恋する十二カ月
≪ 四月の巻 ≫ 七松小平太×恵々子
「恵々子ちゃん、出掛けるぞ!」
今日の授業が終わり、みんなでこれから町に行こうかと話をしていると、春の嵐のように現れた人物が会話に入ってきた。
相変わらず有無を言わせない人だと、恵々子は苦笑を浮かべた。いつも相手の意思は関係ないように、すでに決まっているかの如く小平太は話を進める傾向がある。初めのころはどこかに連れて行かれる度に人攫いにあったと勘違いされ、くのいち教室総出で六年生の長屋に押しかけに行ったが、もう慣れっこになってしまったようだ。またですか…と友人たちは呆れつつも、いつものように小平太に門限などの約束事を伝えると手を振って見送ってくれた。
すぐさま手を引かれ、されるがまま連れてこられた裏々山の野原を惜しみなく駆け回る小平太を見つめると、つい頬が緩んでしまう。
傍から見れば無邪気で豪快奔放に見える小平太であるが、忍びを育成する学校の最上級生なのだけあって思慮深く、状況判断に優れた冷静沈着な男である事を知っているのは何人いるだろうと、恵々子はぼんやりと思う。
「見てくれ恵々子ちゃん!こんなのがいたぞ!!」
よく響く声で現実に引き戻される。ハッとして小平太が自慢気に掲げている物を見ると、感嘆のため息が零れ落ちた。
「まあ、すごく大きなモグラさんですね」
「そうだろ!塹壕を掘っていたら見つけた」
普通の女の子なら大きな叫び声を上げて卒倒しそうなほどの巨大モグラを見ても、慣れてしまったこともあるが、恵々子は持ち前の天然気味な朗らかさでのほほんと言葉を返す。
「でも少し可哀想ですね。帰してあげたほうが良いと思いますけど……」
急に連れてこられたモグラは、小平太の手の中で不安そうにキョロキョロ周りを伺っているようだった。
「むっ、それもそうだな。恵々子ちゃんが言うように、帰した方がいいな」
再び堀った塹壕に戻り、ゴソゴソとモグラを土へ帰してやっている小平太の元へ近づいて、その様子を静かに見守った。
「……よし、これで大丈夫だろ」
「お疲れ様です」
手にしていた水筒の水で濡らした手拭いを、ヒョイと身軽に塹壕から抜け出してきた小平太に渡す。手に付いた土を軽く叩き落として受け取り拭くと、あっという間に泥だらけになったので、二人で顔を見合わせて笑った。
「さてと、それじゃあ移動するか!」
ここが目的地ではないのかと思い、どちらへと聞く前にもう足が宙に浮き横抱きにされていた。最初と同じで有無を言わせないまま、再びどこかへ連れて行かれてしまう。小平太が行う色々なことにもう慣れたと思ってはいても、やはりこの格好はくすぐったい。自分の鼓動が早くならないように出来たのなら、どれだけ良かったのだろう。きっとわかってしまう事だろうと思っても、恵々子は自分の胸をギュッと抑え、少しだけ抵抗してみた。
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「……着いたぞ」
そんな事を考えている間に、目的の場所に着いた。しかし、恵々子は大きく目を見開いたまま、ただ立ち竦むしか出来なかった。目の前に広がっている光景があまりにも素晴らしく、圧倒されたからである。
「私しか知らない、秘密の場所だな」
もう時期は終わったと思っていたが、まるで誰かを待っていたかのように舞う幻想的な花吹雪に、視界が滲んできそうになるのをグッと堪えた。
「誰にも教えた事はないのだが、恵々子にはどうしても見せたかった」
間に合ってよかった、と安堵した声に無邪気とは程遠い意味深な笑顔を恵々子に向ける。
(……嫌な人)
普段とは違う声色で呼ぶ名前、そして口説き文句のような台詞が憎たらしくてフイッと視線を逸らす。
「気に入らなかったか?」
「……そうじゃありません」
珍しくしょげた声に反応してしまったら最後、グッと強く引き寄せられて腕の中に納められる。
「なら、一体どうしたんだ?」
耳元で囁かれる声に戦慄が走る。これは知っていての行動だと解っているから、恵々子はやっぱり嫌な人だと思ってしまう。
「内緒です」
これでもくのいちの卵。やられっぱなしは性に合わないから、そう言って不敵に笑ってやった。目を見張った相手に少し満足してもう一度、その胸元に顔を埋めた。