短編
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灰谷蘭とは、いま思い返せば歪な関係だったと思う。
彼には最初、恐怖しか抱いてなかった。
六本木のカリスマと呼ばれる不良だ、当たり前に怖い。
学校に滅多に来ない彼への連絡係を押し付けられ、毎回付箋に伝達事項を書き、それを貼ったお知らせとノートの写しを入れたファイルを彼の家のポストへと投函する面倒な仕事。
誰かに褒められるわけではない、誰かにお礼を言われるわけでもない。なんて惨めなんだろう、と思い、その日もポストに投函して帰ろうとしたら、「おー、今日も来てたの?」と声をかけられた。
「?」
「いや、きょとん、みたいな顔すんなよ。オマエだろ?いっつも、細々とうちに手紙投函してたやつ」
ああ、ではこの人が灰谷蘭なのか、と合点がいき「すみません。ご迷惑は承知でしたが、仕事なので……」と癖で言い訳をしてしまう。
頭を下げ帰ろうとしたら、「ちょっと寄ってけば。茶くらいだすぜ」と言われ、こちらがなにか言う前に私の腕を掴んで家へと引きずり込まれた。
お茶をだす、と言うから灰谷蘭がだしてくれるのかと思ったら、茶葉の場所とかポットの場所を告げ「淹れろ」と言ってきた。
客である私が淹れるのか、と疑問には思ったが、あまり逆らって刺激はしたくないので大人しく、お茶を淹れる。
お茶を持っていくと、灰谷蘭はノートの写しを眺めていた。
お知らせはゴミ箱に入っていたから、やはり迷惑だったかと縮こまる。
「ノートいつも、ありがとな」
「え?」
「これ提出するだけでいいから、すげえ助かってる」
どこをどう聞いても都合よく使われている以外の響きはない言葉だが、いままで都合良く使われるばかりで、お礼など言われたことのない私の中で灰谷蘭の好感度が振り切れた。
それからと言うもの、学校で灰谷蘭を見つけると駆け寄って行っては、なにかやることはないかと話しかけ、頼まれなくても飲み物を買ってきたりした。
灰谷蘭も、それをいつも拒むことなく受け入れていだから、私は灰谷蘭に受け入れられていたと勘違いしていた。
その日も灰谷蘭にいつも通り話しかけた瞬間、警棒で頭を殴られた。
状況把握が追いつかない私に、灰谷蘭は「うぜぇ」と一言。
それだけ言って行ってしまった灰谷蘭。
呆然とする私に、彼の弟である灰谷竜胆が「いま兄貴、機嫌悪いだけだから」と言ったが、機嫌が悪いだけで人を殴るだろうか。
本当は私のことを迷惑だと思っていたに違いない。なにを舞い上がって勘違いしていたのだろう。穴があったら入って埋まりたい。
それでも、灰谷蘭への好感度は下がることなく、陰日向からなにかしていこう、とノートはできるだけ綺麗に見やすく作った。
テスト対策のノートも別につくり、投函するときは灰谷蘭と出会さないように細心の注意を払った。
しかし、しかし、これはどうすればいいのか。
灰谷宅の門前に佇む灰谷蘭。
彼があそこにいる限り、ポストには近づけない。
いつ家の中に入るのかと、曲がり角から様子を窺うが入る気配はない。
困り果てていると、「お、いた」と声がし、振り返ると灰谷竜胆が立っていた。
灰谷竜胆は私の腕を掴むと、灰谷蘭の元まで引きずって行き「兄ちゃん、来てたよ」と声をかける。
灰谷蘭はそれに返事をせず、近寄ってきてまた、問答無用で警棒で殴ってきた。
「オマエ、なに勝手に来なくなってんだよ。俺が来るなって言うまで、俺を見たら駆け寄ってこい。機嫌が悪いときには話しかけんな。それくらい、わかるよなぁ?」
「兄ちゃん、海賊かよ」
殴られたという事実にも呆然としたが、それよりも私は、灰谷蘭の言葉に震えた。
誰かに存在を必要とされたことがない私を灰谷蘭は必要としてくれた、そこにいいと言ってくれた。
愛情に飢えていた私は、それを愛と錯覚した。
「は……灰谷さん……」
「あ?なんだ、文句あんのか?」
「いいえ……いいえ……好きです、灰谷さん……」
恍惚とした私の言葉に、灰谷竜胆は「なんで?!」と驚いたが、灰谷蘭は笑って「知ってる」とだけ言った。
そこから、私と灰谷蘭の歪な関係は始まった。
機嫌の悪いときに話しかければ勿論殴られたが、機嫌を見誤り話しかけなければ、わざわざ教室まで来て殴られた。
それでも私は灰谷蘭に必要とされるのが嬉しくて、灰谷蘭から離れられなくなっていった。
そんな関係をズルズルと続け、気が付けば梵天という反社組織に入ってまで灰谷蘭にしがみついていた。
その頃には、灰谷蘭から愛されていないことくらいは理解していた。
いくら抱かれようともキスをされようとも、浅めが覚めれば隣に灰谷蘭がいることはなく、キスも他の女にもしているのだろうと思う。
灰谷竜胆が、「兄ちゃんは、キスとか女が勘違いすることは絶対にしねえよ」と言うが、私は灰谷蘭が抱いた女に会ったことがないので真実はわからない。
私のこの感情も、本当に愛と呼べるのかと疑問に思っていた頃、灰谷蘭が死んだ。
仕事中に撃たれて、驚くほど呆気なく。
灰谷蘭の死を聞き、私は自分でも信じられないくらい取り乱し、泣き叫んだ。
ああ、私は灰谷蘭のことがこんなにも好きだったのだ、愛していたのだ、と自覚しても何もかもが手遅れだった。
そんな後悔からか、ある日、夢枕に灰谷蘭が現れた。
「蘭……さん……」
「ごめんな、死んじまって」
「蘭さん……。私、貴方がやっぱり好きでした。もっと、生きているうちに言っていればよかった……」
「うん、俺も死んだとき、オマエのことが好きだってわかったよ」
やはり、夢だ。
私に都合のいい言葉をくれる灰谷蘭に、夢だとわかっていても嬉しくて涙が止まらない。
「もっと一緒にいたかった」
「俺も。だからさ、死んでくれない?」
「え?」
「あの世で一緒になろう。ああ、大丈夫。身辺整理とか挨拶とか、片付けないといけない仕事もあるだろうし、ちゃんと待つよ。百日以内に死んで、俺のとこに来い、いいな?百日目に死んでなかったら……無理矢理にでも連れて行くからな」
百日……、と朝、目が覚めてボンヤリ反芻した。
夢だと思い深くは考えなかったが、次の日も灰谷蘭は夢枕に立った。
「今日は仕事がんばってて偉いな。三途に押し付けられそうになったら、すぐに嫌だって言うんだぞ」
二日目。
「今日は竜胆とよく話してたな。二人共、俺の話ばっかりしてて、可愛いな」
三日目。
「今日は買い出し大変だったな。あいつら、俺の嫁パシるとかいい度胸してんじゃん。呪い殺しちゃおうかな」
四日目。
五日目。
六日目。
……。
…………。
………………。
「最近、嬉しそうだな」
「え、あ、すみません……。まだ、蘭さんが亡くなってからそんなに経ってないのに……」
「いや、別に怒ってねえよ。兄ちゃん死んでから、オマエ心配になるくらい辛そうだったし。なんかいいことあった?」
椅子を引っ張って来て、私の側に座る竜胆さんに「最近、毎晩蘭さんの夢を見るんです」と話す。
それを聞いた竜胆さんが引きつり笑いで、「それ、本当に夢か?」と言ってきた。
「初日の百日までに死ねってのが、マジで兄ちゃん言いそうで怖い」
「でも、私は蘭さんに愛されていたわけではないですから」
「そうか?兄ちゃん、オマエのこと相当好きだったと思うぞ?オマエにちょっかいかけた奴、全員スクラップにしてたし」
「まさか」
真に受けない私に、竜胆さんは唇をとがらせ「なんで信じねえかな」と言うが、私は器量がいいわけでもなんでもない、その他大勢に過ぎない。
「けどまあ、兄ちゃんの夢見て元気ならいいや。他に男なんて作ったら、兄ちゃん絶対にオマエのとこに化けてでるからな」
「他に男……。考えもしませんでした。私にとって、蘭さんが全てでしたから」
「オマエは一生それでいろ」
そんな会話をしたからか、その日の蘭さんは「俺以外の男になびいたら、絶対に許さないからな」と拗ねていて、可愛かった。
しかし、日を追うごとに夢の蘭さんはイライラしだし、「なあ、いつ死ぬんだよ」と迫ってきた。
それが怖くて、朝起きると嫌な汗をかいていて、竜胆さんたちには「顔色悪いけど大丈夫か?」と心配される。
相談くらいなら迷惑ではないだろうか、とすがる思いで話すと、全員が「それ、本当に夢か?」と口にした。
「兄ちゃんなら、化けてでて取り殺すくらいしそう」
「あの性悪ならやりそうなんだよな」
竜胆さんと三途さんの言葉に、他の人も「あいつなら、やる」と口々に言う。
「とりあえず、しばらく事務所に泊まっていけよ。夢だとしても、一人で抱え込むのはしんどいだろ。事務所なら、誰かしらいるだろうし」
「ボス……」
よしよし、と安心させるように頭を撫でてくれるボスの言葉に甘え、その日は事務所に泊まらせてもらった。
仕事を終わらせ、食事とシャワーを終わらせると、疲れと寝不足からすぐに眠りにつき、相変わらず私に「早く死ね、今日が最後だ」と迫ってきて、誰か助けてと叫びだしそうになると、「目ぇ覚ませ、バカ女!」と揺すり起こされる。
目を開けると、目の前には焦った表情の三途さんが。
「さ、んず……さ……」
「出かける用意しろ!おい、九井!オマエ、なんかいい霊媒師知ってただろ!」
「連絡した!竜胆、車の用意は!」
「できてる!」
バタバタとしながら車に押し込められ、どこかに連れて行かれる。
「あ、あの!なにがあったんですか?!」
状況説明を求める私に、三途さんが、「いたんだよ、蘭が!」と大声を出す。
「オマエの枕元に立ってたんだよ!」
「え……」
「つまり、オマエがいままで見ていたのは、夢じゃない。本当に蘭の霊だったんだよ」
九井さんの言葉に「ウソ……」と愕然とし、先程の蘭さんの言葉を思い出す。
──今日が最後だ。
今日、私は死ぬ……。
「や、やだ……!死にたくない……!」
「だから、いまこうしてなんとかしようとしてんだろうが!」
荒々しい運転で連れてこられたビルの一室に、分かりやすく霊媒師の格好をした男が、「この部屋へ!」と言い、私を押し込めた。
「いいですか?なにがあっても、扉は開けないでください!」
「は、はい!」
ガチャリ、と閉じられた扉。
部屋には様々な文字や模様が描かれており、薄暗さもあり不気味だった。
早く、早く朝になって……!と祈っていると、軽いノック音が響いた。
「ここ開けろー」
「ら、蘭さん……」
「逃げるなんて、どういうわけだ?いまならまだ、許してやるから出てこい?」
優しく諭すような口調だが、長年の付き合いだからわかる。
こういうときの蘭さんは、微塵も許す気はない。
黙り込み、ときが過ぎるのを祈るように震えて待っていると、優しい口調だったのが、「出てこい、クソアマ!」と激しい口調で怒鳴り散らし、ドアが壊れるんじゃないかというくらいの勢いで叩かれる。
いや、これは確実に蹴っている。
蘭さんの罵声と怒声に怯え、気が付けば気絶をしていた。
顔をあげれば、ドアが薄く開いているのが見え、助かったんだと安心して外に出ようとすると、壁に寄りかかった状態で、首があらぬ方向を向いた霊媒師の死体があった。
「……え?」
状況が飲み込めない私の耳に、「馬鹿だなぁ……」と甘い毒のような声が響く。
「本当に逃げられるなんて思ったのか……?」
百日目。
「捕まえた」
彼には最初、恐怖しか抱いてなかった。
六本木のカリスマと呼ばれる不良だ、当たり前に怖い。
学校に滅多に来ない彼への連絡係を押し付けられ、毎回付箋に伝達事項を書き、それを貼ったお知らせとノートの写しを入れたファイルを彼の家のポストへと投函する面倒な仕事。
誰かに褒められるわけではない、誰かにお礼を言われるわけでもない。なんて惨めなんだろう、と思い、その日もポストに投函して帰ろうとしたら、「おー、今日も来てたの?」と声をかけられた。
「?」
「いや、きょとん、みたいな顔すんなよ。オマエだろ?いっつも、細々とうちに手紙投函してたやつ」
ああ、ではこの人が灰谷蘭なのか、と合点がいき「すみません。ご迷惑は承知でしたが、仕事なので……」と癖で言い訳をしてしまう。
頭を下げ帰ろうとしたら、「ちょっと寄ってけば。茶くらいだすぜ」と言われ、こちらがなにか言う前に私の腕を掴んで家へと引きずり込まれた。
お茶をだす、と言うから灰谷蘭がだしてくれるのかと思ったら、茶葉の場所とかポットの場所を告げ「淹れろ」と言ってきた。
客である私が淹れるのか、と疑問には思ったが、あまり逆らって刺激はしたくないので大人しく、お茶を淹れる。
お茶を持っていくと、灰谷蘭はノートの写しを眺めていた。
お知らせはゴミ箱に入っていたから、やはり迷惑だったかと縮こまる。
「ノートいつも、ありがとな」
「え?」
「これ提出するだけでいいから、すげえ助かってる」
どこをどう聞いても都合よく使われている以外の響きはない言葉だが、いままで都合良く使われるばかりで、お礼など言われたことのない私の中で灰谷蘭の好感度が振り切れた。
それからと言うもの、学校で灰谷蘭を見つけると駆け寄って行っては、なにかやることはないかと話しかけ、頼まれなくても飲み物を買ってきたりした。
灰谷蘭も、それをいつも拒むことなく受け入れていだから、私は灰谷蘭に受け入れられていたと勘違いしていた。
その日も灰谷蘭にいつも通り話しかけた瞬間、警棒で頭を殴られた。
状況把握が追いつかない私に、灰谷蘭は「うぜぇ」と一言。
それだけ言って行ってしまった灰谷蘭。
呆然とする私に、彼の弟である灰谷竜胆が「いま兄貴、機嫌悪いだけだから」と言ったが、機嫌が悪いだけで人を殴るだろうか。
本当は私のことを迷惑だと思っていたに違いない。なにを舞い上がって勘違いしていたのだろう。穴があったら入って埋まりたい。
それでも、灰谷蘭への好感度は下がることなく、陰日向からなにかしていこう、とノートはできるだけ綺麗に見やすく作った。
テスト対策のノートも別につくり、投函するときは灰谷蘭と出会さないように細心の注意を払った。
しかし、しかし、これはどうすればいいのか。
灰谷宅の門前に佇む灰谷蘭。
彼があそこにいる限り、ポストには近づけない。
いつ家の中に入るのかと、曲がり角から様子を窺うが入る気配はない。
困り果てていると、「お、いた」と声がし、振り返ると灰谷竜胆が立っていた。
灰谷竜胆は私の腕を掴むと、灰谷蘭の元まで引きずって行き「兄ちゃん、来てたよ」と声をかける。
灰谷蘭はそれに返事をせず、近寄ってきてまた、問答無用で警棒で殴ってきた。
「オマエ、なに勝手に来なくなってんだよ。俺が来るなって言うまで、俺を見たら駆け寄ってこい。機嫌が悪いときには話しかけんな。それくらい、わかるよなぁ?」
「兄ちゃん、海賊かよ」
殴られたという事実にも呆然としたが、それよりも私は、灰谷蘭の言葉に震えた。
誰かに存在を必要とされたことがない私を灰谷蘭は必要としてくれた、そこにいいと言ってくれた。
愛情に飢えていた私は、それを愛と錯覚した。
「は……灰谷さん……」
「あ?なんだ、文句あんのか?」
「いいえ……いいえ……好きです、灰谷さん……」
恍惚とした私の言葉に、灰谷竜胆は「なんで?!」と驚いたが、灰谷蘭は笑って「知ってる」とだけ言った。
そこから、私と灰谷蘭の歪な関係は始まった。
機嫌の悪いときに話しかければ勿論殴られたが、機嫌を見誤り話しかけなければ、わざわざ教室まで来て殴られた。
それでも私は灰谷蘭に必要とされるのが嬉しくて、灰谷蘭から離れられなくなっていった。
そんな関係をズルズルと続け、気が付けば梵天という反社組織に入ってまで灰谷蘭にしがみついていた。
その頃には、灰谷蘭から愛されていないことくらいは理解していた。
いくら抱かれようともキスをされようとも、浅めが覚めれば隣に灰谷蘭がいることはなく、キスも他の女にもしているのだろうと思う。
灰谷竜胆が、「兄ちゃんは、キスとか女が勘違いすることは絶対にしねえよ」と言うが、私は灰谷蘭が抱いた女に会ったことがないので真実はわからない。
私のこの感情も、本当に愛と呼べるのかと疑問に思っていた頃、灰谷蘭が死んだ。
仕事中に撃たれて、驚くほど呆気なく。
灰谷蘭の死を聞き、私は自分でも信じられないくらい取り乱し、泣き叫んだ。
ああ、私は灰谷蘭のことがこんなにも好きだったのだ、愛していたのだ、と自覚しても何もかもが手遅れだった。
そんな後悔からか、ある日、夢枕に灰谷蘭が現れた。
「蘭……さん……」
「ごめんな、死んじまって」
「蘭さん……。私、貴方がやっぱり好きでした。もっと、生きているうちに言っていればよかった……」
「うん、俺も死んだとき、オマエのことが好きだってわかったよ」
やはり、夢だ。
私に都合のいい言葉をくれる灰谷蘭に、夢だとわかっていても嬉しくて涙が止まらない。
「もっと一緒にいたかった」
「俺も。だからさ、死んでくれない?」
「え?」
「あの世で一緒になろう。ああ、大丈夫。身辺整理とか挨拶とか、片付けないといけない仕事もあるだろうし、ちゃんと待つよ。百日以内に死んで、俺のとこに来い、いいな?百日目に死んでなかったら……無理矢理にでも連れて行くからな」
百日……、と朝、目が覚めてボンヤリ反芻した。
夢だと思い深くは考えなかったが、次の日も灰谷蘭は夢枕に立った。
「今日は仕事がんばってて偉いな。三途に押し付けられそうになったら、すぐに嫌だって言うんだぞ」
二日目。
「今日は竜胆とよく話してたな。二人共、俺の話ばっかりしてて、可愛いな」
三日目。
「今日は買い出し大変だったな。あいつら、俺の嫁パシるとかいい度胸してんじゃん。呪い殺しちゃおうかな」
四日目。
五日目。
六日目。
……。
…………。
………………。
「最近、嬉しそうだな」
「え、あ、すみません……。まだ、蘭さんが亡くなってからそんなに経ってないのに……」
「いや、別に怒ってねえよ。兄ちゃん死んでから、オマエ心配になるくらい辛そうだったし。なんかいいことあった?」
椅子を引っ張って来て、私の側に座る竜胆さんに「最近、毎晩蘭さんの夢を見るんです」と話す。
それを聞いた竜胆さんが引きつり笑いで、「それ、本当に夢か?」と言ってきた。
「初日の百日までに死ねってのが、マジで兄ちゃん言いそうで怖い」
「でも、私は蘭さんに愛されていたわけではないですから」
「そうか?兄ちゃん、オマエのこと相当好きだったと思うぞ?オマエにちょっかいかけた奴、全員スクラップにしてたし」
「まさか」
真に受けない私に、竜胆さんは唇をとがらせ「なんで信じねえかな」と言うが、私は器量がいいわけでもなんでもない、その他大勢に過ぎない。
「けどまあ、兄ちゃんの夢見て元気ならいいや。他に男なんて作ったら、兄ちゃん絶対にオマエのとこに化けてでるからな」
「他に男……。考えもしませんでした。私にとって、蘭さんが全てでしたから」
「オマエは一生それでいろ」
そんな会話をしたからか、その日の蘭さんは「俺以外の男になびいたら、絶対に許さないからな」と拗ねていて、可愛かった。
しかし、日を追うごとに夢の蘭さんはイライラしだし、「なあ、いつ死ぬんだよ」と迫ってきた。
それが怖くて、朝起きると嫌な汗をかいていて、竜胆さんたちには「顔色悪いけど大丈夫か?」と心配される。
相談くらいなら迷惑ではないだろうか、とすがる思いで話すと、全員が「それ、本当に夢か?」と口にした。
「兄ちゃんなら、化けてでて取り殺すくらいしそう」
「あの性悪ならやりそうなんだよな」
竜胆さんと三途さんの言葉に、他の人も「あいつなら、やる」と口々に言う。
「とりあえず、しばらく事務所に泊まっていけよ。夢だとしても、一人で抱え込むのはしんどいだろ。事務所なら、誰かしらいるだろうし」
「ボス……」
よしよし、と安心させるように頭を撫でてくれるボスの言葉に甘え、その日は事務所に泊まらせてもらった。
仕事を終わらせ、食事とシャワーを終わらせると、疲れと寝不足からすぐに眠りにつき、相変わらず私に「早く死ね、今日が最後だ」と迫ってきて、誰か助けてと叫びだしそうになると、「目ぇ覚ませ、バカ女!」と揺すり起こされる。
目を開けると、目の前には焦った表情の三途さんが。
「さ、んず……さ……」
「出かける用意しろ!おい、九井!オマエ、なんかいい霊媒師知ってただろ!」
「連絡した!竜胆、車の用意は!」
「できてる!」
バタバタとしながら車に押し込められ、どこかに連れて行かれる。
「あ、あの!なにがあったんですか?!」
状況説明を求める私に、三途さんが、「いたんだよ、蘭が!」と大声を出す。
「オマエの枕元に立ってたんだよ!」
「え……」
「つまり、オマエがいままで見ていたのは、夢じゃない。本当に蘭の霊だったんだよ」
九井さんの言葉に「ウソ……」と愕然とし、先程の蘭さんの言葉を思い出す。
──今日が最後だ。
今日、私は死ぬ……。
「や、やだ……!死にたくない……!」
「だから、いまこうしてなんとかしようとしてんだろうが!」
荒々しい運転で連れてこられたビルの一室に、分かりやすく霊媒師の格好をした男が、「この部屋へ!」と言い、私を押し込めた。
「いいですか?なにがあっても、扉は開けないでください!」
「は、はい!」
ガチャリ、と閉じられた扉。
部屋には様々な文字や模様が描かれており、薄暗さもあり不気味だった。
早く、早く朝になって……!と祈っていると、軽いノック音が響いた。
「ここ開けろー」
「ら、蘭さん……」
「逃げるなんて、どういうわけだ?いまならまだ、許してやるから出てこい?」
優しく諭すような口調だが、長年の付き合いだからわかる。
こういうときの蘭さんは、微塵も許す気はない。
黙り込み、ときが過ぎるのを祈るように震えて待っていると、優しい口調だったのが、「出てこい、クソアマ!」と激しい口調で怒鳴り散らし、ドアが壊れるんじゃないかというくらいの勢いで叩かれる。
いや、これは確実に蹴っている。
蘭さんの罵声と怒声に怯え、気が付けば気絶をしていた。
顔をあげれば、ドアが薄く開いているのが見え、助かったんだと安心して外に出ようとすると、壁に寄りかかった状態で、首があらぬ方向を向いた霊媒師の死体があった。
「……え?」
状況が飲み込めない私の耳に、「馬鹿だなぁ……」と甘い毒のような声が響く。
「本当に逃げられるなんて思ったのか……?」
百日目。
「捕まえた」