カンオケダンス陽関三畳

 シェイクスピアにお灸を据えた4人はシュミレーターから帰還したそのすぐ後、回復したモリアーティが19世紀初頭のイギリスにレイシフトした旨をカルデア職員から伝達された。
 レイシフト目的はただの里帰りの様なものであり、他のサーヴァント達も日頃からレイシフトをしていることから特に怪しいところもない。
 モリアーティのレイシフトを担当している職員も、現時点では何の問題も無いという事実だけを述べた。

 しかしあの夜、嫌だと告げられたダ・ヴィンチにとって問題はレイシフトではなく、彼の精神面の方である。
 急いで職員の横からレイシフト先でのモリアーティの証明…数値を確認したダ・ヴィンチは、首を傾げた。
「――彼、そもそも実体化していないじゃないか」
「ですから何の問題も無いんですよ。それにポルターガイストなんかも日常茶飯事な地域ですから、仮に実体化するところを見られたとしても流されて終わるでしょうし…そもそも時計塔があるじゃないですか」
「それも…そうだね…」
「目的も確認しましたけど、普通でしたよ?」
「……普通?」
「はい。自分が収録されている初版を見てみたいって」
 職員の何の疑問も持たない「自分もそういう時ある」といった反応に、ホームズだけは眉をひそめた。
 母の腹から産まれた瞬間や、初めて言葉を発した時、嬉しいことや悲しいことといった人生にとっての青春を感じたあの時に赴いてみて、今の自分として見てみたい。
 モリアーティの行動は、ただそれが出来るからしているだけに過ぎない。
 レイシフト先で物事に干渉しないというルールも現時点で守っているし、ただ本当にふらりと立ち寄る様な身軽さ。
 おかしなところも、疑うところも、怪しむところも、焦るところも無い。
「…本当に…ただの里帰りだったり…する?」
 ここまで何も無いと、ダ・ヴィンチも少々拍子抜けをくらった顔になる。
「昨日の今日でしたから我々も止めましたけど、一時間もかからないからって」
「あら、本当にお出かけなのかしら」
「そうだと思いますよ?あ、ほら。話してる間に帰還信号来ました」
「……本当にお出かけだったのね」

 その数分後、4人の心配も露知らずと言った顔で管制室に入ってきたモリアーティは、シュミレーター内で磔にされているシェイクスピアの映像に良い気味だと笑った。
 あまりにも気持ち良く笑っているのは見ていて悪い気はしないが、さすがに引き気味なマタ・ハリもひとつ、ダ・ヴィンチとホームズには分かっていて自分には分からなかったことをモリアーティに確認する。
「ねぇ、貴方は誰かに会えたのかしら?」

 誰もが「あ」と言いたげな空気だけが漂うが、そんな空気も笑って跳ね除けたのはモリアーティ本人だった。
「あぁ、会えたとも」
「!、そうなのね!よかったじゃない!」
「君のおかげかもネ。混乱時にずっと私の脳内で暴れていてくれたわけだし…会わないとと思っていたんだ」
「それは光栄ね!どんな暴れ方で貴方を堕としたのかしら?私」
「…なに、君という女らしい暴れ方だったさ」
 笑っているのに笑っているのか分からないテンポで進む2人の会話に、周りは置いていかれる。
 そしてそんな2人にずっと眉をひそめ続けていたホームズがモリアーティに声を掛けようとしたその時「胸のつっかえも無くなって気分も悪くないのなら栄養を摂りに食堂へ行きましょう!」とマタ・ハリがモリアーティを先に誘ってしまった。
 しかしそれに対し、モリアーティは先約がいるから…と嘘だとすぐバレる断りを入れる。
 そんな嘘に騙されてあげると言う様に、先約がいるのなら仕方がないと残念そうに諦めるマタ・ハリと、この会話を見ていた者達にモリアーティは手を振りながら「それじゃあネ、色々と迷惑を掛けた分はまた返上するよ」なんてキザに笑って管制室を後にした。





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