共に智たれウォーターフォールスター

 小さなレンガ調の建物に、その影は入っていく。
 その影であるマネージャーを、少し離れた木に隠れながら覗くモリアーティとブーディカは双眼鏡を携えていた。
「なるほど。話を聞くだけだと想像しにくかったが、農村小屋だったんだネ」
「え?あれ農村小屋だったんだ。よく住めるね…」
「工夫さえすれば住めちゃうネ~…周りも見渡す限り何の特色も無い牧場と塀だし、これはもうビンゴかナ?」
「置いてかないで説明してちょうだいよ」
「説明も何も、見ての通り。幸せな計画さ」

 2人の双眼鏡に写る農村小屋の小さな窓から覗く1人の女性の表情は、キラキラとまばゆい笑顔をしていた。
 幸せだと、嬉しいのだと、楽しいのだと伝わってくる美しさ。
 著者らしき人物も手だけが窓から見えたりする。
 ただしマネージャーは人目が無いかを確認するように扉の小窓を覗く動作が多く、気持ちにあまり余裕が無いことがうかがえた。

「ひとつ確認し忘れてたヨ。彼って独身?それとも妻子がいるのかネ?」
「独身のはずだよ。メイドは親族の人だったし…こんなに潔白な人も珍しいってくらい」
「――……となるとマネージャーは白だネ。いや、協力してるから黒とも言えるが」
「本当に頼むよ。置いてかないで。こんな良い天気の下で人の生活を覗いてるのも気が引けるのに…あとなんていうかご飯の準備しなきゃってそわそわしちゃうんだよね」
 そんなブーディカの訴えで、時間にして午後16時半前後であることにモリアーティは気付く。
「尾行し始めて1時間…ふむ。そろそろか」
「今度は何?」
「私だよ」
 背後から突然になるホームズの登場にブーディカは悲鳴を上げそうになるが、それをモリアーティが間一髪で抱え込み口を塞ぐことで回避する。
「~~~~~~!!!!」
「わかる~。殴りたくなるよネ~」
 驚きと怒りと興奮で暴れるブーディカを落ち着かせるために同調を口にするモリアーティだが、半分本音であることが察せられるためにホームズは軽やかに笑んでみせた。

 少しの間モリアーティに抱え込まれる体勢で手を振り回していたブーディカだったが、その時間が長くなればなるほどホームズのまとう雰囲気が愉快そうなものからどんどん刺々しいものに変わっていくことに気付き、ハッと我に返る。
 これはやってしまったと別段しなくてもいい後悔を感じたタイミングで「教授、いつまで彼女を抱いているんだい?ハラスメントになる前に離れたまえ」というモリアーティに言っているはずなのに何故か自分に向けられた言葉ではないだろうかと感じてしまうホームズの棘に、ブーディカは両手のひらを合わせて軽く頭を下げた。
 そんな彼女がもう暴れるわけがないと分かると、すぐさまモリアーティはブーディカから手を離す。
「不思議だネ。君が謝ることないのに…ホームズを殴るなら加勢するけど?」
「あたしだって謝りたくて謝ってんじゃないよ…とにかく止めてくれてありがと。あとあたしは殴らないから後で殴りに行ってやりな…1人で」
 若干の言い付け染みたブーディカからのそれに、ホームズとモリアーティは目を細め眉を下げた。
 抗議らしい抗議はしないが、やんわりと嫌がった2人にブーディカも眉を下げる。

 気を取り直し、順番に双眼鏡を覗きながら情報を交換する。
 まずはホームズから書斎の物と娼館でのやりとりを。
 そして次にモリアーティとブーディカから尾行時に何も無かったことを。
 ここまでの情報が揃うと、あとはもう分かり切ったものだった。
「どっかの金持ちに好きな子が取られそうになったから、取られる前に取ったってこと?」
「簡潔で分かりやすいね」
「捻りが無さ過ぎ展開で私もビックリだヨ」
 神話から続く色恋沙汰の面倒臭さに心当たりしかない3人は、小屋を見ながら苦笑する。
 死人が出ていないだけマシ…なんて、そんなオーバースケールな日常なのだから仕方が無いとも取れる感覚だが、それでもやはり苦笑してしまう。

「…となると、幸せ計画の終着点は夫婦になるってこと?」
「そうだろうな。マネージャーが放っておけとマスターに言ったんなら、恐らく準備が進んでいるんだろう」
「で、その準備期間が本来なら本を出版する時期だったから、超微小なりとも歴史がずれてこうなったって訳だろうネ」
「――な、に、そ、れ~~~…っ」
 いくら小屋から離れているといえど、ブーディカはバレないように出来る限りの小声でその悔しさを吐露した。
 そして頭巾をおもむろに取ると、それを地面に叩きつけて苛つきの解消を試みる。
 彼女の憤慨する気持ちが、正にその赤髪が揺れ動く様で語られているようだった。

 そんな彼女には目もくれず、双眼鏡を覗きながらモリアーティは小さく頷く。
「人探しができる適正ネ…これはハサンじゃなくて良かったとも言える」
「ここからは教授の出番だろうな」
「あーヤダヤダ。潔白な人間ほど面倒臭いっていうのに。著者に後ろめたいところがひとつでもあれば、すぐにでも脅して書かせられるんだけどネ」
「なに、土地に誰も召喚されていない程度だ。出版する約束さえ取り付ければ十分だろう」
 同じく双眼鏡を覗きながら、ホームズは溜め息ばかりのモリアーティに相槌する。
 交渉なんて駆け引きを愉しむくらいなら、ストレートに脅せばいいものを…という相槌だけは、ダ・ヴィンチからの言い付けと娼館での少女に投げ付けられた言葉のせいにして飲み込んだ。

 そうこうしているうちに辺りは橙色になり、空は少しずつ青を紺へ変えていこうとしていた。
 今日中に著者を見付けるという目標は達成され、気掛かりとなっていた娼婦の安全も確認できた今、3人はそろそろマスターとマシュのもとに帰ろうかと話しだす。
 だが、こういう時に限ってマスターという星は流れてくるのだ。
 少々だらけて暇潰しの様に双眼鏡を覗いていたブーディカが、小屋に向かって走っていく2人の少女に気付く。
「マスター!?」
「「なに!?」」
 観察することも無くなったと話が済むやすぐに双眼鏡をブーディカに預けてしまったホームズとモリアーティは、突然の流星に目を見開く羽目となった。
「ちょ!あの子達、小屋に突撃しちゃ!あ~~~!!」
「アーーーー!!」
「…私でもしないことを彼女はやってのけるな」
「感心してる場合かおまえ!!」
 すかさずのツッコミと共に、モリアーティを筆頭とした3人が小屋へ走って行く。
 だが魔力によるブーストがあるわけでもなく、だからと言ってサーヴァントの本領を発揮すれば着地と共に小屋の一部が吹き飛ぶだろうことは想像ができる。
 当然3人の努力も虚しく、小屋から野太くも情けないマネージャーの叫び声が聞こえたのは、2人の少女が扉を開け放った瞬間だった。





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