邂逅:S
白雪家は原付バイクと自転車しか所持していない為、3人は懐中電灯を持って歩くことにする。
雨が降る五月闇の中、自宅から近くない交番に傘をさして向かう途中だった。
廃公園で生い茂った草に埋もれてうつ伏せで寝る一姫を、懐中電灯を持ったユビが見つけたのだ。
するとすぐさま両親はユビをその場に置いて警察へと駆け込む。
そうして、それからの時間は慌ただしく過ぎていった。
赤く光るランプが瞼の裏に焼き付く程眩しいと感じる中、警察官からの質問にどう答えたか、今のユビも当時のユビも記憶が曖昧だ。
ただ、肌が変色して目と口から血を流し、蛆が湧く一姫の体が担架で運ばれ、検視へ渡っていく光景を憶えている。
しかし当の両親は突然の事に泣くだけで、その後に受けた現場の説明には何も疑問を抱かず頷いていただけのようだった。
後日改めて行われた警察からの死体があった現場の調査と司法解剖の口頭報告曰く、一姫が帰ってこなかった日から数日は梅雨時期だったのもあり、公園内は雨と泥と蒸し暑さで一姫以外の形跡を全て流し去っていた。
そのため、外傷の無さや胃の残留物の無さから他殺ではないと判断し、心不全だと確定された――…らしい。
びしょ濡れで泥に塗れていた一姫の遺体は気温と湿気で腐敗も進んでいたので、葬式もままならず司法解剖後すぐ、火葬に回されたことだけユビは鮮明に憶えている。
司法解剖の結果が報告されるまでの日数、両親は忙しそうに電話をしたり自宅のリビングでスーツを着た複数人の誰か達と話をしていたりで、ユビは両親から一姫と共同で使っていた部屋を必要以上に出ないよう言われていた。
そのせいか、記憶に靄がかかっているところが多々ある。
言い表せない不安の中、慰めであってもいいから兄はどうして死んでしまったのかユビは両親に訊ねたが、それは適当にはぐらかされ、触れさせてもらえなかったことは確かだ。
一姫の火葬からまた時間は経ち、汚れがそのままでパリパリに乾いた遺留品は段ボールへ詰められて警察から渡された。
しかしまだ7歳だったユビにとってそれをどうしたらいいか、という思考は巡らず、一姫の学習机の上に置いておくことにした。
健康体であった上に廃公園に入り浸っている様な人物ではなかった兄である一姫が突然この世を去った事実にユビは納得いかなかったが、両親は泣くだけで終わり、今までそこに居たはずの兄だけ居ない生活が始まる。
そして更に数年後、あの時見当たらなかった、ただひとつの日記は兄である一姫の歴史ではないかとユビは気付いた。
だが、一姫が泥の中に残しただろう1冊の日記の在り処を誰も知らない。
ひとつ気掛かりだったのは、両親は一姫の葬式の後やユビが家を出る時ですら司法解剖の正しい結果をユビに教えることをしなかった。
「そう思っておくように」と言い聞かせる事しかせず、形だけでも「こうだったらしい」と言わなかった。
息子であるユビの立場からすれば、それはまるで大人の不都合を荒々しく隠す仕草でしかなく、訳の分からない精神性を有した親としか思えない言葉選びであった。
そして最後に抱く疑問として、一姫の最後の日記は一体どこへ行ってしまったのだろうかとユビは悩むことになる。
◆
「日記がそもそも無い?」
眉と口角を歪めながら訊ねるSの反応は想像通りで、その表情を向けられるユビは困った素振りとして頭を掻いた。
「だからー、有るには有るけど…兄さんが18歳の最後の日までの7冊目までで、最後の19歳の分は行方知れずなんだよ…」
「マジか~…」
「っていうかなんで兄さんが日記つけてたの知ってんだ」
「ンなのご親切な同級生やらに聞き込みしただけに決まってんでしょ」
カウンター越しで交わされるユビとSの会話は傍から聞く分にはつまらないもので、博雪は欠伸を隠さずにした。
(まぁ、聞き込みしてなきゃ此処に来れるはずないもんね)
博雪が退屈そうにしているのも、Sがユビを訪ねて来た時点でそういった調査をしているだろう事への察しはついていたからだ。
Sは博雪とユビに軽そうな振る舞いをするが、下調べを怠る様では何でも屋を自称するには難がある。
――……この男は自分達の素性をある程度把握している。
博雪はそう考え、Sを見やる。
するとSはその視線に気付き、にこりと薄い笑みを博雪へ返した。
「……ま、無いものは無いもんな。仕方ない。じゃあフロスト社に入社した時の日記だけでも見せてください、ユビ」
「だァから呼び捨てやめろおっさん!」
「おっさんは傷付きますな。オジサンにしてくれ。それかSさんでいいぞ」
「誰がさん付けするか!」
そしてまたも繰り返された手の平を叩く2人のコミュニケーションに、博雪は溜め息混じりで割って入る。
「はいはいストップ。ランチタイム内に終わらせる気ある?」
「だってコイツがー!」
「一応お客さんだからコイツとか言わない叩かない。本題進めて注文取ってくれないと」
「ハハハ、ユビ怒られてやんの」
「僕は別にお客さんだからって叩き出さないとは言ってないですよ」
「おーっし、本題進めましょうか~、ユビ」
調子の良いSからの言葉に、ユビは震える拳を見せながら歯軋りをする。
だがそんなユビに目もくれず、Sは喋り続けた。
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