ユビの兄

表紙イラスト
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 店内のカウンター席3つが、辰海たつみとツヅリとSエスによって埋まり満員となる。
 それに向かい合う形で立ち続ける羽目となったユビと博雪ひろゆきは、気まずさを隠せなかった。
「来るのが早いよお客様~」
「んなこと言わんでくださいよオーナーさ~ん…」
 昨日の剽軽ひょうきんさが隣の彼女達には通じないのか、Sエスは少々弱った様子で前髪をき上げる。
 ユビから一姫かずきの日記を読ませてもらえるか確認するつもりで来たというのに、すんなりと事が運べそうにない事態を予想していなかったのだろう。
 Sエスは現状を持て余し、困りあぐねているのを誤魔化ごまかすためカフェオレを一口飲んだ。
 辰海たつみはそんなSエスに対し、カウンターを指先でトンッと一度鳴らしてツヅリ越しにこちらを見ろと合図を送った。
「やはりこの子は避けられないか、お互い」
 相変わらず強く射通す辰海たつみの瞳に、ユビは自身が見られている訳でもないのに身震みぶるいし、Sエスは眉を下げて口元を情けなくゆがませた。
「俺もまだ交渉中ですよ。そこの保証人というか、お父さんというか、オーナーさんがいるもんですから」
「ひ、博雪ひろゆきはお父さんじゃない!」
「ちょっと黙ってようね、ユビ」
 わざとらしく弱々しい態度を取るSエスのくだらない茶番に、ユビはまんまと乗ってしまう。
 博雪ひろゆきはそれをまた背中に回して隠し、なかば諦めながら話を続けるよう3人へ目配めくばせした。 
「…我々は今、この子に毒嶋ぶすじまの息子について聞いていたところだ。お前は?」
「あー、ソイツ息子について何も知らないですよ。教えたの俺なんで」
 さも辰海たつみ達の行動に意味が無いと言いたげなSエスの様子に、ツヅリは肩をすくめる。
「なんだ~、Sエスが教えたの~?」
「……とんだ空振からぶりだな…」
「残念ですね。そんじゃ今から俺がここ貸し切るんで!」
 弱々しい態度から一変いっぺんSエスは両手のひらを辰海たつみとツヅリに向け、笑顔で席を外すようジェスチャーした。
 帰れと率直に言わない辺りが何ともやらしい。
 しかし、辰海たつみもツヅリもその笑顔へ虚無きょむ的に応える。
「お前どういう目的でここに来たんだ?」
白雪しらゆきくんに息子のこと教えた理由も聞きたいな~」
 辰海たつみの指先がカウンターをまた鳴らすと、ツヅリは席からすぐ立ち上がれるよう腰を浮かせる。
 獲物えものを逃がさないけもの辰海たつみだけだと先程さきほどまで思っていたユビは、目の前の光景に固唾かたずを飲んだ。
 どうやらツヅリもけものであり、Sエス獲物えものなのだとユビは確信した。
 ――心底、厄介やっかいなものに出くわしてしまったものだ。
 Sエスはそう口に出さずとも、しちの探偵事務所へ抱く、当たり屋同然のやりくちに嫌々付き合う感情を隠さない。
 大きな溜め息と共にまた前髪をき上げた。
 どうあっても、辰海たつみ達はこちらの事情を聞き出すつもりらしい。
「…近くにつよしさんとクラリスさん居たりします?」
黙秘もくひする」
「したところで…」
あすかとタッちゃんなら出し抜けるの?」
「ンなアホな。正直伊良いらさんでもツヅリちゃんでも無理ですよ。そこの2人となんてかめうさぎです。牛沢うしざわさんなら勝てるでしょうけど」
「それはまぁ、そうだな。だがそれも足だけじゃないか? そもそも同業者みたいなものなんだし、さっさと諦めたらどうだ」
「……はー、クソゲー…」
 Sエスの力無くもわざとらしい、それでいてどこか恥ずかしそうに悔しがる、そんな複雑怪奇な百面相が4人にさらされた。


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