邂逅:S
◆
ユビの兄――白雪 一姫 は、薄く小さいマンスリー手帳に日記をつけ、それを持ち歩く習慣を持っていた。
一姫 の学習机の引き出しに仕舞われていた、デザインの変わらない日記は全部で7冊。
一番最初に書かれたものは、一姫が12歳になった次の日に、ユビが生まれたという一言。
日によって書かれている内容量は変わるが、どれも当たり障 りのない学校での出来事やメモ、高校生になってからはアルバイト先での話も増えていた。
その中身から読み取れる一姫の人物像は、どこにでもいる普通の青少年。
『誕生日からの1年を1冊にまとめる』という区切りを守り続けた几帳面 さが、一姫 の性格を物語る程度。
それを見て聞いて知っていた当時の同級生や家族は、誰も一姫 の日記を特別な習慣だと思わなかった。
そして一姫 の死から何年も経った頃、ユビに第二次性徴 が訪 れる。
背丈が急激に伸び、声変わりで喋れない時期、ユビは親に一姫 の私物を整理するよう言われた。
それはまるで思い出したかのような言い付けで、ユビも渋々 遺品 の選別を始める。
咳 をしながら数年越しの遺品 整理を始めてすぐ、ただひとつ、おかしいと気付いた点があった。
(――……最後の歳 の日記が無い)
12歳――ユビが生まれた日から、一姫 自身の12歳最後の日までが記された1冊目の日記。
そこからは順々に続き、一姫 が死を迎える19歳になってから、約2ヶ月分を記したであろう8冊目が見当たらない。
(公園に落ちてたって確認はされてなかった筈 だし、仕事用の鞄 の中に無いなら、どこだ…?)
ユビは眉 を顰 め、一姫 が使っていた鞄 の中のチャックまで開けて確認するも、そこには無かった。
どうして無いのだろうと思い返しても、そもそも不思議なことばかりであったと思い返す羽目 になる。
実のところ一姫 の死に場所が廃 れた公園であったのは周知なのだが、死んだ時間の判断が難しかった。
事の始まりは突然で、一姫 がある日突然、自宅に帰ってこなくなったのだ。
数日の間が空き、フロスト社からも無断欠勤であることを伝える電話が朝にかかっていたらしいのだが、たまたまユビが暇潰 しに外へ出かけていた時間であったため、家の固定電話が取れなかった。
両親は当時、泊まり込みの仕事から日勤帯 の仕事に変わった直後で、夜はギャンブルに打ち込んでいた。
白雪 家にはその時、誰も居なかったのだ。
それでも一姫 と同じ部署 に勤める者が夕方に時間帯をずらし、白雪 家へ電話をかけたことで、ユビはそれを取ることが出来た。
聞き慣れない男の声で説明された内容は簡単なもので、一姫 が既 に3日も会社へ顔を出していない…という心配の言葉だった。
当時のユビはそれを聞くまで、兄は仕事が忙しく、てっきり親と同じように家へ帰ってこないで働いているのだと思い込んでいた。
そユビがの電話を取ってから不安だと騒いだことで、親は捜索願 を出すかと重い腰を上げる。
白雪 家は原付バイクと自転車しか所持 していない為、3人は懐中 電灯を持って歩くことにする。
雨が降る五月闇 の中、自宅から近くない交番へ、傘 をさしながら向かう途中。
廃公園で生 い茂 った草に埋 もれ、うつ伏 せで寝る一姫 を、懐中 電灯を持ったユビが見つけたのだ。
するとすぐさま両親はユビをその場に置いて、警察へと駆 け込む。
そうしてそれからの時間は、慌 ただしく過ぎていった。
赤く光るランプが瞼 の裏に焼き付く程眩 しいと感じる中、警察官からの質問にどう答えたか、今のユビも当時のユビも記憶が曖昧 だ。
ただ、肌が変色して目と口から血を流し、蛆 が湧 く一姫 の体が担架 で運ばれ、検視 へ渡っていく光景を憶 えている。
しかし当の両親は突然の事に泣くだけで、その後に受けた現場の説明には何も疑問を抱かず、頷 いていただけのようだった。
後日、改めて行われた警察からの口頭 報告曰 く、遺体があった現場の調査と司法解剖 で分かったことは、一姫 が帰ってこなかった日から数日は梅雨 時期だったこと。
それが原因で、公園内は雨と泥 と蒸し暑さで、一姫 以外の形跡 を全て流し去っていた。
そのため外傷の有無 と胃の残留物 から他殺でないと医師が判断し、心不全だと確定された――…らしい。
びしょ濡 れで泥 に塗 れていた一姫 の遺体は、気温と湿気 で腐敗 も進んでいたのだ。
葬式もままならず、司法解剖 後すぐ、火葬場に回されるほど酷 かったのだとか。
そしてユビの両親は警察の助力を頼りに、忙しそうに電話や手続きをする。
初めてのことばかりで、役場と銀行には何度も足を運ぶことになっていた。
すると、一姫 が見つかってから片手も埋 まらない程度にしか日が経っていないある日、スーツを着た複数人の誰か達が白雪 家へやって来た。
その時ユビは両親から、一姫 と共同で使っていた部屋を必要以上に出ないよう忠告される。
スーツの者達と両親が狭 いリビングで静かに話し合っているのを、ユビは閉ざされた扉に背を預け、座り込みながら聞く。
よく分からない事ばかりが続いたせいか、この記憶に靄 がかかっている箇所 は多い。
ユビは言い表せない不安の中、スーツの者達が帰るのをひたすら待つ。
しかし意想外にも短時間で話は済んだらしく、スーツの者達は早々に家から立ち去った。
ユビはこの時直感的に、慰 めであってもいいからと、兄はどうして死んでしまったのか両親に訊 ねる。
だがそれは適当にはぐらかされ、触れさせてもらえなかった。
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ユビの兄――
一番最初に書かれたものは、一姫が12歳になった次の日に、ユビが生まれたという一言。
日によって書かれている内容量は変わるが、どれも当たり
その中身から読み取れる一姫の人物像は、どこにでもいる普通の青少年。
『誕生日からの1年を1冊にまとめる』という区切りを守り続けた
それを見て聞いて知っていた当時の同級生や家族は、誰も
そして
背丈が急激に伸び、声変わりで喋れない時期、ユビは親に
それはまるで思い出したかのような言い付けで、ユビも
(――……最後の
12歳――ユビが生まれた日から、
そこからは順々に続き、
(公園に落ちてたって確認はされてなかった
ユビは
どうして無いのだろうと思い返しても、そもそも不思議なことばかりであったと思い返す
実のところ
事の始まりは突然で、
数日の間が空き、フロスト社からも無断欠勤であることを伝える電話が朝にかかっていたらしいのだが、たまたまユビが
両親は当時、泊まり込みの仕事から
それでも
聞き慣れない男の声で説明された内容は簡単なもので、
当時のユビはそれを聞くまで、兄は仕事が忙しく、てっきり親と同じように家へ帰ってこないで働いているのだと思い込んでいた。
そユビがの電話を取ってから不安だと騒いだことで、親は
雨が降る
廃公園で
するとすぐさま両親はユビをその場に置いて、警察へと
そうしてそれからの時間は、
赤く光るランプが
ただ、肌が変色して目と口から血を流し、
しかし当の両親は突然の事に泣くだけで、その後に受けた現場の説明には何も疑問を抱かず、
後日、改めて行われた警察からの
それが原因で、公園内は雨と
そのため外傷の
びしょ
葬式もままならず、
そしてユビの両親は警察の助力を頼りに、忙しそうに電話や手続きをする。
初めてのことばかりで、役場と銀行には何度も足を運ぶことになっていた。
すると、
その時ユビは両親から、
スーツの者達と両親が
よく分からない事ばかりが続いたせいか、この記憶に
ユビは言い表せない不安の中、スーツの者達が帰るのをひたすら待つ。
しかし意想外にも短時間で話は済んだらしく、スーツの者達は早々に家から立ち去った。
ユビはこの時直感的に、
だがそれは適当にはぐらかされ、触れさせてもらえなかった。
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