恋する十二カ月

 
福富しんべヱ×おシゲ


年が明けた最初の日、世間では元日と言われるこの日は雪がちらつく生憎の天気となってしまっていた。そんな中を、傘を片手に急ぐ姿があった。もう片手には大事そうに大きな風呂敷包みが抱えられている。

「はあ、寒い……なんて言っている場合ではありませんね、早くしないと約束の時間に遅れてしまいます」

吐いた息は白くなって空へ上っていく。それを見送るように空を見上げたおシゲは、己を戒めるように小さく呟いてから前を見据えて再び転ばないよう歩き出す。

 
                     

「おシゲちゃん、大丈夫かな?」
 
自宅である大豪邸の門先を、終始落ち着かない様子でしんべヱはウロウロと歩き回っていた。おシゲとの約束時間から随分と過ぎており、さては何かあったのではないかと気を揉んでしまう。

「やっぱり迎えに行けばよかったかな」
 
今更後悔の念に駆られてもすでに遅い。おシゲに何もなく、無事に到着してくれることを祈るばかりだ。

「———ま、———しん——さま、しんべヱ様!」
 
遠くから耳に入ってきた声にハッとする。自分をこのように呼ぶ、可愛らしい声の持ち主は一人しかいない。

「おシゲちゃん!」
 
白の世界に淡い桃色がだんだんと近づいてくる。風流な手傘を軽く上げて、おシゲはしんべヱに合図を送る。しんべヱもそれに答えるように手を上げておシゲの名前を呼びながら駆け寄っていく。

「しんべヱ様、ごめんなさい。約束の時間より遅れてしまって……」

開口一番、おシゲはしょげた声で詫びをした。よほどばつが悪い思いをしているのだろう、大事そうに抱えていた風呂敷包みを握る手に力が込められているのが傍から見てもわかった。
しんべヱはすっかり俯いてしまったおシゲに柔らかく微笑んで、傘を掴んでいる手を上から包むように握りしめた。

「おシゲちゃんに何もなくて良かった」

「……しんべヱ様」
 
雪の中で見つめあう二人。一つの絵のように幻想的であったのだが、それは突如聞こえてきた、グウウという音で崩れてしまった。

「……ごめん、お腹が空いちゃって」

エヘヘと困ったように笑うしんべヱに、おシゲも柔らかく微笑んだ。

「いえ、謝るのは私の方ですから」

「そんな事ないよ!それより寒いから早く入ろう。パパもカメ子も待ってるから」
 
抱えていた風呂敷包みを、ヒョイと代わりに持ってくれたしんべヱは、おシゲの背中軽く押しながら早く中に入るように促した。

「ありがとうございます」とおシゲは軽く会釈して大きな門を潜る。

「おシゲ様!ようこそお越しくださいました」
 
門からの長い通路を歩き、玄関の扉が開けられた先にはカメ子が笑顔で待っていた。だが、おシゲの赤く染まった顔を目にした途端に表情が曇る。

「まあ、おシゲ様!寒さでお顔が真っ赤になっていらっしゃいますわ。早くお上がりになってください」

兄同様、心配してくれる優しさにおシゲの胸は温かくなる。

「ありがとうカメ子ちゃん」

「カメ子、客間の用意は出来てるかな?」

「もちろんです。こちらへどうぞ」

カメ子に案内され、通された客間は正月飾りで華やかに彩られていた。おシゲは相変わらずの豪華さだと感嘆の吐息を漏らして用意された席に腰を下ろす。父を呼んできます、とカメ子はいそいそと客間から出ると、しんべヱはおシゲの向かいへ腰を下ろしニコリと微笑んで深々と頭を下げた。

「おシゲちゃん、改めて明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」

それに慌てておシゲも頭を下げた。

「あけましておめでとうございます。こちらこそよろしくお願いします」

二人同時に頭を上げて、そして笑い合う。今年もあなたと素晴らしい一年を過ごせますように、そう思いながらおシゲはもう一度、優しい眼差しでしんべヱを見つめた。

                     

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「——あっ、忘れるところでした」

そういえばと、おシゲは持ってきた風呂敷包みを開けると、しんべヱに差し出した。そこには美味しそうな紅白饅頭が重箱にぎっしり詰められていた。
しんべヱは目をキラキラと輝かせ、おシゲから重箱を受ける。「食べてもいいの?」と上目づかいで伺うとおシゲは頷いた。

「しんべヱ様のために作ったんですもの、もちろん。…でも皆で仲良く食べましょうか」
 
おシゲが提案すると同時に、賑やかな声と抱えきれないほどのご馳走を持ってきたカメ子としんべヱのパパが部屋に入ってきた……。






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