カンオケダンス陽関三畳

 カルデア内でも比較的に暗い、大窓が連なる廊下をホームズとモリアーティはゆっくりと歩いている。
 たまに空を見て、たまに山を見て、たまに照明器具を見て、たまに相手の顔を見て。
 そう云えば…と話し出せば、窓枠に腰掛けた。
 思い出話に花を咲かせる時もあったが、結局は謎解きの話になっている…を数度繰り返したところで、ホームズは最近の話を持ち出す。
「シェイクスピアの新作は観たかい?」
 その一言に、モリアーティの心臓は跳ねた。
「神代のサーヴァント達はあまり興味が無さそうでね…まぁ彼らからすれば当然ではあるけど」
「…創りものより人間で楽しむ性質だからネ…むしろ、そうであってほしいくらいだ」
「中には人間が創ったからこそ面白いと笑う者もいるが、それでも真新しいことに限りそうだよ」
 困ったものだとホームズは薄く笑みを浮かべ、座っている体勢に飽きたかの様に脚を組む。
 それをきっかけにモリアーティは窓枠から腰を上げ、散歩の再開をホームズに促した。
 ホームズの組まれた脚に自分の立った脚が触れる手前まで近付き、無言で見下ろす。
 普段なら避けて歩くだろうに、今日は本当に珍しいな…とホームズがモリアーティを見上げれば、そこにはどこか疲れを滲ませている彼の目があった。

 別段、おかしなことではない。
 ホームズにしてもモリアーティにしても、毎日どこか退屈で鬱屈で窮屈で、それをどうにか楽しみたくて探し物をしている。
 そうしていると、たまにやってくる疲労感というのはどうしても勘付かれてしまうのだ。

 先程、管制室の前にただ佇んでいたモリアーティの横顔が、ホームズの脳裏によぎる。
 あれは確かに、何かを探しているものだった。
 そしてそれは、見つけてもいいものなのかが分からずに、動けなかった様にも見えた。
(…用事というほどのものではない。私とダ・ヴィンチだから知られたくない。普段の彼なら有耶無耶にしてあの場を去れただろうにそうはしなかった。今もこちらの行動を待っている。一緒に行動して…彼のメリットになるもの…)
 そこまで考えて、ホームズはひとつだけ、思い当たるものがある。

(――…管制室に、戻りたいのか?)
 戻るために自分と共に行動していると考えれば、多少強引ではあるが彼にとってはメリットだ。
 探し物を見つけるために受動的な行動を取っているなら、無駄だと知っていることすら取り組むだろうこの男。
(何を探している…?)

「ホームズ?」
 モリアーティの呼び掛けで、2人の視線がバチリと合う。
 いつまで経っても動こうとしないホームズにモリアーティは待ち疲れてしまったのだろう、手を差し出すほどだ。
「君ネー、急に黙って動かなくなるのやめてくれる?」
「…あぁ、そんなに待たせたかい?」
「待ったとかじゃなくて、さっきまであれだけ話してたのが急に黙ると不気味だろう…しかもこちらを見てるのにどこか焦点合ってないし」
 ほら、と伸ばされたモリアーティの手を取り、ホームズは立ち上がる。
 ホームズが立ち上がったのを確認すると、モリアーティはその手をはらった。

「…さて、どうする?そろそろこの茶番も終わらせるか?」
 2人横に並び、モリアーティが少し見上げる形でホームズにそう尋ねれば、見下ろす彼は眉をひそめる。
「もう話すことも無くなっただろう?」
 先程と打って変わってこの状況を積極的に切り上げようとするモリアーティに、ホームズは複雑な心境になってしまった。
 何が彼をこうまで振り回しているのだろうか。
(なんだ?どこで変わった?)
 ジッとどこかを見つめだしてしまったその時。
「ホームズ、考え事は後でしたまえ…」
 また黙り込んでしまっていたことへの非難に、ホームズは「あぁ」と返すしか出来ない。
 だが、せめて一言、訊いておかなければならないことがある。

「…いいのか?ここで終わらせて」
「?、なにがだ?」
 また変なことを言い出した…と思っている顔でモリアーティから見つめられるホームズとしては、これからの発言と行動でこの何倍もの変人扱いを受けるのかと思うと、少々不快ではある。
 だが、あの横顔を見てしまった身としては…どうしても放ってはおけなかったのだ。

「――…確証が無いのに口に出すのは本当に気分が良いものではないんだが…君、管制室に戻りたいんじゃないのか?」
 そう苦虫を噛み潰した様な気分で告げた瞬間、自分を見上げるモリアーティの瞳孔が開く。
(あ)
 ホームズがそれに気付いた時には、モリアーティの手を掴むことは出来なかった。
 霊体化されてしまっては、どうしようもない。

 あとほんの少し早く動けていれば掴めていたのに――なんて思うだけ手遅れで。
 彼の手を掴めなかった己の手を握りしめ、ホームズはただ長く続く薄暗い廊下の果てを見やる。
「………何を探しているんだ…」
 独りごちるその背は、疲労を携えていた。





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