その日は廻とは別行動で動いていたら、ちょうど買い物に出ていたらしい座敷童子の彼女が「玄野さーん」と、エコバッグに食材を積めいつもの笑顔で駆け寄ってきた。

「ちょっとこれ持って、そこから十歩くらい下がってください」

そう言いながら、エコバッグを押し付けてくる。
なんだと疑問に思いながらも、言われた通り十歩下がり「これでいいですか？」と聞いた瞬間、さっきまでいた所にワゴン車が突っ込んできた。
当たり前だが、そこから動かなかった彼女は巻き込まれ、店の壁と車に挟まれ見なくとも即死である事がわかる。
人間が死ぬ瞬間など見慣れている。
だから、彼女が死んだこと事態に動揺する事はなかった。
彼女の死よりも私が恐ろしいと感じたのはーー

「おい！避けられたぞ！」
「もう一回やりゃいいんだろ！」

車に乗った男たちがそう叫び車をバックさせたその瞬間、ワゴン車は盛大に爆発して炎上した。
辺りに悲鳴と叫び声が響き渡る中、「あれは助かりませんねー」と阿鼻叫喚に不釣り合いな穏やかな声がすぐ側からして、思わずびくり、と体を震わせてしまった。

「どうかしましたか？」

大量に付着した血液、ボロボロの服、変わらない笑顔……。
私が恐怖を感じたのは、轢かれたその瞬間も彼女が確かにこの笑顔を浮かべていた事だ。
今まで煩わしく思っていたこのペストマスクを、初めて着用していてよかったと思った。
彼女に今、顔を見られたらすぐに恐怖を悟られていただろう。
自分を落ち着ける為に深く呼吸をしてから「あんな盛大に死なれたら、流石に驚きますって」と誤魔化す。

「あーあ、服が凄い事になってやすよ。上着貸してあげやすから、家に一度帰りやしょう」
「わーい！玄野さん優しいー！」

脱いで渡した上着をきっちり前まで閉め、フードを被る彼女と並んで歩き出したら「すみません、怖がらせてしまって」と謝られた。
誤魔化しきれていなかったようだ。
本当に察しのいい女ですね……。
声からは感情の判断がつかず、表情もフードの所為で口許しか見えず、何を思っているのかは伺い知れない。

「私も避ければよかったんですけど、それだと他の人も巻き込まれるかも知れなかったので、あそこで仕留めておかないとなって……気味が悪かったでしょ？すみません……」

二度目の謝罪にモヤモヤした物を感じ、思わず「違います」と口走っていた。

「確かに恐ろしいとは思いやしたが、気味が悪いとは思いません。それに私が恐怖を感じたのは、あなたが“自分の生に対して無感心である事”にです」
「それのどこが怖いんですか？どうせ生き返るのに」

“どうせ生き返るのに”
その言葉で、私の不機嫌メーターが満タンになった。
女性にするべきではないとは理解しているが、胸ぐらを掴み「ふざけるな！」と気がつけば怒鳴り付けていた。

「なにが、どうせ生き返るだ！もし、なにかの理由でその個性が発動しなかったらどうする！お前は誰よりも置いていかれる苦しみを知っているくせに、どうして自分が置いていく事になるかも知れない人間の気持ちを考えないんだ！」
「玄野……さん……」

珍しく困惑した表情をする彼女に、それでも怒りがおさまらない。

「お前が人と同じように死にたい事はわかってる！それでも……それでもお前に死んでほしくない人間だっている事を忘れるな！死ぬならせめて、しわくちゃの婆さんになってから死ね！簡単に死ぬ事を受け入れるな！」

一気に言いたい事を言いすっきりしたので掴んでいた胸ぐらを放すと、名前がフードをぐっ、と深くかぶり直し「死ねだなんて……酷い事を言いますね……」と言う。
少しだけ罪悪感はあるものの、謝る気はない。

「謝りませんからね……絶対に……」
「別に謝ってほしいわけじゃないですけど……多少悪いと思っているなら、お願い聞いてもらえますか……」
「……なんですか」
「私がお婆さんになるまで生きていてください」

フードで隠してはいるが、涙声で表情は見なくても丸わかり。
フードの中にある名前の頬を両側からはさみ、無理矢理顔を上げさせ視線を合わせれば、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしていた。

「そういう事は、ちゃんと私の目を見て言いなさい」
「私の事……看取ってください……。治崎さんや……オヤジさんにも看取られたいです……」
「いやぁ、オヤジは難しいと思いやすが……。けど私と廻は看取ってあげますから、もう簡単に死んでもいいだなんて思わないでくださいね」

諭すように、極力優しく語りかければ涙声で「はい」と返事をした彼女の手を引き、私たちの家へと帰った。
余談だが、この事をオヤジと廻にも話したら当たり前だが、名前は二人に一発ずつ殴られ三時間ほど正座で説教をされた。
それでも、生きろと言われ慣れない彼女は嬉しそうに泣いていた。