ユビの兄
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「もういいか…」と肩を落とし、博雪は16時前であるが閉店作業を始める。
昨日と同じようにCLOSEの看板を外に見えるよう扉の窓際へ立て、カーテンを閉めていく。
だが今日は扉の鍵をかけなかった。
話が終わり次第、早急に3人を追い出す為である。
遠慮が無くなってしまえば話が進むのも早いだろうと踏んでの行動だが、これを好意的に捉える者はこの場に居ない。
博雪はユビに前以って椅子をキッチン内に用意させていたので、カウンターの3人と向かい合う形になるよう並んで腰を下ろした。
博雪が店内を回っている間、Sはというと、辰海にたどたどしく己の表向きな目的を説明していた。
「俺の目的はフロスト社じゃなくて毒嶋家とビジネス関係無く、フラットに関わりたいだけでしてー…って前から言ってるじゃないですか」
「その真意が分からんと言っている。なんだ、ドラッグでも始めるのか?」
「ンなわけないでしょ!」
しかしそれも辰海に軽くあしらわれる。
「S、我々の最終目的は人探しだと何度も言っているだろう。どうして協力してくれない?」
「いやだからぁ…俺はどうあっても息子止まりだって言ってンでしょ。しちの探偵事務所さんは息子がダメだった時、そっから社長まで伸びるんでしょ? 勘弁してください、俺はマジで社長無理」
協力を持ちかけるくせにおもねる様子が微塵も無い辰海をウザったそうに手で払うSに、ツヅリが手の平を向け、Sの行為を柔らかく制止する。
「ツヅリン達も社長まで伸ばしたくないってば。そもそも息子が社長を敬遠してるのは聞き込みで分かってるの。息子を無理にでも巻き込むネタが弱くてダメになりそうだから協力してってだけだよ~? それまで協力しようよ~」
唇を尖らせながらわざとらしく媚びるツヅリに、Sは頭痛を抑える仕草を見せる。
大振りな動作や表情を続けるSはどこか滑稽だが、そうでなければ場の空気が喧嘩腰になってしまうと想像できるからだ。
それをユビと博雪は黙って見守ることでSへの理解を示し、次にアイコンタクトを取った。
元々Sに見せるつもりで持って来ていた一姫の日記は、3人には見えないキッチン側――カウンターとの段差部分に置いてある。
(…探偵はまだよく分かんないけど、Sの目的は毒嶋家だから、多分匡って奴が逃げないように兄さんのことで不都合な証拠が欲しいんだよな? 探偵もSと欲しいものが同じってこと? だったらやっぱ日記?)
それをどう使うかユビには見当もつかないが、Sの思考に関しては仮説が立てやすい。
フロスト社の社長に『とある社員の死因に御宅の息子が関わっているだろうから、親心で金を出して隠蔽工作したのか、ただの世間体で都合が悪いから庇ったのか教えてくれ』と、突然訊ねても、Sはフロスト社から摘まみ出されて終わるだけ。
ならば『この答えを教えてくれるなら、そちらにとって不都合な情報を捨てる』と言える、交渉材料を準備する――それは子供でもすることだ。
(社長相手は面倒だから、社長よりも駆け引きが楽で手を組めそうな息子の方がマシってことだよな、これ。お父さんよりお母さんのがいいみたいな話? そういう感じなら俺も小さい頃、親より兄さんのが話聞いてくれたから納得なんだけど……)
そこまで思考を巡らせると、ユビの赤みを帯びた大きな瞳が、目の前の光景よりも遠くを見つめた。
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