短編
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うっかりさん(若に言わせると、うっかりどころではないらしいが)ではあるものの、仕事はしっかりこなすタイプの補佐は数ヶ月に一度、仕事中に船を漕ぐことがある。
初めて見た時は随分と驚いた。
あの頃は、ちょっと抜けたところのある仕事のできるクールな人だと思っていたから、あんな隙を見せるとは思っておらず、その時はまだ私も補佐とは距離のある関係性だったので「大丈夫ですか」とは話しかけられずに、遠巻きに見ていたものだ。
あまりにも心配そうに見ていたのだろう。音本さんが「夢見が悪いと暫くああなるんだ」と教えてくれた。
一時的な不眠症らしく二週間もすれば回復するのだが、その間はあまり複雑な仕事はできなくなる。
一度、暇そうだからという理由で不眠症補佐のフォローに入ったら、補佐が「いつもより仕事が回った」ということで常時フォローに入るよう言われ、部屋住みの家政婦とか言われていた私が一気に補佐の補佐という立場を確立できた。
まぁ、その分、陰口も増えたがどこにいてもそういうのはあるので気にはしない。
今日も数ヶ月に一度の不眠症時期が来ていたので、仕事に一区切りついたところで「仮眠とって下さい、補佐」と声をかけるも「どうせ眠れないからいい」とぐずる。
「少し寝るだけでも、精神的回復は見込めるんですよ。て、これ毎度言ってますよね」
「お前は知らないんですよ……。寝たら悪夢を見るんじゃないかって怯える人間の心理を……。なったことないでしょ、お前は……神経図太そうですし……」
「余計なお世話ですよ。うなされたらすぐに起こしてあげますから。ほら、寝ましょう」
寝不足で抵抗する力の弱い補佐をぐいぐい押してソファーに寝かしつける。
「眠れないなら、読み聞かせでもしてあげましょうか」
毛布をかけながら、半ば冗談で言ったつもりだったのだけれども、「なら、子守歌を歌ってください」と言われた。
この野郎、私が音痴なのを知っていてそういうことを言っているな。
だがしかし、私も苦手な歌なんぞ歌いたくないので、文明の利器であるケータイを使い動画サイトからブラームスの子守歌を引っ張って耳元で流す。
最近の動画サイトはループ再生可能だから、延々と素敵な子守歌が流れますよ、はっはっは! と思っていたら、ケータイを軽く床に叩きつけられ、「耳障りだ、消せ」と眠い人間特有の低い声で言われた。
はいっす。
ケータイを拾い上げ、音を消すと「手抜きをするな」とイライラした声色で叱られた。
手負いの獣並みに手に負えないな。
ソファーの側に靴を脱いで正座をし、咳ばらいをひとつして歌う準備をするが一応確認の為に聞く。
「補佐もご存知の通り私、音痴なんですけど」
「知ってるから歌えって言ってるんでしょ」
「サイテーか?」
渋る私に、はやく、はやくと子供みたいにせがんでくるので、嫌々ながら先ほど流したブラームスの子守歌を歌ったら、自分でもビックリするほど音を外し恥ずかしくなる。
頬が熱くなりながらも、途中で止めるとすぐに「止めるな」と言われるので、何回か繰り返し歌えば愉快そうに笑う補佐。
「寝てくださいよ」
「すいやせん。自分より劣る人間を見ると、つい楽しくなってしまいまして」
「歪みが凄い。というか、補佐より劣ってる人間なんて沢山いますよ。補佐、優秀ですし」
「そうですか?」
「そうですよ」
「けど、いまこうして寝不足ってだけで組に迷惑をかけています……。いつか見限られてしまうんでしょうね……」
寂しそうに目を伏せる補佐の手を握って「見限られるなら、もっと前に見限られてますよ」と言うも、憂いは晴れないのか「そうですか?」とまたも聞く。
信用ないな、私。
「そうですよ。あの若が、役に立たないと思った人間を手元に置いておく人だと思いますか?」
「思わない、ですが……」
「若と長く付き合いのある補佐が思わないなら、そうなんです。ほら、変な心配していないで、寝ましょう」
「はい……そうですね……。……けど、もし私が本当に見限られて組を去ったら、お前はどうしますか?」
メンタルが弱り切っているのか、どんどん嫌な考えが浮かんでしまっているみたいだ。
口にしないと、不安で押しつぶされそうなのかな。
補佐の手を安心させるようにやわやわと握りながら「そうですねぇ……」と思案してから「どこかに行くなら、一緒について行きますよ」と答えれば、眠そうにしていた目を見開き固まった。
そんな意外な返答だっただろうか。
「……なにもしてあげられませんよ」
「別にいいですよ。組にいても、立場がまた底辺になるだけですし。そのあと『体で取り入ったんだろ? 俺の相手もしてくれよぉ。へっへっへ』とか言われたら嫌じゃないですか」
「お前の体に興味を持つ人間がいるのか疑問ですねぇ」
「世の中は広いんですよ。いないとは限らないじゃないですか」
「なるほど」
「そうなるくらいなら、補佐にくっついて行きますよ。補佐、自暴自棄になって悪い人に引っかかりそうで、すごく心配ですからね」
「そんな馬鹿じゃないですよ」
「えー? そうですか? 意外とどうにでもなーれ、てなっちゃいそうですけど」
「子供じゃあるまいし。なりませんよ」
「なら、それはそれでいいですよ。組を出たあとはどうしましょうか? 旅に出ちゃいますか? それとも思い切ってお店開いてみちゃいますか? 組長におねだりしたら、それくらいのお金はくれちゃったりするかも知れませんよ」
「旅はちょっと興味ありやすね。店は博打ですから、あまりしたくないです。店はやらないですけど、普通に仕事しながら安アパートで一緒に暮らして、お金を貯めてそれでたまに旅に出るのはよさそうです」
「やだー、ノスタルジック。けど、楽しそうですね」
「えぇ、楽しそうです」
目を細め、幸せそうに笑う補佐に「じゃあ、どう転んでも楽しい未来ばかりですし、心配しないで眠りましょう」と言い、ゆっくりと頭を撫でれば、やっと目を閉じて「はい、おやすみなさい……」と眠ろうとしてくれた。
「眠る前に、一ついいですか?」
「なんですか」
「私は、本当に優秀ですか?」
「えぇ、優秀です。……いっぱい頑張ったんですね。えらい、えらい」
子供を褒めるような褒め方をすれば、涙をひとすじ流し、「はい、がんばりました」と言って、静かに寝息をたてて眠りについた。
やっと寝てくれたと安堵の溜息を小さくこぼして、補佐を起こさないようにできるだけ呼吸を抑えて様子を見ていたのに、無遠慮に音をたてて若が入室した。
あぁー、若ー。
起きたかと不安になったが、どうやら深く寝入っているみたいで補佐は変わらず寝息をたてている。
「よかった……」
正直、これ以上眠らないとヤバいかなと思っていたので、深く眠ってくれていて安心した。
若も同じことを思ったのか、小さな声で「寝たのか」と聞いてきたので「寝ました」と私も小さな声で答える。
手をがっちり掴まれている私の隣にしゃがみ、まじまじと補佐の寝顔を見つめるのでどうしたのかと思えば、ぽつりと「相変わらず綺麗な額をしてる」と呟いた。
「そうですね」
「叩いたらいい音が鳴るんだ」
「そうなんですか……」
「落書きもしやすい」
「したことあるんですか……」
「子供の時にな」
仲いいな、この二人。
初めて見た時は随分と驚いた。
あの頃は、ちょっと抜けたところのある仕事のできるクールな人だと思っていたから、あんな隙を見せるとは思っておらず、その時はまだ私も補佐とは距離のある関係性だったので「大丈夫ですか」とは話しかけられずに、遠巻きに見ていたものだ。
あまりにも心配そうに見ていたのだろう。音本さんが「夢見が悪いと暫くああなるんだ」と教えてくれた。
一時的な不眠症らしく二週間もすれば回復するのだが、その間はあまり複雑な仕事はできなくなる。
一度、暇そうだからという理由で不眠症補佐のフォローに入ったら、補佐が「いつもより仕事が回った」ということで常時フォローに入るよう言われ、部屋住みの家政婦とか言われていた私が一気に補佐の補佐という立場を確立できた。
まぁ、その分、陰口も増えたがどこにいてもそういうのはあるので気にはしない。
今日も数ヶ月に一度の不眠症時期が来ていたので、仕事に一区切りついたところで「仮眠とって下さい、補佐」と声をかけるも「どうせ眠れないからいい」とぐずる。
「少し寝るだけでも、精神的回復は見込めるんですよ。て、これ毎度言ってますよね」
「お前は知らないんですよ……。寝たら悪夢を見るんじゃないかって怯える人間の心理を……。なったことないでしょ、お前は……神経図太そうですし……」
「余計なお世話ですよ。うなされたらすぐに起こしてあげますから。ほら、寝ましょう」
寝不足で抵抗する力の弱い補佐をぐいぐい押してソファーに寝かしつける。
「眠れないなら、読み聞かせでもしてあげましょうか」
毛布をかけながら、半ば冗談で言ったつもりだったのだけれども、「なら、子守歌を歌ってください」と言われた。
この野郎、私が音痴なのを知っていてそういうことを言っているな。
だがしかし、私も苦手な歌なんぞ歌いたくないので、文明の利器であるケータイを使い動画サイトからブラームスの子守歌を引っ張って耳元で流す。
最近の動画サイトはループ再生可能だから、延々と素敵な子守歌が流れますよ、はっはっは! と思っていたら、ケータイを軽く床に叩きつけられ、「耳障りだ、消せ」と眠い人間特有の低い声で言われた。
はいっす。
ケータイを拾い上げ、音を消すと「手抜きをするな」とイライラした声色で叱られた。
手負いの獣並みに手に負えないな。
ソファーの側に靴を脱いで正座をし、咳ばらいをひとつして歌う準備をするが一応確認の為に聞く。
「補佐もご存知の通り私、音痴なんですけど」
「知ってるから歌えって言ってるんでしょ」
「サイテーか?」
渋る私に、はやく、はやくと子供みたいにせがんでくるので、嫌々ながら先ほど流したブラームスの子守歌を歌ったら、自分でもビックリするほど音を外し恥ずかしくなる。
頬が熱くなりながらも、途中で止めるとすぐに「止めるな」と言われるので、何回か繰り返し歌えば愉快そうに笑う補佐。
「寝てくださいよ」
「すいやせん。自分より劣る人間を見ると、つい楽しくなってしまいまして」
「歪みが凄い。というか、補佐より劣ってる人間なんて沢山いますよ。補佐、優秀ですし」
「そうですか?」
「そうですよ」
「けど、いまこうして寝不足ってだけで組に迷惑をかけています……。いつか見限られてしまうんでしょうね……」
寂しそうに目を伏せる補佐の手を握って「見限られるなら、もっと前に見限られてますよ」と言うも、憂いは晴れないのか「そうですか?」とまたも聞く。
信用ないな、私。
「そうですよ。あの若が、役に立たないと思った人間を手元に置いておく人だと思いますか?」
「思わない、ですが……」
「若と長く付き合いのある補佐が思わないなら、そうなんです。ほら、変な心配していないで、寝ましょう」
「はい……そうですね……。……けど、もし私が本当に見限られて組を去ったら、お前はどうしますか?」
メンタルが弱り切っているのか、どんどん嫌な考えが浮かんでしまっているみたいだ。
口にしないと、不安で押しつぶされそうなのかな。
補佐の手を安心させるようにやわやわと握りながら「そうですねぇ……」と思案してから「どこかに行くなら、一緒について行きますよ」と答えれば、眠そうにしていた目を見開き固まった。
そんな意外な返答だっただろうか。
「……なにもしてあげられませんよ」
「別にいいですよ。組にいても、立場がまた底辺になるだけですし。そのあと『体で取り入ったんだろ? 俺の相手もしてくれよぉ。へっへっへ』とか言われたら嫌じゃないですか」
「お前の体に興味を持つ人間がいるのか疑問ですねぇ」
「世の中は広いんですよ。いないとは限らないじゃないですか」
「なるほど」
「そうなるくらいなら、補佐にくっついて行きますよ。補佐、自暴自棄になって悪い人に引っかかりそうで、すごく心配ですからね」
「そんな馬鹿じゃないですよ」
「えー? そうですか? 意外とどうにでもなーれ、てなっちゃいそうですけど」
「子供じゃあるまいし。なりませんよ」
「なら、それはそれでいいですよ。組を出たあとはどうしましょうか? 旅に出ちゃいますか? それとも思い切ってお店開いてみちゃいますか? 組長におねだりしたら、それくらいのお金はくれちゃったりするかも知れませんよ」
「旅はちょっと興味ありやすね。店は博打ですから、あまりしたくないです。店はやらないですけど、普通に仕事しながら安アパートで一緒に暮らして、お金を貯めてそれでたまに旅に出るのはよさそうです」
「やだー、ノスタルジック。けど、楽しそうですね」
「えぇ、楽しそうです」
目を細め、幸せそうに笑う補佐に「じゃあ、どう転んでも楽しい未来ばかりですし、心配しないで眠りましょう」と言い、ゆっくりと頭を撫でれば、やっと目を閉じて「はい、おやすみなさい……」と眠ろうとしてくれた。
「眠る前に、一ついいですか?」
「なんですか」
「私は、本当に優秀ですか?」
「えぇ、優秀です。……いっぱい頑張ったんですね。えらい、えらい」
子供を褒めるような褒め方をすれば、涙をひとすじ流し、「はい、がんばりました」と言って、静かに寝息をたてて眠りについた。
やっと寝てくれたと安堵の溜息を小さくこぼして、補佐を起こさないようにできるだけ呼吸を抑えて様子を見ていたのに、無遠慮に音をたてて若が入室した。
あぁー、若ー。
起きたかと不安になったが、どうやら深く寝入っているみたいで補佐は変わらず寝息をたてている。
「よかった……」
正直、これ以上眠らないとヤバいかなと思っていたので、深く眠ってくれていて安心した。
若も同じことを思ったのか、小さな声で「寝たのか」と聞いてきたので「寝ました」と私も小さな声で答える。
手をがっちり掴まれている私の隣にしゃがみ、まじまじと補佐の寝顔を見つめるのでどうしたのかと思えば、ぽつりと「相変わらず綺麗な額をしてる」と呟いた。
「そうですね」
「叩いたらいい音が鳴るんだ」
「そうなんですか……」
「落書きもしやすい」
「したことあるんですか……」
「子供の時にな」
仲いいな、この二人。