目的:S

 だが、その空気を破いたのはSエス自身。
しらけましたね。いや~見掛け通りナイーブでして」
 一変いっぺんして背筋を伸ばし、組んでいた腕をひらりと広げたらにこやかにむ彼に、2人は段々こまやかに反応するだけ無駄なのではなかろうかと悟りだす。
「見掛け通り切り替えの早いおっさんで安心した」
ひでぇ」
「僕もユビと同感だけど、いまいち掴めないね。結局君が知りたいことって、アポイントで済ませられない程の事なの?」
「そこなんですよ。性格といえばいいのかさがといえばいいのか」
 博雪ひろゆきからの問いに、Sエスはカフェオレを一口飲んで答える。
「まず俺は父親を調べました。すると当然ですが行きつくのは会社と家族です。そして次に辿り着いたのは、表舞台おもてぶたいに出せない組織との接点でした」
 このとんでもない発言に、ユビは冷や汗を浮かべて顔色を変えた。
「そ、れって…漫画とかでよくある、指定暴力団ヤクザ的な?」
「ンなレア度が高いとこじゃねーですよ。そもそも毒嶋ぶすじま家がおおやけにしてるのはクラブ経営への出資や慈善じぜん団体への寄付きふ
 カフェオレの入ったマグカップを置き、腕を組んで肩をすくませながらカラリと笑うSエスに、ユビと博雪ひろゆきの態度はよどむ。
 しかし話の内容はまた流れを変えた。
「ただクラブの利用者は一癖ひとくせあってね。政治団体関係者に麻薬仲介ちゅうかい組織、宗教関連の奴ら…上げだしたら切りの無いやく持ち達に、内緒話の場所としてクラブを提供してるんです」
 愛想あいそ笑いもつかの間、Sエスの表情は神妙しんみょうなものとなる。
田舎いなかの狭い話ですけど、それでもここらじゃ名だたる面子めんつぞろいでした。毒嶋_ぶすじま#]家のルーツを辿たどれば繋がりの説明みたいなもんですけど…俺言っただろ、お前の兄ちゃんは致死ちし量以上のドラッグを所持してたはずだって」
 Sエスは話しながらユビへ目配せする。
 聞いている内容がどこかうつつでなかったユビも、兄の話へ繋がるのだと理解した瞬間、瞳に不安の色を強めた。
「……嘘だろ…」
「可能性はある。そのパイプ役になれる奴こそ、当時アルバイトとしてお前の兄ちゃんと同じ業務部署に配属されてた、毒嶋ぶすじまきょうしかいないんですよ」
 Sエスは組んだ腕を解いて手の平をユビに向けると、頭を少しばかりななめに下げた。
「関わり方は不明だが職場で仲良くなったなら、父親の顔がく行き付けのクラブに誘って麻薬をプレゼント…破格にするくらいなら無い話じゃない」
 憶測おくそくを出ずとも、よくある話の一環いっかんとして立てやすい仮説。
 Sエスのその思考にユビは何も言えなかった。
 実際、兄である一姫かずきのこした日記の一部に『職場で良くしてくれる人ができた』と記されていた記憶もある。
 黙るユビの反応を肯定こうていとらえ、Sエスは言葉を続けた。
「それともうひとつ…仮にだけどお前の親、兄ちゃんの司法解剖しほうかいぼうの結果をお前には口外こうがいしない約束で教えてるとしても、他人には本当のこと話してないだろ」
 鋭く確信を刺すSエスからの確認に、ユビは眉間みけんに深くしわを刻むと、手の平ににじむ汗から意識をらすために拳を握りしめた。
「――お前、なんで」
 〝知っているのか〟と問いそうになる。
 だが、そもそもSエスは聞き込み等でユビと博雪ひろゆきを調べてから此処ここに来て、2人を振り回した後なのだ。
 ユビはそれを思い出し、必死に自身の中にある冷静さをき集め、グッと言葉を飲み込む。
 そんなユビを見やり、不快極まりないだろうことは承知の上で、Sエスは喋り続けるのだった。
白雪しらゆき一姫かずきの葬式後かは定かじゃないが、2007年6月末にお前の父親名義で消費者金融から借りてた200万と、母親名義で借りてた50万の返済が一気にされててな…完済証明書が発行されてるのを確認しました。それだけなら自己破産寸前でも貯金を頑張ったんだろうで済む話ですけど、残念ながらお前の両親がギャンブル好きの転職続きで、安定した収入を得ていない上に、借金でギャンブルしてたことも分かってる。その可能性は低い」
 両親の行動に心当たりがある日常をSエスの声でなぞられる中、ユビは片手で目をおおいながら、納得を示す。
「……あー…あーーー…クッソ、そういうことか」
「そういうこと。俺はお前の両親が、息子の死因を売ったと考えてます」
 Sエスは伏し目がちにユビへ告げると、ユビもそれが間違っていない推察すいさつだと肯定した。


.
5/7ページ