蘭の嫁
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友だちとディスコードで盛り上がっていると、ケータイに着信が入った。
ディスプレイには、林家の文字。
友だちに断りを入れ、ミュートにしてから林家、三途さんからの電話に出る。
『嫁、いまから言うところに至急来い』
「いや、唐突」
理由を聞くと、取引先の女社長がジャイアンを気に入っていてジャイアンが接待しているが、あまりにもベタベタするからジャイアンが不機嫌になり始めている。このままではジャイアンの怒りが爆発して商談がパァになる。とのこと。
えー、しらーん。どうでもいいー。
『来ねえと、その社長が死ぬぞ』
またまた〜、と言いたいが、ジャイアンだから殺りかねないのがまた、怖い。
「でも私、いますぐ出られる格好してないんですけど。準備に時間かかりますよ?」
『いい、いい。適当な格好でいいから。化粧とかもしねえでいいから。どうせ、大して変わんねえだろ』
酷い言われようだな。まあ、変わらないが。
強制的に電話を切られ、仕方ない、行くか。と、友だちに抜けることを告げて、適当な格好で三途さんから送られてきた場所へ向かう。
しかし、銀座なんだよなあ、ここ。
適当な格好でいいと言われ、スポーツウェアで来ちゃったけど通してもらえないだろうな。
そうなったら、かーえろ。と軽い気持ちで指定された店に来ると、そこは当たり前だが高級レストラン。
確実にドレスコードが存在するであろう店の前で立ち往生し、帰ろうかな、と思っていたら見たことのある毒クラゲがこちらに向かってきた。
「遅えよ、美夜子……ぶぁっはっはっ!オマエ、本当に適当な格好で来たの?!」
私を指さして笑う竜胆くんに、「適当な格好でいいって言われたので」と言ったら、「だからって、銀座にそれで来るとか……!」と目に涙を浮かべて笑う。
「身支度して来たら、怒られると思ったんですよ」
「うん、大正解。兄ちゃんがブチギレ寸前だから、マジよく頑張った」
よしよし、と竜胆くんは私の頭を撫でてから、手を引いて個室に通すと、「兄ちゃん連れてくるから、なんとか機嫌とれ」と言われて悲鳴をあげそうになった。
嫌だー!不機嫌なジャイアンとか、一番相手したくない!
帰りたいけど人の命もかかっているし、帰ったら三途さんに怒鳴り散らされそう。
久しぶりに殴られるのかなぁ、とうつむきながら腹をくくっているとドアが開いた。
帰ってきたか、毒クラゲ。と顔を上げたら、目を丸くしたジャイアンが立っていた。
「美夜子、その格好で来たのか?」
「適当な格好で来てすみません!」
恥をかかせたと怒られるのかと思い即座に謝ると、ジャイアンは声を上げて笑い始めた。
「あっはっはっ!この店にそんな格好で来るやつあるかよ!どんだけ地元感覚で来てんだ!笑うじゃん!」
機嫌が悪いと聞いていたので心配していたが、そんなに機嫌は悪くないのではないだろうか。
「なんだー?そんなに俺に会いたかったか?」
「え、いや、全然」
「あ?」
「会いたかったです……」
呼び出されて機嫌をとれと言われただけなのに、ぴえん。と泣きそうになる。
私の頬を挟んで揉みながら「そうか、そうか、会いたかったか」と楽しそうに言うが、ジャイアンそういう、「会いたかったから来た」というの大嫌いではなかっただろうか。
私がパシリをやっていた学生時代、そういうセフレに「うざっ」と言っているのをよく聞いた。
干渉されるのが大嫌いなジャイアンが、私が会いたかったと言って喜んでいる、ということは、つまり、このご機嫌はフェイク。
内心はめちゃくちゃキレているはず!
「ぴぇ……」
「なんで泣くんだよ。泣くほど会えて嬉しいのか?」
「久しぶりに殴られるのかと思うと怖くて……」
「はあ?なんで殴らねえといけねえんだよ。いま、俺、超機嫌いいから頼まれても殴らねえし」
「殴らない……?」
「美夜子が来たから、殴らねえよ」
因果関係はわからないが、殴られないならそれに越したことはない。
命拾いした……、と安堵する私の頬を揉みながら、ジャイアンは「仕事戻りたくねー」と愚痴をこぼす。
「聞けよ、美夜子。いま接待してるやつがさ、すげえベタベタ触ってくんだよ。手とか腕とか脚とかさ」
「お疲れ様です」
「気持ち悪いから、美夜子。上書きしてくんね?」
「ほ?」
上書きとは?私に、ジャイアンの体を触れということか?
解釈が正解していたのか、触られた方であろう腕を差し出してきて「早くしろ」と急かしてくる。
触る……。人の体をベタベタと触ったことがないから、どう触ればいいかわからず、とりあえず手で挟んでおいた。
「俺はハンバーガーのパテかよ」
「すみません」
「触り方わかんねえの?」
「慣れてなくて」
ぎゅっ、ぎゅっ、と挟む私に、ジャイアンは悪い笑みを浮かべて「じゃあ、触り方教えてやるよ」と言い、ねっとりとした手付きで手を伝い腕を撫でる。
「気持ちわるっ!」
「オマエ、たまに反射で口走るよな」
蘭ちゃんだって傷つくんだぞ、と拗ねた顔で言われるが、気持ち悪いものは気持ち悪い。
「でも、すげえ気持ち悪いだろー?ずーっと、こんなの我慢してた俺えらくね?」
「超偉い」
「だろー?だから、早く触れよ」
「いま、それが気持ち悪いって話してませんでしたか?」
前の話を更地に戻すの、やめてもらえますか?
「触ってほしいやつに触られたら嬉しいだろ?」
「……」
どうしよう、さっき気持ち悪いって言っちゃった……。
本当は嫌だけど、ジャイアンの目が笑っていないので、たぶん機嫌は損ねている。
ここで反抗したら、ちょっとずつ首に近づいて来ている手に締め上げられる。
とりあえず、見様見真似で触ってみるが、誘うように触っていたジャイアンの手付きと違い、なんかただ撫でているだけのような気がする。
これでいいのだろうか……。
「んふふ……。可愛い撫で方すんじゃん」
「っす」
「次、脚な」
うーん、セクハラで触るとしたら膝辺りだろうかと、膝をさわさわしたら「もっと内側」と言われる。
「もっと上。もっと、もっと……」
「いや、股間じゃん!脚じゃないじゃん!また痴女が釣れたんですか?!」
「俺のフェロモンがそうさせるんだろうな」
アホか!と騒ぐ私に、ジャイアンは「はーやーくー」とニヤつきながら言う。
「や……やだ……」
「んー?なんか言ったか、美夜子……?」
ギリギリと手首を掴まれ、半べそをかきながら「痴女になりたくないですぅ……」と抵抗すると、「ふーん……」と不穏に呟く。
「言うこと聞かない悪い子は、こうだな」
そう言うと、掴んでいた私の手を無理矢理自分の股間にあてて脚を閉じた。
脚に挟まれ、股間の柔らかさを直に感じてしまう。
「いやー!もー!前にもこんなことあった!」
「美夜子、これ嫌いだもんなー」
「わかっててやってるのかよ、変態野郎!」
「あー、もう蘭ちゃん怒った。人が来るまで離してやんね」
「勘違いされちゃうー!」
ぴーきゃーと言い合っていると、「兄ちゃん!いちゃついてねえで、早く……」と竜胆くんが入ってきた。
「え、美夜子。なにやってんの?」
「助けてー、竜胆ー。セクハラされてるー」
「嘘つけ、バカー!離せ!」
事態を把握した竜胆くんが、「兄ちゃん、あんま美夜子イジメて遊ぶなって」と言うと、ジャイアンは「しゃーねえなあ」と渋々脚を開いた。
「うぇ……うぇ……むにってした……」
「また俺に逆らったら触らせるからな」
「うぅ……最悪な脅しだ……」
「兄ちゃん、それより早く戻れよ。ババアがずっとうるせえんだから」
「おー。美夜子、帰んなよ。このあと買い物行くからな」
いや、夜!と言おうとしたが、また股間挟みされたらたまったもんじゃないので飲み込んだ。
上機嫌なジャイアンを竜胆くんと見送ると、しばらくの沈黙のあと「美夜子から触ったんじゃないよな……?」と聞かれる。
斯々然々と説明すると、「なんで兄ちゃんに最高のオモチャあたえてるんだよ」呆れられた。
「商談、どれくらいで終わりそうですか?」
「機嫌よさそうだったからなぁ。ババアが粘らなきゃ、二時間で終わるんじゃね?」
「え、暇。竜胆くん、ゲームしましょうよ。最近いれた麻雀アプリで、友人戦ができるんですよ」
「んじゃ、あと二人必要だな。メンツ集めるから、ちょっと待ってろ」
「うーっす」
三途さんは確定だろうけど、あと一人は初めましてなんだろうな、と待っていると竜胆くんが知らないイカそうめんみたいな真っ白い二人を連れてきた。
誰?
「美夜子、九井とマイキーだ」
「えっと、はじめまして。赤坂美夜子です」
「美夜子、灰谷美夜子だろ」
苗字の違いなら誤差だろと思うが、竜胆くんが「言い直せ」と目で訴えてくるから、「灰谷美夜子です」と言い直す。
「九井の顔はいつも通り忘れてもいい」
「おい、忘れんじゃねえよ」
「でも、マイキーは一番偉い人だから忘れるな」
「一番偉いって、蘭ちゃんよりですか?」
「兄ちゃんより」
社長のジャイアンより偉いということは、つまり?
「お若いのに、会長なんですか?」
「?」
「?」
「マイキー、九井。集合」
竜胆くんが、マイキーさんと九井さんを部屋の隅に連れて行き、ヒソヒソとなにか話し始めた。
なにを話しているんだろうと様子を伺っていると、三人が戻ってきた。
「兄ちゃんは他にも仕事してて、マイキーはそこの社長だ」
「よくわからないけど、わかりました」
「オマエが詮索しない女でよかったって、心から思うわ」
詮索してほしくないということは、あまり首を突っ込むとよくないことなのだろう。
それに、詮索するとジャイアンがキレそう。
まあ、元々興味ないし、いいか。
「社長さんなら、一応言った方がいいのかな」
「なにを?」
マイキーさんに向き直り、最敬礼をし「夫がいつもお世話になっております」と言うと、九井さんがケータイを取り出し「もう一回頼む」と言う。
なぜ?
「録音して蘭に売りつける」
「マージンはいくらもらえますか?」
そんなやり取りをしたあとに、三人に麻雀アプリをダウンロードさせて部屋を開く。
「金はどうする?」
「美夜子が金の管理、兄貴にされてるから無理じゃね?」
「あいつ、場合によっては払わなそうだしな」
金の相談をし始める竜胆くんと九井さんに、マイキーさんが「じゃあ、上がった奴が一人指名して質問するってのは?」と提案した。
竜胆くんと九井さんも異論はないようだし、私も親睦を深めるにはいいのではないかと賛同する。
「まあ、美夜子が質問攻めにあうだろうし」
「なんで?」
「だって、俺たち大体のことは知ってるし」
「あー……なるほど……」
なんか、罠にはめられた気分だが、無茶な質問はされないだろう。
「ところで、流局になったらどうします?」
「は?なるわけねえだろ」
「お遊びでやってねえからな、こっちは」
「うん、美夜子以外の誰かしらはあがる」
目が完全に本気のそれで、本当にただの会社員かと疑いたくなる。
勝負を仕掛ける相手を間違えたな、と思いながらゲームが始まる。
「ロン」
「早いです、マイキーさん」
速攻、私の捨てた牌でロンをされた。
「オマエ弱すぎ」
「馬鹿な捨て牌しすぎて、ちょっと戸惑ったぞ」
「よく鳴いてたね」
ボロクソに言ってくるな、コイツら。
「じゃあ、美夜子。蘭のどこが好き?」
「え、なぜ」
「単純に、結婚してもいいと思える要素が蘭にあったのかなって」
「あー。それ、俺も気になる。オマエ、高校卒業するとき、兄貴から解放されるって喜んでたのに、なんで結婚したんだ?」
「竜胆くんの質問は、竜胆くんが勝ったら答えまーす」
「よーし、オマエの捨て牌で絶対にあがってやるからな」
で、なんで?と私の服を引っ張って聞いてくるマイキーさん。
ジャイアンの好きなとこ〜?そんなの決まってるじゃないですか〜。
「財力」
「くたばれ」
ノータイムで九井さんに暴言をはかれ泣きそうになった。
いや、確かに不純かもしれないですけど、本当にそこしかなくて。
「だって、あんな生まれたときからネジ足りてないけどしっかりネジの締まっている、理不尽!横暴!気まぐれ!ワガママ!暴力!が揃った人間の財力以外になにを愛せと言うんですか!」
「ボロクソ言ってるけど、俺の兄貴だからな?」
「なら、フォローしてやれよ。言ってること、大体あってるぞ」
「蘭は、表には見せねえけど仲間思いだと思うよ。俺は」
いや、たしかにそういう優しさがあるのはわかるが、それに対してマイナス部分が多すぎるんだよな。
はい、はい。次に行きましょう。と次のゲームを始める。
特に聞きたいことがあるわけではないが、私の勝負師魂が燃えあがり、一生懸命考えながら牌を捨てた瞬間、ドヤ顔の竜胆くんに「はい、ローン!」と宣言された。
腹立つな。
「んじゃ、美夜子。さっきの質問に答えろよ」
なんで結婚したもなにも、出された条件がよかったとしか言いようがない。
ジャイアンがお見合い申し込んできて、条件を提示して、それが私にとって都合がよかったから結婚した。
「お互いに都合がよかった、てだけですね」
「はぁ〜、もー。兄貴……」
「なんで、あいつはそう……」
「素直じゃねえからな、蘭は」
口々に残念そうにする三人に、私は頭にハテナを浮かべながら「なんですか、なんですか」と戸惑うばかり。
三人は悩んだ末、「本人から聞け」と言うから、なにがなんだかわからないのに、聞けるか!と思ってしまう。
「竜胆くん」
「いや、俺とはいえ、言ったら兄貴になにされるかわかんねえから、無理」
「聞くなら、マイキーだろ」
「こういうのは、他人から聞くもんじゃないと思う」
「えー!なんですかー!ちょっと気になってきたじゃないですか!」
教えて下さいよー!とお願いするも、竜胆くんと九井さんは目を合わせてくれないし、マイキーさんは微笑むだけ。
なんなんだよ、もー!
「俺抜きで、なにやってんの」
予想より早めに帰ってきたジャイアンに、竜胆くんが「早かったね、兄貴」と言うと、ムスッとした表情で「竜胆がマイキーと九井連れてくのが見えて気になったから、早めに切り上げてきた」と言う。
手にしていた書類を九井さんに渡し、「なにしてたんだ?」と聞いてくるので、ケータイの画面を見せる。
「麻雀してたんだ」
「兄貴、こいつクソ弱い」
「じゃあ、今度脱衣麻雀しような♡」
「……」
「露骨に嫌な顔するじゃん」
するだろ、普通。
「まあ、いいや。買い物行くぞ、美夜子」
「はい。それでは、失礼します」
「じゃーなー」
「お疲れ」
「またね」
三人に手を振り退出しようとしたら、竜胆くんが「兄貴ー。もっと素直になった方がいいぞー」とジャイアンに声をかける。
それに、ジャイアンは中指を立てて「余計なこと言ったら殺すぞ」と言う。
「竜胆たちとなんの話、してたんだ?」
車に乗るなり聞かれて、さっきあったことを話すと、「ふーん。美夜子、知りたい?」と聞いてくるから、「いいです」と答える。
「なんで?」
「知りたいっちゃ知りたいですが、蘭ちゃん、詮索されるの好きじゃないですか」
「俺が嫌がるから聞かねえの?」
「蘭ちゃんの機嫌を損ねると、私の身が危ないですからね……」
「じゃあ、怒らねえって言ったら聞くの?」
どうだろう、と考えたが、やっぱり私は「いいです」と答える。
「蘭ちゃんが話を聞いてほしいときは露骨ですし、そうじゃないときは聞いてほしくないときじゃないですか」
そう言うと、ジャイアンは「美夜子ってさ、俺になにも聞かないくせに、俺のことよくわかってるよな」と言う。
まあ、付き合いはそれなりに長いからね。
「……買い物やーめた。このまま、家帰る」
「えぇ?!買い物は?!私の新しいパソコンやゲーム買ってくれるんじゃないんですか?!」
「誰もパソコンとゲーム買ってやるなんて言ってねえだろ。買う予定の物は、服と化粧品だよ。着替えさせて、化粧も俺がして、髪セットしてから飯行こうと思ってたけど……なんか気分じゃなくなった」
なにか機嫌を損ねただろうかとわたつく私に、ジャイアンは「怒ってねえよ。ただ、家帰って落ち着きたくなっただけ」と言うが、本当か?
顔色を伺うように見つめていたら、「本当だよ」と困ったように笑われる。
たしかに、怒っているとき独特の雰囲気はない。
「美夜子、今日一緒に寝よ」
嫌だと言っても押しかけてくるのは明々白々なので、「っす」とだけ答える。
その日の夜、一緒に狭いベッドでくっつきながら寝ようとしていると、「美夜子、ベッド大きいの買おっか」と言われた。
「やっぱ、ダブルで二人はせめーわ」
「二人で寝なければいいのでは」
「やだー。帰ってきたときは、美夜子と寝たい」
自分から寝室別々を言い出したのに、相変わらずの気まぐれだな。
もう眠いので、「お金出すの蘭ちゃんなので、好きにしてください」と言って、すやり、と眠りに落ちた。
翌朝起きれば、前回同様、ベッドには私一人だった。
出掛けたのだろうと特に気にせずリビングに出ると、珍しく私服のジャイアンが「はよー」と挨拶をしてきた。
「出掛けてないんですか?」
「んー。休みだけど、美夜子は一人の方がいいかなー、とは思ったんだけどな。昨日、俺のこと随分な風に言ってたらしいから、今日は一日俺に付き合わせよってなった」
そう言いながら、昨日の麻雀でボロクソに言った音声データが流された。
ひっ……!
「美夜子が俺のこと、こんな風に思ってたなんて悲しいなぁ……」
「いや、あのそれは……」
「ベッド買いに行ったあと、一緒に夜までホラーゲーム実況しような♡」
「あっー!」
情報元を竜胆くんに確認したところ、九井さんだと判明したので、いつの間にか作られていた麻雀グループで九井さんに文句を言っておいた。
なお、この麻雀親睦会は不定期開催されることになった。
ディスプレイには、林家の文字。
友だちに断りを入れ、ミュートにしてから林家、三途さんからの電話に出る。
『嫁、いまから言うところに至急来い』
「いや、唐突」
理由を聞くと、取引先の女社長がジャイアンを気に入っていてジャイアンが接待しているが、あまりにもベタベタするからジャイアンが不機嫌になり始めている。このままではジャイアンの怒りが爆発して商談がパァになる。とのこと。
えー、しらーん。どうでもいいー。
『来ねえと、その社長が死ぬぞ』
またまた〜、と言いたいが、ジャイアンだから殺りかねないのがまた、怖い。
「でも私、いますぐ出られる格好してないんですけど。準備に時間かかりますよ?」
『いい、いい。適当な格好でいいから。化粧とかもしねえでいいから。どうせ、大して変わんねえだろ』
酷い言われようだな。まあ、変わらないが。
強制的に電話を切られ、仕方ない、行くか。と、友だちに抜けることを告げて、適当な格好で三途さんから送られてきた場所へ向かう。
しかし、銀座なんだよなあ、ここ。
適当な格好でいいと言われ、スポーツウェアで来ちゃったけど通してもらえないだろうな。
そうなったら、かーえろ。と軽い気持ちで指定された店に来ると、そこは当たり前だが高級レストラン。
確実にドレスコードが存在するであろう店の前で立ち往生し、帰ろうかな、と思っていたら見たことのある毒クラゲがこちらに向かってきた。
「遅えよ、美夜子……ぶぁっはっはっ!オマエ、本当に適当な格好で来たの?!」
私を指さして笑う竜胆くんに、「適当な格好でいいって言われたので」と言ったら、「だからって、銀座にそれで来るとか……!」と目に涙を浮かべて笑う。
「身支度して来たら、怒られると思ったんですよ」
「うん、大正解。兄ちゃんがブチギレ寸前だから、マジよく頑張った」
よしよし、と竜胆くんは私の頭を撫でてから、手を引いて個室に通すと、「兄ちゃん連れてくるから、なんとか機嫌とれ」と言われて悲鳴をあげそうになった。
嫌だー!不機嫌なジャイアンとか、一番相手したくない!
帰りたいけど人の命もかかっているし、帰ったら三途さんに怒鳴り散らされそう。
久しぶりに殴られるのかなぁ、とうつむきながら腹をくくっているとドアが開いた。
帰ってきたか、毒クラゲ。と顔を上げたら、目を丸くしたジャイアンが立っていた。
「美夜子、その格好で来たのか?」
「適当な格好で来てすみません!」
恥をかかせたと怒られるのかと思い即座に謝ると、ジャイアンは声を上げて笑い始めた。
「あっはっはっ!この店にそんな格好で来るやつあるかよ!どんだけ地元感覚で来てんだ!笑うじゃん!」
機嫌が悪いと聞いていたので心配していたが、そんなに機嫌は悪くないのではないだろうか。
「なんだー?そんなに俺に会いたかったか?」
「え、いや、全然」
「あ?」
「会いたかったです……」
呼び出されて機嫌をとれと言われただけなのに、ぴえん。と泣きそうになる。
私の頬を挟んで揉みながら「そうか、そうか、会いたかったか」と楽しそうに言うが、ジャイアンそういう、「会いたかったから来た」というの大嫌いではなかっただろうか。
私がパシリをやっていた学生時代、そういうセフレに「うざっ」と言っているのをよく聞いた。
干渉されるのが大嫌いなジャイアンが、私が会いたかったと言って喜んでいる、ということは、つまり、このご機嫌はフェイク。
内心はめちゃくちゃキレているはず!
「ぴぇ……」
「なんで泣くんだよ。泣くほど会えて嬉しいのか?」
「久しぶりに殴られるのかと思うと怖くて……」
「はあ?なんで殴らねえといけねえんだよ。いま、俺、超機嫌いいから頼まれても殴らねえし」
「殴らない……?」
「美夜子が来たから、殴らねえよ」
因果関係はわからないが、殴られないならそれに越したことはない。
命拾いした……、と安堵する私の頬を揉みながら、ジャイアンは「仕事戻りたくねー」と愚痴をこぼす。
「聞けよ、美夜子。いま接待してるやつがさ、すげえベタベタ触ってくんだよ。手とか腕とか脚とかさ」
「お疲れ様です」
「気持ち悪いから、美夜子。上書きしてくんね?」
「ほ?」
上書きとは?私に、ジャイアンの体を触れということか?
解釈が正解していたのか、触られた方であろう腕を差し出してきて「早くしろ」と急かしてくる。
触る……。人の体をベタベタと触ったことがないから、どう触ればいいかわからず、とりあえず手で挟んでおいた。
「俺はハンバーガーのパテかよ」
「すみません」
「触り方わかんねえの?」
「慣れてなくて」
ぎゅっ、ぎゅっ、と挟む私に、ジャイアンは悪い笑みを浮かべて「じゃあ、触り方教えてやるよ」と言い、ねっとりとした手付きで手を伝い腕を撫でる。
「気持ちわるっ!」
「オマエ、たまに反射で口走るよな」
蘭ちゃんだって傷つくんだぞ、と拗ねた顔で言われるが、気持ち悪いものは気持ち悪い。
「でも、すげえ気持ち悪いだろー?ずーっと、こんなの我慢してた俺えらくね?」
「超偉い」
「だろー?だから、早く触れよ」
「いま、それが気持ち悪いって話してませんでしたか?」
前の話を更地に戻すの、やめてもらえますか?
「触ってほしいやつに触られたら嬉しいだろ?」
「……」
どうしよう、さっき気持ち悪いって言っちゃった……。
本当は嫌だけど、ジャイアンの目が笑っていないので、たぶん機嫌は損ねている。
ここで反抗したら、ちょっとずつ首に近づいて来ている手に締め上げられる。
とりあえず、見様見真似で触ってみるが、誘うように触っていたジャイアンの手付きと違い、なんかただ撫でているだけのような気がする。
これでいいのだろうか……。
「んふふ……。可愛い撫で方すんじゃん」
「っす」
「次、脚な」
うーん、セクハラで触るとしたら膝辺りだろうかと、膝をさわさわしたら「もっと内側」と言われる。
「もっと上。もっと、もっと……」
「いや、股間じゃん!脚じゃないじゃん!また痴女が釣れたんですか?!」
「俺のフェロモンがそうさせるんだろうな」
アホか!と騒ぐ私に、ジャイアンは「はーやーくー」とニヤつきながら言う。
「や……やだ……」
「んー?なんか言ったか、美夜子……?」
ギリギリと手首を掴まれ、半べそをかきながら「痴女になりたくないですぅ……」と抵抗すると、「ふーん……」と不穏に呟く。
「言うこと聞かない悪い子は、こうだな」
そう言うと、掴んでいた私の手を無理矢理自分の股間にあてて脚を閉じた。
脚に挟まれ、股間の柔らかさを直に感じてしまう。
「いやー!もー!前にもこんなことあった!」
「美夜子、これ嫌いだもんなー」
「わかっててやってるのかよ、変態野郎!」
「あー、もう蘭ちゃん怒った。人が来るまで離してやんね」
「勘違いされちゃうー!」
ぴーきゃーと言い合っていると、「兄ちゃん!いちゃついてねえで、早く……」と竜胆くんが入ってきた。
「え、美夜子。なにやってんの?」
「助けてー、竜胆ー。セクハラされてるー」
「嘘つけ、バカー!離せ!」
事態を把握した竜胆くんが、「兄ちゃん、あんま美夜子イジメて遊ぶなって」と言うと、ジャイアンは「しゃーねえなあ」と渋々脚を開いた。
「うぇ……うぇ……むにってした……」
「また俺に逆らったら触らせるからな」
「うぅ……最悪な脅しだ……」
「兄ちゃん、それより早く戻れよ。ババアがずっとうるせえんだから」
「おー。美夜子、帰んなよ。このあと買い物行くからな」
いや、夜!と言おうとしたが、また股間挟みされたらたまったもんじゃないので飲み込んだ。
上機嫌なジャイアンを竜胆くんと見送ると、しばらくの沈黙のあと「美夜子から触ったんじゃないよな……?」と聞かれる。
斯々然々と説明すると、「なんで兄ちゃんに最高のオモチャあたえてるんだよ」呆れられた。
「商談、どれくらいで終わりそうですか?」
「機嫌よさそうだったからなぁ。ババアが粘らなきゃ、二時間で終わるんじゃね?」
「え、暇。竜胆くん、ゲームしましょうよ。最近いれた麻雀アプリで、友人戦ができるんですよ」
「んじゃ、あと二人必要だな。メンツ集めるから、ちょっと待ってろ」
「うーっす」
三途さんは確定だろうけど、あと一人は初めましてなんだろうな、と待っていると竜胆くんが知らないイカそうめんみたいな真っ白い二人を連れてきた。
誰?
「美夜子、九井とマイキーだ」
「えっと、はじめまして。赤坂美夜子です」
「美夜子、灰谷美夜子だろ」
苗字の違いなら誤差だろと思うが、竜胆くんが「言い直せ」と目で訴えてくるから、「灰谷美夜子です」と言い直す。
「九井の顔はいつも通り忘れてもいい」
「おい、忘れんじゃねえよ」
「でも、マイキーは一番偉い人だから忘れるな」
「一番偉いって、蘭ちゃんよりですか?」
「兄ちゃんより」
社長のジャイアンより偉いということは、つまり?
「お若いのに、会長なんですか?」
「?」
「?」
「マイキー、九井。集合」
竜胆くんが、マイキーさんと九井さんを部屋の隅に連れて行き、ヒソヒソとなにか話し始めた。
なにを話しているんだろうと様子を伺っていると、三人が戻ってきた。
「兄ちゃんは他にも仕事してて、マイキーはそこの社長だ」
「よくわからないけど、わかりました」
「オマエが詮索しない女でよかったって、心から思うわ」
詮索してほしくないということは、あまり首を突っ込むとよくないことなのだろう。
それに、詮索するとジャイアンがキレそう。
まあ、元々興味ないし、いいか。
「社長さんなら、一応言った方がいいのかな」
「なにを?」
マイキーさんに向き直り、最敬礼をし「夫がいつもお世話になっております」と言うと、九井さんがケータイを取り出し「もう一回頼む」と言う。
なぜ?
「録音して蘭に売りつける」
「マージンはいくらもらえますか?」
そんなやり取りをしたあとに、三人に麻雀アプリをダウンロードさせて部屋を開く。
「金はどうする?」
「美夜子が金の管理、兄貴にされてるから無理じゃね?」
「あいつ、場合によっては払わなそうだしな」
金の相談をし始める竜胆くんと九井さんに、マイキーさんが「じゃあ、上がった奴が一人指名して質問するってのは?」と提案した。
竜胆くんと九井さんも異論はないようだし、私も親睦を深めるにはいいのではないかと賛同する。
「まあ、美夜子が質問攻めにあうだろうし」
「なんで?」
「だって、俺たち大体のことは知ってるし」
「あー……なるほど……」
なんか、罠にはめられた気分だが、無茶な質問はされないだろう。
「ところで、流局になったらどうします?」
「は?なるわけねえだろ」
「お遊びでやってねえからな、こっちは」
「うん、美夜子以外の誰かしらはあがる」
目が完全に本気のそれで、本当にただの会社員かと疑いたくなる。
勝負を仕掛ける相手を間違えたな、と思いながらゲームが始まる。
「ロン」
「早いです、マイキーさん」
速攻、私の捨てた牌でロンをされた。
「オマエ弱すぎ」
「馬鹿な捨て牌しすぎて、ちょっと戸惑ったぞ」
「よく鳴いてたね」
ボロクソに言ってくるな、コイツら。
「じゃあ、美夜子。蘭のどこが好き?」
「え、なぜ」
「単純に、結婚してもいいと思える要素が蘭にあったのかなって」
「あー。それ、俺も気になる。オマエ、高校卒業するとき、兄貴から解放されるって喜んでたのに、なんで結婚したんだ?」
「竜胆くんの質問は、竜胆くんが勝ったら答えまーす」
「よーし、オマエの捨て牌で絶対にあがってやるからな」
で、なんで?と私の服を引っ張って聞いてくるマイキーさん。
ジャイアンの好きなとこ〜?そんなの決まってるじゃないですか〜。
「財力」
「くたばれ」
ノータイムで九井さんに暴言をはかれ泣きそうになった。
いや、確かに不純かもしれないですけど、本当にそこしかなくて。
「だって、あんな生まれたときからネジ足りてないけどしっかりネジの締まっている、理不尽!横暴!気まぐれ!ワガママ!暴力!が揃った人間の財力以外になにを愛せと言うんですか!」
「ボロクソ言ってるけど、俺の兄貴だからな?」
「なら、フォローしてやれよ。言ってること、大体あってるぞ」
「蘭は、表には見せねえけど仲間思いだと思うよ。俺は」
いや、たしかにそういう優しさがあるのはわかるが、それに対してマイナス部分が多すぎるんだよな。
はい、はい。次に行きましょう。と次のゲームを始める。
特に聞きたいことがあるわけではないが、私の勝負師魂が燃えあがり、一生懸命考えながら牌を捨てた瞬間、ドヤ顔の竜胆くんに「はい、ローン!」と宣言された。
腹立つな。
「んじゃ、美夜子。さっきの質問に答えろよ」
なんで結婚したもなにも、出された条件がよかったとしか言いようがない。
ジャイアンがお見合い申し込んできて、条件を提示して、それが私にとって都合がよかったから結婚した。
「お互いに都合がよかった、てだけですね」
「はぁ〜、もー。兄貴……」
「なんで、あいつはそう……」
「素直じゃねえからな、蘭は」
口々に残念そうにする三人に、私は頭にハテナを浮かべながら「なんですか、なんですか」と戸惑うばかり。
三人は悩んだ末、「本人から聞け」と言うから、なにがなんだかわからないのに、聞けるか!と思ってしまう。
「竜胆くん」
「いや、俺とはいえ、言ったら兄貴になにされるかわかんねえから、無理」
「聞くなら、マイキーだろ」
「こういうのは、他人から聞くもんじゃないと思う」
「えー!なんですかー!ちょっと気になってきたじゃないですか!」
教えて下さいよー!とお願いするも、竜胆くんと九井さんは目を合わせてくれないし、マイキーさんは微笑むだけ。
なんなんだよ、もー!
「俺抜きで、なにやってんの」
予想より早めに帰ってきたジャイアンに、竜胆くんが「早かったね、兄貴」と言うと、ムスッとした表情で「竜胆がマイキーと九井連れてくのが見えて気になったから、早めに切り上げてきた」と言う。
手にしていた書類を九井さんに渡し、「なにしてたんだ?」と聞いてくるので、ケータイの画面を見せる。
「麻雀してたんだ」
「兄貴、こいつクソ弱い」
「じゃあ、今度脱衣麻雀しような♡」
「……」
「露骨に嫌な顔するじゃん」
するだろ、普通。
「まあ、いいや。買い物行くぞ、美夜子」
「はい。それでは、失礼します」
「じゃーなー」
「お疲れ」
「またね」
三人に手を振り退出しようとしたら、竜胆くんが「兄貴ー。もっと素直になった方がいいぞー」とジャイアンに声をかける。
それに、ジャイアンは中指を立てて「余計なこと言ったら殺すぞ」と言う。
「竜胆たちとなんの話、してたんだ?」
車に乗るなり聞かれて、さっきあったことを話すと、「ふーん。美夜子、知りたい?」と聞いてくるから、「いいです」と答える。
「なんで?」
「知りたいっちゃ知りたいですが、蘭ちゃん、詮索されるの好きじゃないですか」
「俺が嫌がるから聞かねえの?」
「蘭ちゃんの機嫌を損ねると、私の身が危ないですからね……」
「じゃあ、怒らねえって言ったら聞くの?」
どうだろう、と考えたが、やっぱり私は「いいです」と答える。
「蘭ちゃんが話を聞いてほしいときは露骨ですし、そうじゃないときは聞いてほしくないときじゃないですか」
そう言うと、ジャイアンは「美夜子ってさ、俺になにも聞かないくせに、俺のことよくわかってるよな」と言う。
まあ、付き合いはそれなりに長いからね。
「……買い物やーめた。このまま、家帰る」
「えぇ?!買い物は?!私の新しいパソコンやゲーム買ってくれるんじゃないんですか?!」
「誰もパソコンとゲーム買ってやるなんて言ってねえだろ。買う予定の物は、服と化粧品だよ。着替えさせて、化粧も俺がして、髪セットしてから飯行こうと思ってたけど……なんか気分じゃなくなった」
なにか機嫌を損ねただろうかとわたつく私に、ジャイアンは「怒ってねえよ。ただ、家帰って落ち着きたくなっただけ」と言うが、本当か?
顔色を伺うように見つめていたら、「本当だよ」と困ったように笑われる。
たしかに、怒っているとき独特の雰囲気はない。
「美夜子、今日一緒に寝よ」
嫌だと言っても押しかけてくるのは明々白々なので、「っす」とだけ答える。
その日の夜、一緒に狭いベッドでくっつきながら寝ようとしていると、「美夜子、ベッド大きいの買おっか」と言われた。
「やっぱ、ダブルで二人はせめーわ」
「二人で寝なければいいのでは」
「やだー。帰ってきたときは、美夜子と寝たい」
自分から寝室別々を言い出したのに、相変わらずの気まぐれだな。
もう眠いので、「お金出すの蘭ちゃんなので、好きにしてください」と言って、すやり、と眠りに落ちた。
翌朝起きれば、前回同様、ベッドには私一人だった。
出掛けたのだろうと特に気にせずリビングに出ると、珍しく私服のジャイアンが「はよー」と挨拶をしてきた。
「出掛けてないんですか?」
「んー。休みだけど、美夜子は一人の方がいいかなー、とは思ったんだけどな。昨日、俺のこと随分な風に言ってたらしいから、今日は一日俺に付き合わせよってなった」
そう言いながら、昨日の麻雀でボロクソに言った音声データが流された。
ひっ……!
「美夜子が俺のこと、こんな風に思ってたなんて悲しいなぁ……」
「いや、あのそれは……」
「ベッド買いに行ったあと、一緒に夜までホラーゲーム実況しような♡」
「あっー!」
情報元を竜胆くんに確認したところ、九井さんだと判明したので、いつの間にか作られていた麻雀グループで九井さんに文句を言っておいた。
なお、この麻雀親睦会は不定期開催されることになった。