カンオケダンス陽関三畳
観劇者の大半と言っても、契約したサーヴァントの5分の1程度しか観劇しておらず、その内の重傷者は両手も埋まらないほどだった。
だがしかし、どの様な場面であっても「見捨てられない程度の重傷者」と「救うことが出来てしまう健康体」は最悪の組み合わせとなる。
結局のところ、大勢のサーヴァントが中傷〜重傷にあたる観劇者の面倒を看ることとなった。
愛に奪われた、愛を失った、愛で賭けた、愛に嗤った、愛を楽しんだ、愛を憂いた、愛で弄んだ、愛に哀しんだ、愛に憤った、愛が去った、愛を羨んだ、愛が知りたかった、愛は自分に装置されていなかった、愛が無いことに満足した。
愛が愛を愛に愛で――
どんな関係でもどんな形でもどんな抽出作業でも、愛に触れて生きた事実を持つサーヴァントにとっては、大なり小なりダメージがあったこの度の事件。
翌日朝にはシェイクスピアがシュミレーター内でマスター率いるマタ・ハリ、ダ・ヴィンチ、ホームズにより、地面に磔(はりつけ)にされていた。
「吾輩にも弁明する権利があるのでは!?」
大変哀れな状態ではあるが、流石にその様な権利は無い。
「あったとしても誰が味方するのよ…」
「これだけ大事にされちゃうと、庇おうって方が骨折り損のくたびれもうけだろう」
「私としても大変遺憾ですミスター…彼が裏で糸を引いていたならまだしも、全くの無関係ときたら…」
「あ、これ吾輩もしかしなくても絶体絶命?」
助けを求める様にマスターへ視線を向けてみるシェイクスピアだが、それに頷くことが出来るマスターではない。
骨は拾うよ…と、せめてこれ以上、自分の後が悪くならないようにだけ気を遣うマスターに、シェイクスピアは大袈裟に自らを憐れむのであった。
そしてひとしきり憐れんで、飽きた頃合いに咳払いをひとつ。
「――……では、吾輩がこういった試験的なものに手を出した理由だけでも、聞いて頂きたいですな」
元々書き終わる手前だった作品を手にしていた時、向かい合わせで座っていたとある男がこう言った。
「君の宝具は直接的なトラウマばかりに目が行くが、間接的なきっかけで相手のトラウマや…それこそ人生に語りかける様なことが出来たら面白そうだ」
その一言に、なんて素晴らしく…なんて魅力的なものだろうと思わずにはいられなかった、一瞬。
「その時にどう感じたかが知りたいと常日頃から鬱陶しい君だ…それこそ、すぐに見える結果より…そうなった経緯を見てみたいだろうに…と思ってネ」
シェイクスピアの中で、目の前にいるその男…ジェームズ・モリアーティは絶対に面白いものになるという確信ができてしまった。
そしてそれは、当たっていた。
フランケンシュタインでもジル・ド・レェでもない。
モリアーティだけが、まだ正常さが勝っていた混乱状態の時に「会いたい誰か」に「会いに行った」のだ。
「――……どんな気持ちだったのでしょう…彼は確かに…えぇ、彼は確かに…あの夜、誰かに会いに向かったのです」
たったそれだけと言えば、たったそれだけ。
たったそれだけのためにこんなに大勢を巻き込んだこの男に、4人は絶句した。
そして静まり返った場で1人、堪えきれなかった笑いを吐き出す。
「試験的なものではあった!それでも結果が得られた!そうでなくては、次が待てません!」
「次はありませんよ。ミスター」
心底、解き明かせない心の機微を愉しんでいたい。
そんなシェイクスピアの表情に、釘を打ち込んだのはホームズだった。
「貴方の作品は確かにどれも素晴らしい…素晴らしいという言葉で片付けてはいけないと分かってはいますが、貴方の作品達に贈る言葉がまだこの世に存在していないと云えるほどです」
「おぉ…突然ですな」
「ですがそれは貴方の作品であるからです。あまり…私たちの領域に立ち入らないで頂きたい」
「……わかりにくい言い回しがお好みですか?」
「…失礼。他人の作品を奪うような、直に弄り回して遊ぶのをやめろと言っているんだ」
「ふふ、なるほど…それは確かに不快ですな」
普段はあまりそう感じさせないが、ホームズのシェイクスピア作品に対するリスペクトを周りは感じ取っている。
アンデルセンとはまた違った視点でのファン意識からか、強い言葉を遣うことが少ないのだ。
そんなホームズが、この時ばかりは言い付ける口調を取った。
それがどれだけ、彼の怒りの琴線に触れてきているかを表している。
これは本当にマスターでも収められないと感じ取るやすぐに、シェイクスピアは真顔で降参の意を表した。
「今回ばかりは言い逃れが出来そうにない…」
「言い逃れなんてそもそも考えてもいないのでしょう?」
「えぇ、全く」
「少しは反省してもらいたいものだわ…彼、私の目の前でいきなりお金のことを言いだしたと思ったらそのまま戦闘になっちゃったんだもの」
昨日の食堂にて、マタ・ハリと共にモリアーティを拘束したホームズだが、ダ・ヴィンチ共々それは初耳の情報だった。
「……お金?」
「えぇ、そうなの。でも彼ってそういうのを増やしたり流したり溺れさせたりするのが好きなタイプじゃない?」
「そうだね…私も彼がお金に執着しているところは見たことないよ」
「でしょう?それに確かイギリスの出身よね?ポンドとかペンスならわかるのだけど、なぜかコインとかドルと言っていて…」
そこでホームズとダ・ヴィンチは目を見開く。
「会いたい誰かがお金なんて、おかしくないかしら?」
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だがしかし、どの様な場面であっても「見捨てられない程度の重傷者」と「救うことが出来てしまう健康体」は最悪の組み合わせとなる。
結局のところ、大勢のサーヴァントが中傷〜重傷にあたる観劇者の面倒を看ることとなった。
愛に奪われた、愛を失った、愛で賭けた、愛に嗤った、愛を楽しんだ、愛を憂いた、愛で弄んだ、愛に哀しんだ、愛に憤った、愛が去った、愛を羨んだ、愛が知りたかった、愛は自分に装置されていなかった、愛が無いことに満足した。
愛が愛を愛に愛で――
どんな関係でもどんな形でもどんな抽出作業でも、愛に触れて生きた事実を持つサーヴァントにとっては、大なり小なりダメージがあったこの度の事件。
翌日朝にはシェイクスピアがシュミレーター内でマスター率いるマタ・ハリ、ダ・ヴィンチ、ホームズにより、地面に磔(はりつけ)にされていた。
「吾輩にも弁明する権利があるのでは!?」
大変哀れな状態ではあるが、流石にその様な権利は無い。
「あったとしても誰が味方するのよ…」
「これだけ大事にされちゃうと、庇おうって方が骨折り損のくたびれもうけだろう」
「私としても大変遺憾ですミスター…彼が裏で糸を引いていたならまだしも、全くの無関係ときたら…」
「あ、これ吾輩もしかしなくても絶体絶命?」
助けを求める様にマスターへ視線を向けてみるシェイクスピアだが、それに頷くことが出来るマスターではない。
骨は拾うよ…と、せめてこれ以上、自分の後が悪くならないようにだけ気を遣うマスターに、シェイクスピアは大袈裟に自らを憐れむのであった。
そしてひとしきり憐れんで、飽きた頃合いに咳払いをひとつ。
「――……では、吾輩がこういった試験的なものに手を出した理由だけでも、聞いて頂きたいですな」
元々書き終わる手前だった作品を手にしていた時、向かい合わせで座っていたとある男がこう言った。
「君の宝具は直接的なトラウマばかりに目が行くが、間接的なきっかけで相手のトラウマや…それこそ人生に語りかける様なことが出来たら面白そうだ」
その一言に、なんて素晴らしく…なんて魅力的なものだろうと思わずにはいられなかった、一瞬。
「その時にどう感じたかが知りたいと常日頃から鬱陶しい君だ…それこそ、すぐに見える結果より…そうなった経緯を見てみたいだろうに…と思ってネ」
シェイクスピアの中で、目の前にいるその男…ジェームズ・モリアーティは絶対に面白いものになるという確信ができてしまった。
そしてそれは、当たっていた。
フランケンシュタインでもジル・ド・レェでもない。
モリアーティだけが、まだ正常さが勝っていた混乱状態の時に「会いたい誰か」に「会いに行った」のだ。
「――……どんな気持ちだったのでしょう…彼は確かに…えぇ、彼は確かに…あの夜、誰かに会いに向かったのです」
たったそれだけと言えば、たったそれだけ。
たったそれだけのためにこんなに大勢を巻き込んだこの男に、4人は絶句した。
そして静まり返った場で1人、堪えきれなかった笑いを吐き出す。
「試験的なものではあった!それでも結果が得られた!そうでなくては、次が待てません!」
「次はありませんよ。ミスター」
心底、解き明かせない心の機微を愉しんでいたい。
そんなシェイクスピアの表情に、釘を打ち込んだのはホームズだった。
「貴方の作品は確かにどれも素晴らしい…素晴らしいという言葉で片付けてはいけないと分かってはいますが、貴方の作品達に贈る言葉がまだこの世に存在していないと云えるほどです」
「おぉ…突然ですな」
「ですがそれは貴方の作品であるからです。あまり…私たちの領域に立ち入らないで頂きたい」
「……わかりにくい言い回しがお好みですか?」
「…失礼。他人の作品を奪うような、直に弄り回して遊ぶのをやめろと言っているんだ」
「ふふ、なるほど…それは確かに不快ですな」
普段はあまりそう感じさせないが、ホームズのシェイクスピア作品に対するリスペクトを周りは感じ取っている。
アンデルセンとはまた違った視点でのファン意識からか、強い言葉を遣うことが少ないのだ。
そんなホームズが、この時ばかりは言い付ける口調を取った。
それがどれだけ、彼の怒りの琴線に触れてきているかを表している。
これは本当にマスターでも収められないと感じ取るやすぐに、シェイクスピアは真顔で降参の意を表した。
「今回ばかりは言い逃れが出来そうにない…」
「言い逃れなんてそもそも考えてもいないのでしょう?」
「えぇ、全く」
「少しは反省してもらいたいものだわ…彼、私の目の前でいきなりお金のことを言いだしたと思ったらそのまま戦闘になっちゃったんだもの」
昨日の食堂にて、マタ・ハリと共にモリアーティを拘束したホームズだが、ダ・ヴィンチ共々それは初耳の情報だった。
「……お金?」
「えぇ、そうなの。でも彼ってそういうのを増やしたり流したり溺れさせたりするのが好きなタイプじゃない?」
「そうだね…私も彼がお金に執着しているところは見たことないよ」
「でしょう?それに確かイギリスの出身よね?ポンドとかペンスならわかるのだけど、なぜかコインとかドルと言っていて…」
そこでホームズとダ・ヴィンチは目を見開く。
「会いたい誰かがお金なんて、おかしくないかしら?」
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