ユビの兄

✦ 表紙イラスト
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 店内のカウンター席3つが、辰海(たつみ)とツヅリとS(エス)によって埋まり満員となる。
 それに向かい合う形で立ち続ける羽目となったユビと博雪(ひろゆき)は、気まずさを隠せなかった。
「来るのが早いよお客様~」
「んなこと言わんでくださいよオーナーさ~ん…」
 昨日の剽軽(ひょうきん)さが隣の彼女達には通じないのか、S(エス)は少々弱った様子で前髪を搔(か)き上げる。
 ユビから一姫(かずき)の日記を読ませてもらえるか確認するつもりで来たというのに、すんなりと事が運べそうにない事態を予想していなかったのだろう。
 S(エス)は現状を持て余し、困りあぐねているのを誤魔化(ごまか)すためカフェオレを一口飲んだ。
 辰海(たつみ)はそんなS(エス)に対し、カウンターを指先でトンッと一度鳴らしてツヅリ越しにこちらを見ろと合図を送った。
「やはりこの子は避けられないか、お互い」
 相変わらず強く射通す辰海(たつみ)の瞳に、ユビは自身が見られている訳でもないのに身震(みぶる)いし、S(エス)は眉を下げて口元を情けなく歪(ゆが)ませた。
「俺もまだ交渉中ですよ。そこの保証人というか、お父さんというか、オーナーさんがいるもんですから」
「ひ、博雪(ひろゆき)はお父さんじゃない!」
「ちょっと黙ってようね、ユビ」
 わざとらしく弱々しい態度を取るS(エス)のくだらない茶番に、ユビはまんまと乗ってしまう。
 博雪(ひろゆき)はそれをまた背中に回して隠し、半(なか)ば諦めながら話を続けるよう3人へ目配(めくば)せした。 
「…我々は今、この子に毒嶋(ぶすじま)の息子について聞いていたところだ。お前は?」
「あー、ソイツ息子について何も知らないですよ。教えたの俺なんで」
 さも辰海(たつみ)達の行動に意味が無いと言いたげなS(エス)の様子に、ツヅリは肩を竦(すく)める。
「なんだ~、S(エス)が教えたの~?」
「……とんだ空振(からぶ)りだな…」
「残念ですね。そんじゃ今から俺がここ貸し切るんで!」
 弱々しい態度から一変(いっぺん)、S(エス)は両手のひらを辰海(たつみ)とツヅリに向け、笑顔で席を外すようジェスチャーした。
 帰れと率直に言わない辺りが何ともやらしい。
 しかし、辰海(たつみ)もツヅリもその笑顔へ虚無(きょむ)的に応える。
「お前どういう目的でここに来たんだ?」
「白雪(しらゆき)くんに息子のこと教えた理由も聞きたいな~」
 辰海(たつみ)の指先がカウンターをまた鳴らすと、ツヅリは席からすぐ立ち上がれるよう腰を浮かせる。
 獲物(えもの)を逃がさない獣(けもの)は辰海(たつみ)だけだと先程(さきほど)まで思っていたユビは、目の前の光景に固唾(かたず)を飲んだ。
 どうやらツヅリも獣(けもの)であり、S(エス)も獲物(えもの)なのだとユビは確信した。
 ――心底、厄介(やっかい)なものに出くわしてしまったものだ。
 S(エス)はそう口に出さずとも、しちの探偵事務所へ抱く、当たり屋同然のやり口(くち)に嫌々付き合う感情を隠さない。
 大きな溜め息と共にまた前髪を搔(か)き上げた。
 どうあっても、辰海(たつみ)達はこちらの事情を聞き出すつもりらしい。
「…近くに強(つよし)さんとクラリスさん居たりします?」
「黙秘(もくひ)する」
「したところで…」
「茉(あすか)とタッちゃんなら出し抜けるの?」
「ンなアホな。正直伊良(いら)さんでもツヅリちゃんでも無理ですよ。そこの2人となんて亀(かめ)と兎(うさぎ)です。牛沢(うしざわ)さんなら勝てるでしょうけど」
「それはまぁ、そうだな。だがそれも足だけじゃないか? そもそも同業者みたいなものなんだし、さっさと諦めたらどうだ」
「……はー、クソゲー…」
 S(エス)の力無くもわざとらしい、それでいてどこか恥ずかしそうに悔しがる、そんな複雑怪奇な百面相が4人に晒(さら)された。


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