カンオケダンス陽関三畳

 深夜、モリアーティは1人、カルデア内を歩いていた。
 普段なら寝ている時間なのだが、どうもマタ・ハリとの会話が頭に残って落ち着かない。
 彼女は言ったのだ。
「そんな誰かに会ってみたいものだわ」と。

(…会えてしまうものだから、恐ろしい)

 今更、会って何かを伝えるでもないし、自分自身…何をするかもわからない。
 それでもモリアーティは、そんな誰かであるドイルに、会ってみたくなった。
 レイシフトじゃなくてもいい。
 シュミレーターでも構わない。
 あの街で、ただ1人…ワトソンを通してただ1人の男を追い続けた――

「教授?」

 いつの間にか辿り着いていた管制室の扉の前で、モリアーティは固まっていた。
 コツコツと足音を立てながらモリアーティに近付くその男は、不思議そうに首を傾げた。
「こんな時間に珍しいな?何か悪巧みかい?」
「……ホームズ…」
「あぁ、私はこれから仕事なものでね。ダ・ヴィンチと交代なんだ」
 そう言うと、ホームズはモリアーティの横をすり抜けて管制室の扉を開けた。
「ダ・ヴィンチ、遅くなってすまないね」
「もー待ちくたびれたよ〜…って、モリアーティ教授も一緒じゃないか」
 ホームズの声にオフィスチェアをくるりと回して振り返ったダ・ヴィンチの目には、管制室に入ってきた彼と扉の前から動かないモリアーティの姿が映る。
 これは珍しいと言わんばかりにダ・ヴィンチはホームズを無視して、モリアーティに声を掛けるためチェアから腰を上げた。
 ホームズと立ち替わるかの様に近付いて来たダ・ヴィンチに、モリアーティは少々動揺する。

 ドイルに会ってみたい。
 そんな理由で自分がこの場に居ると知った時、この2人がどんな反応をするかが問題なのだ。
 面白がりはするだろうが、きっと真面目に取り合うだろうことが目に見えている…それが一番、モリアーティには耐え難い。

 そんなことを考えていると、ダ・ヴィンチはいつの間にか扉の枠にもたれ掛かりながらモリアーティの顔を覗き込んでいた。
「なに固まってるんだい?ここに居るってことはここに用事があるんだろう?」
「…用事というほどのものではないよ」
「含みがあるね」
「そんなものないよ。ただ寝付けなくてネ、散歩だ」
「おや、そ〜んなホームズにいじられる様な言い訳しかないのかい?」
 ニヤニヤしながらモリアーティににじり寄るダ・ヴィンチの顔は、まさに楽しそうの一言。
 こんな時に限って何故カルデアの職員が1人も見当たらないんだ…とモリアーティが怪訝な表情を見せたところで「残念だったね、今日は私とホームズで事足りちゃうから休んでもらっているのさ⭐︎」と見透かされた。
「ほらほら素直になるなら今のうちだよ〜?なんてったって私とホームズしかいないんだからさ〜」
「だから嫌だって話デショ」
 どうしても話したくない。
 モリアーティが睨みを利かすと、ダ・ヴィンチは仕方ないと言わんばかりにホームズを呼ぶ。
 どうして呼んだのか、どうして呼ばれたのかがなんとなく察せれてしまう2人は、面倒なことになったとアイコンタクトを取ってしまった。
「今日は特別に彼とのデートを許そうじゃないか」
「「気持ち悪いからやめたまえ」」
 しっかりとハモったところで、ダ・ヴィンチにより2人は管制室から放り出されてしまう。

「…おまえ、ホントにあんなのと仕事してるのか」
「私も信じられないが、しているな」
「こんな扱いをされたのは久方ぶりだよ」
 ホームズが仕事だと管制室に入ってそれこそ5分程度。
 管制室の扉の前に戻された2人は、行くところも無いからと本当にカルデア内の散歩をすることになってしまった。





.
2/10ページ