邂逅:S

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 ユビの兄――白雪しらゆき一姫かずきは、薄く小さいマンスリー手帳に日記をつけ、それを持ち歩く習慣を持っていた。
 一姫かずきの学習机の引き出しに仕舞われていた、デザインの変わらない日記は全部で7冊。
 一番最初に書かれたものは、一姫が12歳になった次の日に、ユビが生まれたという一言。
 日によって書かれている内容量は変わるが、どれも当たりざわりのない学校での出来事やメモ、高校生になってからはアルバイト先での話も増えていた。
 その中身から読み取れる一姫の人物像は、どこにでもいる普通の青少年。
 『誕生日からの1年を1冊にまとめる』という区切りを守り続けた几帳面きちょうめんさが、一姫かずきの性格を物語る程度。
 それを見て聞いて知っていた当時の同級生や家族は、誰も一姫かずきの日記を特別な習慣だと思わなかった。
 そして一姫かずきの死から何年も経った頃、ユビに第二次性徴せいちょうおとずれる。
 背丈が急激に伸び、声変わりで喋れない時期、ユビは親に一姫かずきの私物を整理するよう言われた。
 それはまるで思い出したかのような言い付けで、ユビも渋々しぶしぶ遺品いひんの選別を始める。
 せきをしながら数年越しの遺品いひん整理を始めてすぐ、ただひとつ、おかしいと気付いた点があった。
(――……最後のとしの日記が無い)
 12歳――ユビが生まれた日から、一姫かずき自身の12歳最後の日までが記された1冊目の日記。
 そこからは順々に続き、一姫かずきが死を迎える19歳になってから、約2ヶ月分を記したであろう8冊目が見当たらない。
(公園に落ちてたって確認はされてなかったはずだし、仕事用のかばんの中に無いなら、どこだ…?)
 ユビはまゆひそめ、一姫かずきが使っていたかばんの中のチャックまで開けて確認するも、そこには無かった。
 どうして無いのだろうと思い返しても、そもそも不思議なことばかりであったと思い返す羽目はめになる。 
 
 実のところ一姫かずきの死に場所がすたれた公園であったのは周知なのだが、死んだ時間の判断が難しかった。
 
 事の始まりは突然で、一姫かずきがある日突然、自宅に帰ってこなくなったのだ。
 数日の間が空き、フロスト社からも無断欠勤であることを伝える電話が朝にかかっていたらしいのだが、たまたまユビが暇潰ひまつぶしに外へ出かけていた時間であったため、家の固定電話が取れなかった。
 両親は当時、泊まり込みの仕事から日勤帯にっきんたいの仕事に変わった直後で、夜はギャンブルに打ち込んでいた。
 白雪しらゆき家にはその時、誰も居なかったのだ。
 それでも一姫かずきと同じ部署ぶしょに勤める者が夕方に時間帯をずらし、白雪しらゆき家へ電話をかけたことで、ユビはそれを取ることが出来た。
 聞き慣れない男の声で説明された内容は簡単なもので、一姫かずきすでに3日も会社へ顔を出していない…という心配の言葉だった。
 当時のユビはそれを聞くまで、兄は仕事が忙しく、てっきり親と同じように家へ帰ってこないで働いているのだと思い込んでいた。
 そユビがの電話を取ってから不安だと騒いだことで、親は捜索願そうさくねがいを出すかと重い腰を上げる。
 白雪しらゆき家は原付バイクと自転車しか所持しょじしていない為、3人は懐中かいちゅう電灯を持って歩くことにする。
 雨が降る五月闇さつきやみの中、自宅から近くない交番へ、かさをさしながら向かう途中。
 廃公園でしげった草にもれ、うつせで寝る一姫かずきを、懐中かいちゅう電灯を持ったユビが見つけたのだ。
 するとすぐさま両親はユビをその場に置いて、警察へとけ込む。
 そうしてそれからの時間は、あわただしく過ぎていった。
 赤く光るランプがまぶたの裏に焼き付く程まぶしいと感じる中、警察官からの質問にどう答えたか、今のユビも当時のユビも記憶が曖昧あいまいだ。
 ただ、肌が変色して目と口から血を流し、うじ一姫かずきの体が担架たんかで運ばれ、検視けんしへ渡っていく光景をおぼえている。
 しかし当の両親は突然の事に泣くだけで、その後に受けた現場の説明には何も疑問を抱かず、うなずいていただけのようだった。
 
 後日、改めて行われた警察からの口頭こうとう報告いわく、遺体があった現場の調査と司法解剖しほうかいぼうで分かったことは、一姫かずきが帰ってこなかった日から数日は梅雨つゆ時期だったこと。
 それが原因で、公園内は雨とどろと蒸し暑さで、一姫かずき以外の形跡けいせきを全て流し去っていた。
 そのため外傷の有無うむと胃の残留物ざんりゅうぶつから他殺でないと医師が判断し、心不全だと確定された――…らしい。
 びしょれでどろまみれていた一姫かずきの遺体は、気温と湿気しっけ腐敗ふはいも進んでいたのだ。
 葬式もままならず、司法解剖しほうかいぼう後すぐ、火葬場に回されるほどひどかったのだとか。
 そしてユビの両親は警察の助力を頼りに、忙しそうに電話や手続きをする。
 初めてのことばかりで、役場と銀行には何度も足を運ぶことになっていた。
 すると、一姫かずきが見つかってから片手もまらない程度にしか日が経っていないある日、スーツを着た複数人の誰か達が白雪しらゆき家へやって来た。
 その時ユビは両親から、一姫かずきと共同で使っていた部屋を必要以上に出ないよう忠告される。
 スーツの者達と両親がせまいリビングで静かに話し合っているのを、ユビは閉ざされた扉に背を預け、座り込みながら聞く。
 よく分からない事ばかりが続いたせいか、この記憶にもやがかかっている箇所かしょは多い。
 ユビは言い表せない不安の中、スーツの者達が帰るのをひたすら待つ。
 しかし意想外にも短時間で話は済んだらしく、スーツの者達は早々に家から立ち去った。
 ユビはこの時直感的に、なぐさめであってもいいからと、兄はどうして死んでしまったのか両親にたずねる。
 だがそれは適当にはぐらかされ、触れさせてもらえなかった。


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