ユビの兄

「でも、きっと、あの環境なら薬ってやつを持ちたいって思うかもとか、ちょっと思うし。実は持っててもおかしくないのかもって考えも…出てきて?」
「うん」
「なんか段々、兄さんは本当はどんな人で、どんな最期(さいご)だったのかなって気になりだした。でも気になっただけで、俺は兄さんのこと色んな人に何言われても、何も言えないんだなって分かってきたから、なんだかなって…」
 弱々しくもゆっくりと、自身で考えた言葉を紡(つむ)ぐ。
 それは徐々(じょじょ)にユビの持つ記憶が、兄は正しい人だったと信じたい想いに繋がる。
 だが歳を重ね、一姫(かずき)が置かれていた状況が今の自身に耐(た)えられるものか考えると、逃げたくなると思ったのだ。
 一姫(かずき)が違法薬物を持っていたとしても、持っていなかったとしても、法の下(もと)で話し合えない現状に、ユビは漸(ようや)く『どちらであっても擁護(ようご)できない』と気付く。
「今更知りたいって兄さんに言ったら、薄情者(はくじょうもの)って思われんのかな」
 ユビは組んでいた腕を解き、カウンターテーブルの段差に隠したままの日記帳を指先で撫(な)で、少し俯(うつむ)く。
 確固(かっこ)たる意志で調べようとしているわけではないし、S(エス)のような聞き込みや調べものをする程の執着(しゅうちゃく)も、辰海(たつみ)やツヅリのように詰め寄る強さも無い。
 だが、ユビは自身の中にある朧気(おぼろげ)な兄の笑顔が優しくて好きだ。
 ただ好きだから、大切に扱(あつか)う為の行動が取れたら良いのにと、覚悟も無く思う。
「……まぁ、都合(つごう)が良い弟だぜって、呆(あき)れるんだろうな…」
 ユビは眉(まゆ)を八の字にし、心許(こころもと)無い感情を滲(にじ)ませて笑(え)む。
 その顔は17歳の青年がしたものだったのに、随分(ずいぶん)幼く世界に映った。
 すると次の瞬間、ユビの頭はつい先程まで見ていた大きな手の平で、ぐしゃぐしゃと撫(な)で回される。
「ウオッ!?」
 咄嗟(とっさ)のことで反応が遅れたが、少々乱暴(らんぼう)に頭を揺さ振る手を掴み、勢いのまま引き離す。
 そして端正(たんせい)な顔を不機嫌(ふきげん)で歪(ゆが)ませ、怒りをぶつけた。
「S(エス)てめェ!」
「なんだよ、元気じゃないですか」
「うるせェ撫(な)でんな!」 
 全身の毛が逆立った猫の様に威嚇(いかく)するユビへ、相も変わらず胡散臭(うさんくさ)い笑顔でS(エス)は応える。
「やっぱ荷が重い話だったか~。俺ってばクソガキだから大丈夫だと思ってました。失敗失敗」
「クソガキ言うな!」
「悪(わり)ぃ悪(わり)ぃ。ま、なんだ。またジュースとか奢(おご)ってやるから機嫌(きげん)直せよ」
「子供扱いすんな!」
「えーなにお前、扱(あつか)いにくいレディーなんですか?」
「男ォ!」
 カウンター越しに始まった2人のじゃれ合いに、辰海(たつみ)とツヅリは真顔となる。
 博雪(ひろゆき)は目を閉じ、頭を片手に預けて俯(うつむ)いた。
 だがユビはそれにすぐ飽(あ)きたのか冷めたのか、歪(ゆが)んだ顔のまま身を引く。
 ふんっと鼻息をひとつ大きく吐(つ)いて、髪を整えながら椅子(いす)に腰掛け直すと、先に体勢を整(ととの)え終えていたS(エス)と目が合う。
 ユビがまた何かされるのではないだろうかと少し身構えると、それを見越してかS(エス)は片肘(かたひじ)をテーブルについて顎(あご)を預けた。
 そして今度は柔(やわ)らかく微笑(ほほえ)む。
 今しがたあった揶揄(からか)いは欠片(かけら)も無い。
「兄ちゃんのこと知りたいって思えたの、俺は良いことだと思うぞ、ユビ」
「え」
 S(エス)からの突然の肯定に、ユビは動揺(どうよう)を見せる。


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