ユビの兄

(…納得だけど、俺はこれに頷(うなず)いてるだけでいいのかな)
 ユビにとって親は親でも、一姫(かずき)が死んでから実感したものはそうでない。
 自身を育ててくれていたのは兄だったと考える時間が、通信制高校に通いだしてから増えていることを思い出す。
(俺が兄さんのこと親のことより知らねェのは、なんつーか、違う気がする)
 昨日はS(エス)がただの不審者(ふしんしゃ)であったため、一姫(かずき)と家族である自身より兄を知っているのかと食って掛かった。
 だが蓋(ふた)を開けてみれば、日記も骨も持っていないS(エス)の方が一姫(かずき)の人生にどんな可能性があったのか、ユビよりも多く知っていた。
 今、ユビの目の前で話している探偵事務所の2人も、もしかしたらS(エス)より一姫(かずき)の可能性について知っているかもしれない。
 ユビはそんなも(・)し(・)も(・)に肩を強張(こわば)らせる。
(……優しい人だった記憶は有る。ずっと構ってくれたし、今の俺から見たら完璧な人だった)
 ――一姫(かずき)は、生きていれば今年で29歳。
 S(エス)が持っていた写真は、恐らく高校の卒業アルバムにあった18歳の一姫で、今17歳のユビと容姿が瓜二(うりふた)つだ。
 目立つ違いといえば髪型くらいだろう。
 だからこそ過去を思い起こせば、どれだけ窮屈(きゅうくつ)な家庭であったか考えずにはいられない。
(15の俺で親の傍(そば)に居るのを諦(あきら)めた。けど兄さんは19まであそこに俺と居てくれたんだから、きっと、もっとしんどかったよな…)
 
 白雪(しらゆき)家の事実として、両親は相思相愛で仲が良い。
 そして2人揃(そろ)って酒と煙草(たばこ)とギャンブルが好きで、仕事を面倒がり、実子(じっし)に興味を抱いていなかった。
 母からすれば一姫(かずき)もユビも、胎(はら)に入ってしまったから外へ出しただけ。
 父からすれば、外国の血を感じる愛した女によく似た息子が急に出てきただけ。
 母によく似た女であればと父に名付けられた『姫』という漢字は、不満の表れだった。
 出産とは大凡(おおよそ)喜ばれる出来事だというのに、父母からすればそれは愛の延長であっても、幸せに繋がるものでなかったのだ。
 それでも目出度(めでた)い第一子(だいいっし)であった一姫(かずき)は、父方の祖父母がよく面倒を看(み)ていた。
 父方であった理由は、母の実家が遠方であったことと、長年連絡を取っていなかったからだ。
 誰も深く訊(き)くことは無かったが、ユビも含めて身内と呼べる存在は母の故郷(こきょう)が日本でないことを察している。
 父方の祖父母なりに気遣(きづか)い、息子が取った行動の責任を被ったのだ。
 明確な説明は孫である一姫(かずき)とユビにされることは終(つい)ぞ訪れなかったが、そういった不可侵(ふかしん)の空気感は伝播(でんぱ)する。
 すると考えるまでもなく、息子夫婦の不誠実な態度は祖父母の不満に直結し、それは時間と共に肥大(ひだい)した。
 一姫(かずき)が小学校高学年に上がる頃には、祖父母の孫を看(み)る姿勢は愛情からくるものでなく、世間体(せけんてい)を重視した義務的なものとなる。
 そして干支(えと)が回り第二子としてユビが産まれた時、既に父方祖父母との関係が疎遠(そえん)になり始めていたことを、一姫(かずき)は把握(はあく)していた。
 それも相成(あいな)って、ユビの幼少期の記憶は部分的に鮮明だが、他は朧気(おぼろげ)である。


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