ユビの兄

 
 ――馬鹿だと思う父が家族として息子にどう接しているか、白雪(しらゆき)家へ金を出した真意を血の繋がる者として知りたい。
 
 傍(はた)から聞けば『世間体(せけんてい)』の一言で済みそうなことだが、S(エス)はそれだけの為に回り道のような行動と努力をしている。
 それは考えるまでもなく世間(せけん)では小さなことで、大層(たいそう)おかしなことなのかもしれない。
 なぜなら誰も得をしないから。
 知っても知らなくても、世界が動くようなことでもないから。
 誰もがそう思う程度のことなのだから、当の本人であるS(エス)は重々承知の上だろう。
 だが、それでもいいかと思わせる何かがあるのだ。
 ユビはそれが何なのか少しばかり考えてみたが、皆目見当(かいもくけんとう)もつかない。
 そんな思考の中で、ユビの眉間(みけん)に深く皺(しわ)が刻まれた。
(でももう、10年も経ってるのに、今更――……)
 S(エス)の努力を目(ま)の当たりにしながら、で(・)も(・)やらだ(・)っ(・)て(・)と脳裏(のうり)に過(よ)ぎるのは当然だ。
 今、思い付きで兄を知りたいと言い出した――そう思われることが怖いのだから。

 ユビは今更、S(エス)に感化されて知りたくなった。
 一姫(かずき)はどんな人で、どんな死を迎えたのか。
 『兄を好きなら好きな分、傷付くことになる』――そうS(エス)は言った。
 確かにユビにとって一姫(かずき)は好きな人で、きっと知れば、知らないままで良かったと思うことも出てくるだろう。
 それで傷付いたり、失望することがあるかもしれない。
 ユビは『それでもいいか』と思えるものをまだ持っていない。
 ただ妙(みょう)だと思うことばかりが増えているだけだ。
 ――親は一姫(かずき)の死因をはぐらかし、一姫(かずき)の最後の日記は行方(ゆくえ)知れず。
 ――あの日から10年経って訪ねてきた胡散臭(うさんくさ)い男と威圧(いあつ)的な女達は、ユビの目の前で一姫(かずき)を起点にした別の話を繰り広げている。
 ――そして一姫(かずき)の死に関わっているだろう男、毒嶋(ぶすじま) 匡(きょう)。
 ――この一連の元凶(げんきょう)であろうにも関わらず、触れることが出来ないフロスト社の現社長。
 この全てが、ユビの知る世界の外側でしかない事実。
 知りたくないかと己に問えば、答えは知りたいの一択だった。
 きっと知らないままでも生きていけるが、行動すればよかったと後ろ髪引かれる未来の自身が想像できる。
 ただ、この気持ちに対して漠然(ばくぜん)と、誰からも求められていない行動なのではないかと考える不安もある。
 ユビはそんな出口の無い心細さを、何と無しに吐露(とろ)した。
「俺の兄さん、すげェ優しい人だったんだけどな…」
 ぽつりと出たその呟(つぶや)きに、場は静まった。
 カウンター席に座るS(エス)と辰海(たつみ)とツヅリは、それこそ少し目を見開いている。
 そんな中、博雪(ひろゆき)は自身と同じように、ユビもただ黙って遠くを見ていただけだと思っていたので、突然の発言に驚いて様子を窺(うかが)った。
「ユビ?」
 博雪(ひろゆき)は小首を傾(かし)げ、目の合ったユビへ瞬(またた)きを繰(く)り返した。
 するとユビも博雪(ひろゆき)を真似(まね)るように小首を傾(かし)げると、細く息を漏(も)らす。
「俺、兄さんのこと、何も知らないなって思って」
「どうしたの急に」
「なんか…S(エス)とか探偵さん達のが、兄さんに詳しい気がして」
「そりゃまぁ、この人達調べるのが仕事だからね」
 どこか自信無さげに話すユビに、博雪(ひろゆき)は至極(しごく)真っ当な答えを返す。
 それに続く形で、3人も「まぁ…」とだけ零(こぼ)した。
 だがユビの言いたいことは、もっと手探(てさぐ)りな違和感だ。
「それはそうなんだけど、なんていうか、ここ3人が言ってることと、俺の知ってる兄さんが当て嵌(は)まらないっていうか…やっぱ変なんだよな」
 腕を組みつつ悩ましいと声の低さで訴(うった)えるユビの様子に、博雪(ひろゆき)は出来る限り代弁することを心掛ける。
「えー……っと……あー、印象が違うっていうか、イコールにならないって言いたいの?」
「んー、多分、そう…かも。兄さんはドラッグとか、自分から欲しいって言う人じゃなかったと…思うっていうか…」
「どうして?」
「真面目で優しかったし、運動も勉強も出来てたって聞いたことあるし、親は俺にあんま構ってくれなかったけど…兄さんはずっと俺のこと看(み)てくれた、から…?」
「うん」


.
5/8ページ