並盛の盾 日常小話
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情緒がガタガタである。
月一のアレの所為で、変なところで情緒が死ぬ。
母親からの電話で「いつになったら恋人できるの?お見合いの写真、もう届いてるでしょ?会うだけ会ってみなさい」とその他諸々、余計なお世話じゃ!みたいな小言を言われ、電話を切った瞬間、泣いた。
私だって、オフィス・ラブとかしたかったよ。大学時代は、人見知りだけど合コンにだって行ったりしたけど、声がかかるのは嘗めくさった連中ばかり。
そして、気が付けば風紀委員に就職して、周りは年下ばかり。
気分は完全にお姉ちゃんなのだ。
どうしてこうなった、と酒を飲みながら咽び泣いたら、翌朝、完全に二日酔いになった。よくない飲み方をしたな……。
ヘパリーゼを飲みながら登校すると、ヒバリさんに「体調悪いなら、休んでな」と優しい言葉をかけてもらい、お言葉に甘えて応接室のソファーで横になる。
うっ……世界が回る……。
「大丈夫?」
「三重苦くらいで辛いです……」
「帰るなら、送っていくよ」
ヒバリさんの優しさに泣きそうになる。
「甘えたこと言っていいですか」
「いいよ」
「いま、一人になりたくないんです。ここにいてもいいですか……?」
ヒバリさんは、「仕方ないね」と言いながら私に頭を上げさせ、その場所に腰掛けた。
そのまま頭を下ろすと、ゆっくりと頭を撫でてくれる。
優しさが辛くなり、ちょっと泣き出す私に、ヒバリさんは落ち着いた声色で「なにかあった?」と聞いてきた。
「母親から電話で、早く恋人を作れってせっつかれ、しまいには鈍いとかぼんやりしてるとか言われて、すごくムカついています」
「普段、そんなことで怒らないのに。珍しいね」
「月の物で情緒不安定なんです」
私がそう言うと、ヒバリさんは「なにか用意するものある?」と聞いてくれる。いつになく優しい。
「いまは、側にいてほしいです。……あ、でもハーゲンダッツ食べたいです」
「味はなにがいいの」
「いちご……」
あとで買ってあげる、の言葉で、メンタルと体力が少しだけ回復した気がする。やはり、ハーゲンダッツは最強だ。
「話しついでに聞いてくださいよ、ヒバリさん」
「いいよ、なに」
「今度の休みに、お見合いすることになりました」
「日時、あとでメールして」
「ぶち壊してくれるんですか!」
嬉々とする私に、ヒバリさんはきょとんとした顔で、「壊してほしかったの?」と聞いてきた。壊してほしかったです!
相手方の話を聞くと、どうも家庭的なものを求めているらしく、結婚したら家庭に入ってほしいというじゃないか。
そもそも、私の話を聞かずに自分の要望だけ言ってくる態度も気に食わない。
「あと、顔からにじみ出るナルシスト感が受け付けません」
「顔なの」
「長く付き合う顔面ですよ?好きな顔の方がいいじゃないですか」
身も蓋もないことを言う私の顔を覗き込み、「じゃあ、僕の顔は?」とヒバリさんは聞いてきた。
ヒバリさんの顔か。あまり、深く考えたことはなかった。
「そうですね。意思の強い顔をしていて、好きです。安心して、この人について行こうと思えます」
「長く付き合っていけそう?」
「貴方の信念が曲がらない限りは」
ヒバリさんは満足そうに笑い、「そんなこと、一生ないよ」と言いながら、私の頬を撫でた。
お見合い当日。ヒバリさんが「迎えに行くから」と言っていたが、まさか、いつもの制服で来るのだろうか、と心配していたら、横付けされた車を運転手が開けると、中には着物をかっちり着こなしたヒバリさんが鎮座していた。
あ〜、年下じゃなかったらな〜!どストライクだったわ!
「着物、着れるんだね」
「お祖母ちゃんが着物好きで、着付けは教わってたんですよ」
「ふーん、そうなんだ」
後日、ヒバリさんから何着か着物を贈られ、しばらく着物登校をさせられるとは知らない私であった。
お見合い会場である料亭に着くと、母親がすでに入口で待っており、私と一緒に降りてきたヒバリさんを見て腰を抜かした。
まあ、そうなるよね。
「ど、どうしてヒバリさんが……?」
「えっと、いまヒバリさんにお世話になっていて、今日のお見合いの話をしたら同席したいと」
「この子の世話は僕がしてるからね。僕の認めない相手とは付き合わせないよ」
手慣れた威圧に、この人なら今日の見合いをぶち壊してくれると確信していたのだが、どうも相手方は、私と結婚すればヒバリさんが味方につくと算段をつけたのか、ぐいぐいくる。
あー、苦手だなー。しかも、完全に私をパイプとしてしか見ていないのが、端々からにじみ出ている。
早く終わらないかな、と困っていると、隣で聞いていたヒバリさんが「ねえ、僕からも質問するから答えてくれる」と言葉を発した。
「キミ、なにがあっても、この子を守れるって言い切れる?」
「えっ……、も、勿論ですよ!純さんは、命にかえても守ります!」
それは言葉にするのはとても簡単だが、ヒバリさんの前で言うべきではなかったな。と、隣からひしひしと感じるヒバリさんの咬み殺スイッチを浴びながら思った。
「あの、ヒバリさん。落ち着いてください」
「キミは黙ってな。命にかえてもなんて言うなら、いまここでかえてもらうよ」
取り出されたトンファーに、相手方が怯え、狼狽える。
「僕に勝てない限り、竪谷はあげないよ」
完全にパパの発言である。
着物を物ともしない動きで相手方を血祭りにあげると、つまらなそうな顔をして「帰るよ、竪谷」と言ってさっさと行ってしまった。
母さんに、請求書は風紀委員宛にと伝えたら、酷く心配された。
「大丈夫だよ。ヒバリさん、あれでいて優しいから」
パワハラ、モラハラはしょっちゅうだが、基本的に優しい人なので嘘は言っていない。
料亭を出ると、既に車に乗っているヒバリさんにさっさとしろ急かされた。
自宅に着き、ヒバリさんにお礼を言って別れようとしたら、私を押しのけてマンションに向かう。
オートロックなのだが、住人ではないはずのヒバリさんは解除ナンバーを入力してスタスタと行ってしまう。
なぜ、解除ナンバーを知っているのかとか考えてはいけない。相手は雲雀恭弥だぞ。
鍵を開け部屋に入ると、ヒバリさんは中を眺めて「うん、片付いてるね」と言って、クッションの上に正座した。
座布団じゃないぞ、クッションは。
麦茶を淹れてだすと、「今日のお見合い、行ってよかったよ」と言われた。
「あんな弱い草食動物に、キミは預けられない」
「本当に助かりましたよ。私だけだったら、押し切られていたかも知れません」
「そう」
「今日のことは、なにかお礼させてください」
私の申し出に、ヒバリさんは悪い笑みを浮かべ「言ったね?」と言うから、嫌な予感がする。
こい、こい、と手招きされ、行きたくはないが行かないと暴れられるので致し方なく近寄ると、「キスして」と言われ、思わず目が点になった。
なんて?
「……ああ、忠誠のキスを手の甲にしろってやつですね」
「違うよ。口にして、て言ってるの」
ヒバリさんにあって、冗談とかではないだろうが、なんの意図があるのかさっぱりわからない。
なんだろう。今日付き合わせたことが意外とムカついていたから、その嫌がらせかな……。
「ほら、早くして」
「ヒバリさん、言っておくことがあります」
「なに」
「ヒバリさんの正確なお歳は知りませんが、未成年だと思っております。それを踏まえて言いますが、さすがに未成年に手出しはできません!」
そんなショックを受けた顔をしても、ダメなものはダメです!
「僕は好きな歳だよ」
「いまはそういうのいいです。いいですか。私は大人なので、子供に手は出しません。絶対に」
せめて、成人してからです。と言うと、ぷい、と顔を背けてしまったが、子供を守るのが大人である。
「じゃあ、成人したらしてくれるの?」
「覚えていたら、考えましょう」
「キミが忘れても、僕は絶対に忘れないから」
とは言っても、数年したら忘れるだろうと思っていた。
風紀委員が風紀財団になって何年かした頃。
恭弥に、その日の報告をして帰宅しようと思っていると、「ねえ」と引き止められる。
「僕、成人したんだよね」
「ほお、おめでとう。成人祝いはなにがいい」
「じゃあ、キスしてよ」
思いもしない方向からねだられ、情報が処理しきれずフリーズする私にゆっくり近寄ってくる恭弥。
後ずさる私を追い詰めて、加虐的な笑みを浮かべ、恭弥は私の顎を掬い上げ、「昔の約束とあわせて、二回してよね」と迫ってくる。
「いつの約束持ち出してるの?!」
「言ったでしょ、僕は絶対に忘れないって。大人なら、約束は守ってよね」
いまの私の頭の中は、どうやって逃げるかでいっぱいである。
恭弥が否が応でもやらないと言わざるを得ないなにかを提示しなくては!
「い、いいよ!しよう!だが、条件だ!」
「なに?」
「恭弥が私を好きだと、その口で認めたらしよう!」
「……」
「好きだと思ってくれてない相手にはしたくないじゃーん?」
尤もらしい理由に、恭弥の機嫌が悪くなっていく。
絶対に、「こいつ、無駄な足掻きをしやがるな」と思っていることだろう。足掻くわよ!どこまでも!
あわよくば、恭弥が私を諦める足掛かりになればいい。今日こそ、恭弥をフる!これは、恭弥には自由の身であり、誰かに囚われることなくあってほしいと願う私の悲願!
素直じゃない恭弥が「好き」だなんて言うと思えないし、もし言っても速攻フる!さあ、どうする恭弥!
「違うよ。僕が好きなんじゃなくて、キミが僕を好きなんだよ」
素晴らしい暴君理論に頭が痛くなる。
そうか、そうくるか……。
「恭弥のことは好きだけど、そういうのではなくって……。そもそも、片思いでするもんじゃないでしょ」
恭弥から言ってくれないなら、私は絶対にしない。
しかめっ面になるも、言おうとしない恭弥に、勝った!と確信した瞬間、悲しそうな顔で「もういいよ」と言って解放された。
「帰っていいよ」
「あ、あの……恭弥……?」
「早く帰って」
一切視線を合わせてくれない恭弥。
風紀財団を出た瞬間にディーノくんに電話をして飲む約束をとりつけ、キャバッローネでワインを開けながら「罪悪感がヤバい」とぼやく。
「よかった。それで罪悪感を感じてなかったら、俺は人間としてお前を疑うところだった」
「さすがに感じるって、あんな悲しい顔されたら!」
「素直にすりゃいいだろ?キスの一回や二回」
「男にとってキスの回数は勲章かも知れないけど、女のそれは違うの!大切にしていきたいの!」
ファーストキスはなおさら大切にしたいでしょ!と主張する私に、ディーノくんは「まだなのか?」と聞いてきた。
むしろ、あの環境下で可能だと思うのかと聞きたい。
「ディーノくんは経験ありそう」
「まあ、腰抜かす程度にはな」
それは、回数にだろうか。それともテクニックにだろうか。夢を壊したくないから、やめておこう。
「でも、約束したんだろ?ちゃんと守ってやれよ。恭弥が可哀想だぞ」
「いやぁ、しかし……」
「恭弥のこと、嫌いなのか?」
「好きだよ?好きだけど、弟にはできないじゃん?」
「恭弥が一番怒り狂う発言をするよな、お前……」
いや、しかし長年、弟として温かい目で見守ってきた存在に、キスをしろと迫られて困惑しない人間がいるだろうか。
「弟として可愛い、じゃなくて別の角度から見たら、キスくらいはいけるんじゃねえの?」
「私が言うことじゃないけど、ディーノくんそれでいいの?キミ、私に正妻の話を持ちかけてきたよね?」
「俺は別に、キスくらいでなんか言ったりはしないぜ?」
大人の余裕なのか、単にキスというものに重きを置いていないのか。わからない、イタリア男。
「いやさ、わかるんだよ。恭弥が普通に男として魅力的なのは。意思が強くて、真っ直ぐで、仕事もできて、いざというとき助けてくれるし、支えになってくれる。無邪気なところも、スパイスとしていいんだよ」
「そんなに褒めちぎると、嫉妬するぞ」
「そこは嫉妬するんかい。ディーノくんのことも、安定した安心感があって好きだよ。優しいし、度量もあるし」
「結婚してもいいくらいに?」
「しない」
スキあらばそういう話にしようとする、と言う私に、ディーノくんは「そういう話もしたいから」と言う。
やめてよ、照れちゃうじゃん。
「しかし!やはり、弟力が強すぎる!」
時折、甘えてくる仕草が弟!あと、弟期間が長すぎた!
「けどよ、別にキスしたからって付き合わなきゃいけないわけじゃないだろ?」
「そもそも因果関係が逆なんだよ。付き合ったからキスするのが普通なんだよ、ディーノくん」
「ふーん、日本じゃそれが普通なんだな」
「世界共通の普通でしょ?!」
「一晩だけ、とかならよくある話だろ」
「それ以上、私の中でのキミの王子様イメージを侵害するな!訴えるぞ!」
ダメだ、このイタリア男の所為で、キスが軽い物に感じてきてしまっている。
「なら、頬とかならどうだ?」
挨拶くらいで気軽にできるだろ?と若干、お国柄の違いを感じる発言があったが、それくらいならいける気がする。
しかし、それで恭弥が丸め込まれるかと聞かれると、わからん。なんかイチャモンつけられそう。
だが、なにもしないよりかはマシだろうと腹を括り、翌日、恭弥の執務室を訪れると「なんの用」とさっさと帰れオーラを撒き散らしながら威嚇された。心が折れそう。
「えっとですね、昨日の話なんですけど」
「へぇ、キミがその話を蒸し返すんだ」
「はい、すみません。蒸し返します」
胃がキリキリと痛むが、ここで逃げてはいられない。
折れそうになる気持ちを立て直し、「やはり、口にするのはハードルが高いと思うんですよ!」と切り出す。
「なので、頬とかで妥協してもらえないでしょうか!」
「一応聞くけど、その提案を僕が呑む算段はあったの?」
「ないですねぇ……」
「だよね。そもそも、口から頬って随分ランクが下がるし、キミは一度、僕との約束を反故にしてるんだよ。それを、高々頬に二回って嘗めてない?」
「はい、仰るとおりです……」
予想以上にキレていてビクビクしながら、「あの、何回すればご納得いただけますか……」と聞けば、「回数の問題じゃないのは、わかってるでしょ」と言うから、冷や汗が止まらない。
「つまり、その、どういうことでしょうか……」
「言わなきゃわからない?キミが生きてる限り、朝の挨拶、僕またはキミが出かけるとき、帰ってきたとき、家に帰るときにするなら、許してあげなくもない。キミが、生きてる、限りだよ」
大切な部分を二回言われてしまった。
完全に、おはようといってらっしゃいとお帰りなさいの、新婚さんキスのワンセットじゃないか。
しどろもどろに、「いや……あの……それは……」と回避しようとしたが、刺々しい声色で「この僕がここまで妥協してるのに、まだ嫌だって言うの……?」と言われては、要求を呑むしかない。
「じゃあ、とりあえず、約束守るって意味で一回して」
「えー……」
「なに?文句でもあるの?」
「あっ、ないです、すみません……」
なら、早く。とせっつかれ、おずおずと軽く恭弥の頬にキスをしたが、これは中々恥ずかしい。
顔が熱くなる私に、「その顔が見られるなら、悪くないかもね」と恭弥は上機嫌で言う。
「まあ、いまはこれで我慢してあげるよ」
「くそ、偉そうに……」
「今度は約束守ってよね」
「はい、はい……」
月一のアレの所為で、変なところで情緒が死ぬ。
母親からの電話で「いつになったら恋人できるの?お見合いの写真、もう届いてるでしょ?会うだけ会ってみなさい」とその他諸々、余計なお世話じゃ!みたいな小言を言われ、電話を切った瞬間、泣いた。
私だって、オフィス・ラブとかしたかったよ。大学時代は、人見知りだけど合コンにだって行ったりしたけど、声がかかるのは嘗めくさった連中ばかり。
そして、気が付けば風紀委員に就職して、周りは年下ばかり。
気分は完全にお姉ちゃんなのだ。
どうしてこうなった、と酒を飲みながら咽び泣いたら、翌朝、完全に二日酔いになった。よくない飲み方をしたな……。
ヘパリーゼを飲みながら登校すると、ヒバリさんに「体調悪いなら、休んでな」と優しい言葉をかけてもらい、お言葉に甘えて応接室のソファーで横になる。
うっ……世界が回る……。
「大丈夫?」
「三重苦くらいで辛いです……」
「帰るなら、送っていくよ」
ヒバリさんの優しさに泣きそうになる。
「甘えたこと言っていいですか」
「いいよ」
「いま、一人になりたくないんです。ここにいてもいいですか……?」
ヒバリさんは、「仕方ないね」と言いながら私に頭を上げさせ、その場所に腰掛けた。
そのまま頭を下ろすと、ゆっくりと頭を撫でてくれる。
優しさが辛くなり、ちょっと泣き出す私に、ヒバリさんは落ち着いた声色で「なにかあった?」と聞いてきた。
「母親から電話で、早く恋人を作れってせっつかれ、しまいには鈍いとかぼんやりしてるとか言われて、すごくムカついています」
「普段、そんなことで怒らないのに。珍しいね」
「月の物で情緒不安定なんです」
私がそう言うと、ヒバリさんは「なにか用意するものある?」と聞いてくれる。いつになく優しい。
「いまは、側にいてほしいです。……あ、でもハーゲンダッツ食べたいです」
「味はなにがいいの」
「いちご……」
あとで買ってあげる、の言葉で、メンタルと体力が少しだけ回復した気がする。やはり、ハーゲンダッツは最強だ。
「話しついでに聞いてくださいよ、ヒバリさん」
「いいよ、なに」
「今度の休みに、お見合いすることになりました」
「日時、あとでメールして」
「ぶち壊してくれるんですか!」
嬉々とする私に、ヒバリさんはきょとんとした顔で、「壊してほしかったの?」と聞いてきた。壊してほしかったです!
相手方の話を聞くと、どうも家庭的なものを求めているらしく、結婚したら家庭に入ってほしいというじゃないか。
そもそも、私の話を聞かずに自分の要望だけ言ってくる態度も気に食わない。
「あと、顔からにじみ出るナルシスト感が受け付けません」
「顔なの」
「長く付き合う顔面ですよ?好きな顔の方がいいじゃないですか」
身も蓋もないことを言う私の顔を覗き込み、「じゃあ、僕の顔は?」とヒバリさんは聞いてきた。
ヒバリさんの顔か。あまり、深く考えたことはなかった。
「そうですね。意思の強い顔をしていて、好きです。安心して、この人について行こうと思えます」
「長く付き合っていけそう?」
「貴方の信念が曲がらない限りは」
ヒバリさんは満足そうに笑い、「そんなこと、一生ないよ」と言いながら、私の頬を撫でた。
お見合い当日。ヒバリさんが「迎えに行くから」と言っていたが、まさか、いつもの制服で来るのだろうか、と心配していたら、横付けされた車を運転手が開けると、中には着物をかっちり着こなしたヒバリさんが鎮座していた。
あ〜、年下じゃなかったらな〜!どストライクだったわ!
「着物、着れるんだね」
「お祖母ちゃんが着物好きで、着付けは教わってたんですよ」
「ふーん、そうなんだ」
後日、ヒバリさんから何着か着物を贈られ、しばらく着物登校をさせられるとは知らない私であった。
お見合い会場である料亭に着くと、母親がすでに入口で待っており、私と一緒に降りてきたヒバリさんを見て腰を抜かした。
まあ、そうなるよね。
「ど、どうしてヒバリさんが……?」
「えっと、いまヒバリさんにお世話になっていて、今日のお見合いの話をしたら同席したいと」
「この子の世話は僕がしてるからね。僕の認めない相手とは付き合わせないよ」
手慣れた威圧に、この人なら今日の見合いをぶち壊してくれると確信していたのだが、どうも相手方は、私と結婚すればヒバリさんが味方につくと算段をつけたのか、ぐいぐいくる。
あー、苦手だなー。しかも、完全に私をパイプとしてしか見ていないのが、端々からにじみ出ている。
早く終わらないかな、と困っていると、隣で聞いていたヒバリさんが「ねえ、僕からも質問するから答えてくれる」と言葉を発した。
「キミ、なにがあっても、この子を守れるって言い切れる?」
「えっ……、も、勿論ですよ!純さんは、命にかえても守ります!」
それは言葉にするのはとても簡単だが、ヒバリさんの前で言うべきではなかったな。と、隣からひしひしと感じるヒバリさんの咬み殺スイッチを浴びながら思った。
「あの、ヒバリさん。落ち着いてください」
「キミは黙ってな。命にかえてもなんて言うなら、いまここでかえてもらうよ」
取り出されたトンファーに、相手方が怯え、狼狽える。
「僕に勝てない限り、竪谷はあげないよ」
完全にパパの発言である。
着物を物ともしない動きで相手方を血祭りにあげると、つまらなそうな顔をして「帰るよ、竪谷」と言ってさっさと行ってしまった。
母さんに、請求書は風紀委員宛にと伝えたら、酷く心配された。
「大丈夫だよ。ヒバリさん、あれでいて優しいから」
パワハラ、モラハラはしょっちゅうだが、基本的に優しい人なので嘘は言っていない。
料亭を出ると、既に車に乗っているヒバリさんにさっさとしろ急かされた。
自宅に着き、ヒバリさんにお礼を言って別れようとしたら、私を押しのけてマンションに向かう。
オートロックなのだが、住人ではないはずのヒバリさんは解除ナンバーを入力してスタスタと行ってしまう。
なぜ、解除ナンバーを知っているのかとか考えてはいけない。相手は雲雀恭弥だぞ。
鍵を開け部屋に入ると、ヒバリさんは中を眺めて「うん、片付いてるね」と言って、クッションの上に正座した。
座布団じゃないぞ、クッションは。
麦茶を淹れてだすと、「今日のお見合い、行ってよかったよ」と言われた。
「あんな弱い草食動物に、キミは預けられない」
「本当に助かりましたよ。私だけだったら、押し切られていたかも知れません」
「そう」
「今日のことは、なにかお礼させてください」
私の申し出に、ヒバリさんは悪い笑みを浮かべ「言ったね?」と言うから、嫌な予感がする。
こい、こい、と手招きされ、行きたくはないが行かないと暴れられるので致し方なく近寄ると、「キスして」と言われ、思わず目が点になった。
なんて?
「……ああ、忠誠のキスを手の甲にしろってやつですね」
「違うよ。口にして、て言ってるの」
ヒバリさんにあって、冗談とかではないだろうが、なんの意図があるのかさっぱりわからない。
なんだろう。今日付き合わせたことが意外とムカついていたから、その嫌がらせかな……。
「ほら、早くして」
「ヒバリさん、言っておくことがあります」
「なに」
「ヒバリさんの正確なお歳は知りませんが、未成年だと思っております。それを踏まえて言いますが、さすがに未成年に手出しはできません!」
そんなショックを受けた顔をしても、ダメなものはダメです!
「僕は好きな歳だよ」
「いまはそういうのいいです。いいですか。私は大人なので、子供に手は出しません。絶対に」
せめて、成人してからです。と言うと、ぷい、と顔を背けてしまったが、子供を守るのが大人である。
「じゃあ、成人したらしてくれるの?」
「覚えていたら、考えましょう」
「キミが忘れても、僕は絶対に忘れないから」
とは言っても、数年したら忘れるだろうと思っていた。
風紀委員が風紀財団になって何年かした頃。
恭弥に、その日の報告をして帰宅しようと思っていると、「ねえ」と引き止められる。
「僕、成人したんだよね」
「ほお、おめでとう。成人祝いはなにがいい」
「じゃあ、キスしてよ」
思いもしない方向からねだられ、情報が処理しきれずフリーズする私にゆっくり近寄ってくる恭弥。
後ずさる私を追い詰めて、加虐的な笑みを浮かべ、恭弥は私の顎を掬い上げ、「昔の約束とあわせて、二回してよね」と迫ってくる。
「いつの約束持ち出してるの?!」
「言ったでしょ、僕は絶対に忘れないって。大人なら、約束は守ってよね」
いまの私の頭の中は、どうやって逃げるかでいっぱいである。
恭弥が否が応でもやらないと言わざるを得ないなにかを提示しなくては!
「い、いいよ!しよう!だが、条件だ!」
「なに?」
「恭弥が私を好きだと、その口で認めたらしよう!」
「……」
「好きだと思ってくれてない相手にはしたくないじゃーん?」
尤もらしい理由に、恭弥の機嫌が悪くなっていく。
絶対に、「こいつ、無駄な足掻きをしやがるな」と思っていることだろう。足掻くわよ!どこまでも!
あわよくば、恭弥が私を諦める足掛かりになればいい。今日こそ、恭弥をフる!これは、恭弥には自由の身であり、誰かに囚われることなくあってほしいと願う私の悲願!
素直じゃない恭弥が「好き」だなんて言うと思えないし、もし言っても速攻フる!さあ、どうする恭弥!
「違うよ。僕が好きなんじゃなくて、キミが僕を好きなんだよ」
素晴らしい暴君理論に頭が痛くなる。
そうか、そうくるか……。
「恭弥のことは好きだけど、そういうのではなくって……。そもそも、片思いでするもんじゃないでしょ」
恭弥から言ってくれないなら、私は絶対にしない。
しかめっ面になるも、言おうとしない恭弥に、勝った!と確信した瞬間、悲しそうな顔で「もういいよ」と言って解放された。
「帰っていいよ」
「あ、あの……恭弥……?」
「早く帰って」
一切視線を合わせてくれない恭弥。
風紀財団を出た瞬間にディーノくんに電話をして飲む約束をとりつけ、キャバッローネでワインを開けながら「罪悪感がヤバい」とぼやく。
「よかった。それで罪悪感を感じてなかったら、俺は人間としてお前を疑うところだった」
「さすがに感じるって、あんな悲しい顔されたら!」
「素直にすりゃいいだろ?キスの一回や二回」
「男にとってキスの回数は勲章かも知れないけど、女のそれは違うの!大切にしていきたいの!」
ファーストキスはなおさら大切にしたいでしょ!と主張する私に、ディーノくんは「まだなのか?」と聞いてきた。
むしろ、あの環境下で可能だと思うのかと聞きたい。
「ディーノくんは経験ありそう」
「まあ、腰抜かす程度にはな」
それは、回数にだろうか。それともテクニックにだろうか。夢を壊したくないから、やめておこう。
「でも、約束したんだろ?ちゃんと守ってやれよ。恭弥が可哀想だぞ」
「いやぁ、しかし……」
「恭弥のこと、嫌いなのか?」
「好きだよ?好きだけど、弟にはできないじゃん?」
「恭弥が一番怒り狂う発言をするよな、お前……」
いや、しかし長年、弟として温かい目で見守ってきた存在に、キスをしろと迫られて困惑しない人間がいるだろうか。
「弟として可愛い、じゃなくて別の角度から見たら、キスくらいはいけるんじゃねえの?」
「私が言うことじゃないけど、ディーノくんそれでいいの?キミ、私に正妻の話を持ちかけてきたよね?」
「俺は別に、キスくらいでなんか言ったりはしないぜ?」
大人の余裕なのか、単にキスというものに重きを置いていないのか。わからない、イタリア男。
「いやさ、わかるんだよ。恭弥が普通に男として魅力的なのは。意思が強くて、真っ直ぐで、仕事もできて、いざというとき助けてくれるし、支えになってくれる。無邪気なところも、スパイスとしていいんだよ」
「そんなに褒めちぎると、嫉妬するぞ」
「そこは嫉妬するんかい。ディーノくんのことも、安定した安心感があって好きだよ。優しいし、度量もあるし」
「結婚してもいいくらいに?」
「しない」
スキあらばそういう話にしようとする、と言う私に、ディーノくんは「そういう話もしたいから」と言う。
やめてよ、照れちゃうじゃん。
「しかし!やはり、弟力が強すぎる!」
時折、甘えてくる仕草が弟!あと、弟期間が長すぎた!
「けどよ、別にキスしたからって付き合わなきゃいけないわけじゃないだろ?」
「そもそも因果関係が逆なんだよ。付き合ったからキスするのが普通なんだよ、ディーノくん」
「ふーん、日本じゃそれが普通なんだな」
「世界共通の普通でしょ?!」
「一晩だけ、とかならよくある話だろ」
「それ以上、私の中でのキミの王子様イメージを侵害するな!訴えるぞ!」
ダメだ、このイタリア男の所為で、キスが軽い物に感じてきてしまっている。
「なら、頬とかならどうだ?」
挨拶くらいで気軽にできるだろ?と若干、お国柄の違いを感じる発言があったが、それくらいならいける気がする。
しかし、それで恭弥が丸め込まれるかと聞かれると、わからん。なんかイチャモンつけられそう。
だが、なにもしないよりかはマシだろうと腹を括り、翌日、恭弥の執務室を訪れると「なんの用」とさっさと帰れオーラを撒き散らしながら威嚇された。心が折れそう。
「えっとですね、昨日の話なんですけど」
「へぇ、キミがその話を蒸し返すんだ」
「はい、すみません。蒸し返します」
胃がキリキリと痛むが、ここで逃げてはいられない。
折れそうになる気持ちを立て直し、「やはり、口にするのはハードルが高いと思うんですよ!」と切り出す。
「なので、頬とかで妥協してもらえないでしょうか!」
「一応聞くけど、その提案を僕が呑む算段はあったの?」
「ないですねぇ……」
「だよね。そもそも、口から頬って随分ランクが下がるし、キミは一度、僕との約束を反故にしてるんだよ。それを、高々頬に二回って嘗めてない?」
「はい、仰るとおりです……」
予想以上にキレていてビクビクしながら、「あの、何回すればご納得いただけますか……」と聞けば、「回数の問題じゃないのは、わかってるでしょ」と言うから、冷や汗が止まらない。
「つまり、その、どういうことでしょうか……」
「言わなきゃわからない?キミが生きてる限り、朝の挨拶、僕またはキミが出かけるとき、帰ってきたとき、家に帰るときにするなら、許してあげなくもない。キミが、生きてる、限りだよ」
大切な部分を二回言われてしまった。
完全に、おはようといってらっしゃいとお帰りなさいの、新婚さんキスのワンセットじゃないか。
しどろもどろに、「いや……あの……それは……」と回避しようとしたが、刺々しい声色で「この僕がここまで妥協してるのに、まだ嫌だって言うの……?」と言われては、要求を呑むしかない。
「じゃあ、とりあえず、約束守るって意味で一回して」
「えー……」
「なに?文句でもあるの?」
「あっ、ないです、すみません……」
なら、早く。とせっつかれ、おずおずと軽く恭弥の頬にキスをしたが、これは中々恥ずかしい。
顔が熱くなる私に、「その顔が見られるなら、悪くないかもね」と恭弥は上機嫌で言う。
「まあ、いまはこれで我慢してあげるよ」
「くそ、偉そうに……」
「今度は約束守ってよね」
「はい、はい……」