共に智たれウォーターフォールスター

 教会の鐘が鳴り響く中、モリアーティとブーディカは著者のマネージャーが務める建物の前に居た。
 休憩の合図にでも鳴らされている鐘なのだろうか…近隣の建物内から従業員らしき者が出てくると、商人がわっと声を張りだしている。
「それにしてもよくここまで突き止められてたネ。聞いてただけでも難しそうだと思ってたのに、2日にしては上出来だヨ」
「そりゃどーも。苦労した甲斐があったってもんさね」

 レイシフト後すぐに3人は、異常が無さ過ぎることにつまずいた。
 どこを見ても普通で、どこを歩いても普通。
 ただ目立つことを避けたかったのは言うまでもなく、人目を気にしながらの移動で辿り着いたのは、都心から少し外れた小さなレンガ調の建物だった。
 宿にも近い所に位置するそこは、毎週決まった曜日の夕方に歴史の研究をしている先生が近所の希望者達に勉強を聞かせに来てくれると情報を得る。
 当然の様にマスターはその先生に興味を持ち、勉強を聞いてみたいと尋ねてみると今週はまだ姿を見せていないとなり、探せば探すほど嫌な方に舵が切られていった。

 言うまでもなくその歴史の先生は本来この時期にブーディカの本を書いた者で、マネージャーと連携してその本を増やし、ブーディカの歴史を補強した著者のひとりだったのだ。
 そこからは早いもので、マネージャーを探しだし著者の住所に突撃し、出来る限り足を使って聞き込みをした。
 だがその頃には出来ることもほぼ無くなり、万事休すかと折れかかっていたタイミングでホームズとモリアーティの登場だったのだ。

「まぁこう言っちゃ元も子もないんだけど、あたしの伝承はしっかり残ってるし…実際この時代よりも前に重要なファクトチェックも済まされてる。あくまで研究者が減ることでその枝がどう影響するかってだけなんでしょ?」
「ご明察。ほぼ剪定されて無関係だと言っても過言じゃあない」
「放っておいても大丈夫って程度にはどうとでもなると分かってたけど…人から聞くと我が事ながらちょっと傷付くね~…」
「おや、女傑とまで云われる君がこんなことで?」
「――…言ってくれる」
 ブーディカの母性溢れる丸みを帯びた目じりが、瞬間、上に吊り上がる。
 頭巾で髪をまとめている分、真横からの深い緑の瞳がモリアーティには強く刺さった。
「失礼しました。お許しを」
「…いや、あたしもごめん。柄にも無く熱くなっちゃったね」
(柄にもある熱さなんだよネ…)
 普段は子を愛する母の面持ちが全面的であるがゆえに忘れられがちだが、彼女は紛れもなく民族の誇りを胸に帝国を相手に戦った女王。
 近代にて犯罪界のナポレオンと評された身であれど、気迫ではやはり敵うものではない…とモリアーティは冷や汗を流す。

 はたから見た夫婦喧嘩が表面上とはいえ納まったところで、2人は改めて建物出入り口に目を向ける。
 するとそこに、食料が入った大きめのバケットを持ったマネージャーが出てきた。
 これは願ったり叶ったりだと、2人は夫婦を装いながら一定の距離を置き、足音に気を遣いながら尾行を開始する。

「…ところで、後を尾けてどうするの?」
「なに、簡単な話だヨ。彼からしかまだ著者の情報らしい情報を得ていないんだろう?なら彼が本当に全ての情報を嘘偽りなく開示しているか…は、確かめる必要があると思わないかい?」
「まさか……」
「そもそもおかしいのさ。なぜ28時間なんて細かく言える?」
「……マネージャーが、最後に著者が娼館に行くのを確認したから…?」
「その通り。だが、本当に娼館に向かったのか…そして最後なのかは不明だろう?」
 疑いだしたらキリが無い問答に、ブーディカは苦々しい表情を見せる。
 そんな彼女を無視して、モリアーティは垂らした前髪の隙間から少々冷めた目でマネージャーの背を見つめると、小さな溜め息を吐いた。
 チャリオットでの道中、ブーディカから得たこの2日間の情報は全て事実なのだろう…彼女達3人にとっては。
 だがそれは何ひとつとして著者の内面を表すものではなく、またマネージャーの発言を信じて良いという箔も無かった。
(下級ならいざ知らず、いくら日常茶飯事とは言え時間で云えば丸3日…中流階級の人間が行方不明で騒がないなんておかしな話だ。まず匿われている…それこそ誰にも知られたくない様な理由を、誰かに察してもらいたいんじゃないか…と思えるほどの不自然さで)

 商人達の誘いを避け続けながら真っ直ぐに歩みを止めないマネージャーに、思考を巡らせながら、2人は静かについて行くのであった。





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