共に智たれウォーターフォールスター

 共に分かち合い、惜しみたいと伝えたい。
 小さな箱の中へ降り注ぐ、流れ星を見ながら。


   ◆


 歴史が変わる。
 あまりにも頻発するその異常事象に、いつの間にか多くのスタッフが感覚を麻痺させていた。
 今更何を騒ぐでもなく、特異点の大小問題と選抜されたレイシフト適正保有サーヴァントの呼び出し。
 適性があろうが無かろうが当然の様な素振りで管制室へやってくるサーヴァントもいれば、面倒事に巻き込まれたと肩を落としながら顔を出すサーヴァント達もいる。

 この度の特異点はそれこそあまりにも微小で、これまでの経験則からすると、誰が見ても放っておいて構わないと判断できる規模だった。
 マスターである彼女が出向くまでもないだろうと誰かが口にすると、油断はいけないとそれをたしなめる声が上がる。
 時間にして数分の話し合いの後、結果的にマスターはレイシフトし、特異点の問題を解決するということになった。
 何かあれば追加でサーヴァントをレイシフトさせられるというダ・ヴィンチの言葉に、まずはマシュと適正上名前を上げられたブーディカが先行することになる。
 早ければレイシフト先で7日、カルデアでは1日もしないで解決になるという計算結果のもと3人はポットへ移動し、そのままレイシフトが完工された。

 レイシフト適性があるその他サーヴァントは、一応の緊急事態に備えいつでも出動できるようにというダ・ヴィンチからの言いつけに首を縦に振る。
 蜘蛛の子を散らす様に各々の目的のため管制室から去っていくサーヴァント達を背に、そこにはモニターを睨むゴルドルフが居た。
「それにしてもこの特異点は超微小なのに不思議なものだね?」
「新所長もそう思われますか。今日は察しがよろしいですね」
「そりゃあこれだけ範囲が狭すぎるとさすがに引っかかる…ん?今小馬鹿にされた?」
「いいえ、まさか」
 ゴルドルフの横でモニターを見ていたホームズが、乾いた笑いをこぼす。
 そんな2人の掛け合いに軽い溜め息と共に再度登場を決めたダ・ヴィンチが、ホームズを小突く。

「超微小とはなってるけど…土地とブーディカの関係で考えたら、もしかしたらは有るかもしれないよ?」
「そうなるとかなり限定されそうだが、それもほぼ「無い」話だろうな」
「まあ、ホームズの読みに同意だよ。でももう数騎はすぐにでも出向かなきゃならないかもしれない」
 トントンと交わされるそれに、ゴルドルフ含め多くのスタッフが置いてけぼりを食らうが、既にそれも慣れたものだった。
 どうやらダ・ヴィンチとホームズはこの超微小特異点が、少々面倒臭いと踏んでいる。
 しかし、そうなると思ったからには即行動となるのがこの2人。
「…君、久々にレイシフトする?」
「解き甲斐はあまり無さそうだが?」
「そうだろうね。でもこういうのは楽しんだ者勝ちだろう?」
「……まったく。2人でなら請け負う」
「さすが名探偵、話が早ーい☆」
 そんな早すぎる会話に、ゴルドルフが割って入った。
「あー…つまり、どういうことか説明してくれる?」





 すじ雲が美しく輝く空の下で青々とした芝生に寝転がり、ブーディカは小さく唸る。
 レイシフト先である中世イギリスの片田舎。
 ここでの異変は何でもない…忘れられていた者が、ただ忘れられているだけのことだった。

「確かにあたしはここの女王より印象薄いだろうけどさー!」
「ぶ、ブーディカさん!そんなことはありません!」
 実のところ、ブーディカが伝承として残っている時点でこの特異点は有っても無くても変わるところは何も無い。
 ここで出来る解決方法はとても安直なのだ。
「なんであたしが「あたしのこと思い出して」って遠い未来の子供達に言い回らなきゃなんないのー!!」
 
 この特異点での問題は、ブーディカを思い出すはずだった者達がブーディカを思い出すことなく過ごしてしまうという…何とも小さくも大きくもないものだったりする。
 本来この時代で出版されているはずのブーディカに関する研究書籍が見当たらず、その書籍を出すはずだった歴史研究家の著者が行方不明になってしまっていた。
 著者が行方をくらませたと判明したのが、3人がレイシフトを完了させ調査中に掴んだ情報によると、その時点で約28時間前。
 本の発売日はこの際遅れても構わないのだが、問題は著者が本を仕上げなければ原本を写すことができないこと。
 それはブーディカを知るきっかけや研究に興味を持つ者が減り、言葉通り知るはずだった者達が知ることなく…更には思い出されることもなく忘れられたままになる。

 表現は悪いが、こんな時代だ。
 何かしらの事件に巻き込まれたり、最悪死んでいる場合は発見が難しくなってしまう。
 3人が急ぎながら2日という時間を費やして得た情報は微々たるもので、最初に辿り着いたのは著者のマネージャー。
 それから慌てた様子で詰め寄っても、3人の焦りが不思議だと言わんばかりにマネージャー含む著者の周りは「金を持った男なんだし、察してやれ」と、とても慣れた様子で穏やかだった。

「大体あたし…自分で言っちゃなんだけどこの時代だと結構長身だし…赤髪ってだけでも目を引くのにさ…事実とは言え昔ここらを治めてた女王だよーなんて言い回ったらただの変質者だし……」
「それは…はい…そうかも、しれません」
「しかも聞き込みしたって著者が家から居なくなるの定期的だわ日常茶飯事だわって感じだったし…あのマネージャーさんはその内お腹空かして帰ってきますよとか軽く言ってたけど…あたしもしかしてご飯作るためにレイシフトしたのかな…?」
「そんなことはないと…思いたいです」
 著者の自宅を張り込むために無理を通してメイドに扮したり、著者の親しい関係者の所へ赴こうとしても野暮だと止められるために情報らしきものは微塵も無い。
 さすがにこれはお手上げかもしれないとマスターが呟きかけたその時、令呪が光る。
 芝生に寝転がっていた3人が慌てて起き上がると、目の前にはレイシフト時に舞う光をまとったホームズとモリアーティの姿があった。

「随分と余裕そうで何よりだ。ところで、もう打つ手が無いなんて言い出さないだろうね?」
「ホームズさん!」
「私を忘れないでマシュ君!それともマイガールに期待していいのかナ!?」
「ダディ!」
「……これはまた…スペシャリストのお出ましだね…」

 すじ雲が美しく輝く空の下、5人の著者探しが始まる。





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