並盛の盾 日常小話
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食後の眠気に打ち勝とうと、持ち込んでいたインスタントコーヒーを入れる為に手をのばす。
瓶の蓋に手をかけ、ぐっ、と力を淹れるが、開かない。
もう一度、開けようと試みるがびくともしない。
「ふんっ!ふんっ!ふぎぎぎぎぎ!!」
「うるさい」
気合を入れて声を出したが、眠気で判断が鈍っていた。
ヒバリさんが同じ部屋にいるのを忘れており、後頭部を引っ叩かれてしまった。
すみません、と謝り、瓶はあとで草壁さんに開けてもらおうと棚に戻そうとすると、横から伸びてきた手が瓶を奪っていく。
パカッ、といとも容易くヒバリさんは蓋を開けて、「はい」とこちらに瓶と蓋を差し出してきた。
「ありがとう、ございます……」
「これくらい、すぐ僕に言えば開けるのに」
「えっ?!いや、こんなことでヒバリさんのお手を煩わせるわけには……!」
「変な声を上げられるよりマシ」
「はい、すみません……」
そう謝る私に、ヒバリさんは「それに」と言葉を続ける。
「君に頼られるのは嫌いじゃないから」
「え、じゃあ、あの書類全部やってもらっていいですか」
「それは頼るじゃなくて投げるだよ」
そんな会話をしてから何年経っただろうか。
恭弥が動き回れるようにと、できるだけ恭弥あての事務仕事は私に回すようにと指示を出した為に、仕事を片付けるのに追われ最近はあまりちゃんと眠れていない。
うつらうつらしてきたので、気付けにコーヒーを飲むかと給湯室に行き、コーヒーの瓶を軽く開けようとするが、開かない。
誰だよ、固く閉めたのは。
開けられないことはないが、少し危険だな。
どうしよう……、と悩んでいると恭弥と哲さんが通るのが見えた。
「そこ行く恭弥さーん」
呼び止め方が気に食わなかったのか、少し不機嫌そうに「なに?」と聞いてきた。
私は気にせず瓶を持って「開けてー」とお願いすると、恭弥は無言でパカリ、と簡単に開けてくれた。
「ありがとう」
「これ、自分で開けられたんじゃないの?」
「そんな……。純ちゃん、非力だから開けられない……」
「巨斧振り回すゾウがなに言ってるの」
「誰が最強の草食動物だ。いや、まあ、開けられなくもないんだけど、いま眠いから力加減失敗して瓶にヒビ入れそうで」
「ゾウより不器用。ところで、これはコーヒーだね」
それ以外に、なにに見えるのだろうか……。と不思議に思いながら「そうだね……」と答えると、続けざまに質問を投げかけてくる。
「噂に聞いたけど、寝ていないていうのは本当?」
「ちょこちょこ仮眠してるから、寝てはいるよ」
「そう……」
そう言うと、恭弥は瓶の蓋をしっかりと閉めた。
それはもう、見るからにしっかり、固めに。
「え、なんで?」
「寝て」
「え〜。ダメだよ。残してる仕事がまだあるんだから」
「それは僕がやっておくから、寝て」
「そうはいかないのだよ、恭弥くん。大人の仕事には、責任ってものが強く求められてだな」
「どうして、どうでもいいことでは頼るくせに重要なときには頼らないの」
射抜くような鋭い視線にたじろぐが、私も引くわけにはいかない。
「恭弥。私だって、社会人なのよ。お給料もらってる分、発生する仕事への責任を果たさないといけなくてね」
「なら、給料はださない」
「は?」
「君が給料とか責任とかを言い訳に休まないって言うなら、僕は給料をださない。逆に、休息している間は給料をだす。これなら、休むことに責任が発生するでしょ」
恭弥にしては珍しく屁理屈を捏ねる。
私が給料や責任で仕事をしているわけではないことを、気が付いている言い方だ。
ぐぬぬ、昔から察しのいいのは変わらない。
「じゃあ、お給料いらない」
「強情な子だね」
「……仕方ないでしょ。恭弥たちが戦ってるのに、休んでるなんてできない。私は恭弥に訓練してもらっているとはいえ、戦闘スキルがそこまであるわけじゃない。相手によっては、防御力なんてないも同然」
「そうそう、そういう相手はいないと思うけど」
「幹部とか、すごく危ない戦闘には役には立たないでしょ!」
私の言葉に、恭弥は「まあね」と同意を示したので話を続ける。
まったく、話の腰を折らないでほしいね。
「そうなると、私は待ってないといけない。幹部クラスがいない戦闘でも、もしかしたら、て思うと眠れないの」
「僕が大丈夫なことは、君が一番よく知ってるでしょ」
「そうだけど……」
言い淀む私に、「君が生きてる限り、僕は死なないよ」と安心する声色で言ってくれるから、一瞬だけ不安は和らいだ。
「わかったら、寝な。側にいてあげるから」
「それは、それ。これは、これ。いまの作業、あとちょっとで終わりそうだから、それやったら寝る」
「どれくらいで終わるの」
「五、六時間かな」
だから、その瓶の蓋開けてくれ。とねだる私を無視して「哲。このワーカーホリックのデスクの写真撮ってきて。あと、最近の仕事の様子も聞いてきて」と指示を出したので慌てて止めようとしたが、恭弥に腕を掴まれ阻まれた。
「君は寝るんだよ」
「寝ーなーいー!」
「次、寝るのを嫌がったら無理矢理にでも寝かしつけるからね。わかったら、寝て」
恭弥の言葉に「断る!」と堂々たる態度で撥ね付けた瞬間、首に腕が回り頸動脈を締め上げられた。
待って待って待って、これ、寝かしつけるんじゃなくて落と……す……。
◆
体の力が抜け完全に寝た純を担ぎ上げ、瓶を給湯室に置いてから自室に向かう。
一度横たわらせてから布団を敷きながら、僕に布団を敷かせるなんてたいした子だよ、と感心してしまうね。
敷き終わり、死んだように眠る純に一抹の不安を覚え、思わず呼吸と脈を確認してしまった。
大丈夫、生きてる。
布団に寝かせ、どうせ起きないだろうからと着替えをしてから、側に腰を下ろした。
やはり、無理に側に置くべきではなかっただろうか。
炎のコントロールができると知り、それならば側に置いても大丈夫かと思ったが、要らぬ心配ばかりをこの子にかけさせている。
風紀財団を立ち上げるとき、どんなことがあってもこの子と距離を置くべきだったか。
いや、どの道この子は僕が理由で狙われ続けただろう。
それならば、側に置いておいた方が安全だと判断し、早々に理由をつけて引き戻していたはずだ。
なら、もっと前。風紀財団になる前に、この子と距離を置くべきだったかと聞かれると、それはそれで危険な気がする。
当時の純は抵抗する手段を持ち合わせていなかった。
どこかのゴロツキに捕まれば一溜まりもないだろう。
そもそも、風紀委員に引き戻さなければよかったのだろうが、当時子供だった僕がその選択をできたかと聞かれると、恐らくできないだろう。
あのときは、自分でも恥ずかしくなるくらい余裕がなかった。いまでもあるとは言い難いが。
純から見たら、昔の僕はワガママチビな弟くらいにしか見えていなかったはずだ。
だから、あの人が純と仲良くしているのが気に食わなかった。いまでも十分気に食わないけど。
一分一秒でも長く僕のことを考えてほしくて、随分と幼稚なことをしていたと、思い出して恥ずかしくなる。
僕と関われば危険な目に合うのはわかっていた。それでも、僕は竪谷純という草食動物を側に置きたくて仕方がなかった。僕じゃない誰かを選んでほしくなかった。
その結果がこれだと事前に知っていても、僕は同じ選択をしていただろう。
そして、純は僕がついて来いと言えば嫌な顔ひとつせずに「ついて来るなって言われてもついて行くよ」と笑って、一歩下がったところを歩く。これは自信ではなく、確信。
なんで、こうなったんだろう。
最初は、攻撃が通じないことが面白くて側に置いた。
でも、それ以外に興味を惹かれるものはないはずだった。バトルなんて出来なくて、小動物みたいに僕に怯えて、できることなんて事務仕事ばっかりで。
けど、いつだって僕を心配するのは純で、ふてぶてしく僕に嘘をついたり、無意識だろうけど僕と対等であったのは純くらいだった。
別に寂しいだなんて思っていたわけではないけど、心配されるのは悪い気はしなかったし、純のよく変わる表情が好きだった。
だから、手放せなくなった。
「ごめんね」
僕のワガママに一生付き合ってもらうよ。
少しやつれた純の頬を人差し指の背で撫でていると、哲が「恭さん、調べてきました」と声をかけてきた。
入室を許可すると、哲が静かに入ってくる。
「それで、どうだった」
報告を促すも純を心配そうに見るから、「どうせ起きないから、報告して」と言えば、小声で最近の純の様子を報告しだした。
「最近と言いますか、随分前から純さんは恭さんの仕事を肩代わりしていたようで、数日三十分ほどの仮眠しかせず、突然倒れて四時間程度寝てからまた仕事を始めるの繰り返しだったそうです」
「なんでその時点で僕に報告が来ないの」
「純さんが恭さんの指示だと嘘をついていたようで……」
呼吸をするように嘘をつく……。と怒りで眉間にシワが寄った。
「あと、一度入浴中に寝て、溺れかけたらしいです。これはさすがに報告をしようとしたらしいのですが、純さんに必死で止められて断りきれなかったようです」
あまりのアホさに、長めのため息が出てしまう。
巨斧を振り回すゾウであっても、根は草食動物だ。如何に相手の庇護欲を煽るかはお手の物だったことだろう。
次、とジェスチャーをすれば、哲は困りながら「食事もあまりまともに取っている様子はないと、報告がありました」と言うから、更に眉間にシワが寄る。
「基本的に固形物は栄養調整食品で、足りない栄養素はビタミン剤などで補っていたようです」
「馬鹿だ、馬鹿だとは思っていたけど、ここまでとはね……」
「そして、これが純さんのデスクです」
見せられた写真には、デスクだけでなく両サイドに知らぬ間に追加されているデスクにまで書類が溢れかえっていた。
哲が、「しばらく、お休みを出した方がよいのでは……」と珍しく意見するレベルの超過業務だ。
「言われるまでもないよ、純は休ませる」
「監視は俺が付きますか」
「僕が付くから、哲は予定の調整して」
「わかりました」
哲を下がらせ、再度、純に向き直ると苦悶に満ちた表情をしていた。
頭を撫で、「大丈夫、僕はここにいるよ」と声をかければ、段々と表情は穏やかなものになった。
昔は、僕のことをなんだかんだと怖がっていたのに、いまでは安心する相手だと思っていることが嬉しくなる。
僕に死んでほしくないなら、健やかに生きてよね。そうすれば、僕はいつでも君を迎えに行くから。
瓶の蓋に手をかけ、ぐっ、と力を淹れるが、開かない。
もう一度、開けようと試みるがびくともしない。
「ふんっ!ふんっ!ふぎぎぎぎぎ!!」
「うるさい」
気合を入れて声を出したが、眠気で判断が鈍っていた。
ヒバリさんが同じ部屋にいるのを忘れており、後頭部を引っ叩かれてしまった。
すみません、と謝り、瓶はあとで草壁さんに開けてもらおうと棚に戻そうとすると、横から伸びてきた手が瓶を奪っていく。
パカッ、といとも容易くヒバリさんは蓋を開けて、「はい」とこちらに瓶と蓋を差し出してきた。
「ありがとう、ございます……」
「これくらい、すぐ僕に言えば開けるのに」
「えっ?!いや、こんなことでヒバリさんのお手を煩わせるわけには……!」
「変な声を上げられるよりマシ」
「はい、すみません……」
そう謝る私に、ヒバリさんは「それに」と言葉を続ける。
「君に頼られるのは嫌いじゃないから」
「え、じゃあ、あの書類全部やってもらっていいですか」
「それは頼るじゃなくて投げるだよ」
そんな会話をしてから何年経っただろうか。
恭弥が動き回れるようにと、できるだけ恭弥あての事務仕事は私に回すようにと指示を出した為に、仕事を片付けるのに追われ最近はあまりちゃんと眠れていない。
うつらうつらしてきたので、気付けにコーヒーを飲むかと給湯室に行き、コーヒーの瓶を軽く開けようとするが、開かない。
誰だよ、固く閉めたのは。
開けられないことはないが、少し危険だな。
どうしよう……、と悩んでいると恭弥と哲さんが通るのが見えた。
「そこ行く恭弥さーん」
呼び止め方が気に食わなかったのか、少し不機嫌そうに「なに?」と聞いてきた。
私は気にせず瓶を持って「開けてー」とお願いすると、恭弥は無言でパカリ、と簡単に開けてくれた。
「ありがとう」
「これ、自分で開けられたんじゃないの?」
「そんな……。純ちゃん、非力だから開けられない……」
「巨斧振り回すゾウがなに言ってるの」
「誰が最強の草食動物だ。いや、まあ、開けられなくもないんだけど、いま眠いから力加減失敗して瓶にヒビ入れそうで」
「ゾウより不器用。ところで、これはコーヒーだね」
それ以外に、なにに見えるのだろうか……。と不思議に思いながら「そうだね……」と答えると、続けざまに質問を投げかけてくる。
「噂に聞いたけど、寝ていないていうのは本当?」
「ちょこちょこ仮眠してるから、寝てはいるよ」
「そう……」
そう言うと、恭弥は瓶の蓋をしっかりと閉めた。
それはもう、見るからにしっかり、固めに。
「え、なんで?」
「寝て」
「え〜。ダメだよ。残してる仕事がまだあるんだから」
「それは僕がやっておくから、寝て」
「そうはいかないのだよ、恭弥くん。大人の仕事には、責任ってものが強く求められてだな」
「どうして、どうでもいいことでは頼るくせに重要なときには頼らないの」
射抜くような鋭い視線にたじろぐが、私も引くわけにはいかない。
「恭弥。私だって、社会人なのよ。お給料もらってる分、発生する仕事への責任を果たさないといけなくてね」
「なら、給料はださない」
「は?」
「君が給料とか責任とかを言い訳に休まないって言うなら、僕は給料をださない。逆に、休息している間は給料をだす。これなら、休むことに責任が発生するでしょ」
恭弥にしては珍しく屁理屈を捏ねる。
私が給料や責任で仕事をしているわけではないことを、気が付いている言い方だ。
ぐぬぬ、昔から察しのいいのは変わらない。
「じゃあ、お給料いらない」
「強情な子だね」
「……仕方ないでしょ。恭弥たちが戦ってるのに、休んでるなんてできない。私は恭弥に訓練してもらっているとはいえ、戦闘スキルがそこまであるわけじゃない。相手によっては、防御力なんてないも同然」
「そうそう、そういう相手はいないと思うけど」
「幹部とか、すごく危ない戦闘には役には立たないでしょ!」
私の言葉に、恭弥は「まあね」と同意を示したので話を続ける。
まったく、話の腰を折らないでほしいね。
「そうなると、私は待ってないといけない。幹部クラスがいない戦闘でも、もしかしたら、て思うと眠れないの」
「僕が大丈夫なことは、君が一番よく知ってるでしょ」
「そうだけど……」
言い淀む私に、「君が生きてる限り、僕は死なないよ」と安心する声色で言ってくれるから、一瞬だけ不安は和らいだ。
「わかったら、寝な。側にいてあげるから」
「それは、それ。これは、これ。いまの作業、あとちょっとで終わりそうだから、それやったら寝る」
「どれくらいで終わるの」
「五、六時間かな」
だから、その瓶の蓋開けてくれ。とねだる私を無視して「哲。このワーカーホリックのデスクの写真撮ってきて。あと、最近の仕事の様子も聞いてきて」と指示を出したので慌てて止めようとしたが、恭弥に腕を掴まれ阻まれた。
「君は寝るんだよ」
「寝ーなーいー!」
「次、寝るのを嫌がったら無理矢理にでも寝かしつけるからね。わかったら、寝て」
恭弥の言葉に「断る!」と堂々たる態度で撥ね付けた瞬間、首に腕が回り頸動脈を締め上げられた。
待って待って待って、これ、寝かしつけるんじゃなくて落と……す……。
◆
体の力が抜け完全に寝た純を担ぎ上げ、瓶を給湯室に置いてから自室に向かう。
一度横たわらせてから布団を敷きながら、僕に布団を敷かせるなんてたいした子だよ、と感心してしまうね。
敷き終わり、死んだように眠る純に一抹の不安を覚え、思わず呼吸と脈を確認してしまった。
大丈夫、生きてる。
布団に寝かせ、どうせ起きないだろうからと着替えをしてから、側に腰を下ろした。
やはり、無理に側に置くべきではなかっただろうか。
炎のコントロールができると知り、それならば側に置いても大丈夫かと思ったが、要らぬ心配ばかりをこの子にかけさせている。
風紀財団を立ち上げるとき、どんなことがあってもこの子と距離を置くべきだったか。
いや、どの道この子は僕が理由で狙われ続けただろう。
それならば、側に置いておいた方が安全だと判断し、早々に理由をつけて引き戻していたはずだ。
なら、もっと前。風紀財団になる前に、この子と距離を置くべきだったかと聞かれると、それはそれで危険な気がする。
当時の純は抵抗する手段を持ち合わせていなかった。
どこかのゴロツキに捕まれば一溜まりもないだろう。
そもそも、風紀委員に引き戻さなければよかったのだろうが、当時子供だった僕がその選択をできたかと聞かれると、恐らくできないだろう。
あのときは、自分でも恥ずかしくなるくらい余裕がなかった。いまでもあるとは言い難いが。
純から見たら、昔の僕はワガママチビな弟くらいにしか見えていなかったはずだ。
だから、あの人が純と仲良くしているのが気に食わなかった。いまでも十分気に食わないけど。
一分一秒でも長く僕のことを考えてほしくて、随分と幼稚なことをしていたと、思い出して恥ずかしくなる。
僕と関われば危険な目に合うのはわかっていた。それでも、僕は竪谷純という草食動物を側に置きたくて仕方がなかった。僕じゃない誰かを選んでほしくなかった。
その結果がこれだと事前に知っていても、僕は同じ選択をしていただろう。
そして、純は僕がついて来いと言えば嫌な顔ひとつせずに「ついて来るなって言われてもついて行くよ」と笑って、一歩下がったところを歩く。これは自信ではなく、確信。
なんで、こうなったんだろう。
最初は、攻撃が通じないことが面白くて側に置いた。
でも、それ以外に興味を惹かれるものはないはずだった。バトルなんて出来なくて、小動物みたいに僕に怯えて、できることなんて事務仕事ばっかりで。
けど、いつだって僕を心配するのは純で、ふてぶてしく僕に嘘をついたり、無意識だろうけど僕と対等であったのは純くらいだった。
別に寂しいだなんて思っていたわけではないけど、心配されるのは悪い気はしなかったし、純のよく変わる表情が好きだった。
だから、手放せなくなった。
「ごめんね」
僕のワガママに一生付き合ってもらうよ。
少しやつれた純の頬を人差し指の背で撫でていると、哲が「恭さん、調べてきました」と声をかけてきた。
入室を許可すると、哲が静かに入ってくる。
「それで、どうだった」
報告を促すも純を心配そうに見るから、「どうせ起きないから、報告して」と言えば、小声で最近の純の様子を報告しだした。
「最近と言いますか、随分前から純さんは恭さんの仕事を肩代わりしていたようで、数日三十分ほどの仮眠しかせず、突然倒れて四時間程度寝てからまた仕事を始めるの繰り返しだったそうです」
「なんでその時点で僕に報告が来ないの」
「純さんが恭さんの指示だと嘘をついていたようで……」
呼吸をするように嘘をつく……。と怒りで眉間にシワが寄った。
「あと、一度入浴中に寝て、溺れかけたらしいです。これはさすがに報告をしようとしたらしいのですが、純さんに必死で止められて断りきれなかったようです」
あまりのアホさに、長めのため息が出てしまう。
巨斧を振り回すゾウであっても、根は草食動物だ。如何に相手の庇護欲を煽るかはお手の物だったことだろう。
次、とジェスチャーをすれば、哲は困りながら「食事もあまりまともに取っている様子はないと、報告がありました」と言うから、更に眉間にシワが寄る。
「基本的に固形物は栄養調整食品で、足りない栄養素はビタミン剤などで補っていたようです」
「馬鹿だ、馬鹿だとは思っていたけど、ここまでとはね……」
「そして、これが純さんのデスクです」
見せられた写真には、デスクだけでなく両サイドに知らぬ間に追加されているデスクにまで書類が溢れかえっていた。
哲が、「しばらく、お休みを出した方がよいのでは……」と珍しく意見するレベルの超過業務だ。
「言われるまでもないよ、純は休ませる」
「監視は俺が付きますか」
「僕が付くから、哲は予定の調整して」
「わかりました」
哲を下がらせ、再度、純に向き直ると苦悶に満ちた表情をしていた。
頭を撫で、「大丈夫、僕はここにいるよ」と声をかければ、段々と表情は穏やかなものになった。
昔は、僕のことをなんだかんだと怖がっていたのに、いまでは安心する相手だと思っていることが嬉しくなる。
僕に死んでほしくないなら、健やかに生きてよね。そうすれば、僕はいつでも君を迎えに行くから。