恋する十二カ月
≪ 三月の巻 ≫ 笹山兵太夫×みか
「みかちゃんの前髪は、一年は組の笹山兵太夫くんと同じだね~」
そうのんびりとした口調で髪を梳いている斎藤タカ丸の言葉に、みかは持っていた手鏡を落としそうになった。
-----
雪解けが進み始め、庭が少しずつ色づいてきた三月の晴れた日、みかは四年は組の斎藤タカ丸に髪結いをお願いしていた。
新しい季節に気分を変えたかったのもあるが、もう来月になれば学年が上がり、先輩となるのだ。毎年必ず入学生がいる忍たまとは違い、くのいち教室はめったに入学生がいない。今年は可愛い後輩が出来たらいいなと胸を躍らせていたが、先ほどの台詞で何故だか胸のあたりがチクチクしてきた。
一年は組のカラクリ名人こと笹山兵太夫、歳は一つ下でみかと同じ綺麗に切りそろえた前髪が特徴の生徒である。初めて会ったときになんとなく親近感を感じたのは、この前髪のせいなのかもしれない。その時にくのいち教室の恐ろしい洗礼を受けても、彼はたんこぶをさすりながらどこか飄々としていたのが印象に残っていた。
自分の方が背が少し小さいからって、なめられているのかなと思ったが、その後も彼は「みかちゃん」と人懐っこく呼んでくれた。本当は「先輩」って呼ばれたかったけど、他の一年生も同じように呼んでくるし、くのいち教室のみんなも特に気にしていないようだったから、ちょっと恥ずかしくなりこの気持ちは胸にしまい込んだ。
「ーーーーでどうかな~?」
「えっ?」
ハッとすると、手鏡越しに微笑むタカ丸と目が合った。
髪結いをお願いしておきながらうわの空でいたことを申し訳なく思い、言葉を詰まらせた。
「あ…あの」
手鏡に映った自分の怪訝な顔をタカ丸はどう思ったのだろうと不安になったが、彼はそんなことを気にする様子もなく再び微笑みながら聞いた。
「この春にピッタリな髪型だと思うんだけど、どうかな~?」
柔らかくフワフワした茶色の髪をまとめ上げ、なんとも個性溢れる髪型を提案してくれた。…なんだか自分じゃないようなと思ったが、気分を変えるのならこのくらい大胆にするのもいいかもしれない。
「前髪もこんな感じで、いつもとは違うほうがいいかな~?」
タカ丸の手が前髪を少し横に流すように触れると、視界が明るくなったが、みかは思わず声をかけてしまった。
「……あの、タカ丸さんーーーーー」
-----
忍たま長屋に続く道をパタパタと足音を立てながら走る。こんな姿を山本シナ先生に見られたら、それこそ怒られてしまうだろうが、気にせず目当ての人物を探し回る。
「へーだゆー!」
やっと見つけたと声をかけると、思ったより大きな声が出てしまった。彼はひとり目を輝かせながらカラクリの設計図を広げ見ていたが、顔を上げると手を振って応えてくれた。
「みかちゃん、どうしたの?…あれ、なんか」
兵太夫は首を傾げながらまじまじとみかを見る。
みかは、どお?と高く綺麗に結ってもらった後ろ髪をくるりと回りながら見せびらかす。もちろん前髪は綺麗に切り揃えてあった。
「うーん、僕の真似?」
「なんでそーなるのよ!!」
ズコッとこけながらもしっかりとツッコミを入れると、兵太夫はアハハと笑った。
「タカ丸さんに髪結いしてもらったの、お姉さんっぽいでしょ?」
「うん、良く似合ってるよ」
……本当は「お姉さんっぽいね」と言ってほしかった。
やはりこのまっすぐな前髪だとどうしても幼くなってしまうのかなと考えたが、目の前にいる彼のまっすぐな笑顔を見るとこれで良かったと思えた。
ふと、みかも目の前にいる兵太夫を見て一歩近づくと、手を伸ばし彼の頭と自分の頭の差を確かめる。
「……また少し背が伸びたね」
この前まではほんちょっとだったのに、差がどんどんつきそうで怖くなった。
「だってもう二年生になるし、秋には十一歳だよ」
「あら、私だって夏には十二歳になるのよ!」
負けじと自分の方が早く大人になることを告げると、彼は目を丸くさせ不思議そうに見つめてくる。
「へー、じゃあみかちゃんは僕の先輩になるんだね!」
もともと先輩なのよっ!と喉まで出たが今度は我慢した。これ以上言い合いをしても埒が明かない、みかは自分の方が先輩だということを自身に諭した。
「今度入学してくる後輩たちには『みか先輩』って呼ばせるもん…」
「じゃあ、先輩らしくしないとね!忍たまの新入生を入学早々いじめちゃダメだよ」
視線を逸らしながらポツリと言ったつもりだが、彼には聞こえていたみたいだ。
「…くのいち教室の洗礼を受けることから、忍術学園の生活が始まるのよ」
これ以上言い合いはしないと誓ったのに、ついまた口答えするように言葉が出てしまう。
「…でも、みかちゃん可愛いから新入生に好かれちゃうと困るなー」
その素っ頓狂な声にみかは兵太夫を見上げる。そっと両手を握られると指先からどんどん熱を帯びていくのを感じる。
「……な、なんでよ」
「だって僕、初めて会った時からみかちゃんのこと気になってずっと見てたから…」
ドクンと心臓が跳ねる。
「みかちゃんのこと好きだから、他の人に好かれると嫌だな」
ギュッとより強く握られると、ドクンドクンと心臓の音が大きくなるのがわかる。のぞき込むように兵太夫の顔がゆっくり近づく。
「…みかちゃんも同じ気持ちでしょ?」
お互いの前髪が触れると、みかは兵太夫の黒目がちな瞳をじっと見つめた。
どうしてあの時、最初に話しかけたのだろう?どうして今、一番先に見せにきたのだろう?
その答えはわかっているはずなのに、「……違うもん」と小さく声を絞り出した。
その泣きそうな顔と耳まで赤くなった反応を見ると、兵太夫はしたり顔で笑い、優しくみかを抱きしめた。