「紅明様、お茶をお持ち致しました」
「紅明様、ご必要かと思いましたのでこちらの資料ご用意致しました」
「紅明様、紅炎様の鍛練からの逃走経路をご用意致しました」

恐らく侍女の中で最も付き合いが長い彼女は、私が何か言う前に私の求めるものを用意してくれる。
まるで、頭の中が見えているのではと思うほど的確に。
一度、ありえないとは思いながらも「あなたは人の思考を読み取る術を会得しているのですか？」と尋ねた時、彼女は薄く微笑みながら「まさか」と否定した。
試しに、彼女へ日頃思っている事を色々と頭の中で浮かべるも、特に反応もなく確かに否定された通り思考を読み取れるわけではないようだ。

「では、なぜ私の欲するものがわかるのですか？」

私の質問に、彼女は「軍略と同じですよ」と軽く返す。

「相手の普段とる行動、思想、状況などを加味し次に起こる事を予測し動く。紅明様がされている事と同じですよ」
「前々から思っていましたが、あなたは一介の侍女にしておくには勿体ない程に賢いですね」

どうですか？今度、軍議に参加しませんか？と誘いをかけてみるも、困り笑顔で「私にはその様な器量はございません」とやんわり断られた。

「私には、紅明様の行動を予測するのが精一杯です」
「では、私専用の軍師という事ですね？」
「そういう事になりますね」

屈託なく笑う彼女に、いつかは彼女も嫁いでしまうのかと思うと惜しい。
ここまで私の事を理解し、嫌な顔一つせず世話を焼いてくれたのは彼女くらいだろう。

「私は、あなたの事をいい友人と思っているのかも知れません」
「それはまた、恐れ多い。見に余る光栄です」
「その友人がいつか見知らぬ男に盗られてしまうのかと思うと歯痒いですね。私の方が長くあなたと時間を共にしてきたというのに」

致し方がないとは理解していても、嫌だと思ってしまうのだ。
そんな私を見て、彼女はクスクスと静かに笑い「まさか、紅明様から乙女の嫉妬の様な言葉が聞けるとは思いませんでした」と言われる。

「からかわないでください」
「まぁ、大丈夫ですよ。私は紅明様の侍女として一生を終える心積もりですから。只でさえ賢しい女は可愛いげがないと縁談も断られておりますし、嫁ぐには歳を取りすぎました」

苦笑しながら言う彼女の言葉に引っ掛かりを覚えた。
歳を取りすぎたと言うが、見た目だけならば十代と言われても頷ける。
だが、彼女は私が幼少の頃から共にいる……。

「名前、あなた今いくつですか？」
「嫌ですね、紅明様と同じ歳ですよ」

そうか、見た目に囚われすぎて忘れていたが同じ歳だったのか。
それでは確かに貰い手は少なくなる上に、万が一いたとしても問題を抱えている可能性は高い。
そんな輩に、彼女をわたしたくはない。
思案する私を横目に、名前は新しくお茶を淹れなおす。

「仕方がありません、囲いましょう」
「何が仕方ないのか、さすがの私にも理解しかねますね」
「あなたを趣味の悪い男にくれてやるくらいならば、多少の危険はありますが妾として囲ってしまった方が手間が少ない。あぁ、ですが夜の相手をしろとは言っていません。あなたは変わらず、私のよき友として、よき理解者として、よき侍女として接してください」

矢継ぎ早に出る私の言葉に、名前は困った様に笑いながら「紅明様のご意志のままに」と膝をつき礼をする。

「いや、明兄。それ普通に好きじゃん、女として」
「そういう笑えない冗談はやめなさい、紅覇」