しちの探偵事務所

「……失礼、それでは話を戻します。13年前の流行はやりの起因ですが、地方都市にあるテクノロジー企業きぎょうが密売組織との仲介ちゅうかいに協力していたこと…だと、うわさされています」
 辰海たつみの薄く開かれた目が、ゆったりとユビに向けられる。
「君のお兄さんの就職先が、そのテクノロジー企業きぎょう会社であるフロスト社だ。白雪しらゆきくん」
 血の色がけている、温度の感じられない瞳がユビを反射した。
 似た瞳の色を持つ辰海たつみにユビは少々気圧けおされたが、話の中で引っかかりを覚えた点に意見しようと上体を前のめりにして話し出す。
「兄さんが就職したのは2007年だ。えーっと…13年前なら関係無い」
「あー…表現が悪かった。お兄さんじゃない。お兄さん関係あるのがフロスト社なんだ」
「……ん?」
 辰海たつみの言い直した内容にユビの思考はこんがらがる。
 それを察し、辰海たつみは両手を左右に動かしながらろくろを回すように説明しだす。
「ドラッグの取引先である関係組織や団体に関しては、一部暴対法に該当がいとうするものもある。が、フロスト社取締とりしまり役である毒嶋ぶすじま社長とその親族のパイプが多方面に太いせいか、事件に関係していると分かっていても、取り締まれていないのがこの10数年間の現実だ」
「……つまり…?」
「10年前、フロスト社が仲介ちゅうかいに協力した密売組織が、関東地方にドラッグや違法武器の商売範囲を広げようとした。結果としてそれは当時の警察組織に防がれたが、それでもこの地域での息は今も続いてる。その勢いが最高潮さいこうちょうの時なんだ、君のお兄さんが亡くなった時期は」
 回りくどい話の運び方に、ユビは薄々辰海たつみとツヅリがSエスと似た部類に立つ人間なのではないかと考えだす。
 みずからの目的に何故か『白雪しらゆき一姫かずき』という故人こじんが通過点にいる――そんな違和感だ。
 だがユビも、それを違和感だけで片付けて良いとも思えない性分であるがゆえに、投げやりにはなれなかった。 
「…話がちょっと…見えてこない、です」
「回りくどくなってすまない。ただ説明をはぶいていいとも思えなくてな。我々がきたいのは以上のことを踏まえた上で、君のお兄さんがくなる原因になった人物を知っているか、いなかだ」
「もし知ってるなら教えてほしいし~、知らないならこの話は一旦いったん忘れてほしいの~」
 親しみやすいにこやかな笑顔のツヅリの横で、相変わらず表情が変わらない辰海たつみは両手の指を組む。
 カウンターに置かれたその手は、少しばかりりきんでいるように見えた。
 そんな辰海たつみとツヅリに見つめられる中で、ユビは「やっぱり」と言いたげに腕を組む。
 2人からの話は突拍子とっぴょうしもないものばかりだが、Sエスとの件で多少の余裕を抱いてしまったユビにとって、しんに探られているのは一姫かずきの死因になった人物の後ろにある〝何か〟だと分かってしまった。
 しかし、博雪ひろゆきにはユビにそんな余裕があることは分からない。
 博雪ひろゆきはユビの様子をうかがうように顔を覗き込んだ。
 何を言うでもないが、もしユビが目の前の2人に拒絶反応を示すようなら、多少のクッションになろうとしていることは明白だ。
 そんな博雪ひろゆきの分かり易い行動に、ユビはまた大切にされていると思えた。
「大丈夫。ちょっと考えてるだけだから、博雪ひろゆきも待ってて」
「…そう」
 身長差から生じる博雪ひろゆき上目遣うわめづかいは、丸い目の形をしたツヅリとは違ってれた目が強調され、するどい印象をユビに残す。
 50歳手前の男にされても可愛さというものは微塵みじんも無いが、これが本当の親から与えられなかった気遣きづかいなのだと思うと、ユビの口元はわずかにほころぶ。
 だがそれを見るや、本当に大丈夫なのだと確信した博雪ひろゆきはすぐさまユビから半歩離れるのであった。
 ユビは博雪ひろゆきからされた一瞬での見切りに何とも表現しがたさみしさを感じたが、カウンターをはさんだ彼女達からの親子を見守る様な視線に気付き、あわててせき払いをする。
 ――昨日さくじつSエスが言った『彼の死因に繋がった誰か』という言葉と、辰海たつみの言う『お兄さんがくなる原因になった人物』という言葉が引っ掛かりとなっていた。
Sエスはローカル新聞で…とは言ってたけど、兄さんの正確な死因を俺は知らない。でも現場は見た。もう結構経ったから曖昧あいまいなとこはあるけど、記憶の兄さんは無傷だった…)
 唇に指を当てながら思い出す兄――一姫かずきの姿。
 死後数日経っていただけでなく、雨に打たれ、虫に食われ、一部は無残なことになっていた。
 しかし服に乱れたところは無く、防御創ぼうぎょそうといった目立つ外傷も見当たらなかった。
 それで連想することは、病気や発作ほっさ、自殺。
 仮に要因が親の言う内容と違い、Sエスの言う通りドラッグ等の外部にあったとしても、それすら含めて一姫かずきみずからの幕引きであったならユビは何もしてやれないと思っていた。
 しかし一姫かずきの日記はネガティブな表現が極端きょくたんに少なく、もしかしたら死んでしまうのではと思わせる素振りも生前には無かった。
 なら、死後には死因の黙秘もくひ強請ねだる取引があった可能性まで生まれてしまう。
 するとユビの脳裏のうりに浮かぶのはひとつ。
(兄さんは――……)

 白雪しらゆき一姫かずきは、誰かに殺されたのではないか?――という、疑点。
 
 そしてそれに一番近い人間が、Sエスの言っていたフロスト社次期社長候補になる毒嶋ぶすじまきょうなのだと、裏付けを求めて彼女達はここに来ているのではないか?
 
 そう考えると、全くの無関係だと決め付けることが出来ない。


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