邂逅:S

表紙イラスト
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 喫茶店「赤松あかまつ」の前に立つその人物は、形を整えた短い顎鬚と、陽の光に反射するとどこか青みがかった黒髪のマッシュショートヘアにへーゼルブラウンの瞳を持っている。
 色白で細い、だが筋肉質な腕をしている平均的な身長の男。
 身にまとったワイシャツの袖を肘まで折り、シアンのカラーネクタイを緩く締めている。
 穿いている黒のスラックスはウエストだけが少し大きいようで、ベルトでずれ落ちない様に押さえていた。
 男はシャツの左胸ポケットに入った煙草の箱をスラックスの尻ポケットへ移動させると、一息吐いてから喫茶店の扉のノブに手を掛ける。
 静かに軋みながら開く扉の音とともに、キッチンから従業員が顔を覗かせた。
「っらっしゃいませ」
 声に張りはないが、居酒屋のような出迎えをした従業員に男は目を合わせる。
 従業員は男より拳ひとつ分程背が高く、髪は不揃いでパサついているが、目鼻立ちの整った同性の若者である。
 男は自分よりも背の高い従業員に「どうも」と小声で答えると、従業員に「お好きな席にどうぞ」と促されるまま窓際の席を選んだ。
 そして席に着くとすぐ透明のガラスコップに注がれた水と温められたおしぼりが従業員から男のテーブルに届けられる。
 男はすぐにそれらを手に持つと、手を拭いて飲み干した。
 従業員が立ち去る間もない速さで進めたそれに、従業員は驚きからか無言で固まっている。
 男はこの機を逃すまいと従業員へ話し掛けた。
「なぁ、白雪しらゆきユビって君だったりします?」
「え」
 目の前で起きる突然のことに、従業員――白雪しらゆき ユビは怪訝けげんな表情で身構えた。
「あぁ、自己紹介が先だよな。何から話そう。名刺渡した方が早いですかね?」
 そう言うやすぐに、男はどこからともなく名刺を取り出した。
「初めまして、俺はSエス。ここらで何でも屋を営んでる…仕事でならどこにでも居るオジサンだ。よろしく」
 明るく胡散臭うさんくさい言葉と営業スマイルの勢いに負け、ユビは色白の男―Sエス―からその名刺を受け取ってしまった。
 なんとも分かり易い上に手っ取り早いそれは、真っ白な紙のど真ん中に〝便利屋 Sエス〟としか記載がなく、企業住所も電話番号も書かれていない。
「紹介する気あんのかコレ!?」
 まるで子供のお遊びではないかと困惑しながら、受け取った名刺をテーブルに叩きつけると、ユビは先程Sエスが空にしたグラスを自分が持つトレーにせた。
「俺は確かに白雪しらゆきユビだけど、アンタみたいな胡散臭うさんくさいおっさんに訪ねられる様なこと身に覚えがェよ! 客じゃないならお帰りください!」
 おしぼりはそのままに、キッチンへきびすを返す。
 そんな一連の流れをカウンター越しに見ていた博雪ひろゆきは、店主でありながらユビを止めることもせず、だからと言ってSエスに近付くこともせず、ただ眺めていた。
 そうしているとキッチンに帰ってきたユビが見せた顔は、その端正な造形がどうしたらそこまで崩れるのか理解できない程、眉間みけんに深くしわを刻んだ不機嫌を表すものであった。
 地方都市であるが故に外を歩けばどこかしらから声が掛かる顔立ちの整ったユビは、軽率な誘いや馴れ馴れしく話し掛けられる行為を好まない傾向がある。
 博雪ひろゆきはそれを知っているため、悪手としかならないファーストコンタクトをしてしまったSエスに苦笑いをするしかなかった。
 窓際で失敗したか〜と呑気そうに構えるSエスとは打って変わって、シンクに空のグラスを割れない程度に強く置くユビの対比は、博雪ひろゆきからすれば波乱の予兆だ。
 物に当たるユビの姿へアララ…とだけ小声で溢すと、目の前の鋭い眼光が博雪ひろゆきる。
「なんだアイツ!?」
 一部始終を眺めていた博雪ひろゆきからすれば、ユビの不満はごもっともだ。
「街のキャッチやスカウトでももうちょっとマシだぞ!」
「そうなんだ。僕そういう経験無いから…」
「名刺のど真ん中に〝便利屋 Sエス〟としか書いてなかったんだけど!」
「おぉ…それは……久々にヤバいお客さんが…」
「感心してる場合か! 帰らそうぜ! 客か!? アレ!?」
 決して広くはない店内にキッチンでの会話が響く。
 営業こそしていても、接客を懸命にするタイプではない店主と従業員であることは誰の目にも明白だった。
 コツコツとくたびれた革靴の踵を鳴らし、Sエスはそんな2人のもとに行く。
「アンタら少しは俺に配慮はいりょしてくださいよ。悲しくなっちゃいます」
「って言われましてもねぇ…来店早々名札も付いてない従業員を名指しされちゃ、こちらも身構えますよ。お客様」
 Sエスのカウンター越しのでの再登場に怪訝けげんな表情を隠さないユビ。
 そんな彼にSエスを任せられず、博雪ひろゆきがやや面倒臭そうに応対する。
「一応今は私がこの子の保証人でして。事の次第では本当に叩き出すことになるんですよ」
「なるほど。だったら貴方を説得できれば俺の用件を聞いてもらえます?」
「そうなりますかね?」
「そうなりますな」
 にこりと作られた笑顔で腰に片手を当てるSエスと、彼より低い視点から上目遣いで品定めをするかの様に目を動かし、腕を組む博雪ひろゆき
 壮年に差し掛かる男と中年の男が、青年であるユビとカウンターを挟んだ状態で数秒黙って互いを見定めようとしていた。
 だが、話の中心に来るはずのユビが蚊帳かやの外である現状にユビ本人が納得できず、頭を左右に回しながら焦りを滲ませる。
「お、俺の説得は!?」
 わたわたと落ち着きなく体を揺らすユビにSエス博雪ひろゆきは僅かに視線を向ける。
 それもそうかと2人は肩から力を抜いた。
 博雪ひろゆきらちが明かないのは避けたいと思い直し、Sエスに「ご注文をどうぞ」とだけ投げかける。
「じゃあ、カフェオレをひとつ」
 Sエスの注文を聞き届ける中、ユビと博雪ひろゆきは存外甘いもの好きなのだろうかと内心で考えるのだった。


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