邂逅:S

率直そっちょくに言って、俺が知りたいのは白雪しらゆき一姫かずきが死んだ時期のフロスト社の動向です」
「……え?」
「ザックリな説明になってすまんが、お前の兄ちゃんが就職する前からフロスト社に良いうわさってのは無かった。真偽しんぎはともかく、おおっぴろげに出来ない裏稼業うらかぎょうがあるっていううわさもっぱらだった…し、今もそれは変わらないんですよ」
 まるで映画やドラマのようなフィクションにしか思えないSエスの話にユビは上手く言葉が返せず、くちつぐんで腰に手を当てると首をかしげた。
 そんな作り話は今時流行はやらないだろうと言い掛けたその時、博雪ひろゆきが2人の会話をさえぎる。
「ねぇ、ユビに任せた手前あれだけど、いくら人が居なくてもその話をこんな喫茶店の昼間にするの、僕はどうかと思うな」
 それはろくろを回す手つきで説明を始めようとしたSエスに、博雪ひろゆきからの〝誰が聞いているかも分からない所で話すな〟とくぎを打つ行動だった。
 これは察しが良い悪いでない範疇はんちゅうの話になるのなら、ユビには荷が重いと博雪ひろゆきは早々に考え、たすぶねとして少々時間帯や場所を改めないかと遠回しにSエスへ提案であった。
 だがSエスは、またも薄いみで返す。
「じゃあ閉めてください。営業時間内に発生したであろう売上金を出します」
「……買収ばいしゅうとはまた…」
貸切かしきりですよ。まぁ、貴方あなたに通用する手段ではないと分かって提案してますが」
 みを崩さないSエスに、博雪ひろゆきは腰に片手を当てながら冷めた目を向ける。
「やっぱり僕のこともよく調べてから来てくれたの?」
「…いいえ、正直なところプロフィールと前職を調べるので手一杯でした。なんで、出来れば俺にこの場を譲ってほしいだけです」
 静まり返る店内で、またもユビだけが置いてけぼりになったその時、本日何度目になるのかわからない溜め息を博雪ひろゆきこぼす。
 眉間みけんしわを寄せ、まるで頭痛をこらえる様な仕草を見せると、ゆっくりと店の赤い扉に近づいて行く。
 湿った空気に薄暑はくしょを覚える窓越しの景色は、商店街にかかるアーケードの影と、その終わりから覗く雲の厚さで雨を連想させた。


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