ユビと博雪

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 朧雲おぼろぐもで月も星も見えない初更しょこう博雪ひろゆきはユビの部屋へ招かれた。
 スライドドアを開けた先にある5じょう程の部屋には、大手家具用品店でまとめ買いした、白が基調のシンプルなデザインベッドとシステムデスク。
 ただ寝て、ただ勉強をするだけの空間に、博雪ひろゆきは真顔となった。
「入るたび思うけど、年頃なんだしもっとこう、遊ぶもの置いてなよ」
「って言っても大体スマホで済むからなァ」
現物げんぶつ欲しくならないの?」
「かさばるし、別に。ソシャゲもやってるのパズルだし、動画の更新追うからテレビも観ないし」
「…あっそ」
 デスクの上は教材や文房具ぶんぼうぐ、型落ちしたノートパソコンが散らかるだけ。
 その他はせまいクローゼットに納まりきる季節の衣服や、少ないかばんと日用品。
 掃除用品がリビングに備わったパントリーにあるからか、ユビの部屋には掃除用具がゴミ箱ひとつで済んでいるため、まるで物が無い。
(…確かにこれだけ物を持たない子なら、遺品くらい荷物にならないって思っちゃうのかもね)
 博雪ひろゆきはゴミをまとめる時に立ち入る程度のユビの部屋を改めてぐるりと見渡してから、無遠慮むえんりょにベッドへ腰を下ろす。
 それを見るやユビはキャスターの付いた学習椅子いすに座り、デスク横のシェルフから一姫かずきの日記帳と骨壺こつつぼを取り出した。
 葉書はがきサイズで背幅に厚みの無い淡い色をした日記帳数冊と、小物入れに見える桜の柄が入ったふた付きの陶器とうき
 博雪ひろゆきの目の前に差し出された両手に納まるそれらが、ユビの兄である一姫かずきが生きた証明だった。
「どっちも開けたらわかるけど、本当に何にもないんだよ。特別なこととか、変なものとか」
「…うん」
「日記は俺が生まれた日からつけてて、最初は俺の面倒見てくれてる内容だけど、それも時間が経ったらほぼ学校の事とかバイトのことになって、就職先決まってからはインターンで少し大変ってくらいしか書いてない」
「読んでも?」
「いいよ。真空パックらしいからつぼも開けて大丈夫」
「へー、そんなところにも真空パックって使ってるんだ…」
「俺も知らなかった。カビとかの心配が減るからって、あの親にしてはスゲェ丁寧ていねいにしたな~って。ノリだったかもしんないけど」
 困ったように微笑ほほえむユビへ博雪ひろゆきは目を細めると、知るつもりもなかった知識を忘れるように、一番手前に置かれた日記帳を手に取る。
 パラパラと薄い紙がめくれていく音が、物が少ない空間で反響した。
 それから数分もすると博雪ひろゆきは似た内容にきて日記を閉じ、つぼの中身の確認へ移る。
 そこには確かにユビの言った通りのものがり、また目を細めた。
「人ってこんなに小さくなれるものなんだね」
「な。骨を宝石にするサービスもあるって聞くし、もっともっと小さくなるのかも、生き物って」
 2人でしみじみと一姫かずきを眺め、それも見飽きると、博雪ひろゆきはユビへ話題を振る。
「それで、日記はSエスに見せるの?」
 元々の議題に返ったことで、ユビは目を閉じ、悩むフリをした。
「…んー、俺は見せても別にいいと思ってるんだけど…内容もまぁ知ってるし。博雪ひろゆきはどう思う?」
「僕?」
「読んだわけだし」
 ユビの団栗眼どんぐりまなこ博雪ひろゆきとらえ、答えを待つ。
 そのから逃れるように博雪ひろゆきは顔を少し下へ向けた。
「僕も見せていいと思うよ。何がSエスの知りたいことに繋がってるか分からないし」
「じゃあ、明日持って行くか」
「うん、そうだね」
 それだけ確認すると博雪ひろゆきはベッドから立ち上がり、ユビに日記帳とつぼを手渡しで返す。
「大切にしてあげなよ」
 渡されたそれを一瞥いちべつし、ユビはうなずいた。
「それじゃ僕、先にシャワー浴びるから」
 博雪ひろゆきはそう言うと、ユビの部屋を後にする。
 軽い音を立てながらスライドされて閉められた扉を、ユビは少しの間、見つめたまま固まっていた。
 博雪ひろゆきの足音が消えるまで微動びどうだにせず、何度か呼吸してから立ち上がった。
 それからようやつぼを元の場所に戻し、一姫かずきの日記帳を普段使いしているリュックの中へ入れる。
(…博雪ひろゆきは、兄さんを〝1人ひとり〟って数えてくれるんだな……)
 この時初めて、物言わずただたたずむだけの一姫かずきを、もう少し綺麗きれいに飾ろうかと思案しだすユビであった。


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おまけ漫画
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