並盛の盾 日常小話
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街を歩いていると、日本人の女の子が恐らく人身売買を生業としている連中に騙されそうになっているのを見つけた。
大人相手に俺が勝てるはずもないし、親父に言うか悩んだが、ここで逃げたらあの子は怖い思いも悲しい思いもするし、この国を嫌いになってしまう。
勇気を振り絞って走り出し、女の子の手を掴んで日本語で「逃げるぞ!」と言って駆け出した瞬間にこけた。
「いってぇ〜!」
痛がってる場合じゃない、と思っていたら、女の子が俺を立たせて直様走り出した。
後ろから男たちの怒声が聞こえなくなるまで、俺は女の子に手を引かれ、もつれる足で市内を走り回った。
この子、足が速い!
「ちょ、ちょっと待ってくれ……!」
上がる息で待ったをかけると急停止されたので、女の子を巻き込んで倒れてしまった。
「わ、悪い……」
「大丈夫です」
起き上がり、女の子に「悪い大人について行ったらダメだろ?」と言うと、きょとんとした表情で「悪い人だったんですか?」と言う。
日本人はお人好しが過ぎる……。
「どう見たって悪い奴らだったろ!」
「悪い奴らだったんですね」
まだピンと来ていない女の子に、この子、本当に大丈夫か、と不安になる。
「知り合いに、人畜無害みたいな可愛い顔をしながら人を血祭りにあげる人間がいるので、それに比べたらなと思っちゃって」
「なんだそれ!怖いな?!」
だとしても、知らない大人にはついて行くな!と強めに注意するが、返事の仕方がふわふわしていて正直、不安しかない。
このまま一人で帰すのは心配なので、「ホテルどこだ?送っていく」と申し出ると、ぱっ、と表情を輝かせ「本当ですか!」と一歩近寄ってきた。
「英語自信なかったので、日本語わかる人に案内してもらえると助かります!」
普段、頼りにされることがないからか、こんな頼りきった顔をされるとドキドキしてしまう。
「でも、お兄さん日本語お上手ですね。現地の方じゃないんですか?」
「ああ、俺の親父とか知り合いが日本が好きで、俺も日本が好きだから日本語覚えたんだよ」
それを聞いて、女の子は安心したような表情をした。
とりあえず、現在地がどこか確認しようとすると、女の子は近寄ってきたミサンガ詐欺にまんまと引っかかりそうになっていた。
女の子の腕を掴み近くのカフェに入り、ミサンガ詐欺について説明したら、酷くショックを受けていた。
そうだよな、あんな善良そうな顔したおっちゃんがそんな悪い奴には見えないよな。
「すみません、またご迷惑をかけてしまって」
しょんぼりする女の子に、少し叱り過ぎたかと反省した。
こちらでは当たり前でも、日本ではないことだからな。
「俺の方こそ、初対面なのにこんなに叱ってばっかで、ごめんな」
「いやいや!お兄さんは純粋に心配してくれてるのはわかってますから!」
ありがとうございます、と微笑む姿に目を奪われ、慌てて目をそらして話題を変えるように「そういえば、自己紹介がまだだったな」と切り出す。
「俺はディーノ」
「私は純です」
「純だな。親には、ちゃんと連絡したか?心配してるだろ?」
そう言われて、やっと思い出したのか、慌ててケータイを操作しだす純に「落ち着け」と言えば、照れ笑いをされた。
純が電話をしてる間、純の表情を見ていたがよく変わる表情は結構好きだった。
電話を終えると、疲れ切った表情で「ひぇ~、すごく怒られました」と言うから、そりゃそうだと思う。
こんな小さな子が、見知らぬ土地で迷子になったと知ったらそれはもう、心配になるだろう。
「それで、ディーノさん。お願いがあるんですけど、いいですか?」
「なんだ?」
「写真を一枚、撮らせてほしいんです」
写真を?なんで?と聞くと、どうやら、親御さんにホテルまで案内する俺がどんな奴なのかを写真越しに判断したいとのことらしい。
そういうことなら、と純と一緒に写真を撮ると、嬉しそうに頬を染めて写真を眺めるから思わず勘違いしそうになる。
「純、俺も記念に一枚撮ってもいいか?」
「いいですよ!」
純と写真を撮って、少し幸せな気持ちになっていると、「へなちょこディーノが女連れてるぜ」と嫌な声がした。
声の方を向くと、いつも俺に絡んでくる連中だった。
純の手を引き、「行こう」と歩き出そうとしたら、またこけた。
「いててて……」
「だ、大丈夫ですか、ディーノさん!」
「だっせぇ~!」
「かっこつかないな、ディーノ!」
あまりにも無様な姿を晒してしまい、恥ずかしさと悔しさで泣きそうになる俺に、純は「ディーノさん、立てますか?」と手を差し出してくれる。
「悪い……」
「どこか、怪我してませんか?」
「ああ、平気。いつものことだから」
「なー、お嬢ちゃん。イタリア案内なら、俺たちがしてやるよ。ディーノより、安全に案内してやるぜ」
純にイタリア語で話しかけるも、純は英語も覚束ないのだからわかるはずもない。
困惑する純の前に立ち、「純は俺が任されたんだ」と守ろうとすると、連中はゲラゲラ笑いながら「お前になにができるんだよ」と言われ、悔しさで顔が歪んだ。
それでも、純は俺を頼ってくれたんだ。絶対に、ホテルまでは届ける。
「ディーノさん……?」
不安そうな純に、「大丈夫、俺が守るから」と言えば、なにを思ったのか俺の前に出て「Get lost!」と言いながら中指を立てた。
こんな純真無垢みたいな子供から出るとは思わなかった罵倒に、全員が固まったが、すぐに喧嘩を売られたと連中は判断した。
子供と言えど、マフィアの子供だ。嘗められたとあってはただでは済まない。
「純、逃げるぞ!」
「お前ら、ディーノ抑えとけ」
リーダーである男がそう指示すると、手下たちが俺の前に立ちふさがる。
「純!」
いまにも殴り掛かられそうになる純を助けようとしたが、純は相手の腕を取り、軽々と投げ飛ばした。
「わっ!」
「ぎゃっ!」
「ぐぇっ!」
見事に俺の前にいた連中の上に落ちてきた男は、そのまま手下を押しつぶしながらまた純に向かっていくが、まるで自分で飛んだかのように一回転して飛んでいった。
なにが起こっているのかわからない俺たちは、ぽかんとしながら体格差のある男が小さな女の子に投げ飛ばされるのを見ていた。
「嘗めんじゃねぇ!」
イスを持ち上げた男に対し、さすがにそれはダメだと、全員で止めようとしたが、その前に女の子が机を持ち上げたから全員戦意喪失して逃げ出した。
机を置き、俺のところへ帰ってきた純に「純って何者?」と聞けば「並盛中学校風紀委員です」と得意げに返す。
「なむもりちゅうがっこうふうきいいん?」
「はい!戦闘力のない人間が生きていけない組織です」
「なんだそれ、マフィア?」
「ジャパニーズマフィアに近いっちゃ近いですかね……」
純もマフィアの一員だと知り、少し親近感を覚えたが、あの強さは俺とは比較にならない。
「どうやって、投げ飛ばしたんだ?」
「あれは、合気道っていう武術なんです。相手の力とか勢いを利用して投げるんです」
簡単ですよ、と言うがそう簡単な技ではないと思う。
「じゃあ、机を持ち上げたのもアイキドーってやつの技なのか?」
「いや、ただの馬鹿力です」
さすがに、持ち上げるのが精一杯なんですけどねー。と笑っているが、持ち上げるだけでも十分すごいことだ。
「なんか、ごめんな……。俺の方が守られちまって……」
「守ったなんて、とんでもない!私はただ、ディーノさんが馬鹿にされているのに腹が立っただけです!」
可愛く怒る純に、「イタリア語、わかるのか?」と聞けば、「わかりませんが、馬鹿にしていることはわかりました」と言う。
「私の王子様を馬鹿にするなんて、許しません!」
「王子様って、俺がか?!」
「そうですよ!ディーノさんは、私がピンチのときに助けてくれました。さっきだって、本当は怖いのに守ってくれました。ほら、王子様じゃないですか」
本気なのか冗談なのかわからないが、純が一生懸命俺を励まそうとしてくれているのが分かり、嬉しくなった。
王子様なんて柄じゃないけど、純がそうだと言うなら俺は純の為に王子様になってもいいと思えた。
「じゃあ、プリンセス。エスコートするぜ」
「えへへ、照れちゃいますね」
純の手を取り歩き出し、ふと疑問に思った。
中学生ということは、純は少なくとも十三歳なのか。ずっと、小学生だと思っていたのだが、もう少し上なんだな。
「純って、俺と歳近かったんだな」
「え!ディーノさんも中学生だったんですか?!高校生だと思ってました……」
「そんな、大人びて見えたのか?!まだ、十五だぜ、俺」
「同い年?!」
「え?!同い年?!嘘だろ?!」
お互いにお互いの年齢に驚きながら、年齢確認をすれば本当に同い年で驚いた。日本人、顔が幼い……。
「じゃあ、敬語なんて堅苦しいのやめようぜ」
「うん、わかった。ディーノくん」
慣れない“くん”付けに照れる俺に、純は不思議そうな顔をした。
ホテルまでの道のりで純とは他愛のない話をしていたが、純は随分と苦労をしているそうだ。今日の家族旅行も、その風紀委員の委員長に渋られたという。
「そんな束縛されて辛くないのか?」
「うーん、暴君ではあるけど優しい子なんだよ」
気分屋の暴君だけど、というが、それは優しいとは程遠いのではないだろうか。
ホテルに辿り着き、「ありがとうね、ディーノくん」と言ってホテルに入って行こうとする純を「純!」と引き留める。
「もしお前さえよければ、俺に明日、観光案内させてくれないか!もっと、お前といたい!」
勇気を振り絞って申し出ると、純は嬉しそうに目を細めながら「うん、お願いしたい」と言う。
待ち合わせ時間を約束して浮足立ちながら帰ると、ロマーリオに「なにかいいことがあったんですか」と聞かれるほど、浮かれていたらしい。
待ち合わせ時間より少し早めにホテルのロビーに着き、ソファーに腰かけて待っていると、「ディーノくん!」と聞きたかった声がした。
「純!」
広いロビーから俺を見つけてくれたことが嬉しくて腕を広げると、乗せられるまま純は俺の腕に飛び込んできた。
可愛いな、と抱きしめる。
「純、おはよう」
「おはよう、ディーノくん」
恥ずかしそうに笑う、純をもう一度抱きしめてから、ご両親に挨拶をして滞在中はずっと純をイタリア中連れまわした。
純が帰国する日、アドレスを書いてわたした。
「絶対、連絡してくれ!純が好きだ!」
「わ、私も、ディーノくんが好きだよ……!」
両思いだと知り、遠距離恋愛になると浮足立ちながら純からの連絡を待てど暮らせどなにもこない。
日本人の建前で好きだと言われたのか、はたまた、友人として好きと言われたのかと、とにかく俺は三か月ほど立ち直れなかった。
◆
懐かしい夢だった。できれば、あまり思い出したくない夢。
連絡の途絶えた初恋の相手と再会したのは、ボンゴレリング争奪戦で恭弥の家庭教師を務めたときだった。
最初こそ、制服を着ていたし他人の空似かと思っていたが、歳が俺と同じで、名前が純というのを知って確信した。
あの子だと。
純本人は忘れているようで、俺に反応を示さなかった。
ぼんやりとする頭で純に電話をすると、純も寝ぼけた声で「なーにー、ディーノくん?」と電話に出た。
「純?今日、会えるか?」
『会えるよー。恭弥から、休めって言われたから、しばらくは暇』
「じゃあ、今日一日、純と一緒にいたい」
『なに、どうしたの。寂しん坊?』
「寂しん坊」
俺の言葉に、純は軽く笑いながら「会いに行くよ」と言ってくれた。
着替えて待っていると、ロマーリオが純を俺の私室に通してくれたから、ワインを開けるも純は手をつけない。
「どうしたんだよ、飲まないのか?」
「んー?ディーノくんが寂しん坊だから、今日は飲まない」
俺の頭を撫でながら言う純に甘えて、ワインを飲みながら純の腰を抱きしめると「どうかした」と聞いてきた。
「純さ、初恋の男の子とどうなったか聞いてもいいか?」
「私の?なんで?」
「気になるから」
特に言及はせず、純は笑いながら「それがさ、聞いてよ」と言う。
「その子にさ、別れ際にアドレス渡されたからメール送ろうとしたんだけど、メール返ってきちゃったんだよね。ドジな子だとは思ってたけど、まさかそこでドジする?て感じで笑っちゃったよね。しばらく、立ち直れなかったよ」
「メールが返ってきた?」
「そう。間違ってたみたい」
嘘だろ、と口からワインがこぼれそうになっていると、純が心配そうに顔色を窺ってくる。
じゃあ、連絡が来なかったのは、俺のミス?と顔を覆うと、純が「どうしたの」と背中をさすってきた。
いや、酔ってるわけじゃないんだ。
「純さ、もしその初恋の相手と連絡とれてたらどうしてた?」
「さあ、どうだろう。でも、私の初めての王子様だったからなぁ。長くは続いていた気がする」
その言葉に「あー!」と悲鳴をあげる俺に、純はびくりとして「なに、本当にどうした?!」と動揺させてしまった。
しかし、そうなるだろう。自分のミスで、初恋をダメにしてしまったのだから。
「もし、もしだけどさ。その初恋の相手と再会したらどうする」
「うーん。会わない時間が長かったから、もう一回恋しなおしかな」
「あー!」
「どうした?!」
頭を抱える俺に、純はびびりながらも心配してくれる。
そんな純を恨めしそうに見ながら、「その初恋の王子様が俺だって言ったら、どうする」と聞いたら、目を点にさせた。
本当の、本当に気づいてなかったのか。
「そいつの名前は?」
「ディーノくん……」
「イタリア旅行で迷子になった」
「なった……」
「そのとき助けてもらった」
「助けてもらった……」
「俺の初恋の子も、純って名前だった」
「……嘘じゃん」
驚きを隠せない純は、ケータイを操作しながら「これ?!」と出会ったときに撮った写真をだしてきた。
「こんな可愛い顔した男が、こんな立派な王子様になるなんて思わないじゃん!」
「……写真残してたのか?」
「……残してた」
俺も静かに、残していた純との写真をだすと、お互いになんだか恥ずかしくなって顔をそらしてしまった。
「純、今更だけど、付き合うの考えないか?」
「うーん、本当に今更。あのときはディーノくんのこと、普通の男の子だと思ってたからな……」
「大切にするぜ?」
「いや、それはわかってるけど、立場がね……」
目線を一切合わせない純の顔をつかんでこちらを向かせ、「絶対に恭弥じゃなくて、俺のこと選ばせてやるから」と言えば、いつか見た少女のように顔を赤らめたのだから、チャンスはなくもないんじゃないだろうか。
覚悟しとけよ、純。
大人相手に俺が勝てるはずもないし、親父に言うか悩んだが、ここで逃げたらあの子は怖い思いも悲しい思いもするし、この国を嫌いになってしまう。
勇気を振り絞って走り出し、女の子の手を掴んで日本語で「逃げるぞ!」と言って駆け出した瞬間にこけた。
「いってぇ〜!」
痛がってる場合じゃない、と思っていたら、女の子が俺を立たせて直様走り出した。
後ろから男たちの怒声が聞こえなくなるまで、俺は女の子に手を引かれ、もつれる足で市内を走り回った。
この子、足が速い!
「ちょ、ちょっと待ってくれ……!」
上がる息で待ったをかけると急停止されたので、女の子を巻き込んで倒れてしまった。
「わ、悪い……」
「大丈夫です」
起き上がり、女の子に「悪い大人について行ったらダメだろ?」と言うと、きょとんとした表情で「悪い人だったんですか?」と言う。
日本人はお人好しが過ぎる……。
「どう見たって悪い奴らだったろ!」
「悪い奴らだったんですね」
まだピンと来ていない女の子に、この子、本当に大丈夫か、と不安になる。
「知り合いに、人畜無害みたいな可愛い顔をしながら人を血祭りにあげる人間がいるので、それに比べたらなと思っちゃって」
「なんだそれ!怖いな?!」
だとしても、知らない大人にはついて行くな!と強めに注意するが、返事の仕方がふわふわしていて正直、不安しかない。
このまま一人で帰すのは心配なので、「ホテルどこだ?送っていく」と申し出ると、ぱっ、と表情を輝かせ「本当ですか!」と一歩近寄ってきた。
「英語自信なかったので、日本語わかる人に案内してもらえると助かります!」
普段、頼りにされることがないからか、こんな頼りきった顔をされるとドキドキしてしまう。
「でも、お兄さん日本語お上手ですね。現地の方じゃないんですか?」
「ああ、俺の親父とか知り合いが日本が好きで、俺も日本が好きだから日本語覚えたんだよ」
それを聞いて、女の子は安心したような表情をした。
とりあえず、現在地がどこか確認しようとすると、女の子は近寄ってきたミサンガ詐欺にまんまと引っかかりそうになっていた。
女の子の腕を掴み近くのカフェに入り、ミサンガ詐欺について説明したら、酷くショックを受けていた。
そうだよな、あんな善良そうな顔したおっちゃんがそんな悪い奴には見えないよな。
「すみません、またご迷惑をかけてしまって」
しょんぼりする女の子に、少し叱り過ぎたかと反省した。
こちらでは当たり前でも、日本ではないことだからな。
「俺の方こそ、初対面なのにこんなに叱ってばっかで、ごめんな」
「いやいや!お兄さんは純粋に心配してくれてるのはわかってますから!」
ありがとうございます、と微笑む姿に目を奪われ、慌てて目をそらして話題を変えるように「そういえば、自己紹介がまだだったな」と切り出す。
「俺はディーノ」
「私は純です」
「純だな。親には、ちゃんと連絡したか?心配してるだろ?」
そう言われて、やっと思い出したのか、慌ててケータイを操作しだす純に「落ち着け」と言えば、照れ笑いをされた。
純が電話をしてる間、純の表情を見ていたがよく変わる表情は結構好きだった。
電話を終えると、疲れ切った表情で「ひぇ~、すごく怒られました」と言うから、そりゃそうだと思う。
こんな小さな子が、見知らぬ土地で迷子になったと知ったらそれはもう、心配になるだろう。
「それで、ディーノさん。お願いがあるんですけど、いいですか?」
「なんだ?」
「写真を一枚、撮らせてほしいんです」
写真を?なんで?と聞くと、どうやら、親御さんにホテルまで案内する俺がどんな奴なのかを写真越しに判断したいとのことらしい。
そういうことなら、と純と一緒に写真を撮ると、嬉しそうに頬を染めて写真を眺めるから思わず勘違いしそうになる。
「純、俺も記念に一枚撮ってもいいか?」
「いいですよ!」
純と写真を撮って、少し幸せな気持ちになっていると、「へなちょこディーノが女連れてるぜ」と嫌な声がした。
声の方を向くと、いつも俺に絡んでくる連中だった。
純の手を引き、「行こう」と歩き出そうとしたら、またこけた。
「いててて……」
「だ、大丈夫ですか、ディーノさん!」
「だっせぇ~!」
「かっこつかないな、ディーノ!」
あまりにも無様な姿を晒してしまい、恥ずかしさと悔しさで泣きそうになる俺に、純は「ディーノさん、立てますか?」と手を差し出してくれる。
「悪い……」
「どこか、怪我してませんか?」
「ああ、平気。いつものことだから」
「なー、お嬢ちゃん。イタリア案内なら、俺たちがしてやるよ。ディーノより、安全に案内してやるぜ」
純にイタリア語で話しかけるも、純は英語も覚束ないのだからわかるはずもない。
困惑する純の前に立ち、「純は俺が任されたんだ」と守ろうとすると、連中はゲラゲラ笑いながら「お前になにができるんだよ」と言われ、悔しさで顔が歪んだ。
それでも、純は俺を頼ってくれたんだ。絶対に、ホテルまでは届ける。
「ディーノさん……?」
不安そうな純に、「大丈夫、俺が守るから」と言えば、なにを思ったのか俺の前に出て「Get lost!」と言いながら中指を立てた。
こんな純真無垢みたいな子供から出るとは思わなかった罵倒に、全員が固まったが、すぐに喧嘩を売られたと連中は判断した。
子供と言えど、マフィアの子供だ。嘗められたとあってはただでは済まない。
「純、逃げるぞ!」
「お前ら、ディーノ抑えとけ」
リーダーである男がそう指示すると、手下たちが俺の前に立ちふさがる。
「純!」
いまにも殴り掛かられそうになる純を助けようとしたが、純は相手の腕を取り、軽々と投げ飛ばした。
「わっ!」
「ぎゃっ!」
「ぐぇっ!」
見事に俺の前にいた連中の上に落ちてきた男は、そのまま手下を押しつぶしながらまた純に向かっていくが、まるで自分で飛んだかのように一回転して飛んでいった。
なにが起こっているのかわからない俺たちは、ぽかんとしながら体格差のある男が小さな女の子に投げ飛ばされるのを見ていた。
「嘗めんじゃねぇ!」
イスを持ち上げた男に対し、さすがにそれはダメだと、全員で止めようとしたが、その前に女の子が机を持ち上げたから全員戦意喪失して逃げ出した。
机を置き、俺のところへ帰ってきた純に「純って何者?」と聞けば「並盛中学校風紀委員です」と得意げに返す。
「なむもりちゅうがっこうふうきいいん?」
「はい!戦闘力のない人間が生きていけない組織です」
「なんだそれ、マフィア?」
「ジャパニーズマフィアに近いっちゃ近いですかね……」
純もマフィアの一員だと知り、少し親近感を覚えたが、あの強さは俺とは比較にならない。
「どうやって、投げ飛ばしたんだ?」
「あれは、合気道っていう武術なんです。相手の力とか勢いを利用して投げるんです」
簡単ですよ、と言うがそう簡単な技ではないと思う。
「じゃあ、机を持ち上げたのもアイキドーってやつの技なのか?」
「いや、ただの馬鹿力です」
さすがに、持ち上げるのが精一杯なんですけどねー。と笑っているが、持ち上げるだけでも十分すごいことだ。
「なんか、ごめんな……。俺の方が守られちまって……」
「守ったなんて、とんでもない!私はただ、ディーノさんが馬鹿にされているのに腹が立っただけです!」
可愛く怒る純に、「イタリア語、わかるのか?」と聞けば、「わかりませんが、馬鹿にしていることはわかりました」と言う。
「私の王子様を馬鹿にするなんて、許しません!」
「王子様って、俺がか?!」
「そうですよ!ディーノさんは、私がピンチのときに助けてくれました。さっきだって、本当は怖いのに守ってくれました。ほら、王子様じゃないですか」
本気なのか冗談なのかわからないが、純が一生懸命俺を励まそうとしてくれているのが分かり、嬉しくなった。
王子様なんて柄じゃないけど、純がそうだと言うなら俺は純の為に王子様になってもいいと思えた。
「じゃあ、プリンセス。エスコートするぜ」
「えへへ、照れちゃいますね」
純の手を取り歩き出し、ふと疑問に思った。
中学生ということは、純は少なくとも十三歳なのか。ずっと、小学生だと思っていたのだが、もう少し上なんだな。
「純って、俺と歳近かったんだな」
「え!ディーノさんも中学生だったんですか?!高校生だと思ってました……」
「そんな、大人びて見えたのか?!まだ、十五だぜ、俺」
「同い年?!」
「え?!同い年?!嘘だろ?!」
お互いにお互いの年齢に驚きながら、年齢確認をすれば本当に同い年で驚いた。日本人、顔が幼い……。
「じゃあ、敬語なんて堅苦しいのやめようぜ」
「うん、わかった。ディーノくん」
慣れない“くん”付けに照れる俺に、純は不思議そうな顔をした。
ホテルまでの道のりで純とは他愛のない話をしていたが、純は随分と苦労をしているそうだ。今日の家族旅行も、その風紀委員の委員長に渋られたという。
「そんな束縛されて辛くないのか?」
「うーん、暴君ではあるけど優しい子なんだよ」
気分屋の暴君だけど、というが、それは優しいとは程遠いのではないだろうか。
ホテルに辿り着き、「ありがとうね、ディーノくん」と言ってホテルに入って行こうとする純を「純!」と引き留める。
「もしお前さえよければ、俺に明日、観光案内させてくれないか!もっと、お前といたい!」
勇気を振り絞って申し出ると、純は嬉しそうに目を細めながら「うん、お願いしたい」と言う。
待ち合わせ時間を約束して浮足立ちながら帰ると、ロマーリオに「なにかいいことがあったんですか」と聞かれるほど、浮かれていたらしい。
待ち合わせ時間より少し早めにホテルのロビーに着き、ソファーに腰かけて待っていると、「ディーノくん!」と聞きたかった声がした。
「純!」
広いロビーから俺を見つけてくれたことが嬉しくて腕を広げると、乗せられるまま純は俺の腕に飛び込んできた。
可愛いな、と抱きしめる。
「純、おはよう」
「おはよう、ディーノくん」
恥ずかしそうに笑う、純をもう一度抱きしめてから、ご両親に挨拶をして滞在中はずっと純をイタリア中連れまわした。
純が帰国する日、アドレスを書いてわたした。
「絶対、連絡してくれ!純が好きだ!」
「わ、私も、ディーノくんが好きだよ……!」
両思いだと知り、遠距離恋愛になると浮足立ちながら純からの連絡を待てど暮らせどなにもこない。
日本人の建前で好きだと言われたのか、はたまた、友人として好きと言われたのかと、とにかく俺は三か月ほど立ち直れなかった。
◆
懐かしい夢だった。できれば、あまり思い出したくない夢。
連絡の途絶えた初恋の相手と再会したのは、ボンゴレリング争奪戦で恭弥の家庭教師を務めたときだった。
最初こそ、制服を着ていたし他人の空似かと思っていたが、歳が俺と同じで、名前が純というのを知って確信した。
あの子だと。
純本人は忘れているようで、俺に反応を示さなかった。
ぼんやりとする頭で純に電話をすると、純も寝ぼけた声で「なーにー、ディーノくん?」と電話に出た。
「純?今日、会えるか?」
『会えるよー。恭弥から、休めって言われたから、しばらくは暇』
「じゃあ、今日一日、純と一緒にいたい」
『なに、どうしたの。寂しん坊?』
「寂しん坊」
俺の言葉に、純は軽く笑いながら「会いに行くよ」と言ってくれた。
着替えて待っていると、ロマーリオが純を俺の私室に通してくれたから、ワインを開けるも純は手をつけない。
「どうしたんだよ、飲まないのか?」
「んー?ディーノくんが寂しん坊だから、今日は飲まない」
俺の頭を撫でながら言う純に甘えて、ワインを飲みながら純の腰を抱きしめると「どうかした」と聞いてきた。
「純さ、初恋の男の子とどうなったか聞いてもいいか?」
「私の?なんで?」
「気になるから」
特に言及はせず、純は笑いながら「それがさ、聞いてよ」と言う。
「その子にさ、別れ際にアドレス渡されたからメール送ろうとしたんだけど、メール返ってきちゃったんだよね。ドジな子だとは思ってたけど、まさかそこでドジする?て感じで笑っちゃったよね。しばらく、立ち直れなかったよ」
「メールが返ってきた?」
「そう。間違ってたみたい」
嘘だろ、と口からワインがこぼれそうになっていると、純が心配そうに顔色を窺ってくる。
じゃあ、連絡が来なかったのは、俺のミス?と顔を覆うと、純が「どうしたの」と背中をさすってきた。
いや、酔ってるわけじゃないんだ。
「純さ、もしその初恋の相手と連絡とれてたらどうしてた?」
「さあ、どうだろう。でも、私の初めての王子様だったからなぁ。長くは続いていた気がする」
その言葉に「あー!」と悲鳴をあげる俺に、純はびくりとして「なに、本当にどうした?!」と動揺させてしまった。
しかし、そうなるだろう。自分のミスで、初恋をダメにしてしまったのだから。
「もし、もしだけどさ。その初恋の相手と再会したらどうする」
「うーん。会わない時間が長かったから、もう一回恋しなおしかな」
「あー!」
「どうした?!」
頭を抱える俺に、純はびびりながらも心配してくれる。
そんな純を恨めしそうに見ながら、「その初恋の王子様が俺だって言ったら、どうする」と聞いたら、目を点にさせた。
本当の、本当に気づいてなかったのか。
「そいつの名前は?」
「ディーノくん……」
「イタリア旅行で迷子になった」
「なった……」
「そのとき助けてもらった」
「助けてもらった……」
「俺の初恋の子も、純って名前だった」
「……嘘じゃん」
驚きを隠せない純は、ケータイを操作しながら「これ?!」と出会ったときに撮った写真をだしてきた。
「こんな可愛い顔した男が、こんな立派な王子様になるなんて思わないじゃん!」
「……写真残してたのか?」
「……残してた」
俺も静かに、残していた純との写真をだすと、お互いになんだか恥ずかしくなって顔をそらしてしまった。
「純、今更だけど、付き合うの考えないか?」
「うーん、本当に今更。あのときはディーノくんのこと、普通の男の子だと思ってたからな……」
「大切にするぜ?」
「いや、それはわかってるけど、立場がね……」
目線を一切合わせない純の顔をつかんでこちらを向かせ、「絶対に恭弥じゃなくて、俺のこと選ばせてやるから」と言えば、いつか見た少女のように顔を赤らめたのだから、チャンスはなくもないんじゃないだろうか。
覚悟しとけよ、純。