていない。
「美夜子、一回家帰ってシャワー浴びてこい。汗臭え」
「そういうのど直球で言わないでくれません?」
たしかに、汗臭いかも知れないが……。
竜胆くんと別れて、家に帰りシャワーを手早く浴び一息つくが、やはり最悪の事態を考えて怖くなる。
「蘭ちゃん……」
この部屋には、蘭ちゃんとの物がない。
全部、私の物。
写真すらないことに今更気がついた。
ダメだ、一人でいるとろくなことを考えない。
髪も程々に乾かし病院に戻ったが、竜胆くんはおらず、蘭ちゃんも相変わらず目を覚ましていなかった。
「蘭ちゃん、早くおはようしよう」
握った手はいつものように握り返してくれず、視界が潤んでいく。
「美夜子」
「竜胆くん」
竜胆くんに座らせられ、「なにかちゃんと食べたか?」と聞かれた。
力なく首を振る私に、「昼、一緒に食いに出るからな」と有無を言わせない語気で言われたので、大人しく頷いた。
「美夜子さ、いまこんなこと聞いたら滅茶苦茶怒ると思うんだけど、俺が死にかけてても泣いてくれる?」
「怒るよ」
「うん、だよな。けどさ、それって泣いてくれる、てことでいいんだよな」
「泣くし、不安になるよ」
「じゃあ、俺も無理できねえな」
竜胆くんがなにを思って聞いてきたのかはわからないが、きっと竜胆くんも蘭ちゃんと同じことになる可能性があるのだと思ったら、怖くなった。
どうしてこの二人は、危険なことにばかり首を突っ込むのか。
「美夜子くらいだぜ。俺たちに死んでほしくない、なんて言うのは」
「二人のことは嫌いだけど、死んでほしいなんて思わない」
「うん、ありがとう」
早く目覚ますといいな、という竜胆くんの言葉に、静かに頷いた。
◆
うーん、さすがに死んだかもな。
悠長に一面の花畑で、そんなことを考えていた。
あの世とか全然信じていないのに、死にかけているときに見るのがこんな景色とは。
見るならもっと、竜胆とか美夜子のいる風景が見たかったな。
「……行くか」
俺が死んでも、美夜子のことは竜胆がなんとかしてくれる。
美夜子、泣いてくれるかな。泣かなそうだなあ。清々したとか言いそう。
元から、俺たちは愛なんてもので繋がった関係じゃない。
「ちょっと、寂しいな……」
仕方がないとはわかっているが、美夜子が悲しんでくれないのはやはり寂しい。
生きていれば、泣け、と言って脅せるが死んだとあっては、そうもいかない。
残念だ、と思いながら歩き出そうとしたら、右手を誰かに掴まれた。
「蘭ちゃん、そっちじゃないよ」
「美夜子?」
そこには、中学時代の姿をした美夜子がいた。
「兄ちゃん、道もわからねえのかよ」
「竜胆……」
左手は、中学時代の竜胆が。
たしかに、二人がいる風景がいいとは言ったが、迎えに来てくれるとは思わなかった。
気がつけば、俺も中学時代の姿になっていた。
「こっち」
「兄ちゃんのバカ。心配させんな」
「悪い。なあ、二人は死んだわけじゃねえよな?」
「自分の目で確かめなよ」
怒っているのか、美夜子はいつになくぶっきらぼうだ。
竜胆も、むすっとした顔をしている。
心配してほしい、という自分の願望が反映されたんだろうな、と思うと少し恥ずかしくなった。
「ほら、あっち」
美夜子たちが立ち止まり、一つの扉を指さした。
「あそこが帰り道だからな」
「もう、来ちゃダメだよ」
「二人は?」
「俺たちはここまで」
「私たちはここまで」
じゃあね、と俺の背を押した二人に手を振り扉をくぐると、全身の痛みと息苦しさを感じた。
「蘭!」
「兄ちゃん!」
「竜胆……美夜子……」
視界に飛び込んできた二人は酷い顔をしていて、やつれた印象を受けた。
「医者呼べ!兄ちゃんが目覚ました!」
「蘭!そのまま意識保て!絶対に目瞑るな!生きろ!生きようとしろ!」
ナースコールに向かって怒鳴る竜胆と、熱血教師みたいに俺の意識を保たせようとする美夜子に、思わず笑いがでてしまった。
「愛されてんなあ、俺」
それから数週間して、退院の許可がおりた。
竜胆と美夜子に付き添われ帰宅した、久しぶりの我が家。
うーん、落ち着くな。
「ほーら、竜胆、美夜子。大好きな俺の復帰を祝って、俺の腕に飛び込んでこーい♡」
「図に乗るな」
「反省しろ」
「いきなり辛辣になるじゃん」
ちぇー、と広げていた腕を下ろそうとしたら、竜胆と美夜子が勢いよく突っ込んできた。
素直じゃねえの。
「滅茶苦茶心配したんだからな。美夜子なんて、死ぬんじゃねえか、てくらいだったんだから」
「竜胆くんだって、いまにも倒れそうなくらい顔真っ青だったじゃん」
「うん、うん。二人が俺のこと大好きなのはわかったって」
俺の弟と嫁最高ー、と満足していると、美夜子が「写真撮りたい」と唐突に言い出した。
「なに?快気祝いの一枚?いいぞー」
「うん、そうなんだけど、もっとアルバムいっぱいに二人との写真がほしい。二人との思い出がほしい」
「えぇ……どうしよう、竜胆……。美夜子が可愛いこと言ってる……」
「思い出作ろ、美夜子……」
「せっかくだから、三人でウェディングフォト撮ろ?」
「いや、ウェディングフォト三人でっておかしいだろ」
「うん、撮ろ」
「いいのかよ!」
私の中で、返り血が似合う兄弟殿堂入りを果たしているくらい、彼らは喧嘩と言うには度を過ぎたことをしていた。
しかし、それも若いうちまでだろうし、大人になれば落ち着く。
大人になるとは、そう言うことだ。
だから、昔みたいに喧嘩してちょっと骨折りました〜、とかもうないと思っていた。
その日は、いやに目が冴えていた。
寝付けない、なにか嫌な感じがする。
漠然とした不安感があり、私は麻雀グループに「眠れない」とチャットを投げた。
すると、竜胆くんから着信が。
「もしもし、竜胆くん?」
『おう。なんかあったか?』
「なにもないんだけど……。なんか、嫌な感じがする……」
『嫌な感じ?』
「うん……。なんでかは、わからないけど……」
『側にいた方がいい感じ?』
「いい感じかも……」
『わかった、いまから行く』
「うん、ごめん。ありがとう……」
ぼんやりとした意識の中、なんとなくこの感じを私は知っているような気がした。
ジャイアンと竜胆くんが少年院に入ったとき、死者が出たという不良の抗争に彼らが参加したとき。
彼らになにかあったときに感じる、嫌な不安感。
それを一層強くした感覚。
竜胆くんは元気そうだった……。
「……」
無意識に蘭ちゃんへ電話をかけていた。
いつもならすぐ出るはずなのに、今日は何コールしても出ない。
嫌だ、落ち着かない。
ウロウロとリビングを歩き回っていたら、インターホンが鳴る。
『美夜子、開けて』
「竜胆くん……」
鍵を開けて竜胆くんを中に入れると、すぐに「酷え顔してんぞ」と言われた。
ソファーに座り「胸騒ぎがする」と言うと、竜胆くんが「気のせいだろ」と否定する。
「そう、かな……」
「そうだって」
「そうだね……」
「寝つけるまでいてやるからさ」
「うん、ありがとう……」
その日は竜胆くんに泊まってもらって眠れたが、胸騒ぎはずっと消えない。
それに拍車をかけるのが、連絡のとれない蘭ちゃん。
いつもなら、必ず折り返してくれるのにそれがない。
竜胆くんに聞いても、「仕事が忙しいんだよ」と言うが絶対になにかある。
蘭ちゃんと共通の知り合いで、口を滑らしそうな人……。
「あ、もしもし、三途さん?」
『おう、なんだ嫁』
「実は蘭ちゃんに用があるんですけど、連絡がとれなくて……」
『そりゃそうだろ、死にかけてんだから』
「死にかけてる……?」
三途さんから入院している病院を聞き出した。
自分でも驚くほど落ち着いた状態で、病院まで来られたと思う。
受付で病室を聞き、ゆっくり、自分を落ち着けるように歩く。
個室に入ると、竜胆くんが振り向いた。
「美夜子……?!」
「……」
竜胆くんを無視し、ベッドに近づく。
そこには、顔はアザだらけで頭や腕に包帯を巻き、呼吸器をつけられた蘭が横たわっていた。
「……竜胆くん。どういうこと?」
「誰に聞いた」
「いま、それはどうでもいいんだよね。どういうこと?」
「オマエは知らなくていい」
「っ……!どういうことって聞いてるの!」
「だからオマエはなにも知らなくていいんだ!首突っ込むな!」
竜胆くんに、首を突っ込むなと言われたことに驚いた。
不干渉を望む蘭と違い、竜胆くんはどちらかと言うと共有したがるタイプだった。
その竜胆くんが首を突っ込むなと言った。
そうだった。私と彼らの間には、お互いに深く干渉しあわないという暗黙の了解があった。
どんな関係になろうと、それは変わらない。
「……わかった、聞かない」
「ああ、そうしろ。安心しろって。兄ちゃんが目覚ますまで、俺が生活の面倒見るから」
「うん……」
「だから、ここにはもう来るな。見てても心配になるだけだからさ。容態よくなったら、知らせてやるから」
「……わかった」
竜胆くんに付き添われタクシーに乗り、気がつけばリビングのソファーに寝転がっていた。
思い出すのは、呼吸器をつけた痛々しい蘭の姿。
心電図があったということは、三途さんの言う通り生死の境を彷徨っているんじゃないだろうか。
「死ぬ……」
そう言葉にした瞬間、不安と悲しみが弾け、涙がこぼれ落ちてきた。
「やだ……!蘭、死んじゃやだ……!」
大声をあげ、泣きじゃくり蘭が死ぬかも知れないという恐怖に押し潰されそうだった。
嫌だ、死なないで、蘭。死んじゃ、やだよ。
親に置いていかれた子供のように泣きじゃくり、気がつけば朝になっていた。
現実味がない。蘭が死ぬなんて……。
「蘭……」
食欲もわかず、動く気力もない。
なにもしたくない……。
ぼーっとしていると、玄関から「鍵あいてんじゃねえかよ!おい、こら!嫁!生きてるか!」と、誰かが入ってきた。
どうでもいい、と投げやりになっていると、横になっている私を三途さんが覗き込んだ。
「ひっでえ顔してんな!ブスがさらにブスになってんぞ!」
「……」
「ちっ!重症だな……。テメエがそんな状態で、どうすんだよ!蘭のとこに行かなくていいのかよ!」
「竜胆くんに……来るなって……」
「あぁ?!じゃあ、テメエは自分の旦那が死にかけてるのに側にいてやらねえつもりか?!それで死んで、後悔しねえのか?!」
「……する」
「だったら、さっさと顔洗え!病院行って、好きなだけ側にいろ!」
三途さんに発破をかけられ、顔を洗って着替えてまた病院へ戻ってくると、私と三途を見つけた竜胆くんが「三途、テメエ……!」と低い声で唸る。
「なんのつもりで、美夜子を連れてきた……!美夜子も、ここには来んなっつったよな……!」
ごめんなさい、と私が口にする前に、三途さんが静かに「馬鹿か、テメエはよお」と言い睨みつけた。
「こんな状態の女を、家で一人にする方が危ねえだろうが。それに、もし蘭が死んだらコイツは後悔するに決まってんぞ」
「兄貴は死なねえ!」
「そうだな、あの性悪がそう簡単に死ぬとは俺も思ってねえ。なら、なおさら、目が覚めたときに大好きな嫁が側にいてくれたら、嬉しいんじゃねえか?」
「……」
三途さんの言葉に竜胆くんは黙り込み、私を見て「辛くないか、美夜子?」と聞いてきた。
「家に一人でいる方が苦しい……」
「わかった、こっち来い」
三途さんの側を離れて竜胆くんの方へ行くと、三途さんは「んじゃあ、俺は用済んだから帰る」と言って背を向けた。
この為だけに来てくれたのか……。
「三途さん、ありがとうございます」
三途さんは返事の代わりに手を振った。
部屋に入り、ベッドの側に椅子を置き、竜胆くんと並んで座る。
「兄ちゃんさ、こうなること予想してたんだよな。だから、もし自分になにかあったときは、絶対に美夜子には知らせるなって言われてたんだよ」
「どうしてですか?」
「心配させたくないのと、かっこ悪いとこ見せたくないから」
「バカ……」
知らないうちに死なれた場合の、私の気持ちなんて考えてくれてない。そういうところ、本当にダメだと思う。
「でも、美夜子が来てくれてよかった」
「なんでですか?」
「一人でここにいるの、死にたくなるくらい辛かった……」
震える竜胆くんの声に誘発され、止まっていた涙が溢れてきた。
「竜胆くん、怖い」
「俺も、怖い」
病院から許可を得て、その日は病室に泊まらせてもらった。
ベッドなんてものはなく、ソファーで竜胆くんと折り重なって寝た所為で体が痛い。
今日も蘭ちゃんは目を覚ましていない。
「美夜子、一回家帰ってシャワー浴びてこい。汗臭え」
「そういうのど直球で言わないでくれません?」
たしかに、汗臭いかも知れないが……。
竜胆くんと別れて、家に帰りシャワーを手早く浴び一息つくが、やはり最悪の事態を考えて怖くなる。
「蘭ちゃん……」
この部屋には、蘭ちゃんとの物がない。
全部、私の物。
写真すらないことに今更気がついた。
ダメだ、一人でいるとろくなことを考えない。
髪も程々に乾かし病院に戻ったが、竜胆くんはおらず、蘭ちゃんも相変わらず目を覚ましていなかった。
「蘭ちゃん、早くおはようしよう」
握った手はいつものように握り返してくれず、視界が潤んでいく。
「美夜子」
「竜胆くん」
竜胆くんに座らせられ、「なにかちゃんと食べたか?」と聞かれた。
力なく首を振る私に、「昼、一緒に食いに出るからな」と有無を言わせない語気で言われたので、大人しく頷いた。
「美夜子さ、いまこんなこと聞いたら滅茶苦茶怒ると思うんだけど、俺が死にかけてても泣いてくれる?」
「怒るよ」
「うん、だよな。けどさ、それって泣いてくれる、てことでいいんだよな」
「泣くし、不安になるよ」
「じゃあ、俺も無理できねえな」
竜胆くんがなにを思って聞いてきたのかはわからないが、きっと竜胆くんも蘭ちゃんと同じことになる可能性があるのだと思ったら、怖くなった。
どうしてこの二人は、危険なことにばかり首を突っ込むのか。
「美夜子くらいだぜ。俺たちに死んでほしくない、なんて言うのは」
「二人のことは嫌いだけど、死んでほしいなんて思わない」
「うん、ありがとう」
早く目覚ますといいな、という竜胆くんの言葉に、静かに頷いた。
◆
うーん、さすがに死んだかもな。
悠長に一面の花畑で、そんなことを考えていた。
あの世とか全然信じていないのに、死にかけているときに見るのがこんな景色とは。
見るならもっと、竜胆とか美夜子のいる風景が見たかったな。
「……行くか」
俺が死んでも、美夜子のことは竜胆がなんとかしてくれる。
美夜子、泣いてくれるかな。泣かなそうだなあ。清々したとか言いそう。
元から、俺たちは愛なんてもので繋がった関係じゃない。
「ちょっと、寂しいな……」
仕方がないとはわかっているが、美夜子が悲しんでくれないのはやはり寂しい。
生きていれば、泣け、と言って脅せるが死んだとあっては、そうもいかない。
残念だ、と思いながら歩き出そうとしたら、右手を誰かに掴まれた。
「蘭ちゃん、そっちじゃないよ」
「美夜子?」
そこには、中学時代の姿をした美夜子がいた。
「兄ちゃん、道もわからねえのかよ」
「竜胆……」
左手は、中学時代の竜胆が。
たしかに、二人がいる風景がいいとは言ったが、迎えに来てくれるとは思わなかった。
気がつけば、俺も中学時代の姿になっていた。
「こっち」
「兄ちゃんのバカ。心配させんな」
「悪い。なあ、二人は死んだわけじゃねえよな?」
「自分の目で確かめなよ」
怒っているのか、美夜子はいつになくぶっきらぼうだ。
竜胆も、むすっとした顔をしている。
心配してほしい、という自分の願望が反映されたんだろうな、と思うと少し恥ずかしくなった。
「ほら、あっち」
美夜子たちが立ち止まり、一つの扉を指さした。
「あそこが帰り道だからな」
「もう、来ちゃダメだよ」
「二人は?」
「俺たちはここまで」
「私たちはここまで」
じゃあね、と俺の背を押した二人に手を振り扉をくぐると、全身の痛みと息苦しさを感じた。
「蘭!」
「兄ちゃん!」
「竜胆……美夜子……」
視界に飛び込んできた二人は酷い顔をしていて、やつれた印象を受けた。
「医者呼べ!兄ちゃんが目覚ました!」
「蘭!そのまま意識保て!絶対に目瞑るな!生きろ!生きようとしろ!」
ナースコールに向かって怒鳴る竜胆と、熱血教師みたいに俺の意識を保たせようとする美夜子に、思わず笑いがでてしまった。
「愛されてんなあ、俺」
それから数週間して、退院の許可がおりた。
竜胆と美夜子に付き添われ帰宅した、久しぶりの我が家。
うーん、落ち着くな。
「ほーら、竜胆、美夜子。大好きな俺の復帰を祝って、俺の腕に飛び込んでこーい♡」
「図に乗るな」
「反省しろ」
「いきなり辛辣になるじゃん」
ちぇー、と広げていた腕を下ろそうとしたら、竜胆と美夜子が勢いよく突っ込んできた。
素直じゃねえの。
「滅茶苦茶心配したんだからな。美夜子なんて、死ぬんじゃねえか、てくらいだったんだから」
「竜胆くんだって、いまにも倒れそうなくらい顔真っ青だったじゃん」
「うん、うん。二人が俺のこと大好きなのはわかったって」
俺の弟と嫁最高ー、と満足していると、美夜子が「写真撮りたい」と唐突に言い出した。
「なに?快気祝いの一枚?いいぞー」
「うん、そうなんだけど、もっとアルバムいっぱいに二人との写真がほしい。二人との思い出がほしい」
「えぇ……どうしよう、竜胆……。美夜子が可愛いこと言ってる……」
「思い出作ろ、美夜子……」
「せっかくだから、三人でウェディングフォト撮ろ?」
「いや、ウェディングフォト三人でっておかしいだろ」
「うん、撮ろ」
「いいのかよ!」