ユビの兄

「良いんだよ、別に。知りたいと思ったなら、その時が知る時なんだってくらいで」
「…それでも遅すぎるだろ。10年とか」
「タイミングなんざ人それぞれでしょうよ。大切じゃなきゃ知りたいって言えねぇようなことなんですから、今で良いんです」
 まだ髪が乱れているからか、前髪が邪魔でユビはS(エス)の顔をちゃんと見れない。
 そんな中、少しづつ膜(まく)を張ってぼやけていく視界と、鼻の奥がツンと痛む感覚に唇(くちびる)を噛(か)んだ。
 平気そうに見えてはいても、過度なストレスだったのだろうと察(さっ)せられるユビの様子に、大人達は少々気を揉(も)む。
 するとユビが鼻を啜(すす)ったと同時に、S(エス)は辰海(たつみ)とツヅリへ顔を向けた。
「そンじゃ子供の手前、改めての話し合いですな。しちの探偵事務所さん」
「協力なら受けるぞ」
「強情(ごうじょう)ぉ…もっとギャグみたいなノリだったでしょ、この前」
 口端(くちはし)を引き攣(つ)りながら辰海(たつみ)へ苦々しい反応を見せるS(エス)へ、ツヅリが眉尻を下げる。
「って言われてもね~、そういうノリじゃないとそっちが逃げるからでしょ。この子にツヅリン達も用事あるし、S(エス)がここに居る時点でほぼキーマンなの確定なんだから。強情(ごうじょう)になるのもしょうがないよ~」
「…それもそうですな。で、協力の交換条件、受け付けはされてます?」
 S(エス)から手の平を返す交渉(こうしょう)を持ち掛けられ、辰海(たつみ)は首を傾(かたむ)けながら人の悪い笑(え)みを見せた。
「ほぅ…?」
 探偵と名乗るにはあまりに毒々しいその表情に、ツヅリとS(エス)は引く。
「言ってみろ」
「…これから毒嶋について調べる以上、俺とそちらがここに来た形跡(けいせき)は消せません。そしたらユビもオーナーさんも、へますれば毒嶋(ぶすじま)の噂(うわさ)に触(ふ)れたと思われます」
「つまり?」
「オーナーさんは外野(がいや)でよくても、ユビは白雪(しらゆき)一姫(かずき)の弟です。調査をする最中、ユビの安全を俺と確保してくれるなら、その期間の情報を共有する…で、どうです?」
「情報の量による」
「白雪(しらゆき)一姫(かずき)の死因を明白にします」
「弱い」
 辰海(たつみ)から容赦(ようしゃ)無い即行(そっこう)のダメ出しが下(くだ)り、ジト目になってS(エス)は腕を組む。
 当然の反応とはいえ、捜査(そうさ)段階をどの程度踏んでいるかが互いに探り探りな分、過剰(かじょう)な情報の供給(きょうきゅう)は避(さ)けたいのが本音だろう。
 S(エス)は小難(こむずか)しい面持ちで、人差し指の先を辰海(たつみ)に見せた。
「…息子が常習犯、もしくは所持している証拠(しょうこ)を掴めるよう、協力します」
 緩(ゆる)く曲げられた指とは印象が真逆で、その言葉は筋を通す意思を語末(ごまつ)に強く表した。
 S(エス)に対し、出来ないことをしようとする男ではないと評価している辰海(たつみ)は瞳で射通す。
 辰海(たつみ)からジッと見詰められ、何とも居心地の悪さを感じるも、ゆっくり視線を逸(そ)らしてS(エス)は耐(た)えた。
「…出来るのか?」
「ユビの安全を確保してくれるならってとこです。俺が出来ることをそちらのメンバーじゃ出来ないから、協力なんですよね?」
 辰海(たつみ)とS(エス)は互いに落としどころとしては悪くないと感じているのが悟られないよう、腕を組んで席の背凭(せもた)れに体重をかける。
 ――……数秒の沈黙(ちんもく)後、辰海(たつみ)が首を縦に振った。
「わかった。いいだろう」
 その一言に、ユビと博雪(ひろゆき)、S(エス)は胸を撫(な)でおろす。


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