ユビと博雪

 みずからを裕福と言えたり学歴を隠さない時点で、別の世界に住んでいることは明白。
 実は揶揄からかって遊んでいるのだろうかと不安にもなる。
(いやでも服装はゆるいけど、裕福って言われたら納得するくらい身嗜みだしなみ整ってるし受け答えに余裕が有るんだよな…っ!)
 どうでもいいであろう子供の身の上話を聞いたり、焼き鳥をしまず分け与えたり出来るこの男に、自分は一体どう答えたら良いのだろうかとユビは思い悩む。
 そして博雪ひろゆきはというと、うんうんとうなりながら眉間みけんしわを寄せて悩むユビを眺め、改めて彼の顔や体型といった全体図を確認していた。
 くたびれた制服は襟元えりもとも汚れて不潔ふけつだが、ユビの顔は目鼻立ちが整っていて背も高い。
 多少髪がパサついているものの、黒の中に僅かな緑の光沢が見える。
 細身であるのが家庭環境の影響なのか食の好みなのかは不明だが、一般的な価値観で考えると、持てはやされる部類だ。
(…多分、知らないだけで少なからず白人の血が入ってるんだろうな。やっぱり骨格から違う)
 だがユビの外見的特徴とくちょうと言えるものは、それくらいしかない。
 どんな人間であっても愛情を受け取っていれば、身なりや表情、仕草や言葉遣い、身にまとう服や手に持つ荷物で愛の一端いったんが見えてしまうものだ。
 例え独りで生きているのだとしても、独りで生きられるまで育てた誰かが必ずいる。
 だが、博雪ひろゆきの目に映るユビにはそれが希薄きはくだった。
 ユビを通して見える愛情というものは、腰ポケットに入っているスマートフォンくらいだろうか。
 だがそれも、ユビが働きだせばどうなるのだろうと考えるまでもない……気すらする。
 それなのにユビという少年は、怒りもあきれもせず、親が言うから親に消費される人生を歩む手前に立っているのだ。
 そしてそれを誰に相談するでなく、見ず知らずの中年に泣きながら話す。
 同年代の友達といった存在は、一切語られていない。
 それが博雪ひろゆきへ、子供にとって親は絶対的存在であり、ユビに信頼できる友達がいないのだと教える。
 
 ――閉鎖へいさ的で孤独な話だ。
 子供は愛情を与えてもらう為に構ってほしいと泣き、子供自身が成熟すれば、いつの日か義務になるのは親の方だというのに。
 兄弟や姉妹といった存在がいれば、家族の関係や形はまた変わっていくというのに。
 完成しない形を時間をかけて築いていくからこそ、他人は家族になれるというのに。

 そんな移り行き変わっていく愛情を欠片かけらも感じさせず、まだ幼いのに義務を果たそうとしているユビの姿は、博雪ひろゆきにとって面白くなかった。
(……何なんだろうね、本当。お前の人生は)
 ――面白くないのなら、面白くなってほしい。
 ユビという少年がこれからどうしてみたいのか、博雪ひろゆきは知りたくなった。
 
 〝もし家族から離れることが出来て、己が背負うものも最小限になった時、この少年はどうなるのだろう〟

 たったそれだけ。
 だからこそ、たったそれだけが知りたい博雪ひろゆきは手をくす。
「…ねぇ、もし働いてくれるなら僕の部屋に居候いそうろうしてくれていいよ。まだ築数年だし、ちょうど一室余ってるし」
「……いそうろう…?」
「住んでいいってこと。親の目から離れられるから、通信制高校にだって通いやすくなるんじゃない?」
「え!」
 博雪ひろゆきの提案でユビの瞳に光が差し込む。
「当然だけど給料は出すし、それを学費にてても…スマホとか、それこそ親への仕送りにしたっていい。衣食住は僕と同じだから、家事をするって形で家賃やちんを払ってくれれば、僕もらく
「あ、え、でも、それ」
「なに?」
赤松あかまつさんに…メリット少なくないですか?」
 詐欺さぎのように美味うまい話だということは、言っている博雪ひろゆきも聞いているユビも分かっている。
 だが博雪ひろゆきにとってのメリットは、ユビの思うメリットとは種類も区分も道筋も、全てが違うのだ。
 メリットが少ないだなんて指摘してきをまさか中学生の子供に言われるとは思っていなかった博雪ひろゆきは、あごに手を当てて考える素振そぶりを見せた。
「僕のメリットかー…そうだなー…うん。確かに少ないね。でもそれで困ることも無いし、減るものももう無いんだよね」
「…減るものが、無い?」
「無いよ。僕はユビ君がどんな大人になるのか、少し興味があるってだけだから」
 またも淡々とした声と動かない表情筋で話す博雪ひろゆきに、ユビは少しくたびれた。
 どうやらこのどこにでもいそうな男は、どこにでもある価値観だけで生きているわけではないらしい。
 生き物として思考が違うのなら、否定も肯定もしないのは当然のことなのかもしれない。
 だからこそ、ユビにとって博雪ひろゆきは興味だけの対象でなく、観察の対象にもなった。
 ユビにもまた、自分と真反対の人生というのはどういうものだろうかと、ぼんやりした疑問が浮かぶ。
 
 ――このどこにでもいるオッサンは、自分の救世主きゅうせいしゅとなってくれるのか。
 
 決して短くはない時間の中で色々と話したからか、ユビの思考は迷宮に入ろうとしていた。
 まとまらない感情や隣に居る都合の良い条件を出してくる博雪ひろゆきの存在は置いておいても、この廃れた公園が自分にとって一体どういった場所だったのか。
 ぐるぐると頭の中を回る決めなくてはならない悩みや考えに言葉を失っている間、ユビは顔を上げ無言である一点を見つめる。
 そこは兄である一姫かずきの遺体が倒れていた所。
(…兄さん……)
 心で呼び掛けて脳裏のうりに浮かぶのは、暗闇で泥と虫と血にまみれる一姫かずき断片だんぺん
 気が付けば長居していたせいで、まぶたの裏にぎった五月闇さつきやみが現実と繋がる。
 夜のとばりは静かに下り、街灯の無い陰陰いんいんたる闇が広がりだした。


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