邂逅:S

「本当にこの子の感情が二の次なら、結論から言わないのは変じゃない?」
 チクリと刺すような指摘してきに、今度はSエス片眉かたまゆを下げる。
「……痛いとこ突きますねぇ」
「あべこべだと思っただけだけど」
「これでも、30代なかばに差し掛かるくらいなもんでして。いきなり掴みかかってくるじゃりんこ相手でも、優しく順序は踏みます」
 悄然しょうぜんとした様子でユビへの溜め息をこらえるSエスから目をらし、博雪ひろゆきは何度か小さくうなずいた。
「……じゃりんこか。まぁ、そうだね。それならうん、わかった。僕は何も言えなさそうだし、ユビに任せるよ」
 博雪ひろゆきの突然の承諾しょうだくに、ユビとSエスは目を大きく丸める。
深刻しんこくそうな話な上に、ここまで小出しを続けられると気になるだろうし。まぁ身内の話なんだから、ユビならもう知る方にかじ切るでしょ?」
 すんなりとたずねられたそれに、ユビは驚きが抜け切らないまま、ゆっくりと首を縦に振る。
 博雪ひろゆきは先ほどからユビにもたれ掛かったままの体勢をき、自分のコーヒーが入ったマグカップを取った。
 そしてユビと自分の立ち位置を入れえる。
「まぁせまいから僕も聞くことになっちゃうけど、どうぞ。あぁでも、ユビが手を出しそうになったらそこまでね。さっきも言ったけど僕、これでも今は保証人だから、ユビをしかることもしなきゃでね」
 速い口調でされた博雪ひろゆきからの忠告に、Sエスは真顔となったが、ユビは硬直こうちょくする。
「ランチタイムが終わるまでに、よろしく」
 かくして、10年前にこの世を去ったユビの兄――白雪しらゆき 一姫かずきについての幕が上がる。

 そうして、今しがた博雪ひろゆきからユビへの確認を許可されたSエスは、改めてユビへ向き直り、もう一度一姫かずきについて話す。
「えーっと、じゃあ改めて…2007年の6月、お前の自宅から約3km離れた廃公園で白雪しらゆき 一姫かずき、当時19歳の遺体が発見された。死因は不明だとされてますが、俺が立ててる予想は別」
「……なんで? つーかもうお前呼びかよ…」
 短時間で湧いてきた怒りや焦り、そして唐突な博雪ひろゆきからの突き放しにより急激に不安が押し寄せてきたユビは、恐る恐るSエスへ聞き返しながら苦言をらす。
 勢いが弱まったユビの様子に、感情がぜになったことで、現状に対処しきれていないのだろうとSエスは考えた。
 繊細せんさいなところに触れている自覚もある。
 それゆえSエスは目を少し泳がせ、カウンターにひじをついた手の平にひたいを預けた。
 一姫かずきの死因についてわずかにおびえて見えたユビに、目を合わせず可能性を伝えることにする。
「……あー、まぁ、お前の兄ちゃんなんだけど…白雪しらゆき一姫かずきは、致死ちし量以上のドラッグを所持していたはずなんですよ」
「――…は?」
「もし俺の調べが当たってるなら、オーバードーズによる心筋しんきん障害での死亡って可能性の方がはるかに高い」
 Sエスからの突拍子とっぴょうしも無い言葉に、ユビは何も返せなかった。
 そしてSエスの言葉を聞いていた博雪ひろゆきもユビと似た反応で、口をぽかんと開けている。
 Sエスは顔を上げ、そんな2人の反応を確認すると、当然の反応だと流して言葉を続けた。
「2007年に白雪しらゆき一姫かずきは、ここらの地域で大手と言われるフロスト社に高卒で就職しました。その時アルバイトとして、同じ業務部署に配属されていたフロスト社の次期社長候補…毒嶋ぶすじまきょうと接点を持ちました」
 ユビは初めて聞く毒嶋ぶすじまきょうという名前に、首を傾げる。
 しかし博雪ひろゆきの目は鋭いものとなった。
 2人の反応が真逆であることに、Sエスは触れない。
「…ここからだ。ここからが確認したいところです、白雪しらゆきユビ」
「え…?」
「お前の兄ちゃん、日記つけてませんでした?」
「え」
 ――……何故なぜ、それを知っているのか。
 まるでそう言いたげなユビのいぶかしむ声と表情に、Sエスは確信を抱く。
「つけ続けてたんだな。それ、読ませてくれます?」
 Sエスは先程ひたいを預けていた手の平をユビに向け、薄っすらとほほを丸める。
 そんなSエスの切りえが早い態度に、ユビは瞬間的ないら立ちを覚えた。
 しかし、背後に博雪ひろゆきが居ることを忘れてはいない。
 ユビは小鼻をひくつかせ、向けられたSエスの手の平目掛めがけ、たわむれ程度の速度で手を振り下ろす。
 すると店内に、小さくかわいた音が響く。
 痛みをともなわずとも、それはSエスにとって予想外の衝撃しょうげきであった。
 咄嗟とっさSエスはユビに叩かれたことへ、ウソ泣きをする子供のように抗議こうぎする。
「暴力反対」
乞食こじき反対」
「…なるほど、確かに。タダで見せてくれってのは無しですな。なかなか上手い返しするな〜、ユビ」
「呼び捨てにすんな!」
 ユビは結局その場で声を荒げてしまい、博雪ひろゆきひじ脇腹わきばら小突こづかれる。


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