カンオケダンス陽関三畳

表紙イラスト
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「会いたい誰かはいないのかしら?」
 カルデアの食堂。
 晩ご飯に小ぶりなハンバーグを食すモリアーティの目の前には、パスタを食すマタ・ハリが居た。
「あぁ、君も観たのだね」
「えぇ!とても面白かったわ!」
 先程のマタ・ハリからの疑問は、今カルデア内で流行しているシェイクスピアの新作劇にて述べられたワンフレーズ。
 恋人に会いたいと奔走する主人公が、どうしても主人公に会いたくないと言う恋人に翻弄される…そんな物語だ。
 あらすじだけなら分かりやすいが、本編内容の紆余曲折がそれはそれは複雑怪奇で人気を博している。
 しかしモリアーティには、自分自身が「キャラクター」だという自覚があるせいで素直に楽しむということは難しかった。
「…私は物書きという人種がよく分からないんだが、誰かの人生を思い描くというのは楽しいものなのかね?」
「確かに…あんな物語を思い付くんだから楽しいんでしょうけど…普段があんなですものね」
 シェイクスピアといいアンデルセンといい、誰に追われている訳でもないのに、ただ「書く」という目的に殺されかけている毎日をみんなが知っていた。
 どこかずっと遠くを見ながら、近くのものに興味を示し、掬おうとして転げ落ちている。
 そんな物書きを見る毎日への感想なぞ、モリアーティにもマタ・ハリにも「あの人達は不思議なもの」としか表現出来ない。

「でも私、このカルデアに居るサーヴァントに「貴方のこと、よくわかる!」…なんて、思ったことないかもしれないわ?」
「君ほどの女性が…?」
「うふふ!そうね、私ほどの女でも!」
 可笑しそうに口元を隠すと、マタ・ハリはどこか楽しそうに悩む素振りをする。
「どんなに華やかな人生も、どんなに勇敢な冒険も、どんなに残酷な物語も、どんなに明るい結末も…結局は、私のものじゃないのよね!って、たまに思ってしまうのよ」
 彼女の明るい笑顔の中に、仄暗い影が落ちた。
 ドリンクの氷が溶けて、カランという音がモリアーティとマタ・ハリの間に響く。
「もし、私の人生を思い描いて、物語にしてくれている誰かがいて…私がその物語を歩んでいるのだとしたら…ふふ……そうね、そんな誰かに、会ってみたいものだわ」
 カラン。
「………確かに、会えるものなら…会ってみたいものだネ」

 カラン。
 氷の溶ける音が、2人の会話を止めるには程良い合図だった。





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