たとえばこんな…



≪ ペットショップ店員な彼女 ≫ 竹谷八左ヱ門×なおみ



(……暇すぎる)


なおみは大きな欠伸をしながら目を擦った。実家の営むペットショップの店番をしている最中だった。
膝の上で寝ている黒猫を撫でながら、なおみはポツリと呟く。


「まあ、私にとっては有難いことだけど…」


大学生になってから初めての長期休暇、大学の講義やバイトに一人暮らしといった慣れない環境で疲弊していたなおみは、この休暇は実家でのんびり過ごそうと帰省していた。
が、さっそく店番を頼まれてしまいここに居る。間はあいているが昔から手伝っていたので勝手は分かるし、なによりこの膝の上でゴロゴロ言いながら寝ている看板猫に癒されたくて二つ返事で引き受けた。
それに今日はあいにくの雨模様、お客さんもそう来ないだろうと、なおみもつい気が緩みもう一度大きな欠伸をした。


「こんにちは~!」


店の扉にぶら下がっている金属製の呼び鈴の音と共に通る声が響き、なおみは瞬く間に意識を引き戻された。


「い、いらっしゃいませ!!」


慌ててガタンと立ち上がった瞬間、膝で寝ていた猫は飛び起きて足早に物陰へと去って行ってしまった。

あっと目で追いかける先に、青いハイカットスニーカーが飛び込んでくる。顔を上げると白いパーカーの人物がこちらに近づいていた。目の前で立ち止まりフードを取ると、ボサボサの髪をした自分よりいくつか年上の男だった。

その男はなおみの顔をまじまじと見るとニコリと笑った。


「こんにちは、あんた新しいバイトの子?」


その言葉に、なおみはカチンときた。仮にも初対面の相手に向かって『あんた』と言われたことが頭にきたのだ。


「……いえ以前から(たまに)居ましたよ、それと私は『あんた』なんて名前ではないです、けど、も」


努めて穏やかに言ったつもりではあったが、如何せん苛立ちの方が勝ってしまっていたのだろう、男は目を見開いてから申し訳なさそうに頭を下げた。


「わ、悪かった。えっと、なおみ……ちゃん、かな?」


ぎょっとしてしまった。一応お客さんではある男に対して失礼だとは思うが、何故自分の名前を知っているのだろうと、なおみはこの男が危ない奴なのではないかと無意識に少し距離をとっていた。


「いやっ、あっ、その、ココに…」


なおみの訝しげな目に気づいたのか、男は焦った様子で胸元を指差した。
なおみはハッと気が付いて自分の胸元を見ると、エプロンのポケット部分にローマ字で『NAOMI』と刺繍がしてあった。名前の両脇には可愛い猫の刺繍もしてあり、今朝母親から「新調したのよ」と受け取ったのを思い出す。名札ならともかく、ご丁寧な刺繍とは…よく確認しなかった自分を恨んだ。


「……違った、かな?」

「……いえ、なおみ、です」


小さく名乗ると、男はパッと顔を明るくさせた。


「俺は竹谷八左ヱ門、よろしくな!なおみちゃん!!」


満面の笑みで手を差し出されると、なおみはひきつった笑顔になりながらもそっと手を差し出した。…馴れ馴れしい人だなと内心思いながらも握手を交わした。


「よろしくな!!」

「……はあ、よろしく」


呆気にとられ、されるがままのなおみに八左ヱ門は満足げに頷いた。

猫のエサを買いに来たというこの八左ヱ門という男は、内定が決まった大学4年生。就職を機にこの地元に戻ってくるので、時間があるときは実家に帰り色々と準備しているとのこと。…と言っていたが本当は実家の猫に癒されたいだけの口実なんだ、と頬をかきながら教えてくれた。少し自分と似たところを見つけてしまい、なおみは複雑な気分になってしまった。

しかし、同じ地域でもなおみは全くこの八左ヱ門を知らなかった。歳も3つ上だと学校も被らないし、まず自分はこのタイプの人とは関わらないだろうなと、様々なメーカーのエサを見比べている八左ヱ門を後ろから見つめ苦笑した。


「コレとコレって、何が違うのかな?」

「えっと、それはですね……」


しかし話をすると、言葉の端々から少々強引なところがあるけど憎めない、なんとも不思議な人だなと思ってしまった。普段はあまり自分のことを話さないなおみだが、つい八左ヱ門にはいろいろと話をしてしまっていた。










-----


「……結局いつものコレになっちゃうんだよな」

「ちょくちょく変えるのもよくないらしいから、いいんじゃないですか?」


会計をしながら、なおみはフッと微笑む。すると、物陰から先ほど隠れてしまった看板猫が出てきた。
ニャーンと可愛らしい鳴き声でなおみの足元に擦り寄ってくる。どうやらお腹を空かせたようだ。


「あっ、なんだお前いたのか」


八左ヱ門の視線に気付くと猫は軽やかレジ台に上がり、ゴロゴロと喉を鳴らした。


「店に来てもなっかなか会えないから、嫌われてるかと思ってたぞー」


ヒョイと抱き上げると、暴れることがない猫の頭をいい子だと言わんばかりに優しく撫でる。
なおみは八左ヱ門が購入したエサに袋に詰めながら、普段からこんな調子で猫と話しているんだろうな、と二人?の会話を聞いていた。


「今日はラッキーだな、お前に会えたし……」

「それに、なおみちゃんにも会えたしな」


その言葉に、持っていたエサの缶詰を落としてしまいそうになった。
聞き間違いか…と、そっと八左ヱ門の方を見ると、真剣な眼差しに一瞬引き込まれそうになる。だがその真剣さは瞬時に崩れ、ニコリと店に来た時と同じ笑顔を見せた。…やっぱり危ない人なのかもと、なおみはひきつった笑顔でその場をやり過ごした。









-----


「あーあ、やっぱり降ってきちゃったな」


店の扉を開けるとついに降り始めた空を見上げ、八左ヱ門はパーカーのフードを被りエサの入った袋を懐にしまい込もうとした。


「あの、よかったらコレ使ってください」


なおみが店の奥から大きめの傘を持ってくると、八左ヱ門は目を見開いて小さく声を漏らした。


「いいの?」

「濡れて風邪でもひいたら、た…竹谷さん自身も困るし、飼ってる猫も心配すると思いますよ」


なおみの腕に抱かれている猫も『そうだよ』と同調するようにニャーンと鳴いた。
どうぞ、と傘を差し出すが中々受け取ろうとしない八左ヱ門になおみは気まずい空気を感じ、話しを続ける。


「あっ、いや、別に返すのはいつでも大丈夫なので…なんなら、店のドアに掛けておいてもらってもいいですし…」

「なおみちゃんが居るときに、ちゃんと返すよ!!」


勢いのある声に驚き、なおみは思わず仰け反ってしまう。抱いている猫の長いしっぽもブワッと膨らみ目は丸くなっていた。
そんな様子を見て八左ヱ門は慌てて「ごめんね、ありがとう」と少し照れたように傘を受け取った。


「…なおみちゃんは、いつまでこっちに居るの?」

「えっと、しばらくは居ます……たぶん」

「じゃあ、また会えるね」


それはどうだろう…と正直思ったが、何故か八左ヱ門の言葉にこくりと頷いてしまう自分に驚いた。


「やっぱり今日はラッキーな日だ」


そう呟き、傘を広げ雨の中を足早で帰る八左ヱ門の後姿を、なおみはじっと見つめていた。雨が降っているのに、そこだけ青空のように明るいなと思っていると、八左ヱ門がバッと振り向いた。見つめていたのがばれたと、なおみはバツの悪そうに急いで店の中に入ろうと扉に手をかけた。


「ちゃんと返すからー!絶対に返すからねーー!!お店に居てねーーー!!!」


傘を上げながら大声で言う八左ヱ門に「わかりましたから!」と慌てた様子で大げさになおみが頷くと、遠くからでも分かる満面の笑みで手を振ってくれた。そんな姿を見て、小さく手を振り返すなおみもいつの間にか口元が緩んでしまっていた。





「……にしても変な約束しちゃったなー」


静かになった店内でポツリと呟くと、抱いている猫に、これからどうしたらいいと思う?という目で問いかける。
猫は『まんざらでもないくせに』と言いたげな目でニャーと答えるだけだった。







4/4ページ