蘭の嫁
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※いつも通り、ちょっと品のない部分があります。
蘭の下半身は触りません。
久しぶりに登校したら、窓際の一番いい席で寝ていたのが美夜子。
見るからに陰キャで、友だちいなくて寝たふりしてんのかと思ったけど、どうやら本気で寝ているようだった。
「なあ、起きろよ」
声をかけても気持ちよさそうにして起きない。
なら少し乱暴に、と竜胆を泣かしたことのあるデコピンを遠慮なくしたら、「おぁぁが〜〜〜〜!!!!」となんとも言えない悲鳴をあげて起きた。
「はよー。早速だけど、席変わってくんね?」
「だ、誰……?」
半泣きの美夜子は、デコを押さえながらそう聞いてきた。
この学校で、俺のこと知らないやつがいるんだ、と思ったが、目を細めてガンを飛ばしてくる姿と、机に置いてあるメガネで納得がいった。
メガネをかけてやると、やっと俺の顔を認識したようだが、首を傾げて「誰?」とまた聞いてきた。
マジで俺のこと知らないんだ。
「俺、灰谷蘭。その席、変われ」
「えっ、でも席替えのときなにも言われなかったけど……」
「知らねえよ。俺、席替えのときいなかったし」
「えぇ……」
露骨に嫌がる美夜子に、「嫌なわけ?」と聞けば、モゴモゴと「いや……その……嫌というか……理不尽だなというか……」と言うから、「よく聞こえねえなぁ……?ハッキリしろよ」と胸ぐらを掴むと、「い、嫌です!」と元気に言われた。
「んー。なら、ちょっと痛い目見ようか?」
「え?」
俺が手をあげるのを見て、美夜子は「まさか」という顔をした。
そのまさか。
美夜子の横っ面をぶん殴れば、ぐったりと動かなくなった。
喧嘩慣れしてねえ奴は、すぐ気絶すんなあ。と思いながら、美夜子をその辺に捨てて、美夜子の荷物も一緒に捨てておく。
そのとき、教科書に書かれた「赤坂美夜子」という名前を目にしたが、興味なく記憶にはとどまらなかった。
次に美夜子を目にしたのは、ゲーセンだった。
「ぴぇー!」
変な泣き声が聞こえんな、と視線をやれば、不良に怒鳴り散らされ泣いている美夜子がいた。
そのときは、美夜子という存在をまったく認識していなかったから、女が泣かされている、くらいの認識。
女が泣かされているくらいならどうでもいいが、うちのシマでダセえことをされているのが気に食わなかった。
だから別に助けるつもりはなく、不良をシメる目的で警棒を振り下ろした。
「がっ……!な、なにしやが……灰谷さん!」
「よお、女泣かせてなにイキってんだよ」
「い、いや!でも、この女が!」
「俺に口ごたえすんのか?」
睨みつければ、不良は震えながら逃げて行った。
ダッセぇ、と呟いてからメガネを外して泣いている美夜子を一瞥し、竜胆に「行くぞー」と声をかけたら「この状態の女、放置すんなよな?!」と文句を言われた。
えー、めんどくせえよ。ほっとこうぜ。
しかし、俺よりかは優しい竜胆は、美夜子と視線を合わせて「大丈夫か?」と声をかける。
「ずびばぜん。どごのどなだがはわかりばぜんが、だずげてくれで、ありがとうございばず……」
「うわ、汚え」
「兄貴!ああ、泣くな、泣くな。袖で拭くなって。タオルとかハンカチ、あるか?」
「ないでず……」
「なら、コンビニに買いに行くか」
「えー!俺との買い物はー!」
「兄貴ひとりで行けばいいだろ。ほら、行くぞ」
俺より女を優先した竜胆にムカついたが、このまま一人で買い物に行くのは嫌だ。
仕方ないから、ベソをかく美夜子と手を繋いで先を歩く竜胆の後ろをついて行く。
「ターオール……と。あった、あった。ついでにお菓子も買ってやろうか?アイス食う?」
「あい……」
「竜胆、俺も」
「兄貴は自分で買って」
なんだよー、とぶすくれる俺を無視してアイスを選ぶ二人を横目にピノを買って先に出ていると、仲良さそうに出てきてムカついた。
ムカついたから、美夜子が食べようとしていた雪見だいふくを一つ、一口で食べてやった。
「ほぁ……」
「兄貴、いじめんなって!」
「ふーんだ。兄ちゃんをのけ者にするからだろ」
拗ねる俺に、竜胆が「なに拗ねてんだよ……」と呆れてみせたが、俺は謝らないもんねー。
美夜子はもちもちと雪見だいふくを頬張る俺を見つめて、諦めたのか残った一つを食べようとしたのも、一口で奪う。
「ぷぇ……」
「兄貴!」
「ふーん、だ」
「赤坂、しょげんな。ほら、俺のモナ王半分やるから」
「ありがとう、灰谷くん」
「……」
俺がちょっといない間に名前を呼び合う仲になっているのが、余計に疎外感を感じ、気分がよくない。
「なにー?竜胆、こいつのこと、気に入ったの?」
からかう様に聞けば、「別にそんなんじゃねえよ」とぶっきらぼうに返される。
「ふーん。なら、もうこいつに用ないだろ。買い物行こうぜ」
「うーん……。赤坂、もう大丈夫?」
「はい、落ち着きました」
「じゃあ、もうゲーセンに一人で行くなよ?」
「え?!」
「泣くほど怖い思いしたってのに、まだ行く気か?!」
でも、でも……。と鳴く美夜子に、竜胆が「行くのは週一回!俺がいるときだけ!」と説教する。
なんだよ、やっぱり気に入ってんじゃん。
家に帰ってから竜胆に、「あいつのどこが気に入ったんだよ」と聞くも、「気に入ったとか、そういうんじゃねえって」と否定する。
気に入ってないねえ……。気に入ってないのに、危ねえからってゲーセンに付き合ったり、その為に学校行ったり、昼休みになるたび会いに来るか?
俺そっちのけで仲良くする二人がムカつくから、八つ当たりに美夜子の後頭部をぶん殴った。
「兄貴!」
「……なんだよ」
「何拗ねてんのか知らねえけど、美夜子殴んな!妹だぞ!」
「いや、いつ妹になったんだよ、こいつ。こんなもさい妹いらねえよ」
「私もなった記憶がないのですが……」
竜胆は基本的に常識的で優しいやつだけど、俺の弟だけありたまにネジが飛ぶ。
ドン引きする俺たちをよそに、竜胆は美夜子の頭を抱えて「妹には優しくしろ!」と言ってくる。
「いや、赤の他人だろ……」
「私もそう思……」
美夜子がなにか言おうとしたが、竜胆に頸動脈を抑えられ、「美夜子は俺の妹だよな……?」と言われ、「ぷぇ……」と鳴いた。
「妹なら、せめてもう少し可愛くしてやらね?」
「なら、今日は美夜子大改造回だな」
「ええ!ゲーセンは!?」
「兄ちゃんの言うことが聞けないのか……?」
「っす」
うーん、さすが俺の弟。やり方がパワハラ。
かくして美夜子大改造タイムが開始され、まずは髪だな!ということで、行きつけの美容室に行く。
「蘭くんとりんくんが女の子連れてくるなんて、初めてじゃない?」
「俺の初妹を可愛くしてやろうと思って」
「……どういうこと、蘭くん?」
「んー。弟妹ほしいを拗らせたみたい」
担当の美容師は「弟あるあるだねー」と笑って流し、美夜子を椅子に座らせて「どんな感じにしたい、お兄ちゃん?」と竜胆に聞いた。
「髪いじりたいから、長さはこのままで、毛先揃えて、あと髪の量は減らしたいよな。ちょっと重え」
「はーい。じゃあ、切っちゃうね」
「あと、髪も俺とおそろいにして、金髪な」
その瞬間、美夜子が慌てて「えっ?!ちょっと待ってください、灰谷くん!」とストップをかけたが、またも頸動脈を抑え「なんか文句あるか?あと、竜胆くん、な」と竜胆が威圧する。
「あっ……あっ……」
「ほら、言ってみろ、美夜子……」
「なんでもありましぇん……」
あーあ、可哀想。とは思うが、ざまあないので俺は助けない。
終わるまで暇だし、ということで美夜子の服を見繕っていると、竜胆が上機嫌で鼻唄を歌っている。
「俺、妹できたら目一杯可愛がって優しくするって決めてたんだー」
「兄ちゃんを可愛がって優しくすりゃいいじゃんー」
「兄ちゃんは俺を可愛がって優しく義務があるだろ?」
俺の弟、俺に愛されてるの自覚しすぎだろ。
俺の兄弟はオマエだけでいいのに、竜胆はあんな妹がほしいのか、と釈然としない。
時間も時間だし、と戻ると、そこには綺麗に金髪になった美夜子がいた。いたが……。
「ビックリするくらい似合わねえな!あっはっはっ!」
指をさして笑う俺を、美夜子は怒ったように見つめる。なんだ?やんのか、クソアマ?
さすがの竜胆も、これは笑うだろうと思ったら、「うん、可愛い」と満足そうに頷いた。
大肯定しすぎだろ。
「お揃いだな、美夜子」
「……」
「次は服買いに行こうな。あと、靴と鞄も必要だな。兄ちゃんがなんでも買ってやるぞ」
「り、竜胆……」
完全にネジが飛んで暴走し始めている竜胆を止めてやりたいが、こうなると暫く制御が利かなくなる。
年に何回かある、竜胆暴走期に当たってしまった美夜子を、心中哀れに思った。
竜胆に振り回され、始終膨れ面な美夜子に気を使って話しかけるも口数が少なく、明らかに怒っている。
まあ、暫くすれば竜胆も落ち着くだろうし、それまでは俺でもどうしようもない。
数日したある日、社長登校すると廊下で美夜子が俺のセフレたちに絡まれているのを発見した。
「蘭に構ってもらって、調子に乗り過ぎじゃない?」
「つか、なに、その似合わない金髪?可愛いとでも思ってんの?」
「ウケる!」
ゲラゲラ笑う女共に、竜胆が関節技を決めるときの構えをとり突っ込んでいこうとしたが、その前に「うるせー!」という怒声が響いた。
あの大声とは無縁な日和女の美夜子が発したものだ。
「こっちだって好きこのんでこんな似合わない髪色しとらんわ!あんたらの大好きなジャイアンとジャイ子にさせられたんだよ!お陰様で家族には笑われるし教師には目をつけられるし!笑いたきゃ笑え!クソが!それに私は絡んでくれなんて頼んでないっての!向こうから絡んできてんだ!ばーか!」
そう一気にまくしたてると、呆気にとられている女共の横を憤然とした様子で駆けて行った。
小さくなる背中を見つめてから、恐る恐る隣を見たら竜胆が膝を抱えて座り込んでいる。
あー……。だいぶダメージきてんな……。
「大丈夫か?」
「兄ちゃん……苦しい……。ぎゅってして……」
隣にしゃがみ、竜胆の肩を抱いてやる。
大丈夫だぞ、竜胆。
「美夜子、金髪とか俺に絡まれるの嫌だったんだな……」
「金髪のことはめちゃくちゃキレてただろうな」
「ジャイアンとジャイ子って、俺達のことかな……」
「十中八九、そうだろうな」
涙声の竜胆の頭を撫でてやり、「美夜子、シメに行く?」と聞くと、小さく「行く」と答えた。
「つうわけで、歯食いしばれ美夜子ー」
「なに一つ理解できないのに、殴られるんですか?!」
「自分の胸に手を当てて考えてみろ……」
竜胆に言われるまま胸に手を当てて考え、真っ直ぐな瞳で「身に覚えがありません」と答えた。
あれだけ喧嘩売ったこと言ってたのに、身に覚えがないってどういうことだよ。メンタル鋼か?
竜胆が、それはもう残念そうに溜め息をついてから、「美夜子、利き腕どっち?」と聞いた。
「え、右ですけど。なぜ」
「じゃあ、左腕折るな」
「なんでそうなるの?!」
「利き腕は見逃してやる竜胆、やさしー」
「優しいの基準が馬鹿!」
逃げ出そうとした美夜子にタックルをして押し倒し、左腕をホールドする竜胆。
「まっ……!竜胆く……、痛い……!」
「痛くしてんだよ」
「竜胆、俺も手伝う?」
「兄ちゃんまでやったら、美夜子死んじゃうだろ」
だなー、と仕方なく美夜子の苦痛と恐怖に歪む顔を眺める。
「んふふ。ゾクゾクすんな」
「えー。俺も見てえ」
「写メ送っといてやるよ」
「さんきゅー」
「……!」
悲鳴すらあげられないくらい怯え、ボロボロと泣く美夜子を見ていたら、珍しく下半身がうずいた。
「竜胆ー。俺、勃ったかも」
「兄ちゃんが勃つなんて珍しいじゃん」
見せて、見せて、とせがむ竜胆にケータイの画面を見せると、にんまりと、俺によく似た笑みを浮かべ「俺も勃ったかも」と言う。
「久しぶりに3Pするかー?」
「いいな。美夜子ー。ヤらせてくれんなら、許してやるよ」
「……」
「あー、ダメだ、竜胆。失神してる」
しかも白目むいて。こんなの見たら、萎えるわ。
美夜子の腕を解放して、竜胆が美夜子の頬を軽く叩くが、反応がない。
「強めに引っ叩けば目覚ますんじゃねえか?」
「やめろよ、可哀想だろ」
今し方まで、腕を折ろうとした上に3Pしようとしてたやつがなに言ってんだろうな、と思うが、竜胆がしねえんだったらいいか。
「兄ちゃん、睡姦ってどう思う?」
「あんま好きじゃねえかなー」
あと、白目むいてる女には勃たねえかな。
しかし、美夜子の苦痛に歪む顔が癖になり、俺と竜胆はいままでとは一変して、美夜子を追いかけ回した。
美夜子も活きよく悲鳴をあげながら逃げるから、俺も竜胆も楽しくなってしまった。
俺と竜胆は、どこまでやったら本気で美夜子が嫌がり泣くかの判断ができるから、その一歩手前で止まれる。
そもそも、美夜子をいたぶっていいのは俺と竜胆だけだ。
だが、俺たちを見て“美夜子をそういう扱いをしていい”と勘違いする連中が現れる。
「赤坂ー。歯食いしばれ」
「な、なんで?!」
「だって、オマエそういう役回りだろ?」
美夜子を羽交い締めにして、美夜子を殴ろうとする女共。
振り上げられた手には、カミソリ。
まあ、こんなのを俺が許すわけないよな。
警棒を容赦なく、女の頭に振り下ろす。
鈍い音と悲鳴をあげ、女は倒れた。
美夜子を羽交い締めにしていた女共も、まとめて嫁には行けない顔面にしてやった。
「美夜子、大丈夫か?」
「……」
震える美夜子に、「怖い?」と聞けば「こわい……」と小さく言う。
「俺が?あそこに転がってる女共が?」
「どっちも……」
「俺、ここにいない方がいい?竜胆呼ぶ?」
「……ここにいて、蘭ちゃん。一人にしないで」
「うん、わかった。保健室行こっか。歩けるか?抱っこする?」
「抱っこ……」
涙グシャグシャで、抱っこをせがんでくる美夜子を抱き上げ、階段を降りていく。
ああ、その前に。と、放送室に寄り、ヘアピンで鍵を開ける。
「あー、あー。聞こえるか、テメエら。今後、赤坂美夜子に手出したやつは全員、灰谷兄弟がぶっ殺す」
ブツリ、と放送を切り、美夜子に「これでもう、大丈夫だからな」とできるだけ優しく話しかけるも、泣き止まない。
こういうときは、竜胆だなー。と思い、竜胆に連絡したら開口一番「美夜子になにかあったのか?!」と聞かれたから、さっきあったことを話せば、低い声で「は?なんで殺さなかったんだよ」と言われた。
うーん、殺してもよかったんだけどな。
「美夜子が怖がるし、負い目感じるかなって」
『んー、なら、しかたねえな。美夜子は優しいから』
「俺じゃ泣き止まねえからさ、保健室に来てくんね?」
『ん。行く』
電話を切り、美夜子に「竜胆来るって」と言うと、一生懸命涙をぬぐうから、「あんま目こすんな」と止めるが、美夜子は「でも、私が泣いてたら竜胆くんまでさっきの人たちを……」と言う。
お人好しだなあ。
「大丈夫、竜胆は泣いてる美夜子の方が優先だから」
「うん……。蘭ちゃん、さっき怖いって言って、ごめんなさい……」
「いいよ、気にしてねえから」
「でも、蘭ちゃんは助けてくれただけなのに……」
「しょうがねえよ。美夜子は喧嘩慣れしてねえんだから。怖くなるのも、当たり前だろ」
「……私、あんな風に蘭ちゃんにされたことなかったから、ビックリしました」
「そりゃそうだろ。俺たちは美夜子をビビらせたいけど、怪我させたいわけじゃねえからな」
「でも、私頻繁に蘭ちゃんのパンチで意識飛んでますけど……」
「怪我させないで気絶させる殴り方してるからな♡」
ドン引きした表情をする美夜子に、「ん。泣きやんだな」と目元を指でさすれば、「ありがとうございます蘭ちゃん。助けてくれて」とやっと笑った。
「泣いてる顔も怯えた顔もいいけど、笑った顔もいいな。チューしていい?」
「いやいやいや!なんでそうなるんですか!」
「したいから♡」
「や、やめてー!」
美夜子が叫んだ瞬間、「美夜子!大丈夫か!」と竜胆が入ってきて、俺と美夜子を見て「ダメだー!」と叫んだ。
俺から美夜子を引き剥がし、「兄ちゃん!ダメ!」ともう一度念押しする。
「いいじゃん、チューくらい」
「ダメったら、ダメ!」
「じゃあ、竜胆もすればいいんじゃね?」
俺の提案に、竜胆は「名案!」みたいな顔をしたが、本当に怯えた美夜子の「竜胆くん……」の声に理性を取り戻し「ダメッ!」と堪えた。
ちぇっ、つまんねえの。
その頃から、俺も竜胆も美夜子大好き期に入っていたが、決定的に将来のことを考える切っ掛けになったのはあの事件だろう。
いつも通り、イキっているチームを潰して、帰ろうとしたときだった。
「悪魔共が……。オマエらなんて生まれてこなければよかったのに……」
「……」
「……」
聞き飽きたような罵倒。
そんなこと、テメエに言われなくてもこっちは親から散々言われてるんだよ。
オマエらが生まれてこなけりゃ、とか思っても、俺は竜胆が生まれてきてよかったって思うし、竜胆も俺が生まれてきてよかったって思ってる。
それで十分だ。
「……」
「……」
しかし、今日はなぜか釈然としない気分だった。
新月だからかも知れないし、いままで俺と竜胆だけの世界だったところに現れた美夜子の所為かも知れない。
「竜胆。美夜子に会いにいくけど、どうする?」
「行く……」
会ってどうするとかは、たぶん竜胆も考えていなかったと思う。
ただ会って、ちょっと話して落ち着いたら帰るつもりだった。
竜胆とお互いに返り血チェックをし、インターホンを鳴らす。
『はーい』
「灰谷といいますが、美夜子ちゃんいますかー」
『ぎゃっ!』
んだ、その悲鳴。と文句を言う前に、バタバタと音がしたと思ったら、スウェット姿の美夜子が出てきた。
「え、ど、どうしたんですか?」
「あー、うん。ちょっとやなことがあったから、会いに来た」
「?」
「美夜子はさ、俺たちが生まれてこなければいいって思うか……?」
どストレートな竜胆の質問に、「はぁー?!んなこと思うわけないじゃないですか!」と勢いよく否定されて、俺も竜胆も目を丸くした。
てっきり、美夜子は俺たちをよく思っていないと思っていたから。
「たしかに、二人は悪逆非道な外道ですが!だからと言って、生まれてこなければだなんて思いませんよ!」
まったく!なんてことを聞くんですか!と怒る美夜子だが、竜胆の口元はニヤケを押し隠せていない。
かく言う俺も、ちょっと抑えられないかも。
「ちょっと!私は真剣に怒ってるんですよ!」
「うん、うん。わかってる」
「だから、なんだけどな」
ニヤける俺たちに美夜子は「もう!」と怒るが、それすら、俺たちには喜びに変わる。
お互いだけじゃない誰かに、怒られるのが嬉しい。
「ふふっ。ありがとうな、美夜子すっきりした」
「な、ならいいんですけど……。二人共、大丈夫ですか?」
「なんだ?俺たちが大丈夫じゃなかったら、美夜子はなんかしてくれんの?」
「どうしよう、竜胆ー。俺、大丈夫じゃなくなったかも」
「俺もー」
ケラケラといつもの調子で笑う俺たちを、美夜子が心配そうに見るから、竜胆と顔を見合わせ「大丈夫」と言って撫で回す。
「また明日、学校でな」
「あったかくして寝ろよ」
「おやすみなさい」
家に帰る道すがら、上機嫌な竜胆に「なー、竜胆ー」と話しかける。
「なにー、兄ちゃんー」
「俺、将来、美夜子と結婚するー」
「はぁ?!」
「で、竜胆と美夜子と一緒に暮らすんだー」
「俺も?」
「そっ!大切な弟と大好きな女に囲まれて暮らすんだー」
「なんだよそれ!俺だって美夜子と結婚してえよ!」
「えー。別にどっちと結婚してもよくね?俺の嫁は竜胆の嫁でもあるだろ?」
「意味わかんね」
「俺のものは竜胆のもの、竜胆のものは俺のものだろ?」
俺の言葉に竜胆はおかしそうに笑い、「いいな、それ!」と言った。
だと言うのに、美夜子と結婚しても竜胆から引っ越しの話が来ない。
しびれを切らして竜胆に話を持ちかけたら、「は?なんで?」と返されて、俺も「は?」となった。
「約束したじゃん。俺が美夜子と結婚したら、俺と竜胆と美夜子の三人で暮らそうなって」
「まだ有効だったのかよ、その話!」
「なー、竜胆ー。早く引っ越してこいよー」
「やだよ!兄ちゃんと美夜子がいちゃついてるの見たら、血管切れる!」
「えー?兄ちゃんに嫉妬してるのか?それとも、美夜子に?」
「……どっちも」
俺の弟、かわい〜!
蘭の下半身は触りません。
久しぶりに登校したら、窓際の一番いい席で寝ていたのが美夜子。
見るからに陰キャで、友だちいなくて寝たふりしてんのかと思ったけど、どうやら本気で寝ているようだった。
「なあ、起きろよ」
声をかけても気持ちよさそうにして起きない。
なら少し乱暴に、と竜胆を泣かしたことのあるデコピンを遠慮なくしたら、「おぁぁが〜〜〜〜!!!!」となんとも言えない悲鳴をあげて起きた。
「はよー。早速だけど、席変わってくんね?」
「だ、誰……?」
半泣きの美夜子は、デコを押さえながらそう聞いてきた。
この学校で、俺のこと知らないやつがいるんだ、と思ったが、目を細めてガンを飛ばしてくる姿と、机に置いてあるメガネで納得がいった。
メガネをかけてやると、やっと俺の顔を認識したようだが、首を傾げて「誰?」とまた聞いてきた。
マジで俺のこと知らないんだ。
「俺、灰谷蘭。その席、変われ」
「えっ、でも席替えのときなにも言われなかったけど……」
「知らねえよ。俺、席替えのときいなかったし」
「えぇ……」
露骨に嫌がる美夜子に、「嫌なわけ?」と聞けば、モゴモゴと「いや……その……嫌というか……理不尽だなというか……」と言うから、「よく聞こえねえなぁ……?ハッキリしろよ」と胸ぐらを掴むと、「い、嫌です!」と元気に言われた。
「んー。なら、ちょっと痛い目見ようか?」
「え?」
俺が手をあげるのを見て、美夜子は「まさか」という顔をした。
そのまさか。
美夜子の横っ面をぶん殴れば、ぐったりと動かなくなった。
喧嘩慣れしてねえ奴は、すぐ気絶すんなあ。と思いながら、美夜子をその辺に捨てて、美夜子の荷物も一緒に捨てておく。
そのとき、教科書に書かれた「赤坂美夜子」という名前を目にしたが、興味なく記憶にはとどまらなかった。
次に美夜子を目にしたのは、ゲーセンだった。
「ぴぇー!」
変な泣き声が聞こえんな、と視線をやれば、不良に怒鳴り散らされ泣いている美夜子がいた。
そのときは、美夜子という存在をまったく認識していなかったから、女が泣かされている、くらいの認識。
女が泣かされているくらいならどうでもいいが、うちのシマでダセえことをされているのが気に食わなかった。
だから別に助けるつもりはなく、不良をシメる目的で警棒を振り下ろした。
「がっ……!な、なにしやが……灰谷さん!」
「よお、女泣かせてなにイキってんだよ」
「い、いや!でも、この女が!」
「俺に口ごたえすんのか?」
睨みつければ、不良は震えながら逃げて行った。
ダッセぇ、と呟いてからメガネを外して泣いている美夜子を一瞥し、竜胆に「行くぞー」と声をかけたら「この状態の女、放置すんなよな?!」と文句を言われた。
えー、めんどくせえよ。ほっとこうぜ。
しかし、俺よりかは優しい竜胆は、美夜子と視線を合わせて「大丈夫か?」と声をかける。
「ずびばぜん。どごのどなだがはわかりばぜんが、だずげてくれで、ありがとうございばず……」
「うわ、汚え」
「兄貴!ああ、泣くな、泣くな。袖で拭くなって。タオルとかハンカチ、あるか?」
「ないでず……」
「なら、コンビニに買いに行くか」
「えー!俺との買い物はー!」
「兄貴ひとりで行けばいいだろ。ほら、行くぞ」
俺より女を優先した竜胆にムカついたが、このまま一人で買い物に行くのは嫌だ。
仕方ないから、ベソをかく美夜子と手を繋いで先を歩く竜胆の後ろをついて行く。
「ターオール……と。あった、あった。ついでにお菓子も買ってやろうか?アイス食う?」
「あい……」
「竜胆、俺も」
「兄貴は自分で買って」
なんだよー、とぶすくれる俺を無視してアイスを選ぶ二人を横目にピノを買って先に出ていると、仲良さそうに出てきてムカついた。
ムカついたから、美夜子が食べようとしていた雪見だいふくを一つ、一口で食べてやった。
「ほぁ……」
「兄貴、いじめんなって!」
「ふーんだ。兄ちゃんをのけ者にするからだろ」
拗ねる俺に、竜胆が「なに拗ねてんだよ……」と呆れてみせたが、俺は謝らないもんねー。
美夜子はもちもちと雪見だいふくを頬張る俺を見つめて、諦めたのか残った一つを食べようとしたのも、一口で奪う。
「ぷぇ……」
「兄貴!」
「ふーん、だ」
「赤坂、しょげんな。ほら、俺のモナ王半分やるから」
「ありがとう、灰谷くん」
「……」
俺がちょっといない間に名前を呼び合う仲になっているのが、余計に疎外感を感じ、気分がよくない。
「なにー?竜胆、こいつのこと、気に入ったの?」
からかう様に聞けば、「別にそんなんじゃねえよ」とぶっきらぼうに返される。
「ふーん。なら、もうこいつに用ないだろ。買い物行こうぜ」
「うーん……。赤坂、もう大丈夫?」
「はい、落ち着きました」
「じゃあ、もうゲーセンに一人で行くなよ?」
「え?!」
「泣くほど怖い思いしたってのに、まだ行く気か?!」
でも、でも……。と鳴く美夜子に、竜胆が「行くのは週一回!俺がいるときだけ!」と説教する。
なんだよ、やっぱり気に入ってんじゃん。
家に帰ってから竜胆に、「あいつのどこが気に入ったんだよ」と聞くも、「気に入ったとか、そういうんじゃねえって」と否定する。
気に入ってないねえ……。気に入ってないのに、危ねえからってゲーセンに付き合ったり、その為に学校行ったり、昼休みになるたび会いに来るか?
俺そっちのけで仲良くする二人がムカつくから、八つ当たりに美夜子の後頭部をぶん殴った。
「兄貴!」
「……なんだよ」
「何拗ねてんのか知らねえけど、美夜子殴んな!妹だぞ!」
「いや、いつ妹になったんだよ、こいつ。こんなもさい妹いらねえよ」
「私もなった記憶がないのですが……」
竜胆は基本的に常識的で優しいやつだけど、俺の弟だけありたまにネジが飛ぶ。
ドン引きする俺たちをよそに、竜胆は美夜子の頭を抱えて「妹には優しくしろ!」と言ってくる。
「いや、赤の他人だろ……」
「私もそう思……」
美夜子がなにか言おうとしたが、竜胆に頸動脈を抑えられ、「美夜子は俺の妹だよな……?」と言われ、「ぷぇ……」と鳴いた。
「妹なら、せめてもう少し可愛くしてやらね?」
「なら、今日は美夜子大改造回だな」
「ええ!ゲーセンは!?」
「兄ちゃんの言うことが聞けないのか……?」
「っす」
うーん、さすが俺の弟。やり方がパワハラ。
かくして美夜子大改造タイムが開始され、まずは髪だな!ということで、行きつけの美容室に行く。
「蘭くんとりんくんが女の子連れてくるなんて、初めてじゃない?」
「俺の初妹を可愛くしてやろうと思って」
「……どういうこと、蘭くん?」
「んー。弟妹ほしいを拗らせたみたい」
担当の美容師は「弟あるあるだねー」と笑って流し、美夜子を椅子に座らせて「どんな感じにしたい、お兄ちゃん?」と竜胆に聞いた。
「髪いじりたいから、長さはこのままで、毛先揃えて、あと髪の量は減らしたいよな。ちょっと重え」
「はーい。じゃあ、切っちゃうね」
「あと、髪も俺とおそろいにして、金髪な」
その瞬間、美夜子が慌てて「えっ?!ちょっと待ってください、灰谷くん!」とストップをかけたが、またも頸動脈を抑え「なんか文句あるか?あと、竜胆くん、な」と竜胆が威圧する。
「あっ……あっ……」
「ほら、言ってみろ、美夜子……」
「なんでもありましぇん……」
あーあ、可哀想。とは思うが、ざまあないので俺は助けない。
終わるまで暇だし、ということで美夜子の服を見繕っていると、竜胆が上機嫌で鼻唄を歌っている。
「俺、妹できたら目一杯可愛がって優しくするって決めてたんだー」
「兄ちゃんを可愛がって優しくすりゃいいじゃんー」
「兄ちゃんは俺を可愛がって優しく義務があるだろ?」
俺の弟、俺に愛されてるの自覚しすぎだろ。
俺の兄弟はオマエだけでいいのに、竜胆はあんな妹がほしいのか、と釈然としない。
時間も時間だし、と戻ると、そこには綺麗に金髪になった美夜子がいた。いたが……。
「ビックリするくらい似合わねえな!あっはっはっ!」
指をさして笑う俺を、美夜子は怒ったように見つめる。なんだ?やんのか、クソアマ?
さすがの竜胆も、これは笑うだろうと思ったら、「うん、可愛い」と満足そうに頷いた。
大肯定しすぎだろ。
「お揃いだな、美夜子」
「……」
「次は服買いに行こうな。あと、靴と鞄も必要だな。兄ちゃんがなんでも買ってやるぞ」
「り、竜胆……」
完全にネジが飛んで暴走し始めている竜胆を止めてやりたいが、こうなると暫く制御が利かなくなる。
年に何回かある、竜胆暴走期に当たってしまった美夜子を、心中哀れに思った。
竜胆に振り回され、始終膨れ面な美夜子に気を使って話しかけるも口数が少なく、明らかに怒っている。
まあ、暫くすれば竜胆も落ち着くだろうし、それまでは俺でもどうしようもない。
数日したある日、社長登校すると廊下で美夜子が俺のセフレたちに絡まれているのを発見した。
「蘭に構ってもらって、調子に乗り過ぎじゃない?」
「つか、なに、その似合わない金髪?可愛いとでも思ってんの?」
「ウケる!」
ゲラゲラ笑う女共に、竜胆が関節技を決めるときの構えをとり突っ込んでいこうとしたが、その前に「うるせー!」という怒声が響いた。
あの大声とは無縁な日和女の美夜子が発したものだ。
「こっちだって好きこのんでこんな似合わない髪色しとらんわ!あんたらの大好きなジャイアンとジャイ子にさせられたんだよ!お陰様で家族には笑われるし教師には目をつけられるし!笑いたきゃ笑え!クソが!それに私は絡んでくれなんて頼んでないっての!向こうから絡んできてんだ!ばーか!」
そう一気にまくしたてると、呆気にとられている女共の横を憤然とした様子で駆けて行った。
小さくなる背中を見つめてから、恐る恐る隣を見たら竜胆が膝を抱えて座り込んでいる。
あー……。だいぶダメージきてんな……。
「大丈夫か?」
「兄ちゃん……苦しい……。ぎゅってして……」
隣にしゃがみ、竜胆の肩を抱いてやる。
大丈夫だぞ、竜胆。
「美夜子、金髪とか俺に絡まれるの嫌だったんだな……」
「金髪のことはめちゃくちゃキレてただろうな」
「ジャイアンとジャイ子って、俺達のことかな……」
「十中八九、そうだろうな」
涙声の竜胆の頭を撫でてやり、「美夜子、シメに行く?」と聞くと、小さく「行く」と答えた。
「つうわけで、歯食いしばれ美夜子ー」
「なに一つ理解できないのに、殴られるんですか?!」
「自分の胸に手を当てて考えてみろ……」
竜胆に言われるまま胸に手を当てて考え、真っ直ぐな瞳で「身に覚えがありません」と答えた。
あれだけ喧嘩売ったこと言ってたのに、身に覚えがないってどういうことだよ。メンタル鋼か?
竜胆が、それはもう残念そうに溜め息をついてから、「美夜子、利き腕どっち?」と聞いた。
「え、右ですけど。なぜ」
「じゃあ、左腕折るな」
「なんでそうなるの?!」
「利き腕は見逃してやる竜胆、やさしー」
「優しいの基準が馬鹿!」
逃げ出そうとした美夜子にタックルをして押し倒し、左腕をホールドする竜胆。
「まっ……!竜胆く……、痛い……!」
「痛くしてんだよ」
「竜胆、俺も手伝う?」
「兄ちゃんまでやったら、美夜子死んじゃうだろ」
だなー、と仕方なく美夜子の苦痛と恐怖に歪む顔を眺める。
「んふふ。ゾクゾクすんな」
「えー。俺も見てえ」
「写メ送っといてやるよ」
「さんきゅー」
「……!」
悲鳴すらあげられないくらい怯え、ボロボロと泣く美夜子を見ていたら、珍しく下半身がうずいた。
「竜胆ー。俺、勃ったかも」
「兄ちゃんが勃つなんて珍しいじゃん」
見せて、見せて、とせがむ竜胆にケータイの画面を見せると、にんまりと、俺によく似た笑みを浮かべ「俺も勃ったかも」と言う。
「久しぶりに3Pするかー?」
「いいな。美夜子ー。ヤらせてくれんなら、許してやるよ」
「……」
「あー、ダメだ、竜胆。失神してる」
しかも白目むいて。こんなの見たら、萎えるわ。
美夜子の腕を解放して、竜胆が美夜子の頬を軽く叩くが、反応がない。
「強めに引っ叩けば目覚ますんじゃねえか?」
「やめろよ、可哀想だろ」
今し方まで、腕を折ろうとした上に3Pしようとしてたやつがなに言ってんだろうな、と思うが、竜胆がしねえんだったらいいか。
「兄ちゃん、睡姦ってどう思う?」
「あんま好きじゃねえかなー」
あと、白目むいてる女には勃たねえかな。
しかし、美夜子の苦痛に歪む顔が癖になり、俺と竜胆はいままでとは一変して、美夜子を追いかけ回した。
美夜子も活きよく悲鳴をあげながら逃げるから、俺も竜胆も楽しくなってしまった。
俺と竜胆は、どこまでやったら本気で美夜子が嫌がり泣くかの判断ができるから、その一歩手前で止まれる。
そもそも、美夜子をいたぶっていいのは俺と竜胆だけだ。
だが、俺たちを見て“美夜子をそういう扱いをしていい”と勘違いする連中が現れる。
「赤坂ー。歯食いしばれ」
「な、なんで?!」
「だって、オマエそういう役回りだろ?」
美夜子を羽交い締めにして、美夜子を殴ろうとする女共。
振り上げられた手には、カミソリ。
まあ、こんなのを俺が許すわけないよな。
警棒を容赦なく、女の頭に振り下ろす。
鈍い音と悲鳴をあげ、女は倒れた。
美夜子を羽交い締めにしていた女共も、まとめて嫁には行けない顔面にしてやった。
「美夜子、大丈夫か?」
「……」
震える美夜子に、「怖い?」と聞けば「こわい……」と小さく言う。
「俺が?あそこに転がってる女共が?」
「どっちも……」
「俺、ここにいない方がいい?竜胆呼ぶ?」
「……ここにいて、蘭ちゃん。一人にしないで」
「うん、わかった。保健室行こっか。歩けるか?抱っこする?」
「抱っこ……」
涙グシャグシャで、抱っこをせがんでくる美夜子を抱き上げ、階段を降りていく。
ああ、その前に。と、放送室に寄り、ヘアピンで鍵を開ける。
「あー、あー。聞こえるか、テメエら。今後、赤坂美夜子に手出したやつは全員、灰谷兄弟がぶっ殺す」
ブツリ、と放送を切り、美夜子に「これでもう、大丈夫だからな」とできるだけ優しく話しかけるも、泣き止まない。
こういうときは、竜胆だなー。と思い、竜胆に連絡したら開口一番「美夜子になにかあったのか?!」と聞かれたから、さっきあったことを話せば、低い声で「は?なんで殺さなかったんだよ」と言われた。
うーん、殺してもよかったんだけどな。
「美夜子が怖がるし、負い目感じるかなって」
『んー、なら、しかたねえな。美夜子は優しいから』
「俺じゃ泣き止まねえからさ、保健室に来てくんね?」
『ん。行く』
電話を切り、美夜子に「竜胆来るって」と言うと、一生懸命涙をぬぐうから、「あんま目こすんな」と止めるが、美夜子は「でも、私が泣いてたら竜胆くんまでさっきの人たちを……」と言う。
お人好しだなあ。
「大丈夫、竜胆は泣いてる美夜子の方が優先だから」
「うん……。蘭ちゃん、さっき怖いって言って、ごめんなさい……」
「いいよ、気にしてねえから」
「でも、蘭ちゃんは助けてくれただけなのに……」
「しょうがねえよ。美夜子は喧嘩慣れしてねえんだから。怖くなるのも、当たり前だろ」
「……私、あんな風に蘭ちゃんにされたことなかったから、ビックリしました」
「そりゃそうだろ。俺たちは美夜子をビビらせたいけど、怪我させたいわけじゃねえからな」
「でも、私頻繁に蘭ちゃんのパンチで意識飛んでますけど……」
「怪我させないで気絶させる殴り方してるからな♡」
ドン引きした表情をする美夜子に、「ん。泣きやんだな」と目元を指でさすれば、「ありがとうございます蘭ちゃん。助けてくれて」とやっと笑った。
「泣いてる顔も怯えた顔もいいけど、笑った顔もいいな。チューしていい?」
「いやいやいや!なんでそうなるんですか!」
「したいから♡」
「や、やめてー!」
美夜子が叫んだ瞬間、「美夜子!大丈夫か!」と竜胆が入ってきて、俺と美夜子を見て「ダメだー!」と叫んだ。
俺から美夜子を引き剥がし、「兄ちゃん!ダメ!」ともう一度念押しする。
「いいじゃん、チューくらい」
「ダメったら、ダメ!」
「じゃあ、竜胆もすればいいんじゃね?」
俺の提案に、竜胆は「名案!」みたいな顔をしたが、本当に怯えた美夜子の「竜胆くん……」の声に理性を取り戻し「ダメッ!」と堪えた。
ちぇっ、つまんねえの。
その頃から、俺も竜胆も美夜子大好き期に入っていたが、決定的に将来のことを考える切っ掛けになったのはあの事件だろう。
いつも通り、イキっているチームを潰して、帰ろうとしたときだった。
「悪魔共が……。オマエらなんて生まれてこなければよかったのに……」
「……」
「……」
聞き飽きたような罵倒。
そんなこと、テメエに言われなくてもこっちは親から散々言われてるんだよ。
オマエらが生まれてこなけりゃ、とか思っても、俺は竜胆が生まれてきてよかったって思うし、竜胆も俺が生まれてきてよかったって思ってる。
それで十分だ。
「……」
「……」
しかし、今日はなぜか釈然としない気分だった。
新月だからかも知れないし、いままで俺と竜胆だけの世界だったところに現れた美夜子の所為かも知れない。
「竜胆。美夜子に会いにいくけど、どうする?」
「行く……」
会ってどうするとかは、たぶん竜胆も考えていなかったと思う。
ただ会って、ちょっと話して落ち着いたら帰るつもりだった。
竜胆とお互いに返り血チェックをし、インターホンを鳴らす。
『はーい』
「灰谷といいますが、美夜子ちゃんいますかー」
『ぎゃっ!』
んだ、その悲鳴。と文句を言う前に、バタバタと音がしたと思ったら、スウェット姿の美夜子が出てきた。
「え、ど、どうしたんですか?」
「あー、うん。ちょっとやなことがあったから、会いに来た」
「?」
「美夜子はさ、俺たちが生まれてこなければいいって思うか……?」
どストレートな竜胆の質問に、「はぁー?!んなこと思うわけないじゃないですか!」と勢いよく否定されて、俺も竜胆も目を丸くした。
てっきり、美夜子は俺たちをよく思っていないと思っていたから。
「たしかに、二人は悪逆非道な外道ですが!だからと言って、生まれてこなければだなんて思いませんよ!」
まったく!なんてことを聞くんですか!と怒る美夜子だが、竜胆の口元はニヤケを押し隠せていない。
かく言う俺も、ちょっと抑えられないかも。
「ちょっと!私は真剣に怒ってるんですよ!」
「うん、うん。わかってる」
「だから、なんだけどな」
ニヤける俺たちに美夜子は「もう!」と怒るが、それすら、俺たちには喜びに変わる。
お互いだけじゃない誰かに、怒られるのが嬉しい。
「ふふっ。ありがとうな、美夜子すっきりした」
「な、ならいいんですけど……。二人共、大丈夫ですか?」
「なんだ?俺たちが大丈夫じゃなかったら、美夜子はなんかしてくれんの?」
「どうしよう、竜胆ー。俺、大丈夫じゃなくなったかも」
「俺もー」
ケラケラといつもの調子で笑う俺たちを、美夜子が心配そうに見るから、竜胆と顔を見合わせ「大丈夫」と言って撫で回す。
「また明日、学校でな」
「あったかくして寝ろよ」
「おやすみなさい」
家に帰る道すがら、上機嫌な竜胆に「なー、竜胆ー」と話しかける。
「なにー、兄ちゃんー」
「俺、将来、美夜子と結婚するー」
「はぁ?!」
「で、竜胆と美夜子と一緒に暮らすんだー」
「俺も?」
「そっ!大切な弟と大好きな女に囲まれて暮らすんだー」
「なんだよそれ!俺だって美夜子と結婚してえよ!」
「えー。別にどっちと結婚してもよくね?俺の嫁は竜胆の嫁でもあるだろ?」
「意味わかんね」
「俺のものは竜胆のもの、竜胆のものは俺のものだろ?」
俺の言葉に竜胆はおかしそうに笑い、「いいな、それ!」と言った。
だと言うのに、美夜子と結婚しても竜胆から引っ越しの話が来ない。
しびれを切らして竜胆に話を持ちかけたら、「は?なんで?」と返されて、俺も「は?」となった。
「約束したじゃん。俺が美夜子と結婚したら、俺と竜胆と美夜子の三人で暮らそうなって」
「まだ有効だったのかよ、その話!」
「なー、竜胆ー。早く引っ越してこいよー」
「やだよ!兄ちゃんと美夜子がいちゃついてるの見たら、血管切れる!」
「えー?兄ちゃんに嫉妬してるのか?それとも、美夜子に?」
「……どっちも」
俺の弟、かわい〜!