廊下の拭き掃除をしていると、唐突に「ねえ、あんた」と佐助の声がした。
佐助が人に用事とは珍しいなと思いながら折り返しでターンして、駆けだそうとしたら「ちょっと！無視しないでよ！」と怒鳴ったので、気になり止まり、膝立ちで振り返るとムッとした表情の佐助が立っていた。

「何？誰かに無視されてお怒りかな？お猿さん」
「そうだね。あんたに無視されてお怒りかな」
「あんたって、誰だよ」
「あんたは、あんただよ！」

そう言い、ビシッと私を指差した。
私か。
やれやれと思いながら立ち上がり「私は“あんた”て名前じゃねーんだけどな」と言うと、佐助が「じゃあ、何て呼べって言うんだよ」と言うので、そうだな、と少し考え「真白ちゃんでいいよ」と可愛らしく言う。
佐助が素で「ひぇ……」と小さい悲鳴をあげたので、中々良い嫌がらせになった様で何よりだ。

「まぁ、別に何でもいいけど、一応女中として働いてるから苗字で呼ばれると色々他の人に詮索されるから、名前で呼んでよ」

そう気さくに言えば、佐助は悪い顔をして「真白ちゃん」と言うので、お？何だ？意趣返しか？と思いながら満面の笑みで「なぁに？佐助くん？」と言えば、また小さく悲鳴をあげた。
そんなに怖いのか。
悔しそうに顔を歪める佐助に、得意満面の笑みを返して「それで、何の用だよ」と本題に戻す。

「いや、別に大した用じゃないんだけど……」
「じゃあ、仕事に戻っていいか？これでも、忙しいんだよ」

突き放す様な言い方だが本当に忙しいのだ。
今日は、お清さんが用事で休みだからその分、何故か私に皺寄せがきているから。
たぶん、分身の術で仕事を早く終わらせていたからだろうと推察する。
佐助は口を開いたり閉めたりして言いそうにないので、またしゃがみ込んで雑巾がけを始めようとしたら「ありがとう……」と蚊の鳴く様な声がした。
振り向くと、佐助がばつの悪そうな顔をしていた。

「何が」
「この間、倒れた時に助けてくれたから、ちゃんとお礼言わないとなって……思って……」

途切れ途切れに紡ぐ言葉に、何と返した物か考え、再度立ち上がり手を服の裾で拭いてそっと佐助の頭に乗せ「どういたしまして。よく、頑張りました」と言いながらゆっくりと撫でた。

「ちょっと、子供扱いしないでよ！」
「えー？そうは言っても、私、こういう褒め方しか知らねーし」
「褒めるなっての！……けど、ありがとう」

言葉では嫌がりつつも、何だかんだで褒められるのが嬉しいのか佐助は撫でられ続けていた。
うん、いい子、いい子。