邂逅:S

 そして今しがた博雪ひろゆきからユビへの確認を許可されたSエスは、改めて内容を告げた。
「2007年の6月、お前の自宅から約3km離れた廃公園で白雪しらゆき 一姫かずき、当時19歳の遺体が発見された。死因は不明だとされてますが、俺が立ててる予想は別」
「……なんで? つーかもうお前呼びかよ…」
 短時間で湧いてきた怒りや焦り、そして唐突な博雪ひろゆきからの承諾によって急激に不安が押し寄せてきたのか、ユビは恐る恐るSエスに聞き返しながら苦言をらす。
 ユビの感情がぜになっているだろうことが分かってしまったSエスは、目を少し泳がせ、カウンターにひじをついた手のひらにひたいを預けた。
 わずかにおびえるユビに、目を合わせず可能性を伝えることにしたのだ。
「……あー、まぁ、お前の兄ちゃんなんだけど…白雪しらゆき一姫かずきは、致死ちし量以上のドラッグを所持していたはずなんですよ」
「――…は?」
「もし俺の調べが当たってるなら、オーバードーズによる心筋しんきん障害での死亡って可能性の方が遥かに高い」
 Sエスからの突拍子とっぴょうしも無い言葉に、ユビは何も返せなかった。
 そしてSエスの言葉を聞いていた博雪ひろゆきもユビと似たような反応で、口をぽかんと開けている。
 顔を上げ、そんな2人の反応を確認すると、Sエスは当然の反応だと流して言葉を続けた。
「2007年に、白雪しらゆき一姫かずきはここらの地域で大手と言われるフロスト社に高卒で就職しました。その時アルバイトとして同じ業務部署に配属されていたフロスト社の次期社長候補…毒嶋ぶすじまきょうと接点を持った…ここからだ。ここからが確認したいところだ、白雪しらゆきユビ」
「……え…」
「お前の兄ちゃん、日記つけてませんでした?」
「え」
 ――……何故なぜそれを知っているのか。
 まるでそう言いたげなユビのいぶかしむ声と表情に、Sエスは確信を抱く。
「つけ続けてたんだな。それ、読ませてくれます?」
 先程自分のひたいを預けていた手のひらを、今度はユビに向ける。
 そんなSエスの切り替わりが早い動作にユビは瞬間的にいら立ちを覚えたが、背後に博雪ひろゆきが居ることを忘れてはいない。
 小鼻をひくつかせ、向けられたSエスの手の平目掛めがけてたわむれ程度の速度で手を振り下ろす。
 瞬間、店内に小さくかわいた音が響いた。
 すると痛みをともなわずとも、ユビに叩かれたことへSエスはウソ泣きをする子供のような面持ちを向ける。
「暴力反対」
乞食こじき反対」
「…なるほど、確かに。タダで見せてくれってのは無しですな。なかなか上手い返しするな〜、ユビ」
「呼び捨てにすんな!」
 ユビは結局その場で声を荒げてしまい、博雪ひろゆきひじ脇腹わきばらを小突かれる。


   ◆


 ユビの兄――白雪しらゆき一姫かずきは、薄く小さいマンスリー手帳に日記をつけ、それを持ち歩く習慣を持っていた。
 一姫かずきの学習机の引き出しに仕舞われていたデザインの変わらない日記は全部で7冊。
 一番最初に書かれた内容は、一姫が12歳になった次の日にユビが生まれたという内容だった。
 日によって書かれている内容量は変わるが、どれも当たりざわりのない学校での出来事やメモ、高校生になってからはアルバイト先での話も増えていた。
 その中身から読み取れる一姫の人物像は、どこにでもいる普通の青少年。
 誕生日からの1年で1冊にまとめるという区切りを守り続けた几帳面きちょうめんさが彼の性格を物語る程度で、それを見て聞いて知っていた当時の同級生や家族は、誰も特別なことだと思わなかった。
 そして一姫かずきの死から何年も経ち、ユビが第二次性徴で背丈が伸びて声変わりの時期に入った頃――ユビは親に一姫かずきの私物を整理するよう言われ、渋々しぶしぶ遺品の選別を始めることとなる。
 数年越しの遺品いひん整理を始めてすぐ、ただひとつ、おかしいと気付いた点があった。
(――……最後のとしの日記が無い)
 12歳――ユビが生まれた日から、一姫かずき自身の12歳最後の日までが記された1冊目の日記。
 そこからは順々に続き、一姫かずきが死を迎える19歳になってから、約2ヶ月分を記したであろう8冊目が見当たらない。
(公園に落ちてたって確認はされてなかったはずだし、仕事用のかばんの中に無いなら、どこだ…?)
 眉をひそめ、ユビは一姫かずきが使っていたかばんの中のチャックまで開けて確認するも、そこには無かった。
 どうして無いのだろうと思い返しても、そもそも不思議なことばかりであったと思い返す羽目はめになる。
 
 実のところ一姫かずきの死に場所が廃れた公園であったのは周知なのだが、死んだ時間の判断が難しかった。
 
 事の始まりは突然で、一姫かずきがある日、突然自宅に帰ってこなくなったのだ。
 就職先のフロスト社からも無断欠勤であることを伝える電話が朝にかかっていたらしいのだが、ユビは暇潰しに外へ遊びに出かけた時間であったため家の固定電話が取れず、親も泊まり込みの仕事から日勤の仕事に変わり、夜はギャンブルに打ち込んでいたため自宅にはほぼ不在だった。
 それでも一姫かずきと同じ会社に勤める者が時間帯をずらし、夕方に白雪しらゆき家へ電話をかけたことで、ユビはそれを取ることが出来た。
 聞き慣れない男の声からの内容は簡単なもので、一姫かずきが既に3日も会社へ顔を出していないという心配の言葉だった。
 当時のユビはそれを聞くまで兄は仕事が忙しく、てっきり親と同じように家へ帰ってこないで働いているのだと思い込んでいた。
 その電話を取ってからユビが不安だと騒いだことで、親は捜索願そうさくねがいを出すかと重い腰を上げたのだ。


.
3/6ページ