カンオケダンス陽関三畳
翌日の少し遅い朝食時間、ホームズの姿は食堂に無かった。
あの後どうしたのか、モリアーティには知る由もない。
(…管制室に戻って今も仕事してんだろうけどネ)
なんとなくの予想をつけて、サンドイッチを口に運ぶ。
1人黙々と朝食を食べ進め、後はドリンクを飲み干せば…というところで、彼女はやって来た。
「会いたい誰かはいないのかしら?」
昨日の晩ご飯時と全く同じセリフで登場したマタ・ハリに、モリアーティは呆れた様な苦笑いを向ける。
「あら、もう飽きちゃったかしら?」
「飽きるも何もレパートリー増やさないと」
「それはごもっともね!あら?それでしたら練習にお付き合い」
「するわけないのによく訊くネ」
コミカルに続く会話に、マタ・ハリは上機嫌でモリアーティの目の前の席に腰掛ける。
彼女の朝食はカレーで、食べ終わったモリアーティには少しばかり胃にくる香りだった。
「朝からよく食べるものだ…」
「せっかくだし生前出来なかったことをしたいと思う時ってないかしら?」
「…あるよ」
「それよ」
すると上品な笑顔とは打って変わって、豪快に、大口でカレーを食べる。
どこにそんな奥行きがあるんだとモリアーティが目を見開いて驚きを表すと、彼女は笑顔で喉を鳴らした。
「どうせなら、自分なりの幸せな食べ方がしたいじゃない」
「…ホント、君ほどの女性はそうそういないよ」
「きっと褒められているのね」
「勿論だとも」
笑っているのに笑っているのか分からないテンポで進む会話に、2人は楽しさを見出していた。
ある程度までマタ・ハリに付き合うと、モリアーティは今度こそドリンクを飲み干して席を立つ。
カランと鳴ったグラスに、昨日の夜を思い出した。
それはどうやら彼女もだった様で、柔らかい笑みを浮かべながら溶けるほどの甘い声でモリアーティに語り掛ける。
「貴方は誰かに会えたのかしら?」
カランカランガランガランギャランギャラン……
たった一度しか鳴っていないはずのグラスの音が、モリアーティの脳内でこだました。
もはや氷の音なのか、何の音なのかも分からない。
「どうして会いたいのかしら?」
それなのに、マタ・ハリの声だけは鮮明に聞き取れる。
(…いや、そもそも彼女は本当にこんなことを言っているのか?)
自分の聴覚が信じられない。
足がふらつく。
そもそもどうしてこんなにも、彼女の言葉が、声が、笑顔が、脳裏に焼けつき、意識の中に残り続けるのか。
嫌なほど意識はハッキリしているのに、目の前の彼女を中心に五感が狂わされていく感覚がモリアーティを蝕む。
「――スキル?」
疑わしいところと云えばむしろそれくらいなのだが、彼女にそんな素振りは無かった。
ならば宝具となるが、ここは食堂であり、戦うための場ではない。
普段からヘイトを買うことはよくあるが、それでもこういった攻撃をされたことは――
「モリアーティ」
聞き馴染みの強い声からの呼び掛けで、モリアーティはベッドから飛び起きた。
理解が追いつかず、自分が今どこにいるのかも分からない。
飛び起きた姿勢のまま視線を動かし、ここが自室であることだけを確認する。
酷くうなされていたのか、掠れた呼吸音が口から発せられているし、一糸纏わぬ全身は汗だくだ。
一拍置いて、その声で呼び掛けていてくれたであろうホームズを探すと、驚くことに一緒に横になっていたと言わんばかりの裸体で真横に居た。
混乱が混乱を招き、もう何が何だかと喚きたくなるのをグッと堪え、とにかく飛び起きた際に吹っ飛ばしてしまった掛け布団を震える手で掻き寄せて互いの局部を隠す。
「状況を説明しても?」
意味なんて無いと分かっていても、この時ばかりはホームズの顔面にライヘンバッハを喰らわせてやりたいと思ったモリアーティであった。
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あの後どうしたのか、モリアーティには知る由もない。
(…管制室に戻って今も仕事してんだろうけどネ)
なんとなくの予想をつけて、サンドイッチを口に運ぶ。
1人黙々と朝食を食べ進め、後はドリンクを飲み干せば…というところで、彼女はやって来た。
「会いたい誰かはいないのかしら?」
昨日の晩ご飯時と全く同じセリフで登場したマタ・ハリに、モリアーティは呆れた様な苦笑いを向ける。
「あら、もう飽きちゃったかしら?」
「飽きるも何もレパートリー増やさないと」
「それはごもっともね!あら?それでしたら練習にお付き合い」
「するわけないのによく訊くネ」
コミカルに続く会話に、マタ・ハリは上機嫌でモリアーティの目の前の席に腰掛ける。
彼女の朝食はカレーで、食べ終わったモリアーティには少しばかり胃にくる香りだった。
「朝からよく食べるものだ…」
「せっかくだし生前出来なかったことをしたいと思う時ってないかしら?」
「…あるよ」
「それよ」
すると上品な笑顔とは打って変わって、豪快に、大口でカレーを食べる。
どこにそんな奥行きがあるんだとモリアーティが目を見開いて驚きを表すと、彼女は笑顔で喉を鳴らした。
「どうせなら、自分なりの幸せな食べ方がしたいじゃない」
「…ホント、君ほどの女性はそうそういないよ」
「きっと褒められているのね」
「勿論だとも」
笑っているのに笑っているのか分からないテンポで進む会話に、2人は楽しさを見出していた。
ある程度までマタ・ハリに付き合うと、モリアーティは今度こそドリンクを飲み干して席を立つ。
カランと鳴ったグラスに、昨日の夜を思い出した。
それはどうやら彼女もだった様で、柔らかい笑みを浮かべながら溶けるほどの甘い声でモリアーティに語り掛ける。
「貴方は誰かに会えたのかしら?」
カランカランガランガランギャランギャラン……
たった一度しか鳴っていないはずのグラスの音が、モリアーティの脳内でこだました。
もはや氷の音なのか、何の音なのかも分からない。
「どうして会いたいのかしら?」
それなのに、マタ・ハリの声だけは鮮明に聞き取れる。
(…いや、そもそも彼女は本当にこんなことを言っているのか?)
自分の聴覚が信じられない。
足がふらつく。
そもそもどうしてこんなにも、彼女の言葉が、声が、笑顔が、脳裏に焼けつき、意識の中に残り続けるのか。
嫌なほど意識はハッキリしているのに、目の前の彼女を中心に五感が狂わされていく感覚がモリアーティを蝕む。
「――スキル?」
疑わしいところと云えばむしろそれくらいなのだが、彼女にそんな素振りは無かった。
ならば宝具となるが、ここは食堂であり、戦うための場ではない。
普段からヘイトを買うことはよくあるが、それでもこういった攻撃をされたことは――
「モリアーティ」
聞き馴染みの強い声からの呼び掛けで、モリアーティはベッドから飛び起きた。
理解が追いつかず、自分が今どこにいるのかも分からない。
飛び起きた姿勢のまま視線を動かし、ここが自室であることだけを確認する。
酷くうなされていたのか、掠れた呼吸音が口から発せられているし、一糸纏わぬ全身は汗だくだ。
一拍置いて、その声で呼び掛けていてくれたであろうホームズを探すと、驚くことに一緒に横になっていたと言わんばかりの裸体で真横に居た。
混乱が混乱を招き、もう何が何だかと喚きたくなるのをグッと堪え、とにかく飛び起きた際に吹っ飛ばしてしまった掛け布団を震える手で掻き寄せて互いの局部を隠す。
「状況を説明しても?」
意味なんて無いと分かっていても、この時ばかりはホームズの顔面にライヘンバッハを喰らわせてやりたいと思ったモリアーティであった。
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