しちの探偵事務所

✦ 表紙イラスト
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 灰色の雲から溢(あふ)れだした雨が、ランチタイムの終わりを告げる。
 窓を覗くと、雨下(うか)に映(は)える紫陽花(あじさい)の淡い紫と青が、少し離れた民家(みんか)から顔を出していた。
 アーケード内へ続く道には人っ子一人(ひとり)いない。
「もうこれ、今日はS(エス)しか来ねんじゃね?」
「嫌(や)なこと言うね~」
 喫茶店内から頭を揺らすユビのぼやきに、博雪(ひろゆき)はキッチンでコーヒーカップを磨(みが)きながら眉を下げる。
「まだ2時間はあるんだから雨宿(あまやど)りに誰か来るかもしれないでしょ」
「…って言ってもアーケードでそんなことある?」
「無いことは無いでしょ」
「それなら美人なお姉さんがいいな~、俺~」
「年上希望とかマセガキだね」
「い、いいだろそれくらい望んだって! 俺には学校っていう出会いの条件が壊れてんだから!」
 窓際で外を見ていた顔を体ごとキッチンに向けながら、頬(ほほ)を赤らめて過剰(かじょう)反応するユビの形相(ぎょうそう)は必死だ。
 同性であるが故(ゆえ)にユビの気持ちが理解できる博雪(ひろゆき)は、否定せずとも止(とど)めを刺すように朗(ほが)らかに笑(え)んだ。
「出会いったって、中学の時に彼女いたの?」
「ぐ…ぉ………」
 博雪(ひろゆき)からの的確な指摘(してき)に、ユビは胸に手を当てて固まってしまう。
 そしてその状態で硬直(こうちょく)したかと思いきや1分もしない内に下を向き、とぼとぼと窓際からキッチンに移動したのだった。
 しょんぼりと背を丸めながら博雪(ひろゆき)を真似(まね)て食器類をタオルで磨(みが)きだすその姿は、哀愁(あいしゅう)を帯(お)びている。
 ユビの普段の言動からかけ離れた元気の無いのっそりとした動きとしょぼくれた顔は、博雪(ひろゆき)には内心愉快(ゆかい)であった。
 しかし気が沈んだままにしておくのも気が引けるため、後で機嫌(きげん)取りにユビへ飲み物でも与えようと考えるのだった。

 そうこうしているうちに時間は過ぎ、時刻は15時。
 あと1時間もすればS(エス)が来るとユビが考えていたその時、赤い扉が開かれる鈍(にぶ)い音と共に、2人の若い女性が店内へ入ってきた。
 1人は平均的な身長で背筋が伸びた美しい姿勢をしている。
 切れ長な目の形と赤色を含んだ瞳、少々太い眉毛をした凛々(りり)しい顔立ちは、どこか中世的だ。
 服装はネックラインに薄緑色が塗られた白のトップスに、黒いワイドパンツと黒いパンプスを身に纏(まと)っている。
 長い黒髪の三つ編みを右肩に流し、それを筒(つつ)状の金具で束ねているのと、首の左側にある黒子(ほくろ)が印象的だ。
「開いてるか?」
 少年のような声を持つ三十路(みそじ)過ぎのその女性は、ゆっくりとユビへ近付いた。
 願ったり叶ったりな年上美女の登場に、ユビはたどたどしく「はい」と返事をするのが関の山だ。
 その様子を見ていたもう1人の女性は、ぎこちないユビの反応を怖がっていると読み間違え、すかさず凛々(りり)しい女性の腕を後ろへ引いた。
「辰海(たつみ)さん怖いですよ~。美人は笑顔ですって、え、が、お♡ 店員さん固まってるじゃないですか~」
 猫撫(ねこな)で声で話すその女性は、明るいオレンジのミディアムヘアーをゆるく巻いている。
 目の形は丸く、深い青紫の瞳を持ち、丁寧なメイクが施(ほどこ)された肌は陶器(とうき)のように美しい。
 背は小柄で、服装は淡いピンクのシャツにスリーブが無いスクエア型の黒いワンピースが若々しい。
 下半身は濃い灰色のタイツと黒のパンプスで簡素(かんそ)に纏(まと)められているからか、脚が細長く見える。
 20代女性に人気のあるメーカーの、柔らかみのあるアイボリー色をしたハンドバッグを携(たずさ)えているのを見ると、オレンジ髪の彼女が辰海(たつみ)よりも若く、可愛らしいものを好んでいることが分かる。
 そんな彼女の髪の隙間(すきま)からチラリと覗くピアスは、意想外にも落ち着きを感じさせる深い紫色をした雫(しずく)型のもので、ユビの視線が僅(わず)かそれへ留(とど)まった。
「ごめんね~。ここ初めてなんだけど、もし営業時間ギリギリなら申し訳なくて~」
 ユビの視線に気付いてか、愛想(あいそ)よい笑顔と言葉でユビに近付く可憐(かれん)な彼女。
 顔の前で柔らかく両手を合わせ上目遣(うわめづか)いでユビへ謝る可愛らしい彼女の尻を、辰海(たつみ)は素早く叩いた。
「キャン!」
 切れが良い張りのある音と小型犬を思わせる短い悲鳴が店内に響くと、驚きの余り博雪(ひろゆき)は固まり、ユビは後退(あとずさ)る。
「ツヅリ」
 先程ユビに話し掛けていた時よりも低い声で辰海(たつみ)から名前を呼ばれ、彼女は肩をビクつかせる。
「手短にいくって言っただろ」
「は~い…」
 上下関係がはっきりと分かる2人の遣(や)り取りに、ユビと博雪(ひろゆき)はキッチン内で身構えた。
 『美人で可愛い変な客が来た』と横目でアイコンタクトを取りながら考えている2人に、コツコツとパンプスの音が近付いてくる。
「騒(さわ)いですまなかった。私にホットのブレンドコーヒーをひとつと、彼女にアイスレモンティーをひとつ頼む。席は勝手ですまないが、このカウンターをふたつ借りたい」
 カウンター前で行(おこな)われた辰海(たつみ)の華麗(かれい)な会釈(えしゃく)と聞き取りやすい注文の速度に、ユビと博雪(ひろゆき)は少し驚く。
 するとユビはその驚きを焦りへ変換してしまい、辰海(たつみ)とツヅリにカウンター席へ座るよう、どうぞと急いで手を差し出し案内した。
 希望した通りに案内されたことで、辰海(たつみ)とツヅリはユビに感謝を述(の)べながら速(すみ)やかに着席する。


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